第2話
「……うっ、ここは?」
「あら、目が覚めたかしら」
傍から聞きなじみのない女性の声が聞こえる。段々と意識が覚醒していくにつれて、ここが自分が泊まっている部屋だと気づいていく。
「あの……あなたは」
「私? まあ警察に関係する者、かな」
どうやら彼女の名前は
「そうか、私はあの時、っ!」
あの部屋の事を思い出そうとするが、途端に頭痛が襲いかかる。
「ああっ、無理しては駄目よ!」
事実、意識を失いあの時の事をを思い出せないのも、私の気を保つための防衛反応と言えるだろう。そんな私を気にかけてか、刑事さんがペットボトルを差し出した。
「はいこれ水よ。飲めば落ち着くわ」
「ありがとうございます」
私は少し水を仰いだ。ひんやりとした液体が喉を駆け抜けていく感覚が伝わってくる。
症状は落ち着き、頭もある程度働くようになった。正直、このまま思い出さずにいたい自分がいる。しかし、真実を知るために私は一つ決断をした。
「睡蓮さん、何があったか教えて下さい。あの人とは昨日仲良くなったんです。彼女のためにも、私は向き合います」
しばらく静寂が辺りを包み、やがて彼女が口を開けた。
「……分かったわ。確かにあなたから何か事件について分かるかもしれないわ」
「でも無茶しないでね。話の途中で異常が現れたら、すぐに言って頂戴」
「はい。分かりました」
ベットの上で、一つ二つと深呼吸をする。段々と体から無駄な力が抜けていき、思考がクリアになっていく。その間睡蓮さんは資料をまとめていた。
「すうっ……はぁ……。では、お願いします」
「被害者の名前は
「……っ!」
それを聞いて、半ば強制的にあの時を思い出す。暗く明かりが灯る部屋に広がる鮮血痕と鉄の匂い。段々と呼吸が荒くなり、指先が震えてくる。
「はあっ、はあっ……っ!」
視界がチカチカとしていく中、僅かに私の手を握る彼女の姿が見えた。
「大丈夫。私がいるわ」
掌から伝わってくる暖かい感触。その上から何度も何度も手をさすられ、何とか落ち着きを取り戻す。
「はぁ、はぁ……ありがとうございます。もう大丈夫です」
「大丈夫? なら続けるわよ。現場からは犯行に使われたとされる注射器が見つかっているけど、鈍器が見つかってない。殴打痕からそれなりの大きさのものなのは分かるのだけど、部屋に合うものは無かった。とりあえず、今あなたに伝えられるのは以上だわ」
『山笠友理奈』
それが彼女の名前。
浴場で話した時の笑顔が鮮明に浮かぶ。今日初めて合ったが、まるで古くからの友だちのような明るさが彼女にはあった。そんな彼女がなぜ事件に巻き込まれなければならないのか。
「分かり、ました。私が思い出せる限りの事と大体同じです」
「そう、次は山笠さんについて何か知っているかしら」
「いえ、先程言ったとおり昨日初めて会った人です。強いて言えば、私にはストーカーの相談をしてもらったくらいしか話してないのであまり……」
私の知る事はおおよそ警察が捜査で分かったことであった。あまり役に立ててないのではないかという不安が頭によぎる。
「分かったわ。ストーカーの話も気になるけど、ひとまず置いとくわ。あとは、この宿について何か知っていることはあるかしら」
「うーん……」
私は必死に記憶を辿った。ホテルの値段やHPに怪しい所は無かった。チェックイン後もおかしな動きをする人は居なかったし、何よりあまり人と会わなかった。
しばらく頭を捻らせていると、ふとある記事を思い出した。
「関係あるかは分かりませんが、確か前にネットで部屋の花がどうとかの記事を見た覚えが。内容までは分かりませんが、ホテルの評価に関することだったと思います」
彼女はしばらく検索を繰り返すと、いくつかのサイトをこちらに提示してきた。
「……それはこれらのサイトにあるかしら」
「あっ、それです」
以前見た評価サイトを見つけ、彼女からタブレットを受け取った。
「えっと、これだ。確かここかな……」
ホテルの評価をいくつか見ていくと、少し引っかかる事があった。
「『いつも部屋の花が変わって良かったです』
『毎度同じ花が飾られていて少し季節感がなかった』
これかな……ん? 刑事さん、ここ評価がバラバラですね。何だかおかしくありませんか?」
「あら? そうみたいね。事件に関係するか分からないけど参考にしてみるわ」
「はい」
いくつかサイトにブックマークを付けて、彼女にタブレットを返した。
「さて、最後に生河宮さんに一つ伝えなければならないことがあります。この事は生河宮さんにとって少し辛いことかもしれません。聞くも聞かないも生河宮さんの自由ですが、どうしますか?」
迷うことは無かった。真実を知るためにどんな事も受け止めると決意したから。
「私は構いません。そのお話、聞かせて下さい」
「……分かったわ。ならこちらのサイトを見てくれるかしら」
タブレットに表示されていたのは、おどろおどろしい雰囲気を持つとあるサイトの画像だった。黒の背景にいくつかのタブがあり、赤文字で物騒な言葉が綴られていた。
「すみません、こちらは……」
「これはいわゆる闇サイトと言われるものよ。このサイトではいわゆる自殺の幇助を行うもの。彼女の検索履歴の一つにあったの」
「それってつまり……」
「そう。彼女は自殺願望を持っていたの。だから今回の事も、自殺ではないかという話もある。それに、彼女の携帯から遺書も……」
しばらく言葉が出なかった。あの笑顔の裏では、そんな事を考えていたなんて。
「……嘘だ」
彼女の笑顔は嘘偽りのないものだった。自死を決めた人のものとは思えない、心からの笑顔だった。
「刑事さん、彼女の死因は自殺なんかではありません! 何かきっと裏があるはずです。たった数時間の付き合いでも、これだけは確信できます」
私は睡蓮さんの目をまっすぐ見つめた。刑事さんは何も言わず、ただこちらを見つめ返していた。
「……そうね。今回の事件の中で、あなたが一番深く関わっているものね。こちらとしても、改めて事件として考えてみるわ」
「っ! お願いします」
私は彼女に深く頭を下げた。今はただ、
「あなたの心意気、しっかり受け取ったわ
貴重な情報ありがとう。さて、体調はどうかしら?」
「だいぶ楽になりました」
「そう? もう動けそうなら、貴重品を持ってピロティに行ってくれるかしら? 本当は私がついていくべきだけど、まだやらなければならない事があるからエレベーターまで」
彼女は袋から私の財布や携帯を取り出した。
「分かりました」
彼女から机の上の財布と携帯を受け取り、エレベーターへと向かう。既にこの階にエレベーターは止まっていたため、すぐに扉が開いた。
「では私はここで失礼するわ」
「睡蓮さん。介抱から何まで、色々とありがとうございました」
「うん、気を付けてね」
閉じゆく扉の前で、私は改めて礼をした。
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