静かで、寂しい夜に少年は

 鳩レースのスタートから、早三日が経った。早ければ一日で戻ってくるけど、今現在北海道から静岡まで帰巣きそうした鳩は競翔連合会きょうしょうれんごうかいの報告だと、15000羽中たったの8羽らしい。


「ポポ太郎……今どこにいるんだよ」


 僕は自分の部屋がある家の2階から、窓を開けて外を見る。冷たい風が顔に当たって寒い。今は夜中の23時、もう遅い時間だけどポポ太郎の事が気になって仕方がない。


 今は脚環あしわにマイクロチップが付いていて、時間は自動で計測されるし、帰還きかんするとすぐにブリーダーへ連絡が入る。ゴールに定められた鳩舎きゅうしゃは僕の家から遠くて、峠を越えた先にある。


「これが……鳩レースってやつか」


 僕は窓の真下から見える、庭の鳩小屋はとごやを見つめる。あの日から、そこにはいつもポポ太郎がいた。いなくなって痛感する。無茶をたくさんさせてきた事を。なのにどうして今、こんなにイライラするんだろう。


「いくら頑張ったって、結局うまくいかないじゃん」


 この二年、レースに参加する為に連合に加入したしわざわざ鳩小屋はとごやまで作って、掃除も餌やりも丁寧にやってきたのに。短距離のジュニア選手権だって無事に戻ってきたくせに。長距離の大舞台であっさり脱落かよ。


「もういい、どうせ届かないし」


 そもそも殆ど戻って来ないから、どのブリーダーも何百羽と参加させてるのに僕はたった一羽だ。これで期待とか馬鹿馬鹿しい。


 何もかも遮断しゃだんしたくなって、窓を閉めようとした。もう鳩の事なんて忘れよう。鷹觜たかはしさんの言う通り、期待なんて、するだけ無駄だ!


「……?」


 頭に何かが乗っかった。ポポ太郎……? いや、そんなわけがない。髪をかき分けるように手を伸ばすと、何かを掴んで目の前に持ってきた。大きい、グレーの羽だ。


「ポポ……太郎?」


 多分部屋の本棚上にあった羽が、窓から入った風で落ちてきたんだろう。あいつ、人を見下げられるあの場所が好きだったし。僕が弱気でいると、いつもあそこから頭上に飛んできては、頭をつついてくるんだ。


「……」


 羽を見つめていると、ポポ太郎との毎日が頭の中から浮かんでくる。いつも僕の頭の上に乗っかるせいでクセ毛がより酷くなった。餌代えさだいでゲームも買えなかった。帰巣訓練きそうくんれんで友達と遊ぶ時間も削れた。恋を成就じょうじゅさせる為にレース鳩を育ててるなんて、恥ずかしくて誰にも言えなかった。でも——。


「僕が学校から帰ると——ポポ太郎は……」


 気付くと僕は部屋を飛び出していた。お母さんの抑止を振り切って、庭にあった自転車を動かして風を感じながら全力で漕ぎ始める。ある場所に向かって。よく分からないけど、本能的に身体が動いた感じがした。

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