第2話 巫女から王妃にクラスチェンジします!



 水色のローブを用意してもらい、山の上に建てられた神殿までわざわざ陛下に案内してもらってやってくる。近衛騎士も数人護衛としてついてきた。国内ですらこれなのに、砂漠には一人で、しかも夜通しってことよね?

 改めて待遇の違いを感じると、神殿の階段前で振り返る。


「ここでも私の祈祷が有効かは解りはしませんが、出来得る限りのことをさせていただきます」


 陛下を先頭に、近衛の人たちがみな片膝をついて畏まる。凄く恥ずかしいってか、恐れ多いんですけど!


「巫女様の全てを支持致します。どうか我等に恵みをお与え下さい」


 こういうのは言葉じゃないの、結果が全てよ。神殿の奥へと進む、そこには燭台にろうそくが立てられていて、お香の類がたかれていた。環境は前と同じようにしてある、あとは私の祈りだけ。


 目の前に置かれている酒を振りまいて神への供物とする。神との意識の同調を願い、己を消してすがった。自我を押さえつけて降雨のイメージのみを残して祈り続ける。夜なのか、朝なのか全くわからずトランス状態のままいつまでも体力が続く限る無心で祈りを続けたわ。


 どこか遠くで何かの音がするような気がした。気にせずに祈りを続ける、疲労でふらつくこともあったけれど、それでも降雨を望んで決してやめることなく。どうして祈っているかすらもわからなくなり、雨だけが頭に残る。そしてその場に倒れてしまって初めて気づく、外で雨が降っているような音が聞こえていたと。


 祈祷は成功した……のかな? ちょっとでも雨があれば取り敢えずは役に立てるはず。陛下、喜んでくれるかな? チラっとそんなことが過ると、きっと大喜びで感謝してくれるんだろうなってのが浮かんだ。これがやりがいってやつなのね、ふふ。


 倒れたまま少し時間が経ってしまっていたのか体に力が入らない。寝るなら部屋に戻ってからにしようって、壁に手を付きながら外に出る。思っていたよりも大雨で少し笑っちゃったわ。


「え、何でここに?」


 外に出ると階段の下に陛下と近衛の人たちが片膝をついて待っているじゃない。ってかもしかしてずっと? そんなわけないわよね、一晩だったかそれ以上だったかわからないわね雨じゃ。


「ロリアンに恵みをもたらす水の巫女様。国王たるフィリップ・ローデシアが全国民を代表して感謝を申し上げます!」


 そう言って顔をあげると無精ひげが伸びていた。嘘! この人たちずっとここで私の祈りを待ってて。思いもしなかった行動に心を打たれて涙が出てしまう、表情を崩して嗚咽すると王様が階段を登って来て抱きしめてくれた。


「ロリアンには貴女が必要だ。ずっと国に居ては貰えないでしょうか? 最高の待遇を用意させて頂きます」


 間近でそんなことを言われるのは嬉しいけど、今は精魂尽き果ててるから。


「こんなくたびれた顔を見られるのは恥ずかしいです。でも、居てよいといってくれるならば」


 するとまた軽々とお姫様だっこをした王様が笑顔で「もう放しませんぞ!」ご機嫌で階段を下って行く。雨の中びしょ濡れになってそのままお城まで行くものだから真っ赤になってうつ向く私。でもあちこちで多くの人が外にでて、両手を拡げて天を仰いでたわ。


 お城につく頃には王様の腕の中で寝落ちしてるのがもったいなかったって思うのよね。



 寝不足を解消する唯一の方法は寝ること、一仕事終えて目覚めた時のけだるさを、知ってはいたけどやっぱりどんよりとお疲れだった。けど思い出す、外でずっと待っていてくれた人たちが居たという事実を。


 にやっとしてしまい、自分で頬をパンパンたたいて顔を元に戻す。いかんいかん、水の巫女様がこんなだらしない顔してたら王様に迷惑掛かるからね!


 せっかくやりがいを得た仕事をすることになったんだから、お互い気持ちよく働きたいものよ。ボサボサの髪を整え、多少は化粧もしてから巫女服を着て部屋を出る。そのとたんに侍女らしき人が前に立つので足を止める。


「お早うございます、エターナル様」


「お、お早うございます」


 エターナル様ってがらじゃありませんけど。びしっと決まってるこの人って一体どなた? 背筋は伸びていて、眼鏡をかけてる理知的で、気品があるような人。三十歳になってるのかしら?


「目覚めましたらお連れするように仰せつかっておりましたので、ここで控えていた次第です。私、陛下の側仕えをしていますプリミエラと申します、以後お見知りおきを」


「あ、はい。あの、水浴びしてきても良いですか? 王様に会いに行くならこれはちょっと」


 うーん、そう言えば水不足の国だからそういうのも制限されたりとかあるのかな?


