第38話 降臨魔術

「《我、荒木昴が契約獣に命じる。我が現し世へ顕現せよ———》【召喚サモン・フィンリル】ッッ!!」


 その瞬間に辺りの気温が下がり、霜が出来始める。

 そして輝きが発生すると、そこには体躯5m以上もある白銀の狼が凛々しく立っていた。

 そして降魔をギロリと睨む。


「ッッ!?」


 降魔はそのあまりの威圧感に一瞬仰け反るも、逆に殺気を発生させて対抗する。

 そしてその間に反射的に新たな魔術を使っていた。


「《限界を超えろ———》【限界解除リミットブレイク】」


 その瞬間に降魔の体から蒸気が発生し、全身がミシミシと音を立てる。

 この魔術は魔法には届かないものの、魔術としては確実に最強格の1つへと数えられるものだった。

 効果は体の制限を意図的に解除すると言うもの。

 普段人間の力は3割程に制限されていると言われており、それ以上の力を使うと体のあちこちが負傷してしまう。

 しかし今の降魔は身体強化により体の全てが強化されている為、3倍以上もの負荷に耐えられる体となっていた。


 しかしそれでも降魔の表情は芳しく無い。

 それはフェンリルが降魔の想定していたものより強かったからだ。

 

 フェンリルの等級は最上級。

 更にその中でも最も超級に近い力を有していると言われている。

 何年も前はフェンリルの力を昴が使いこなせていなかった為に最上級中位程の力しか出せなかったが、今はほぼ100%の力を出せる様にまでなっていた。


「ふははは……はははは!! これで俺たちに敵うものはいない! お前の様な劣等生はさっさと死ねぇええ!!」

「殺したらお前は捕まるぞ——ッッ!? ———コ、コイツッッ!!」


 降魔の言葉が途中で中断される。

 何と降魔にフェンリルが突っ込み、その喉元を噛みちぎろうとしてきたのだ。

 それはモンスターを殺す時の行動と全く同じだった。

 元同級生として何度も見ていた降魔はそれに気付き、限界を超えた反射神経と身体能力でギリギリで避ける。

 

 そしてそのまま後方へ飛び、降魔は新たな魔術を発動させた。


「《我を守る盾よ———》【装甲】」


 その瞬間に降魔が光に包まれたかと思うと、降魔の周りを半透明の盾が無数に浮かび上がっていた。

 この魔術は結界魔術の高等魔術で、使用者を自動で守る盾になる。

 

 降魔はそれを使用した後、一気にフェンリルの懐に入り、凍った地面を踏ん張る事で割り、そのまま結界剣をフェンリルにブッ刺す。


「グルァァァァ!!」

「チッ———!!」


 しかしフェンリルもタダでやられるわけでは無い。

 鋭く巨大な爪を降魔に振り下ろす。

 降魔はそれを結界剣で受け止めるが———


 バキィッッ!!!


 結界剣は粉々に砕け、降魔へと迫る。

 しかし降魔はギリギリの所で体を捻って避けると、新たな魔術を発動させた。


「《我が道を切り開け!!》【次元移動ディメンション】」

「グルっ!?」

「なっ——」


 一瞬黒い裂け目ができたかと思うと、降魔の姿が掻き消えフェンリルの奥にいた昴の目の前に現れた。

 それに急いで対応しようとする昴だったが……


「———遅い」


 降魔の拳が顔面へとクリーンヒット。

 昴は物凄い速度で吹き飛び、壁へとクレーターを作りながら激突する。

 すかさずフェンリルが降魔を攻撃するが、まるで後ろに目がついているかの様に前方に転がって攻撃を回避する降魔。


「ハァハァハァ……ど、どうだ……!」


 降魔は司会者に目を向ける。

 そんな降魔の視線の意図を感じ取った司会者はすぐさま終わりの合図を———


『しょ、勝者——』

「グルアアアアアアアア!!」

『ひっ———』


 しかしその声はフェンリルの鳴き声でかき消される。

 降魔が何故今更吼えたのか首を傾げていると、いきなりフェンリルが動き出す。

 降魔——ではなく、


「えっ……」


 降魔を応援する為にいつの間にか最前列へと来ていた双葉に。

 フェンリルの意図に気づいた降魔は無詠唱で双葉の前に結界を張り、その結界が少しでも耐えている隙にフェンリルの横っ腹を全力で蹴り飛ばす。

 最早人外の領域にいる降魔の蹴りを喰らったフェンリルはその巨体を大きく浮かばせて倒れる。

 そして降魔は双葉の元へ駆け寄り、


「大丈夫か!? 怪我は!?」

「ちょ、降魔!?」


 双葉の体をガシッと掴んで聞く。

 それに双葉は違う意味でテンパり思わず大声を上げる。

 その間にも降魔は双葉に怪我がない事を確認する。

 

(はぁ……よかった……怪我はない……)


 怪我がない事を確認した降魔はほっとため息を吐いた後、キッと昴を睨み、昴に向けて叫ぶ。


「一体どう言うつもりだッッ!! 何故双葉を狙ったッッ!?」

「こ、このままでは終われないんだ……この場所にはお、お父様が来ているんだ……。こんな所で無様な姿は見せられない……!」


 降魔はそんな自分勝手な理由を聞いて憤怒を露わにする。


「貴様……絶対に——許さん」


 その瞬間に降魔の魔導バングルがピシッとと言う音を立てながら太陽の光の如く目が開けていられないほどの輝きが発生する。

 そして降魔は控え室で書いていた中でも特にでかい魔術陣を取り出し、言葉を紡ぐ。



《我、この身を捧げる事を誓う——》

「な、なんだそれは!?」


 全く聞いたことの無い詠唱に驚愕の表情を浮かべる昴。

 しかしそんな昴を無視して降魔は全身にマナの奔流を纏い言葉を紡ぎ続ける。



《願わくば我が身に降臨したまえ———》



 マナの奔流が降魔の体を包み込み、降魔の姿が見えなくなる。

 しかしふと声が昴だけでなく、双葉やその他の観客にも届く。


 後世で有名になるこの光景を人々はこう呼んだ。



 ———人類の特異点だ——と。




「《そしてその力を振るわせたまえ——


 ————【降臨フェニックス】————」



 ———世界に完全なる不死鳥が舞い降りた。


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