緊急クエスト

根竹洋也

緊急クエスト

  ゲームって楽しいですよね。いろんなゲームがありますが、あなたはどんなゲームが好きですか?

 RPGで勇者になりきって魔王を倒すのが好き? それとも銃で敵を華麗に倒しながら、チャンピオンを目指すゲーム? オープンワールドで広大な世界を旅するのも良いですね。

 ゲームがなかなか辞められないのには理由がいくつかありますが、その一つがクエストという小さな目標の提示です。そう、大抵は画面の左上の方に出てくる、あれです。


 新クエスト発生!

〈鉄鉱石を3つ集める〉

〈鍛冶屋に行く〉

〈武器を強化する〉

 報酬:鉄の剣


 表示された目標をクリアしていくことで、システムを理解しながら、ゲームが進んで行くんですよね。ああいう簡単にクリアできる小さな目標を次々に与えることで、ついつい気が付いたら長時間プレイしてしまうものです。

 いきなり〈魔王を倒せ〉とだけ表示されても何をしたらいいか分からないし、行動しても本当に最終目標に近づいているのか、わからないですよね。

 簡単な小目標を積み上げて、大きな目標を達成する。実に分かりやすいし、達成するごとに報酬ももらえて、やる気も持続します。どんどん次の目標を達成したくなります。

 これは、現実の生活をそういう風にした人達の世界のお話です。


 私は旅人。数多の、あったかもしれない世界を旅する者。今日行くのは、社会生活のクエスト報酬によるゲーミフィケーションを達成した世界だ。

 私がその世界に降り立つと、早速一人の男が声をかけてきた。


「そこのあなた! お困りのようですね」

「ええ、ここには来たばかりで。まずは宿を探そうと思っています」


 現代的な高層ビルが立ち並ぶ都市。道行く人達はスーツを着たサラリーマンから、制服の学生、私服の主婦まで様々だ。私に話しかけて来たのは大学生に見える若い男だった。にこやかに微笑む男の後ろで、近づいてきていた女性グループが悔しそうな顔をしている。


「あっ、先を越されちゃった。」

「もう、もたもたしてるからだよ」


 この世界は、社会生活のゲーミフィケーション、つまりゲーム化を達成している。現実世界の出来事に対して、社会管理AIがゲームのクエストのように目標を設定し、それを達成したら報酬がもらえるのだ。

 個人毎に今日の予定や仕事内容に応じたクエストが設定されるが、街中に困った人がいるとこのように緊急クエストが発生する。

 私は『旅人』の特権として、他人のクエスト内容を覗き見ることが出来る。


 緊急クエスト発生!

 ■人助け

 〈困った人を見つけて声をかける〉+100ポイント


 この困った人、とは私のことだ。これで、この大学生風の若者は100ポイントを手にしたのだろう。


 緊急クエスト 更新

 ■人助け → 道案内

 〈宿の情報を教える〉 +100

 〈宿まで案内する〉 +1000


 私を助けるという緊急クエストが、私の要望に対応して道案内に更新されたようだ。彼が今実行中の他のクエストも覗き見てみた。


 実行中のクエスト

 ■大学生活

 〈大学に十時までに到着する〉 +10 達成!

 〈授業をすべて受ける〉 +500 達成!

 〈宿題の提出〉+100

 ■彼女

 〈電話をする〉 +50

 〈誕生日プレゼントを買う〉 +100

 ※達成期限まで、あと三日と十四時間

 ■趣味

 〈ギターに触る〉 +10


 実に細かい内容だ。大学で勉強する、ではなく、まずは到着するだけで一つ達成出来るのだから、まずは行ってみようという気にもなるだろう。趣味のギターにいたっては触るだけでポイントがもらえる。おそらくギターに触った後は、〈教本を開く〉などにクエストが更新されるのだ。

 このように簡単に出来そうな細かい目標を達成していく事で、達成感を得ながら活力に満ちた生活が営める、というわけだ。


「宿ですか。この近くにビジネスホテルがありますけど、ご案内しましょうか?」


 クエスト達成!

 〈宿の情報を教える〉 100ポイント獲得!


