帰巣本能

 深夜の峠道を、僕は必死に自転車で駆け上がる。何時間走ったか分からない、息が苦しくて何も考えられない。ただ、がむしゃらに坂道の道路を突き進む。


「ポポ……太郎……ッ! ポポ太郎ッ!」


 僕は声を振り絞る。帰巣訓練きそうくんれんをした時と同じ様に。お前はここに帰ってくるんだぞと、何回教え込んで飛ばしただろうか。そしてポポ太郎は、今までちゃんと帰ってきた。僕の所に。だから——!


「う、うわッ!」


 車道に落ちていた太い枝を車輪で踏んづけ、バランスを崩した僕は、自転車と共に転倒した。いッ、痛い……身体打った。膝擦りむいた。全身で泣き叫びそうだ。


「鳩、レースは……ッ帰還率きかんりつ……3%……の」


 自分に言い聞かせるように、僕は身体を起こす。何故殆どの鳩が脱落するのか。迷子になって、捕食されて、悪天候に巻き込まれて、どこにいけばいいか、見失うからだ!


 道路を這いずっていると、何かが僕を横切ってキィと止まる音がした。痛みで状況が分からない。


「え……松藤君? 松藤君じゃない⁉︎」


 顔を上げるとそこにいたのは、まさかの私服を着た鷹觜たかはしさんだった。なんでここに。視界に入ってきたのは、見覚えのあるワンボックスカー……車体に『鷹觜鳩舎たかはしきゅうしゃ』ってある……まさか。


「おいおい。会場整備がてら娘と早朝ドライブしてたら、なんでここに人が。ん? どっかで見たことある小僧だな」


 歩み寄ってきたのは、あの鳩おじさんだ。あの時と同じ緑のシャツに、鷹觜鳩舎たかはしきゅうしゃって文字……おい、マジか。やっと読めたぞ。


 いや、そんな事今はどうでもいい、僕は行かなくちゃいけないところがあるんだよ。無理矢理立ち上がって、自転車を起こした。


「松藤君、どうしたの? こんな朝早くに、こんな所で」

「どいて鷹觜たかはしさん、僕はあそこに行って……あいつが戻ってくるのを待ってなくちゃ、いけないんだ!」

「ちょ、ちょっと! 怪我してるのに!」


 困惑しながらも止めようとする鷹觜たかはしさんを振り切って、強引に進む。こんなのどうって事ない。僕よりもっと痛いのは、辛いのは、寂しいのは——!


「ポポ……太郎じゃねえか?」


 鳩おじさんの、懐かしむ様な声に反応して振り返る。どこにいるんだ。分からない……教えてほしい。後ろにいた二人は僕の頭の上を見ている。


「あ……」


 頭が重い。でも、この鳥臭さは良く知ってる。だって手塩にかけて育てたから。これはポポ太郎だ……僕の、鳥の巣の様な髪の上に——いる。戻ってきてくれた嬉しさで今にも泣きそうだ。でもコイツはツンッと僕の頭をつついてくる。戻ってきて早々、最悪だな本当。


「……。ああもう、分かったよ。ポポ太郎」


 ポポ太郎は成し遂げた。過酷なレースを。空が次第に明るくなってくる。目の前にいる鳩おじ…いや、鷹觜たかはしさんのお父さんと、鷹觜たかはしさんがよく見える。この状況で、僕は挑まなければならないらしい。気まず過ぎるだろ。


 今度は僕が見せる番だ。届ける番だ。そこで見てろよ、ポポ太郎。伝書鳩でんしょばとに負けてたまるか。


「——鷹觜たかはしさん、あのさ。君に……伝えたい事があるんだ」

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帰ってこい!!ポポ太郎! 篤永ぎゃ丸 @TKNG_GMR

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