帰ってこい!!ポポ太郎!

篤永ぎゃ丸

人の思いを運ぶ、鳩


「願いを叶える、夢の鳩ってやつ見たくねーか?」



 今思えば、これはただの売り文句だったと思う。小学6年生の頃の僕、天然パーマに眼鏡男子の松藤卓仁まつふじたくじはあからさまな台詞に引っ掛かる程、そういうミラクルパワーに頼りたい時期だったんだよ。


「小僧、伝書鳩でんしょばとって知ってるか? 今じゃすっかり姿を見なくなっちまったが昔、人と人を繋いでいた有難い伝達手段だったんだぜ」


 そんな風に一方的に目の前で話すおじさん。体型は太っていて、もじゃもじゃな黒いひげと、小6じゃ読めない難しい漢字が胸元に四文字プリントされた緑のTシャツが特徴的。今でも、よく覚えている。


 あの日公園で遊んでいたら、鳥カゴを後部座席に積んだワンボックスカーが止まっていて、そこから聞こえる鳥の鳴き声が気になって。僕は思わず、呼ばれたように近づいてしまったんだ。


「だが、こいつらはまだ現役でな。今は帰巣本能きそうほんのうを活かした『鳩レース』っつう競技でバリバリ活躍してんのさ」

「はと……レース?」


 僕がそう言うと、おうよ。と、おじさんは車の後ろにある鳥カゴを見せてくれた。中にはクルルと喉を鳴らすグレーの鳩が、おしくらまんじゅうのように詰め込まれている。


「北海道から放った鳩が、関東の鳩舎きゅうしゃまで帰ってくる時間を競うんだ。何万羽が広い空を渡る姿は圧巻だが、半分以上は帰ってこれねぇ過酷な競技なんだぞ〜」

「帰ってこれないの? なんでえ?」

「飛んでる途中で迷子になったり、大きい鳥に食べられたり、天候や環境の影響を受けちまったり、飼い主とそのまま今生の別れも珍しくねぇ」


 鳩のおじさんはそう言うと、小さな鳥カゴの中に手を伸ばした。そこから手のひらに収まるヒヨコみたいな羽毛が生えた黒いヒナを僕に見せてくれた。


「俺が育てたこいつは、恋愛成就のレース鳩だ。放鳩地ほうきゅうちから離れた鳩舎きゅうしゃまで、簡単に言うと遠いスタート地点から鳩が無事にゴールしたら……飼い主の恋が叶うってワケ!」

「それ、ほんとう⁉︎」


 僕は勢いよく食い付いてしまった。この頃からそうだった、僕には好きな子がいる。でも素直になれなくて、ずっと悩んでた。


「ほーお? なんだ、小僧。好きな子でもいるのか〜? おー?」


 おじさんがニヤニヤと僕を見てくる。思い返せば、恋が叶うなんて出まかせで言ったんだろうけど、その時の僕は鳩の力に期待してしまって、こくりと頷く。まんまと口車に乗った……。


「そーか、そーか! じゃあコイツを立派なレース鳩に育て上げて、飛ばしてみたらどうだ?」


 僕の目の前におじさんの手がズイッと近付いて、手乗りサイズの鳩のヒナがピィピィ鳴いている。僕と同じ、まだちっちゃい羽ばたけない鳥がそこにいる。


「おい小僧、ここ見てみな?」


 おじさんがヒナの鳥足を指で軽く持ち上げると、小さな黄色い輪っかがあった。初めて見た時はよく分からなかったけど、今なら分かる。あれはブリーディング個体を証明する脚環あしわってやつ。


 そこには五桁の数字とTとAのローマ字が入っている。これで誰かに保護されれば、持ち主の元に帰る事も大いに期待できる訳だ。


「おじさん。このハト、なまえなんていうの?」


 名前を訪ねると、おじさんは鳥の巣のようなクセっ毛である僕の頭上にヒナをちょこんと乗せる。びっくりしたけど、ヒナは滑り落ちる事なく丸まって、髪の中で大人しくしていた。それが僕達の出会いであり、全ての始まり。


「そいつの名前は、ポポ太郎っていうんだ」

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