「よし……!」


 100ポイントを獲得した若者は恍惚とした表情を浮かべ、静かにガッツポーズをした。ポイントは集めることで物やお金と交換できる。彼女への誕生日プレゼントにでも交換するのかも知れない。

 その時、野太い声が私たちに向かって浴びせられた。


「おい! そこの兄ちゃん! 悪りぃんだけど、そのクエスト譲ってくれねえかなぁ?」


 見ると、190センチメートルはありそうな大柄でパンチパーマの男がニヤニヤとこちらを見ていた。派手なアロハシャツからは色黒の太い腕が覗き、全ての指に金や銀の指輪が輝いている。


「ひっ……でも、この人には僕が先に声をかけて……」

「ああ!? お前はもうポイントもらっただろ! 残りは俺に譲れ!」

「そんなぁ、ひどい」


 この社会は完全に加点式であり、その振舞いによって減点されることはない。減点を恐れていては皆が消極的になってしまうからだ。だからこのように、他人を恫喝してでもクエストを達成しようとする人間も出てくる。


「おい、俺が宿まで案内する。とっとと来い」


 男はぶっきらぼうに私に言った。最初に声をかけてきた若者は涙目で去っていく。若者を助ける、という緊急クエストは発生しなかったようだ。


「ありがとうございます。それではよろしくお願いします」


 私を案内したパンチパーマの男は、クエスト達成の表示が出た途端、獲得した1000ポイントに小躍りしながら去っていった。

 チェックインを済ませた私は、窓から道行く人々のクエスト状況を眺める。良い場所を紹介してくれた。これなら、中央広場が良く見える。

 電話を片手に速足で歩くサラリーマンのクエストはこんな感じだった。


 ■仕事

 〈次の営業先への到着〉 +10

 今日の訪問件達成でボーナス+500 現在六件 


 ■家庭

 〈十八時までに帰宅〉 +100


「営業先に行くだけで10ポイントかぁ。早く帰るとポイントがもらえるのも良いなぁ」


 友達と喋って盛り上がっている女子高生のクエストはこんな感じだ。


 ■勉強

 〈登校〉 +10 達成!

 〈全授業への参加〉 +500 達成!

 〈17時までの帰宅〉 +10


 ■交友関係

 〈友人との会話 累計五分以上〉 +10 達成!

 〈友人との会話 累計三十分以上〉 +50 達成!

 〈友人との会話 累計六十分以上〉 +500


「青春時代は友達を作るのも重要だよね。まずは十分でいいなら、引っ込み思案な性格でも話しかけてみよう、って思うかもね」


 道で歌うストリートミュージシャンが目に入った。彼のクエストは……


 ■バイト

 〈職場への到着〉 +10 本日のクエスト期限切れ

 ■音楽活動

 〈ストリートで歌い始める〉 +50 達成!

 〈ストリートで3曲歌う〉 +500 現在二曲目

 〈作曲ノートを開く〉 +10

 〈ギターを持つ〉 +10 達成!


「うーん、バイトさぼっちゃってるみたいだけど、音楽活動は頑張ってるね。とにかく、最初はノートを開くとか簡単なのが良いね。何事も始めるのが一番めんどうだからなぁ」


 どちらかというと怠け者であった私は、この世界が気に入った。引きこもりやニートも少なくなりそうだ。


「なかなかいい世界じゃないか……残念だなぁ」


 私が旅をする世界には、ある一つの共通点がある。それは避けられない定めだった。


「記録だと、もうそろそろだ。あっ、あれかな?」


 一人の中年女性が、重そうに大きなボストンバッグを両手で引きずるようにして歩いているのが目に入った。彼女のクエストを確認する。


 緊急クエスト!

 〈ボストンバッグを1丁目の街灯の下に持っていく〉 +1000


 女性は街灯にたどり着くと、抱えたボストンバッグをドスンと街灯の根元に放り投げた。私はちょっとひやっとしたが、クエストに丁寧に持っていく、と書かれていない以上、仕方ない。

 無事に1000ポイントを手に入れた女性は、達成感にあふれる満面の笑みでその場を去っていった。何を運んだか、ということはまったく気にしていないようだ。

 数秒後、ボストンバッグの周囲にいた全員に緊急クエストの通知が入り、皆一様に目的の物を探してキョロキョロしだした。


 緊急クエスト!

 〈街灯の下のボストンバッグを中央広場の銅像の下に持っていく〉 +2000


「おっ! 2000! これは美味しいぞ」


 ホテルの窓から見下ろす私の下で、ボストンバッグの争奪戦が繰り広げられている。幸運を手にしたのは、なんとさっき大学生から私を案内する役を強奪した、あの長身のパンチパーマの男だった。男の周りには殴られて気を失った人間が六人倒れていた。

 男は意気揚々とボストンバッグをつかみ、中央広場にかけていく。その後姿を、殴られずに済んだ代わりに争奪戦に負けた人々が恨めしそうに見送った。誰一人、ボストンバッグの中身を気にしている様子はない。


「うーん、やっぱりこの世界、ちょっと嫌だなぁ」


 暴力で緊急クエストを制したパンチパーマの男は、指定された銅像の下にボストンバッグを置いた。私を案内した時の分と合わせ、短時間に3000ポイントをゲットした男は、どこかに電話をかけながらその場を後にする。臨時収入が入ったから今夜は飲みにいこうぜ! とでも言っているのだろう。


「もうすぐ時間だな。おや?」


 怪しいボストンバッグを見つけ、一人の警察官が中身を確かめようと近づいていく。これでは記録と違ってしまうぞ、と思っていると、一人の若者が警察官を呼び止めた。若者のクエストにはこう書かれていた。


 緊急クエスト!

