幼なじみは、ときどき探偵

小谷杏子

そのラブレター、だれのもの?

 私、陣ノ内じんのうち乙女おとめはいま、崖っぷちに立っている。

「今回、赤点ギリギリだった者は夏休み中に復習しておけよ! いいな、とくに伊達だて!」

 担任のタモツ先生が私の横にいる修磨しゅうまをにらむ。

 しかし、修磨は私の答案をのぞき見していた。

「なんだ、乙女も赤点じゃん」

「私はギリ赤点じゃないから! 一緒にしないで!」

「かしこそうな顔してるのに勉強できねぇって、いらんギャップだよなぁ」

 そう言って笑う幼なじみの伊達修磨はアホだ。見ると、ほとんど一ケタ台の点数をとっている。

 しばらくもみ合っていると、タモツ先生がイライラと教卓を叩いたので私たちはすぐにだまった。

 周囲がクスクスと笑う。あー、はずかしい。


「毎度毎度、大変だねぇ」

 放課後、昇降口へ降りていくとき、ミユリがあきれた様子で言った。

「ほんとよ! 修磨ったら、いつまでたっても子どもなんだから!」

「でも、修磨くんってたまーに、おとなっぽい顔することがあるよね」

「あー……あれはね……」

 私は口ごもった。

 ほとんどの子が知らない修磨のヒミツ。それは──

「あ、ウワサをすれば。おーい、修磨くーん!」

 ミユリが手を振る先に、修磨とその友達、ユウジくんがいる。

 近くまで行くと、ふたりはなにかを持って盛り上がっていた。

「なぁ、聞いてくれよ! 伊達にラブレターが!」

「えっ、うそ!? だれから、だれから?」

「それが、差出人がなくて」

 当の本人よりユウジくんが説明してくれる。

「ついにオレにも春がきたな。待ちくたびれたぜ」

「季節は夏なんだけどな」

「うるさいぞ、ユウジ! モテない男はひがみっぽいなぁ!」

 修磨はニヤニヤと笑いながらカワイイ封筒を見せびらかす。

「なんて書いてあるのー?」

 私は勝手にひったくった。出てきたメッセージカードをみんなと一緒に見る。


『伊達センパイへ。放課後、図書室で待ってます』


「放課後ってことは、いまじゃん。修磨くん、急いで図書室に行ってきなよ」

 ミユリが言う。

「よーし、待ってろよ、オレのカワイイ小鳥ちゃん!」

 調子よく燃え上がる修磨。すぐに走り去っていく。

 その後ろをユウジくんが追いかけ、私とミユリもついていった。

 図書室は校舎の三階にあり、階段を上がってすぐ右手にある。

 修磨が元気よく図書室へ入っていく。私たちは遅れて到着し、こっそり様子をうかがった。

「そもそも、なんで伊達なんだ? あいつ、顔も身長もイマイチだし、成績は下の下じゃん」

 ユウジくんが苦々しく言う。

「そのとおりよ。あんなヤツにラブレターわたすなんて正気じゃない」

「ふたりとも言いすぎ……」

 上からユウジくん、私、ミユリの順でのぞくと、奥から女の子の声が聞こえてきた。

「ごめんなさい! 違います! あなたじゃないです!」

「でも、このラブレター書いたのって君だろ?」

「そうだけど……ごめんなさい!」

 それからバタバタとこちらへ走ってくる女子。小柄ゆえに制服がブカブカで、おさげをなびかせる。

 とっさに廊下へ出た私たちに気づかず、その子は逃げるように走り去っていった。


 どうやらフラれた修磨は学校を出てからずっと泣いていた。

 まぁ、最初からおかしいとは思ってたけどね。修磨にラブレターなんて百年早いもん。

 でもあんまり泣くので、だんだんかわいそうになってきた。

「……なぁ、乙女」

 ふと、修磨が静かに口を開いた。不思議そうに聞いてくる。

修磨こいつはどうして泣いてるんだ?」

 その言葉に、私はハッとした。

?」

 おそるおそる聞くと、彼は「あぁ」と涼しげに答えた。

 伊達修磨は二重人格である。

 仲良くなった頃にはすでにこの調子で、ときどきソウマになっていた。細かいことはよくわからないけれど、修磨が二重人格だというのは他の子にはヒミツなの。

「さっきフラれたんだよ。ラブレターもらったのに。残念だったねぇ」

「ラブレター? 修磨に? 冗談だろ」

 涙をきれいさっぱり拭きとったソウマがビックリして言う。

「ポケットに入ってるはずよ」

「うわ、本当だ。それなのにフラれたのか。そもそもなぜ修磨に告白しようと……」

「自分のことなのに他人事ね」

「そりゃあ、ボクは修磨じゃないからな。記憶も共有できないからテストの時に使えねぇって、よく日記に書いてるよ、修磨あいつ

 だからいつも赤点なのね。ソウマはとても頭がいいのに、なんでテストの点数が悪いんだろうって不思議だったの。ナゾがひとつ解けたわ。

「まぁ、テストも終わったことだし、このラブレターのナゾを解いてみようか」

