鳩達は真っ直ぐに飛び立つ

「いよいよだな、ポポ太郎」


 本日は見事な快晴。ここは北海道、稚内わっかないにある広場に設営された鳩レーススタート会場。既に鳩達は大型トラックに積まれた放鳩籠ほうきゅうかごで飛び立つその時を、クルルと鳴いて待っている。あの中に、僕のポポ太郎もいるだろう。


 離れた所からトラックを見つめ、僕は訓練の日々を思い出す。ポポ太郎は、公園や街で見かけるあの鳩と同じカワラバトという奴だ。でも飼養しよう品種なので、トバトと言った方が正しいかな。

 パッと見は、野生の鳩と見た目が変わらないポポ太郎。あの妙な鳩おじさんから千円で譲り受けた鳩だけど、協会に認められたあの脚環あしわは伊達じゃない。

 帰巣訓練きそうくんれんでも一度も迷い鳩になった事もないし、ずっと空に留まる飛行能力も素晴らしい。唯一残念なのは、メスなのに、ポポ太郎って名付けられてしまった所か。


「最終確認が終わったな、遂に始まるぞ!」


 後ろにいるおじさんの声で、僕も気が引き締まった。基本的に鳩レースは賞金が無い。でもこの過酷なレースで帰巣きそうを成し遂げると、鳩とブリーダーには名誉めいよが与えられ、品評会では何千万、何億も積まれてレース鳩が競り落とされることもある。僕の周りにいる人達もそれが目的でここにいるのだろう。


「だけど……僕が、欲しいのは——」


 名誉めいよじゃない、お金でもない。……実は、恋愛運でもない。僕が欲しいのは、この鳩レースで得たいのは——。


「はい、どうぞーッ! 放鳩ほうきゅうーッ!」


 スタッフがトラックに乗せられた大きな放鳩籠ほうきゅうかごをガコンッと開くと、中にいた鳩達がバサバサバサッと一斉に飛び立った。広くて真っ青な空を覆い隠す程、グレーの鳥が我先へと羽を伸ばす。あの中にポポ太郎もいるだろうけど、数が多すぎて見つけられない。


「マジか……」


 力強いたくさんの羽音に空気が乱れて、息ができない。この二年間、短距離の鳩レースには数回参加したけど、この規模は初めて見る。何万羽もいるこの鳩達は、自身の帰巣力きそうりょく飛翔力ひしょうりょくを頼りに、1000キロ先にある鳩舎きゅうしゃを目指す。これだけいるのに、無事に戻って来るのは%だ……。


「ポポ太郎……お前なら、出来るだろ?」


 僕は飛んでいく鳩達を見つめながら、鳩の軍勢が見えなくなるまで、どこかにいるポポ太郎を見送った。僕がこのレースで欲しいのは——目的を成し遂げる強さとか、自信って奴なんだ。何も出来ない僕に見せてくれよ、届けてみせろよ、ポポ太郎——。

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