黒い子が私のあとをついてくる

烏川 ハル

黒い子が私のあとをついてくる

   

「ねえ、パパ。今日、すごいこと見つけたの!」

 幼稚園からの帰り道、優香が嬉しそうに語り始めた。


 昼間の晴天が嘘のように、夕方の空は分厚い雲に覆われて、太陽も顔を隠している。

 しかし私の心は晴れ渡っていた。娘の笑顔こそが、私にとっては太陽だからだ。


「あのね、ずっと私のあとをついてくる子がいるの!」

 さすが私の娘だ。幼稚園でも人気者なのだろう。

 たくさんのファンから追っかけられる、大人気アイドルみたいだ。

「それがね、ちょっと変わった子なの。いつも真っ黒なの」

「真っ黒? 黒いお洋服かい? それとも、よく日焼けしてる男の子かな?」

「違うの。黒い子なの。頭のてっぺんから足の先まで、ぜんぶ真っ黒! 面白いでしょう?」


 優香は相変わらず笑っているが、私の心には、さざ波が立ち始めていた。

 全身黒ずくめならば、まるで不審者ではないか。ファンというより、ストーカーのイメージだ。

「その黒い子って、幼稚園にいる間、いつも優香を追いかけ回してるのかい?」

 心配は顔に出さず、努めて冷静な口調で尋ねてみる。

 優香は首を横に振るので、私は一瞬安心したが……。

「幼稚園の中だけじゃないよ。お外に出てもついてくるよ」

 娘が否定したのは、思いもよらぬ点だった。

「だけどね、今はいないの。どうしたのかな?」

 ちらりと後ろを振り返り、不思議そうに首を傾げる。

 もはや優香は、その黒い子の存在に慣れてしまい、「いる」状態が普通と感じているらしい。むしろ「いない」ことに違和感を覚えてしまうらしい。

 ああ、これはストーカーによる刷り込みではないか!

 頭を抱える私の横で、娘が無邪気に呟く。

「どうしたの、パパ? どこか痛いの?」



 翌日の朝。

 私の心とは裏腹に、澄み切った青空が広がっていた。

 明るい日差しの下、娘と二人で幼稚園へ向かう。

 歩き始めてすぐ、ニコニコ顔の優香が足元に指を向けた。

「ほら、いつもの黒い子! また出てきたよ!」

 娘が指差す先にあるのは、彼女自身の影だった。

   

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黒い子が私のあとをついてくる 烏川 ハル @haru_karasugawa

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