第3話

ピロティに到着すると、警察とオーナーらしき人物が言い争っている姿が見えた。すぐに近くの警官が私に近づいてくる。

 

「君、生河宮さんかな」

「あっ、はいそうです」

「ここに来るのが遅かったが、一体どこにいたんだ?」

「あの、現場で気を失っていて、睡蓮さんっていう刑事さんに違う部屋に運ばれていました」

「何? うちに睡蓮なんて人は所属してないぞ」

 

「……えっ?」

 

 確かに彼女は警察手帳を見せなかったし、自分を刑事だと名乗ってなかった。

 それを聞いた部下らしき人物がこちらに駆け寄ってきた。

 

「すみません。もしかしたら睡蓮という人物、まだ来てない宿泊者の一人かもしれません」

「そうか。そいつが君を」

 刑事ではない彼女は、一体何者なのだろう。

「ともかく君は、事故現場を見たのだね。後で詳しく話を聞かせてもらおう」

 警官の思わぬ反応にすこし萎縮してしまう。

「あ、あの……」

 あの時は安心して話すことが出来たが、次はまた頭痛を起こしてしまうかもしれない。

 

 どう話そうか考えてくると、入り口から誰かが出てくるのが見えた。その人は間違いなく、私を看病した睡蓮さんであった。

 しかし先程とは違いローブをまとい、隣に長身の眼鏡をかけた男性を連れている。

 

「皆さん、犯人が推測できました」

 

 彼女の一言で、その場が一気にどよめき始める。その場にいた新米刑事らしき人が、彼女たちに詰め寄る。

「突然出てきて犯人が分かったって、君たちは一体誰なんだ!」

 

「申し遅れました。私は私立探偵の睡蓮獏すいれんばくという者です。隣は私の助手の木嶋きしまだい。人は私を、夢見探偵と呼びます。以後お見知りおきを」

 

 彼女たちはそろって頭を下げる。一挙一動揃った動作に、思わずピロティの喧騒も収まっていた。

 

「刑事さん、私たちの推理を確実にするために捜査資料を見せて頂けないでしょうか?」

「何を言っている、そんなもの一般人に見せることなどできな」

「おい新人、そこを離れろ。睡蓮、これが資料だ」

 

 その場のベテランらしき刑事が、資料のタブレットを渡す。どうやら彼女の事を知っているような素振りだった。

「いつもどうも。ふむ、うん、はいはい」

 しばらくして彼女はそれを返却した。

 

「これでまた一歩、真実に近づいた。さて皆さん、真相解明のために、今回どちらから来られたのか教えて下さい。では、そこのあなたから」

 その場にいた人物から、金沢や岐阜、名古屋など続々と地名が挙げられていく。

「皆さんありがとうございます。これで分かりました」

 

 

「犯人は、あなたです」

 

 

 彼女の指先は、に向いていた。彼もまた、出身は名古屋だった。

 

「えっ? 俺は違いますよ!」

 

「順を追って説明しましょう。今回の事件は突発的に起きたものと考えました。被害者の女性は、あなたの隣、生河宮さんと容姿が酷似していました。生河宮さんは現在、ストーカー被害を受けているそうです。そしてあなたは名古屋出身、さらに被害者の女性の隣の部屋に宿泊していた」

 

「つまり、何らかの要因で生河宮さんをストーカーしているあなたは、隣に宿泊していた被害者を生河宮さんと勘違いし、被害者が部屋に入る瞬間あなたも入り、抵抗する被害者を撲殺した。これが現在の私の推理です」

 

「……それなら俺の指紋やら何やら証拠があるはず。警察は凶器を見つけてないし、何よりあなたの推理は推測でしかないですか!」

 

「そう、私の推理はあくまで全てが推測。それを確実にするために……」

 

 彼女の目つきが一気に変わった。まるで獲物を見つけた大型獣のように。

 