「承知いたしました、こちらへ」


 先導されて連れて行かれると、蒸し風呂があって何人か使っていた。こういう感じなのね。特に文句も無いので中に入ると、ハーブの香りがうっすらとしててリラックスできたので万歳。砂漠で倒れたり神殿で倒れたり雨に打たれて倒れたりって、結構ハードなことしてるわね。


 身だしなみを整え王宮に辿り着けたのはお昼をまわったあたりだったわ。赤い絨毯が真ん中に敷かれている広間に連れて行かれて、玉座に姿があるあの王様のところまで歩いていく。凄く緊張ね。あ、近衛の人たちが居るわね。


「おお水の巫女様、よくぞおいでくださいました」


 玉座を立って階段を降りると目の前に来て膝を折る。嘘でしょ、色んなひとが周りで見てるし、あなた王様なんだから。


「あの、私はただの巫女なので、陛下がそんな遜ったりせずとも」


 嫉妬とかそういうのも怖いし。逆恨みでもされたら最悪よ、私はこの国で目立たずに働きたいだけ。っていってるのにやめないのね、そのままの体勢で続けるんだもの。


「祈祷のお陰でロリアン各地に恵みの大雨が降りました。乾いた大地に潤いが与えられ、干上がった河に水が流れ、消えた湖に命が注ぎ込まれました。国王として感謝の言葉も御座いません」


「祈りが届いて良かったです。また祈祷の機会を下さいましたら嬉しく思いますわ」


 これっきりでお疲れって言われても仕方ないけど。出来れば暫く食べていける位のお金は……どうかな、無理かな。


「我等に更なる恵みを与えて頂けるとは、フィリップ・ローデシアは感激であります。先の待遇の件ですが」


「衣食住あれば、神殿で寝泊まりでも全然構わないので」


 ちゃっかり色々入れ込んで要求しちゃった、怒らないでしょ、何も持っていないんですもの。


「水の巫女様がよしとされるならば、貴女様を我が妃に迎え王国を支えて頂きたく。どうか国をお救いください」


 はい? 王様の妃って王妃じゃない? 王妃さまでしょ? え?

 ………………はぁぁぁぁ!? ちょ、何がどうしてそうなるのよ。教えて偉い人。よし聞いてみよう目の前に居るし。


「私はただの巫女ですよ? 大した力があるわけでもないし、国を追放されちゃってるし、その……見た通りそんな可愛いわけじゃないし」


 最後のが一番クルわぁ。でもそれが現実です、はい。


「既にお力は示されました、国は活気を取り戻し、その降雨に喜んでおります。他国の責めにあうことが無いよう、私がとこしえにお護り致します、どうか求婚をお受けください」


 マジか! こ、こちらには何のNOも無いんですよ、だって王様ですよ? それに、誠実で凄く優しくてかっこよくて。別に王様やめたって言われても魅力が減るわけじゃないし、えーと。


「もし夢なら覚めないで欲しいって思っています。イエスですわ、陛下」


 その日にあったこと、あまり覚えていないの。何だか上の空になっちゃって、だって、ねぇ。気づいたら王様と婚約してた。



 正式な婚礼は年が明けての最初の吉日と日取りが決められた。それまでに自分磨きして、せめて十人並に綺麗にならないと。最悪式の日だけでもいいから。自分の身の程は知っているんですよ。


 ロリアンは本当に雨というか、水が少ない国みたいで、河に水が流れていることが珍しいくらいらしいの。それなのに各地に水が行き渡った状態が何日も続いた、その原因が水の巫女の祈祷だって知れ渡ったら大喜び。ロリアンの聖女とか呼ばれてるみたい、恥ずかしい。


「私の力じゃないのに、何だか悪いわよねこういう評価って」


 神への祈りをしたっていう事実はあるけど、ぶっちゃけたらそれだけ。通じさえしたら誰でもいいんだもの。週に一度神殿で降雨の祈祷を続けてる、その都度一定量の雨がどこかしらで起こるようになったわ。


 元来水不足で農耕も産業も上手く出来ていなかったけれど、三度目の降雨があった頃には劇的に改善してくる。数か月で育つ野菜がたったの三週間で収穫可能なほどの仕上がりになったのを始めに、製鉄加工などの大量の水を必要とする部分でも飛躍的な精製が出来た。


 少量の水で時間を掛けて完成させる技術を以てしたら、大量の水で短時間で完成させる応用をするのは比較的容易いのが大きな理由。不定期とは言えほとんど手に入らなかった水が、ある程度手に入るようになったことで一時的なバブルのような状態になっている。


 人々が降雨、即ち水の巫女の祈祷に感謝をして個々に祈りを捧げるようになる。それこそが神への信仰へ繋がった。神は信仰を求める、まるでそれに応えるように雨が降る。好循環へのきっかけは間違いなく最初の神殿での祈りだ。


「だからって功績の独り占めみたいのはちょっとなあ」


 自室に積まれている贈り物の山。危険物はないと検品済みなので心配はないけれど、これらをご自由にって言われても逆に引いちゃうわよ。こういうときは寄付に限るわね。


 国内の貧困地域に教会を通じて施してしまう。現地で配る人手を借りる代わりに、教会が施したって事実を一枚かませる。少しは自分で使うものを残しても、随分とあるわこれ。


 そこから更に三度の降雨を挟んだころに、寄付行為が知れ渡る。王の婚約者が大量の施しを行った、と。これによって王室の人気があがり、昨今の豊作も含めて機運が高まって来る。その年の秋、未曽有の大豊作と産業の大発展を遂げて各地で祭りが開催された。