 〈三分間、警察官を引き付けろ〉 +5000ポイント


 ここからでは会話内容は聞き取れないが、一体どんな理由で引き留めているのだろうか。5000ポイントともなれば、普段眠っていた演技力が発揮されるのかもしれない。

 警察官を必死に引き留める若者の横を一人の女子高生が通り過ぎ、ボストンバッグに向かう。少し気の毒になったが、私には介入することはできない。女子高生が実行しようとしているクエストは冷静に考えればおかしいものなのだが、まったく躊躇う様子は無い。


 緊急クエスト!

 〈ボストンバッグの中のスイッチを押せ〉 +8000ポイント


 ボストンバッグの中身は何なのか? スイッチを押すと何が起こるのか? なぜこんな高ポイントがもらえるのか? そんな疑問は女子高生にはない。いや、この世界の誰もがそんな疑問を持たなくなっていた。

 小さな目標を積み重ねるのは、その先の大きな目標を達成する手段だったはずなのに。次第に提示される小目標をこなしてポイントを手に入れることが目的になっていったのだ。そんな日常に慣れ過ぎた人々は、思考停止でクエストをこなすだけになっていった。

 クエストの結果、何が起きるかも考えずに。


 ドカン! と鈍い音が街に響いた。私のいるホテルの窓がびりびりと振動するのが伝わってくる。ボストンバッグのあった場所には赤い真っ赤な炎の花が咲き、その周りに瓦礫と共に赤い塊が点々と転がっているのを見てしまい、私は思わず目をそむけた。

 窓の外では、悲鳴と共に人々がその場から逃げだしている。しかしその時、再び緊急クエストの通知が入った。


 緊急クエスト!

 〈火を消せ!〉 +10000


 そのクエスト通知を見た途端、人々はピタリと足を止めて方向転換し、自ら炎の方に向かって走り出した。どうやって火を消すのかも考えず、10000ポイントを横取りされないために。

 もう一度その炎が大きく膨れ上がったと思うと、さっきの爆発が可愛く思えるほどの大爆発が起こった。

 私の部屋はかなり高い階にあったので直接爆風を浴びることは無かったが、それでも窓ガラスが割れて飛び散った。ガラスの破片は私の体に触れる前に見えない壁にぶつかり、ぽとりと床に落ちた。私の旅にはこういった装備が必須なのだ。

 阿鼻叫喚の地獄の中で、緊急クエストが次々と発生する。


 緊急クエスト!

 〈消防車の邪魔になる車を動かせ〉 +1000 

 〈瓦礫の下敷きになった人を助け出せ〉 +10000

 〈お経を唱えろ〉 +10000

 〈死にかけの人にとどめをさせ〉 +50000

 〈二丁目のボストンバッグの中のスイッチを押せ〉 +10000


 少し遠くのほうで、またドカンと音がした。二丁目のボストンバッグの中のスイッチを押した人が、10000ポイントと共に人生の最後を迎えた音だろう。耳をすませば、悲鳴や泣き声、叫び声、誰かが唱えるお経とともに定期的に爆発音が響いてくる。


「なるほど、こうやって終わるのか。この世界は」


 私が旅をする世界。それは何らかの形で滅んでしまった並行世界だ。私は世界が終わる瞬間を研究している。滅ぶ直前の時空に転移して、滅ぶ理由や人々の様子を観察する旅人だ。

 この世界は、人々が何も考えずに提示されたクエストをこなして生活を送ることに慣れ切った結果、テロリストのハッキングによる世界同時多発爆弾テロが発生した。

 人々は自分が何をしているかもわからないまま、ポイント目当てに爆弾テロを分担した。爆弾を運ぶ人、スイッチを押す人、警察官を引き付ける人……と言った具合に。


「まず達成出来る小さな目標を設定する。ゲーム風にご褒美を与える。それ自体は良いことなんだけどなぁ。いつの間にか手段が目的になるのは、人間のさがなのか」


 私は転移装置を起動し、この世界を後にする。

 この世界は同時多発爆弾テロによる混乱の末、最終的に某国の大統領が達成したあるクエストにより滅んだという。


 特別クエスト!

 〈核ミサイルの発射スイッチを押せ〉 +10000000ポイント


〈了〉

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