期待しか出来ない人間

——2年前の事を机に突っ伏して思い返していると、起立という号令が耳に入った。いつの間にか、退屈な数学の授業が終わっていたらしい。


 顔を上げるとセーラー服の女子と学ランの男子達が席を立っている。めんどくさいが、学生辞令だ。僕も大人しく起立し、礼し、さようならした。これでようやく放課後って奴が到来だ。


卓仁たくじ〜明日、北海道行くんだってな」


 おじさんと出会ったあの日から僕は中学二年生に成長したが、くせっ毛パーマ頭と控えめ伊達メガネスタイルは何一つ変わっていない。


 教科書をリュックに押し込んでいると、クラスの友達である男子、佐渡翔也さわたりしょうやが話しかけてきた。そう。僕は明日北海道に行く。育てたポポ太郎と鳩レースに出る為に。


「北海道っても、僕のは日帰りだよ。飛行機往復しに行くだけみたいなもんだって」

「でも北海道は北海道だろ〜? お土産期待してるぜ、卓仁たくじ

「北海道土産か。翔也しょうやは何が欲しい?」

「大きいカニ! 山盛りのウニ!」

「高望みすんなよ。じゃあ地名入りのお土産屋クッキー買ってくるから」

「だぁああッ俺が悪かったよ……クッキーはクッキーでも、せめて『白い恋人』にしてくれよぉ」

「はいはい、分かった分かった。白い恋人な〜」


 僕は目線で翔也しょうやに別れを告げて、席を立つ。白い恋人……サクサクとしたラング・ド・シャにチョコを挟んだ北海道土産定番のお菓子。


(白い……『恋人』か)


 リュックを背負ったと同時に僕はその言葉を切り取って、ある座席に視線を送った。そこにいるのは、小学生の時からずっと片想いをしている女子生徒、鷹觜たかはしあすかさんだ。


「あすかぁ、今から男バスの練習試合見に行こうよ〜」

「男バス? そういえば今日は他校との合同試合だっけ」


 今反応したのが、鷹觜たかはしさん。高橋たかはしじゃなくて、あれで『たかはし』と読むらしい。ハーフアップのほんのり地毛茶髪が可愛らしい。


「めっちゃカッコいい男子がたくさん集まるし、絶対見逃せないでしょ〜」

「えー何何、何の話〜?」


 鷹觜たかはしさんを中心に、ワラワラと女子が席に集まってくる。それにしても話し声がでかい。ここまで聞こえてくるし、さっさと帰ろう。


「この後あすかも暇っしょ〜? たまには女子活に混ざりなって」

「今日こそ、あすかっちの好みのタイプを暴いちゃるぞ〜!」


 そのワードに足が止まる。当然だ。片想いを何年も貫く地味系の僕には、こうやって遠巻きに彼女の事を知る事しか出来ない。


「好みも何も。私は恋愛に全然興味ないし」

「ぬーッあすかは相変わらず、氷の女王様だねえ」

「なにそれ。好きとかはよく分からないけど、嫌いなタイプはあるよ」


 きゃー超聞きたーい、という女子の盛り上がりに乗じて僕も耳を傾ける。明日の準備もあるし、早く帰らないといけない。歩幅を調整しながら鷹觜たかはしさんの回答を待った。


「私のお父さん、競争意識の高いギャンブル中毒みたいな人でさ。賭け事は人生のロマンとかよく言うけど、それって大した努力も出来ない、所詮運任せだよね」


 ギク……と背中で反応する。僕も似たようなものだ。だから鳩レースの事は、誰にも言えてない。明日の北海道発レースも、ポポ太郎の力って奴に期待して、今日まで頑張ってきて——。


「そんな風に期待する事出来ない人……私は大嫌い」


 氷の女王の冷たい言葉が臆病者おくびょうものの胸に突き刺さる。彼女の言ってる事は正しい。

 だからだろう、教室から逃げるように僕の足は一気に加速した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る