 娯楽の一つとして王が水の巫女を救いに行くという演劇が大ヒットって、何とも恥ずかしいわねそれ。王様はまんざらでもないみたいだけど。年明けの婚儀までに出来るだけ評価を高めることが上手くいったようで、最初は微妙だったのに大多数が賛成してくれるようになったわ。


 上手くいくときには相乗効果でもあるのかしら、冬になっても気温があまり下がらなかったので、薪の消費が少なく済んだ。これで来年以降の木材不足もかなり見通しが立つって話。国が安定すると人口が増えて来る。来年は今までにない国力の上昇を見込める、各担当大臣の報告を得て一年を終えることになったわ。



 薄い水色のドレスを着てお城のバルコニーで手を振ってる、どうしてこうなったのかしら? 年始の吉日に婚礼の儀を執り行い、国民への披露を兼ねて新年会が開催されてる。城内の前庭までだけど一般人も入城可能で、文字通りのお祭り騒ぎ。


 大豊作のお陰で振る舞われる料理も今までにない質と量で、多くに人たちが笑顔で歌って踊ってるわ。暖冬なこともあって外でもそこまで辛くはないけど、やっぱり冬は冬よ。寒いかも、そう思った時に肩から外套をかけてくれる人が居た。


「エクセル、身体を冷やすといけない」


「陛下。そうですね、でももう少しここで皆を見ていたいです」


 だって本当に嬉しそうな顔なんですもの。私ですらこんなに嬉しいのだから、陛下はもっと嬉しいでしょうね。国が栄えて来るのを実感できている瞬間、それでこそがこういう雰囲気よ。肩を引き寄せて「私も見ていたい、皆の姿を」微笑して頷きながら前庭を見詰める。


 両手を重ねて空を仰ぐ。神が見ておられるならば、この国に更なる祝福を! 強く皆が喜ぶ姿を想像して、無心でイメージだけを強く持つ。するとあちこちから声が聞こえて来た。


「ゆ、雪だ!」

「凄い、初めて見たぞ!」

「水の巫女様万歳! 王妃様万歳!」


 うっすらとだけど雪が舞っている、この時期に降雪するのは極めて珍しいことらしいわ。城内でも侍女たちが窓から空を見上げているわね。


「これ以上冷やすのは良くない、中へ入ろう」


「はい、陛下。私はいま幸せです」


 何気ない一言、それでも本心なのは間違いない。去年の今頃はとても想像出来なかったわけだから。神殿と家を往復するだけの日々、ブラックな職場だったのよ。お陰で祈祷は上手く届くようにはなったけど。そのお陰でロリアンでも降雨を誘えてるから、結果悪くはないわね。


「そう言って貰えると夫冥利に尽きる。王としても、国を代表して巫女様には感謝を示さんといかんな」


 軽々と私を抱き上げるとご機嫌で中へ入って行く。これ結構恥ずかしいんですけど! でも、凄く嬉しい。侍女たちの視線が痛いわ。寝室まで抱っこされたまま運ばれると、ベッドにぽふんと降ろされる。隣に陛下が座って私を見詰める。


「なら私も民を代表して感謝を示さなければいけませんね」


「うむ、何に対して?」


 すっと身を預けて腕の中に入り「国を繁栄させてくれた王に。そして、そんな王を授けてくれた神に感謝を」目を閉じて心を落ち着ける。


「忍ばせていた間諜から、水の巫女が追放されたと聞いた時は、いてもたってもいられなかった。側近の制止も聞かず砂漠を探し回ったが、あれは大正解だったな」


 過去を振り返ってそんな昔話をする。そう、もう昔のことなのよね。


「陛下が見つけてくれなければ水の巫女が干からびてしまっていましたわ」


「冗談ではない。決してそのようなことにはさせんよ。ロリアンは急成長している、もっともっと多くの民を幸せにしてやりたい。これからも私を支えてくれるだろうか?」


 少し離れて見上げると「もちろんです陛下。ええ、もちろんですわ!」目を合わせてそのまま口づけをした。何故か涙が流れた。そうか、人って嬉しくても涙が出てしまうのね。……あ、これって。


「あの、一つ報告が」


「なんだい」


「多分ですけど、いま変な感覚が」


「というと?」


 お腹のあたりをさすって「このあたりで妙なのを」すると陛下は花が咲いたかのような笑顔になり抱きしめてくる。


「そうか! うむ、そうかそうか! なんとめでたい年になることだろうか!」


 思っていたよりも遥かに喜んでくれるあの笑顔を見て、今私は人生で最高に幸せです!



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ブラックな神殿巫女を追放されて王妃にクラスチェンジ! 愛LOVEルピア☆ミ @miraukakka

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