大文字伝子の休日3

クライングフリーマン

大文字伝子の休日3

伝子のマンション。

「新婚旅行で20日間?世界一周でもするのか、高遠。」と、物部が言った。

「いえ、国内旅行ですよ。副部長。温泉巡り。箱根、湯河原、伊東、熱海、野沢、別所、下呂、山中、修善寺、善光寺、雄琴、鞍馬、嵐山、城之崎、有馬、白浜。あと忘れました。九州四国は聞いてませんね。」

「そんなに行けば十分だろ。久保田刑事は、たっぷり温泉浸かる余裕あるのかな?」

「物部も温泉好きなのか?」と伝子が言うと、「いや。羨ましいのは事実だが。」と、物部が応えた。

「愛宕さんものんびり出来ていいじゃない。ゆっくり、子作り・・・二人の時間を楽しめるんじゃ。」と依田が言うと、「警察は、同じ公務員でも区役所の職員みたいに決まった時間勤務じゃないから無理だよ。あの夫婦は特別さ。ね、みちるちゃん。」と、福本が言うと、「よくご存じね。」

「そう言えば、なんでシリアル、あんなに好きなの?伝子さんと行った時、シリアルで女子会やってたみたいだけど。」と、高遠が尋ねた。

あつこはね。ストレスが大きくなると、シリアル食べることで沈めるの。小さい頃からの習慣らしいわ。でも、太らないように後で運動をするって言ってたわ。」と、みちるが解説した。

「それでか。地下2階のトレーニングルームで『練習』に付き合わされた。私はミスの罰ゲームだと思っていたが、少し違うようだ。夫が寂しい思いをしていると思うと気が引けたが、学はいびきかいて寝ていた。」「ごめんなさい。子供で。伝子さん。」

「仲のいい夫婦だ。」と、物部が笑った。

「そう言えば、なんで渡辺警視は奴らを倒さなかったのかな?脱出も出来そうだが。」と、福本が言うと、「人質を取られたから。いや、人質じゃないか。あなた、説明してよ。」とみちるは愛宕にバトンを渡した。

「新久保田邸に運ばれた荷物にピアノがあった。渡辺警視は引けないけれど、あれは家宝でね。ピアノ線の上に彼女のネックレスを切ってばらまくぞ、って脅されたらしい。」

愛宕はため息をついた。「だから、屈服する振りをして、様子を見ることにした。大文字伝子が動かない筈はない、って信じて。」

「しかし、ピアノ壊した方が早くないか?」と物部が言った。

「彼らの命令で動いたトラック運転手は、あの会社の社員じゃないんです。バイトです。元々ピアノ専門の運転手でした。だから、ピアノは丁寧に扱われた。」と愛宕は説明を続けた。」

「何で、そんなバイトを?」「勿論、目的は知らされていなかった。彼らがお金に釣られてバイトしたのは・・・。」

「分かりました、愛宕さん。コロニーですね。色んな業界の職人さんが『規制』の犠牲になったらしいから。細々と仕事したり転職したり、給付金だけでは足りない。政府は現状調査をいつも怠っていました。」と、高遠が言った。

福本も、「OBQ依存症の人たちも被害者だった。それで事件が起った。(「大文字伝子が行く6」参照)」

「無為無策の政府の対策に、みんな怒っていたわ。泣き寝入りが多かったわ。」と栞が言った。

「こんにちは。」と藤井が入って来た。「皆さん、お煎餅は好きかしら?ちょっと焼いてみたの。」みちるや祥子が配った。

「うん。いける。何か隠し味が?」と物部が言った。「チーズ。」と藤井が応えると、これ、店に置こうかな?」と物部が呟いた。

「そんなこと言っても、藤井さんに店に来て貰う訳にはいかないだろう。」と伝子が言うと、「どこかコネあるの?物部君。」

「うん。料理教室やっておられたんなら、レシピ書けますよね?知り合いの工場で作って貰う、ってどうかな?」

「さすが、我らが副部長。人脈も豊富なんだ。」と依田がおだてた。

「じゃ、レシピ書きますわ。」みんなが歓声を上げていると、出版社の編集長がやって来た。

「締め切り守ってますよ、編集長。」とドアを締めて入って来た編集長に高遠が言うと、「違うわよ、高遠ちゃん。この間の『嘆願書』(「大文字伝子が行く14」参照)の署名。みんなも書いてよ。」