 なんだか清々しい顔をして言うけれど、あんた、テストの役に立ってないからね。

 でも、そのナゾは私も興味がある。


 ***


 翌日。

「おい、乙女」

 朝のホームルームが終わったあと、修磨がヒソヒソと私に話しかける。

「日記に書いてあったんだけどさ……ソウマがラブレターのナゾを解き明かすって?」

「みたいね。あんた、ちゃんと昨日のことを日記に書いたの?」

「書いたよ」

 修磨は顔をしわくちゃにしかめて言った。

 三日坊主な修磨が毎日欠かさず続けているのが日記だ。直接話すことができないふたりの連絡手段だという。

 修磨は昨日の事件を思い出したのか涙ぐんだ。あらら、だいぶ引きずってる。

 すると、顔色がスッと急に変わった。

「あー、また引っ込んだぞ、修磨」

 ソウマが出てきたみたい。

「乙女、次の授業は何?」

「体育よ」

 答えながら体操服を持つと、彼は顔をこわばらせた。修磨は勉強できない代わりに体育が得意だけど、ソウマはその逆だ。


 今日の体育はサッカーだ。しかし、ソウマは紺色ジャージをはおって、コートの外に座って考えごとをしている。

 そのジャージは先日、私がペンキをつけたあとがあり、洗濯で取れなかったもよう。

 私は背中の上部に書かれた「DATE」という文字を見ながら近づいた。

「推理中?」

「あぁ。修磨の話だと相手は一年生で名前はわからない。その子から『あなたじゃない』と言われた……ここで二つの仮説を立ててみた」

 ソウマがひとさし指を伸ばす。

「まずひとつ目は、修磨があまりにも失礼だったからショックでフッた」

 次に中指を伸ばす。

「ふたつ目は、そもそも告白したかったのが修磨ではなくボク、ソウマだったから」

「え……?」

「彼女が見た〝伊達センパイ〟は修磨ではなくボクだったという可能性だ」

 あきれた。それ、自分で言っちゃうのね。

「今日はボクが行ってみようと思う」

 私の困惑を無視するソウマは、体操ズボンのポケットから封筒を取り出した。

「今朝、これが下駄箱に入ってたんだ」

 それは昨日見たものとほぼ同じ封筒。中を見てみると、文面が昨日とは少し違っていた。


『昨日はすみません。確かめたいことがあるので今日もまた放課後、図書室に来てください』


 すると、急にソウマの視線が真正面を向き、私もつられて顔を上げた。サッカーボールが勢いよくこっちへ飛んでくる。

「じゃあね」

 ソウマがすばやくつぶやくも、私は逃げるのに必死であわてて立ち上がる。

 その時、目の前が陰った。立ちはだかるのはソウマじゃない。いまは──

「あっぶねーな! おい、おまえら、下手なシュートうってんじゃねぇ!」

 修磨がキャッチしたボールを怒りとともに蹴り上げる。

「乙女、だいじょうぶか?」

「え、あ、うん……だいじょうぶ……」

 まさか修磨が助けようとしてくれるなんて。

「乙女、あとでソウマがなに言ってたか教えろよ! じゃあな!」

 そう言うと修磨はジャージを脱ぎ捨てながら、元気よくコートへ走っていった。


「──ということなの」

 体育が終わって制服に着替えたあと、私はすばやく修磨に説明した。授業中もヒソヒソ話し合う。

「なんでオレじゃなくてソウマなんだよ」

「いや、まだ決まったわけじゃないし、それに」

「これでハッキリしたら、その子はソウマと付き合うんだろ? やってらんねぇよ。あいつのラブラブ日記を読まされるなんて」

 まだ確定したわけじゃない未来を想像して怒る修磨は、プリントの文字を塗りつぶしていく。

 私はあきれてため息をつき、話を変えた。

「とにかく放課後はソウマと入れ替わるの。できる?」

「あぁ、そのためにコイツを持ってきた」

 修磨はスクールバッグから古ぼけた水色のキャップを出した。小さい頃からずっと愛用していて、これをかぶるとなぜか強制的にソウマと入れ替わることができるの。

 まぁ、それなら大丈夫でしょう。


 ***


 すべての授業が終わり、私と修磨はいっしょに図書室へ向かった。

 苦い顔をする修磨は水色のキャップをかぶる。

 すると、つばの向こうで彼の目つきが変わった。にこやかな笑顔を浮かべる修磨──ではなくソウマが現れる。

「それじゃあ、行ってくるよ」

 私は昨日と同じくドアの前で待機。ジャマしちゃ悪いからね。

「やぁ、待たせたね。確かめたいことってなにかな?」

 単刀直入に言うソウマ。相手の女の子はなかなか話さない。いや、私が聞き取れないくらいの小さな声で話しているようだ。ソウマの相づちが聞こえる。

「なるほど。それはボクのことじゃないかな? この顔に見覚えは? えっ、あ……そう……アハハ、それなら仕方ない」

 うーん、なにを話しているの?