「さて、皆さんにはいくつか嘘をついていました。一つ、被害者の死因は撲殺ではなく、です。現に現場から注射器が発見され、捜査資料にも載っていました。二つ、これは突発的なものでなく、始めから計画されていたものです。そして三つ」

 

 そう言った瞬間、彼女の手から何かが放たれた。それは物凄い勢いで飛んでいき、やがてオーナーがその場に倒れた。

 

 その探偵の手にはテーザー銃が握られ、瞬時に助手の人がオーナーを取り押さえていた。

 

「本当の犯人は、。あなたです」

 

 周りの目線が一気に集中する。しかし当人は一言も発することができない。

 

「さて、ここからが本当の推理です。実はこの旅館、各部屋に同じ花が飾られています。しかしネットでは、来る度に花が変わるとの書き込みもあります。その部屋は401号室、今回の事件が起こった部屋です」

 

「また、被害者の携帯から、インターネットのとある掲示板にこのような書き込みを見つけました。

『人生に疲れた方、私が終わらせます』と。いわゆる自殺幇助を行うサイトであり、場所はぼかされてますが、解読するとここを指していました。つまり、ここで形は異なりますが計画的な殺害が行われていた、という事になります」

 

「この書き込みから、犯人は旅館関係者であると考えられます。詳しく調べたところ、宿から隠し部屋を見つけ、そこからマスターキーと血のついた花瓶が発見されました」

 

 助手さんの手には一個の鍵、そして探偵の手には血のついた花瓶が掲げられていた。

 

「このことから、被害者はここに命を断つために訪れたが、何らかの理由でその依頼を断ろうとした。しかしオーナーとしても実態を知られる訳にもいかず、抵抗する被害者を花瓶で殴り気絶させ、そのまま殺した。

 しかし予定が狂ってしまい、死体処理を完了する間もなく朝を迎えてしまった。元々被害者は一人なので他に気付かれないはずが、偶然生河宮さんが見つけてしまった」

 

 私は思わず魅入ってしまっていた。初めて見た探偵が鮮やかに推理を述べる姿、まさに小説の世界のようだった。

 

「これが、今回の事件の展望だと推測します。さて刑事さん、動機は向こうで聞いてやって下さい」

「あ、ああ。おい、容疑者を連れて行け」

 

 一気に辺りが慌ただしく動き出した。オーナーは複数の警官によってパトカーに乗せられ、やがて連行されていった。

 

 

 かくして事件は解決された。後日警察の発表では、あの探偵の推理通りオーナーが犯人であった。始めは親切心で行っていたが、徐々に殺す事自体に快楽を覚えていったのが動機らしい。

 

 あの後私も無事に体調は良くなり、幸いにも後遺症は残らなかった。療養中にあの探偵『睡蓮獏』から一通の手紙が届いた。彼女は一度夢を見る事で事件の重要人物を知り、二度夢を見る事で事件を追体験できる事が綴られていた。その中で、私をしていた事を謝罪する文言もあった。

 

 それらの事にとても驚いたが、案外探偵というものはそういうものなのかもしれない。それ以上に私が驚いたのが、被害者『山笠友理奈』の遺言だった。


 自殺願望は親からの虐待から解放されたかったこと、私と話した事によって僅かに生きる希望が湧いたことが綴られていた。思わぬ形で命を奪われてしまった彼女だか、生前私に対して言葉を残していた。


『初めて楽しいと思える時間だった』

『せめてには幸せであってほしい』


 私はそれを知った瞬間、涙が止まらなかった。やはり、本当の彼女は心から優しい子なのだ。


そしてきっと今も、事件ある所に赴いているのだろう二人の探偵。


私は彼女たちに直接感謝をしたかった。しかし夢のように現れ、夢のように消えていった二人の探偵。


 もう一度会いたい──

 

 吉夢を突然獏に食われ、その僅かな記憶にまどろむように、いつの間に私は、既にある思いを寄せていたのだった。

 

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夢見探偵は旅をする 瑕疵宮 @cashemere_W

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