高遠から順に嘆願書の署名が回った。

「編集長。ネット販売のコネないですか?」と物部がいきなり言った。

「何のこと?」という編集長の口に伝子が煎餅を押し込んだ。

「ん?んん。美味しいわね。んん。隠し味はチーズ??」と編集長は言った。

「流石、編集長。グルメですねえ。お隣の藤井さんが作ったんですけどね。我々だけで賞味するのは勿体ないってことで、喫茶店に置こうかと。で・・・。」

高遠の言葉を遮って、編集長は「皆まで言うな。引き受けたわ。コロニーの影響で、ネット販売する人増えてね。部数は少ないけど、ウチの季刊誌でも取り上げたことあるから。任しといて。」

「まずは、お店に置いて、お客さんの反応みたら?物部君。それに肝心の藤井さんのご意向伺ってないわ。」と栞が言った。

「考案者の料理研究家藤井康子です。」と藤井は編集長に自己紹介した。

「提案者の喫茶店マスター物部一朗太です。」と、物部は改めて自己紹介した。

藤井と編集長が帰った後、「話戻すけど、何で渡辺あつこ警視は久保田刑事を見初めたの、みちるちゃん。情報量が多かったって話は聞いたけど。」と福本が尋ねると、愛宕が「乗馬ですよ、福本さん。久保田先輩は乗馬が出来るんです。渡辺警視も出来るんです。」と応えた。

「何だ、共通の趣味があったんだ。温泉巡りの途中で乗馬もやるのかな?」と依田が言った。

「どうでしょうねえ。」と応えた愛宕のスマホが鳴った。「エンスタグラム?」と、愛宕が首を傾げながら、スマホを切って、写真投稿サイトのエンスタグラムを開いた。

「凄いなあ。」と側にいた伝子に愛宕は画面を見せた。

エンスタグラムには、沢山の久保田夫妻の写真が載っていた。

「時代が変わったわね、新婚旅行の写真は、後のお楽しみだったのに。」と栞が言った。

「逢坂はどこに新婚旅行に行ったんだっけ?」と物部が言うと「野沢温泉。」が応えた。「そう言えば、伝子達はいつ行くの?」「ん。未定。」「野沢温泉にしなさい。いい所よ。」

「私も新婚旅行くらい行きなさい、って勧めているんだけどね。」と、いつの間にか入って来た大文字綾子が言った。

「あ、栞さん。明日頼めない?」「またですか?」「この頃、ドタキャンする人が多いのよ。」「明日だけなら。明後日から取材旅行に行くので。」

栞の言葉に驚いた伝子は尋ねた。「どこへ?」「北海道。お土産は木彫りの熊ね。」

「あーーあ。よく寝た。」AVルームで仮眠していた蘭が起きてきた。

高遠は、台所に行き、何やら作り始めた。

「よく眠れた?看病疲れだね。」と依田が言った。「あれ、蘭ちゃん、いたの?」と福本が驚いて言った。「朝、病院に行ったら、南原さんの横で寝ててね。ウチのアパート着く前にまた眠り込んじゃって。で、先輩のマンションに寄ったら、とにかく寝かせろ、って、先輩が。」

「いつ、退院できるの、お兄さん。」とみちるが言った。「明日です。2日くらい熱が下がらなくて。退院延ばそうか?って先生が言ってたんだけど。今朝熱が引いたので。」と蘭は応えた。

「良かったね、蘭ちゃん。はい、おかゆ。パンよりはましだよ。卵焼きもね。」と高遠が蘭に軽い食事を運んで来た。

「おいしい。大文字先輩。いいお婿さんね。」「ありがとう。」と伝子は苦笑した。

あっと言う間に完食した蘭が「みんな、何食べてるの?」と尋ねた。

「はい、蘭ちゃんの分。残しといたよ。お隣の藤井さんが作った煎餅だ。」と、煎餅を蘭に渡した。

「おいしい。」という蘭の感想に、物部が「だろう?今度ウチの店で出そうかって話をしていたんだ。」と言った。

「いいかも。これ、あと引くから。」

「あ、これ!」とスマホを弄っていた依田が叫んだ。「どうしたんだよ、ヨーダ。」と高遠が尋ねた。

「高遠、テレビつけて。」高遠がテレビをつけると、通販の番組だった。

「他のチャンネル!」高遠が他のチャンネルを次々とつけるとニュースを放送している番組があった。

「警察では、この窃盗団を追っていますが、手がかりはまだ掴めておりません。」と、アナウンサーが言った。

画面には、コスプレ衣装を着た女性が映っていた。

皆、異口同音に叫んだ。「渡辺あつこ警視?」

―完―








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