「すみません! もう伊達センパイのことは忘れます!」

 そう声を上げて飛び出す女子。今日は私と少しだけ目が合う。

 でもすぐにそらされ、バタバタと逃げていった。遅れてソウマが帰ってくる。

「……どうやらボクでもないらしい」

 その声は昨日の修磨と同じくらいどんよりとしていた。

「そりゃそうでしょ。あんたたちの顔は同じなんだし、修磨でもなければ当然ソウマでもないわ」

 まったく、もう少し自分たちが同一人物であることを自覚してほしい。

 ソウマは「たしかにそうだ」とさびしそうに言ってキャップを取った。すぐに修磨に戻る。

「どうだった? あいつ、告白オーケーした……」

 私は無言で修磨の背中を押し、昇降口まで追い立てた。


 帰り道、昨日よりは元気な修磨がガラにもなく今回の件について考えこむ。

「オレでもソウマでもない。じゃあ、第三の仮説が必要だな」

「そう……でも、あの子ははっきり『伊達センパイ』って言ってた。うちの学校に『伊達』って苗字の人、あんたしかいないし」

 あの子が名前を間違えて覚えてる可能性もあるけれど。

「んー……まぁ、ここはソウマにまかせようぜ」

 修磨はあっさりと考えることをやめた。

 一方、私は脳内の記憶をたどる。

「それにしても、あの子……どこかで見たような」

「乙女、知ってんの?」

「ううん。でも同じ学校だし、見覚えがあっても不思議じゃないよね」

「体育祭で同じブロックだったとか? ほら、おまえはブロック旗をつくる係だったろ」

 うちの学校ではクラスごとにブロックがわけられ、準備期間中は放課後、体育館で各ブロックごとに一年生や三年生たちと顔を合わせる。でも、あの子は違うブロックのはず。

 私は首をかしげた。


 そんな疑問をあっさり解決したのは、やっぱりソウマだった。

 翌日、珍しく修磨が早起きして私の家までやってきた。

「おい、乙女! 放課後、ソウマが謎解きするぞ!」

「あぁそう……で、なんでわざわざ私んちに来たのよ。まだ六時半よ」

「おまえにも手伝ってほしいからだ」

 いったいなんなのよ。

 ソウマが書いたメモを私の顔に押しつける修磨を家から締め出し、急いで身支度をした。


 ***


 先入観というのは時に思考をさまたげるものらしい。今回はこの先入観が重要なキーワードとなる。

 放課後、彼女を呼び出した私と修磨は図書室へ向かった。

 キャップをかぶる修磨が、ソウマへと切り替わっていく。

「やぁ、連日すまないね。草野さん、君が探している〝伊達センパイ〟を連れてきたよ」

 その言葉に、草野さんは息をのんだ。

「そうです、わたしが探している〝伊達センパイ〟はあなたです!」

 草野さんがまっすぐに私の方へ向かってくる。

「ごめんね、草野さん……私、伊達じゃないの。陣ノ内乙女っていいます」

 気まずく自己紹介すると、彼女は口に手をあてておどろいた。

「え、でも、だって、センパイの制服……それに、ジャージも」

「これはボクが彼女に貸したジャージ。そして、このズボン。うちの制服に男女兼用のスラックスがあるのは君も知ってるはずだ」

 ソウマが静かに言う。

