第140話 幸せの一方で
アメリアとローガンが穏やかな時間を過ごしていた頃、ハグル家の実家。
「なんてことをしたんだ!!」
セドリックの怒号が、広々としたリビングに響き渡る。
「ミホーク家の当主から話を聞いたぞ! エドモンド家のお茶会で散々やらかしたそうだな!」
セドリックの声は震えるほどの怒りに満ちていた。
眼前のソファに座るエリンは、膝の上で拳を震わせ頭を目を伏せている。
「公衆の面前でアメリアを侮辱し、エドモンド家が開催したイベントで使用人に賄賂を渡して不正を働くなど、何を考えているんだ!?」
ドンッと、セドリックはテーブルを叩く。
その衝撃で部屋にあった飾り物がわずかに揺れた。
エリンは黙ったまま俯くばかりだった。
その様子を不憫に思ったのか、母リーチェが優しく口を挟む。
「あなた、もうその辺に……エリンも反省しているようですし……」
「いいや我慢ならん!」
セドリックが頭を横に振る。
「へルンベルク家だけならまだしも、エドモンド家にも迷惑をかけるとは……!! 今回は賠償金だけではすまんぞ! 賄賂は立派な犯罪だ。下手をすると我がへルンベルク家そのものが処罰を受ける可能性がある!」
セドリックの怒号には怒りの他に焦りも含まれていた。
今回エリンが不義を働いた相手は公爵家だ。
伯爵家よりもずっと格上で、敵に回したことの影響は計り知れない。
賄賂は明確な犯罪行為であり、特に公の場での不正行為は家全体の名誉を傷つける。
そして、エリンはまだ未成年で親の保護下だ。
法的には、親であるセドリックとリーチェにその行動の責任が及ぶ。
よって、へルンベルク家自体が、賠償金や領地内での行動の制限、最悪の場合取り潰しなどの重い罪を背負わされるのだ。
リーチェもそれは重々承知のようで、心配そうにセドリックを見つめている。
いつもはエリンの味方のリーチェも、今回ばかりは庇いきれないようだった。
流石のエリンも、本件に関しては自分に非があると自覚しているのか、誠心誠意のごめんなさいをセドリックに……。
「ああもう! うるさいうるさいうるさい!」
するわけがなく、もう我慢出来ないとばかりに叫んだ。
「悪かったって言ってるでしょ! 何もそんなに言うことないじゃない!」
セドリックの怒号にエリンも負けじと対抗する。
この親にしてこの子ありであった。
「おまっ……怒られるだけで済むと思っているのか!? 下手すると捕まるんだぞ!」
「子供を守るのが親の責任でしょ! なんとかしてよパパ!」
エリンが叫ぶも、セドリックはうぐっと言葉を詰まらせる。
「……潤沢な金さえあれば、こちらも手の打ちようがあったが……」
「知らないわよそんなの! お金がないのはパパの責任でしょ!」
エリンの言葉に、セドリックは口を噤む。
メリサのやらかしによる、へルンベルク家からの多額の賠償金請求は確かにセドリックの落ち度だった。
故に強く反論する事ができない。
「と、とにかく……お金以外に出来ることをするんだ! まずはへルンベルク家、エドモンド家、両家に直接謝罪しに行く。」
「はあ!? もしかしてパパ、アメリアに謝れと言うの?」
正気?
とばかりにエリンが目を見開く。
「当然だろう! 今回は完全に我が家に非がある。まずは謝罪をして、こちらに誠意があることを示さねば……」
「嫌よ! 絶対に嫌!」
セドリックの言葉を遮ってエリンは叫ぶ。
「アメリアに頭を下げるくらいなら死んだほうがマシよ!」
今まで散々アメリアを下に見てきたエリンにとって謝罪するなんぞあり得ない
地面がひっくり返っても頭を下げるものかという姿勢だった。
「私は悪くないわ! 全く! これっぽちも! 悪くない! 絶対に私は謝らないから!」
「エリン!」
ぱちーん!
乾いた音がリビングに響き渡った。
我慢の限界を迎えたセドリックがエリンを平手打ちをしたのだ。
「エリン! 大丈夫!?」
実の親に頬を打たれて呆然とするエリンに、リーチャが駆け寄る。
「あなた! やりすぎよ! 私の可愛いエリンを傷付けるなんて……」
セドリックは頭に血が昇って衝動的に打ってしまったようで、リーチェの言葉にハッと我に返っていた。
一方のエリンは沸々と怒りを爆発させたようで、ギンッとセドリックを睨みつけて言い放った。
「パパなんて大っ嫌い!! もう知らない!」
「こ、こら! エリン! まだ話は終わってないぞ!」
背中に受けるセドリックの言葉を無視して、エリンはリビングを立ち去る。
階段を上がり、自分の部屋に駆け込んで鍵をかけた。
「エリン! 開けなさい! 開けるんだ!」
ドンドンと、セドリックが扉を叩く音が響く。
自分が暴れて荒れ果てた部屋の中。
「私は悪くない……悪くない……!!」
ベッドの脇に腰を下ろし、エリンは耳を塞ぐ。
「悪いのは全部……お姉様なんだから……!!」
現実から逃れるようにそう言い聞かせるエリンであった。
リビングではリーチェが呆然とした表情でへたり込んでいる。
セドリックはエリンのドアを乱暴に叩き、怒号を響かせていた。
その様子はまるで、これからやってくるであろう重い処罰から目を背けているよう。
着実に幸せへの道を歩んでいるアメリアに対して、ハグル家は住人たちは着々と崩壊へと突き進んでいたのだった。
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