第5話 探る霧雨 二
誰も何も言わず沈黙が辺りを支配する。
周りで、護衛も兼ねて話を聞いていた若者達はお互いに目配せし、静かに武器の位置を確かめた。
老人達や子供たちは避難しているのか姿はない。
誰しも表情が硬く空気が張り詰める。
「
花琳は内心の動揺を抑えながら剛を見る。
「今、皇帝陛下の側室として傍にいる御方は別人だ。朱家のお姫様には間違いないが内攻師ではない。あの御方は双子だった。禁忌とされたため御一人はすぐに隠された。普通なら殺されていたが、その御方は力をお持ちだった。だから、生きながらえた」
この男は全てを知っている。
知っているからこそ、ここまで探しにきたのだ。……私を。
闇に葬られた話を全部知っているなら、この男は武官どころではない。陛下の側近か禁軍の天官以上かも知れない。
観念したように花琳は微笑みを浮かべた。
その花琳の顔を見て剛は辛そうに口をひらく。
剛は立ち上がり片膝をつくと頭を下げる。
「……申し訳ございません。夏雨様。いま一度、我々と共に都へとご帰還願います」
浩然や慶木はもちろん、周りにいた男達が一斉に武器を剛へと向ける。
だが首に剣を突きつけられても剛は動じず、花琳と名乗っていた夏雨を見上げた。
「どうして私だとわかったの? 上手く痕跡は消したと思ったのに」
「何度か……暁雨様にお会いしたことがあります。さすが双子でございますな。お顔がそっくりでございます。お会いした瞬間わかりました」
剛が笑った。
すぐに殺されるかも知れないのに、そんなことは何でもないように彼は笑った。
まるで懐かしい友を見るような目で。
「……行かないわよ」
「手荒な真似をしてでも連れて来るようにと陛下から言われております。たとえ、ここの者を全員殺してでも」
――空気が変わった。
最初に動いたのは浩然だ。
剛に突きつけられていた剣を振り払う。それを合図に男達も首を落とそうと動くが、剛は一瞬の内にその場からいなくなった。
刃が重なり合う不気味な音が響く。
「どこに行った!」
「井戸だ」
周囲を警戒する中、最初に剛の姿をとらえたのは浩然だ。
井戸の石の上に彼は立っていた。具合が悪かったのは演技だったのかも知れない。俊敏な動きは土楼の男達の動揺を誘う。
そして、彼は長剣を鞘から引き抜いた。
「全員、下がりなさい。あれは呪妖の……なぜあの剣をあなたが持っているの?」
剣の刀身は紅く染まっている。
古くから朱家の奥底で眠っていた呪われた秘刀だ。
朱家の先祖の一人が乱心した時に、血を吸いすぎて呪われたとされる妖刀。あれを使うだけで精神が蝕まれ自我を失う。だが、それと引き換えに国をも揺るがす力が手に入る。
何人もの一族が試し、そして命を失った。
そのため朱家の奥底に封じられていた刀。それを剛が持っている。
暁雨の仕業としか思えなかった。
双子の片割れがなにをしたいのか見当もつかない。
それよりも今はこの男だと、浩然が止める間もなく、夏雨が剛にむかって駆けていった。
その間に気を練る。
濡れた地面から水滴が空中に浮かび刃を作り上げる。それも幾重も。
剛の周りを囲むと勢いよくぶつける。だが、その刃は寸前の所で地面に叩きつけられ水へと戻る。髪一本かすりもなく。
「……なぜ?」
もう一度試みようとするが、気が上手く練れない。いつもなら、すでに夏雨の足元に敵が転がっている。なのに内攻が使えない。
「花琳! 危ない!」
浩然の声を聞いた時はもう遅かった。
内攻が使えず気が逸れて対象から目を離してしまった。
「一緒に来ていただけますか? 夏雨様。申し訳ございません」
剣を突きつけられるかと思ったら、なぜか剛の手が夏雨の腰に回って抱き抱えられている。しかも、剛の方が困った顔をしていた。
「あなたも内攻師なのね……」
「……はい。私の能力は全ての内攻師が対象です。全ての力を無に反します。もうお止めください。私に内攻での攻撃はききません」
「それって……ずるいわ」
絶望というよりは、負けた悔しさで夏雨は降参した。
後宮に降る雨 在原小与 @sayo
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