 そのとおり。去年から男女兼用のスラックスが導入され、とくに女子は制服を自由に選んで着ている。

「草野さんがこの〝伊達センパイ〟に会ったのは?」

「体育祭の準備中。ブロック集会です」

「そうだね。当時、放課後は制服の上からジャージを着る人もいたし、女子もズボンをはいてることがあった。乙女は体育祭の練習中に足を怪我してね。それでしばらくズボンをはいていたんだ。そこにボクが貸したジャージを着たら、架空の〝伊達センパイ〟が出来上がる」

 しかも、体育祭だからと張り切ってショートカットにしたもんだから間違われても仕方ない。

 私は頭を抱えた。草野さんも頭を抱えている。

「あの時、たまたま通りかかったセンパイがわたしを助けてくれたんです」

 草野さんの言葉で、私もようやく思い出した。

 男子がふざけて女の子に寄りかかってしまった。その先にはペンキを塗ったばかりの旗があり、私はとっさに彼女を支えた。それが草野さんだったのだろう。

「ジャージの名前が〝伊達〟で、上履きの色が青の二年生だったから先生に聞いて、ようやく突き止めて……」

「そしたら、この男が出てきたわけね。そりゃびっくりしちゃうわ」

「お目当てのセンパイとは別人の伊達だからね」

 ソウマがゆかいそうにクスクス笑う。すると草野さんは顔を真っ赤にしながら私に手を差し出した。

「あの、陣ノ内センパイ。お友達になってくれませんか?」

 勇気を振りしぼって言うかわいい後輩。その手をとらないはずがない。

「よろこんで!」

 こうして、ナゾのラブレター事件はソウマの推理によって幕を閉じた。


 ***


「さすがソウマ。あっさり解いちゃうなんて」

 帰り道、おそろいのズボンをはいて帰る私たち。

 草野さんのぬくもりが残った手を握っていると、ソウマは得意げに笑った。

「全部日記に書いてあったからね。体育祭のこと、乙女の知り合い説、第三者の存在や先入観も全部ね」

 先入観──探してる相手が男子とは限らない。まさにそのとおりだ。

「要は現象を一旦バラバラに崩して、別の方法で組み合わせただけ。パズルみたいなものだよ」

 簡単に言ってるけれど、私や修磨には真似できないことだわ。

「いやぁ、楽しかったなぁ。フラれたのは残念だけど」

 たしかに、修磨もソウマもフラれたことになるのよね。かわいそうに。

 でも、ソウマの顔は晴れやかだ。

「大事にしなよ、かわいい後輩のこと」

「わかってるよ。ちゃんとかわいがってあげるんだから!」

 堂々と宣言するとソウマは優しげに笑った。

「まぁ、謎解きならまかせてよ」

 そう言いながらキャップを取る。徐々に顔つきが変わっていく。

「オレたちが解決してやるからさ」

 修磨がおどけるようにパチンと指を鳴らした。

 まったく……ときどき探偵のこの幼なじみは、やっぱり変なヤツだ。

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幼なじみは、ときどき探偵 小谷杏子 @kyoko

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