第4話 探る霧雨

「内攻師をお探しと聞きましたが?」


「……あなたは?」


 男二人の周りにいる慶木や土楼の男達の間から花琳は声をかけた。

 その声はとても落ち着いていて、張り詰めた空気を柔らかくする。


 男は、花琳を見て一瞬驚いた表情を見せた。それがどんな感情かはわからない。だが、すぐに真剣な表情へと戻った。

 遠くからでは気が付かなかったが、元気だと思っていたこの男の顔色も悪い。額からは汗が流れ呼吸も荒い。


 疲れからなのか、この男も病にかかっているのか判断はつかなかった。

 倒れた男を見ると、意識はかろうじてあるが、受け答えは出来ないようだ。土楼にいる医師と薬師の二人が弟子達に指示を出し診たてを始める。


 齢、七十を迎えている医師が慌てず声を荒げない所を見ると心配ないようだ。大量の水を少しづつ飲ませ男を涼しい土楼の中へと運ぶように指示を出す。


「ここでしばらく治療すれば問題ないだろう。熱当たりと栄養が足りないようだ。水も持っていないようだ。旅人にしては荷物が少ないな。物盗りにでもあわれたかな? この辺は長閑のどかな土地だが、なにかお困りなら相談するがよい」

 

 白い立派な髭を触りながら老年の医師は男に問いかける。だが、男は困ったような表情を見せるだけで答えなかった。

 その間も、何度も汗を拭っていた。


「話すならあっちの涼しい影へ行け。それと、その男にも水と食い物を出せ。二人も患者が出ると困るからな」


 医師はそう言うと、倒れた男だけを弟子に運ばせ土楼の中へと入って行く。その後ろを屈強な男三人が付いて行った。

 なにか問題が起きた時の護衛にと。

 

「あっちで話そう」


 慶木は、見ず知らずの男に食料を渡すことに難色を示したが、昔からいる医師の言葉に渋々頷いた。


 向かった先は土楼の一階。

 大門から入ると、中央には始祖を祭る廟。井戸が三つ離れて存在している。

 一つは洗濯場に。あとの二つは飲み水に使われていた。井戸の周りには鶏や豚、兎などの家畜が飼育されている。


 廟を中心に円形に建てられている土楼は、一階は軒下に調理場と食堂がいくつも作られ仕切りは一切ない。

 住人多いため、各自決められた場所で好きな時間に調理し食す。


 二階は穀物庫や薬庫。三階、五階、六階がそれぞれの家族の臥室となっている。そして四階は竹細工を作ったり、農具の手入れや子供達を遊ばせる広間と臥室。

 倒れた男が運ばれたのは、二階の治療室だ。


 花琳達が移動したのは、一階の食堂。

 そこで、男に水と果物。それと野草で作った饅頭を出す。

 男は食べるか迷っていたが、お腹が空いていたらしく、すぐに食べ始めた。


 男が食べ終えると、慶木が口を開く。


「それで、ここには何をしに来た? ここは絶壁にある土楼。都からも遠い。旅人もここへは目的もなく来ない」


 男は長旅だったのか、黒い衣は薄汚れ疲れ切っていた。体を横たえて休みたいのは誰の目にもあきらかだ。

 だが、見知らぬ旅人を休ませるほど甘くはない。


「さっきも言ったが、水の内攻師を探している」


 男が口を開くと、その場にいた者達の顔に緊張が走る。

 それほど、この国で内攻師は貴重な存在だ。


 自らの気を練り、その気を自然の力「雷」「火」「氷」「水」などへと姿を変え、放出する人間離れした力は、遥か昔、一人の男が小国を潰したと言い伝えがあるほど。それほど巨大で危うい。

 そのため、内攻師が現れると保護の名目で王宮に連れて行かれ、行動を監視、制限される。その見返りとして、一族には一生、生活には困らない金銭と名誉ある職が与えられる。


 だが、逃げだそうとした者は、同じ内攻師から命を狙われ家族を人質にとられることになる。

 それほど、内攻師は重要な存在だった。



「あなたは何のために内攻師を探しているの?」


 難しい顔をして、どう答えて良いか迷っている慶木や浩然に代わり、花琳が問いかける。


「もしや、水の内攻師が何処にいるのか知っているのか? 助けがいるんだ。教えてくれ。都が危ない」

「都が……どうしたの?」


 鬼気迫るような男の口調に、花琳が首を傾げる。

 花琳達が住んでいる土楼から都までは、馬で十日かかる。徒歩ともなると、その倍以上だ。それ故、都の情報には疎かった。


「まだそれほど深刻ではないが、いずれ国中が知るだろう。……雨が降らないんだ。いや、全く降らない訳ではない。だが、降ってもまとまった水量ではない。このままだと、いずれ水がなくなる。あの……三年前のように」


 静かに話を聞いていた土楼の住人達がざわめく。その声が伝染するように土楼中を駆け巡る。


「静かに! まだ真実かは不明だ。落ち着け」


 慶木が落ち着くようにと、皆に声をかけた。

 男の表情は悲痛そのもので、それが嘘とは思えない。だが、花琳にはそれが真実だとは思えなかった。


「嘘。雨が降らないはずがないわ。だって、三年前、雨を降らせた内攻師様がいるじゃない。その方は皇帝陛下のお妃様になったと聞いたわ。確か、南方、朱家のお姫様。あの方がいる限り雨は降るし水不足にはならないわ」


 その断言するような言葉に、男は花琳を見つめる。

 何かを探るような瞳は気持ちの良いものではないが、花琳は目を逸らさずにじっと見返す。


「詳しいな。ここまで暁雨様の話は伝わっているのか。そうだ。暁雨様がいてくだされば問題ないと思っていた。水に困っていた三年前も助けてくれたのはあの御方だったから。だが、今は無理だ。……ここはまだ纏まった雨が降るのか」


 男は額の汗を手で拭うと、話をいったん止め空を見上げた。

 昨晩まで雨が降っていたせいか、地面は濡れていて水瓶や堀の水はいっぱいだ。それを男は羨ましそうに見ている。


「朱家のお姫様になにかあったの? 無理ってどういうこと?」


 話の先が気になった花琳が男に詰め寄よろうとするが、それを浩然が引き留めた。


「落ち着け、花琳。まだ、こいつらの身分がわからない。近づくな。お前たちはどこの者だ? 何が目的でここに来た?」


 花琳に「落ち着け」と何度も言うと、浩然が男と向かい合う。


「伝えた通りだ。水の内攻師を探している。ここに来た目的は、この一帯にはまだ纏まった雨が降っていると聞いたからだ。ここに水の内攻師がいる可能性が高い」


「どうしてそう言い切れるの? 国中の内攻師は全て、皇帝陛下のいる宮中にいるでしょう? しかも吏部りぶ刑部けいぶが把握していると聞くわ。何処にでもいる訳じゃない」


「随分と物知りなお嬢さんだ。名前をお聞きしても?」


 慶木が何か言おうとするのを遮り、花琳は口を開く。


花琳かりんよ。あなた達の名前も教えて貰えるかしら?」


ここにはいないもう一人の名前と素性も一緒に問う。




「俺の名前はごうだ。もう一人は、弟の僑催きょうさい。ここに来た目的は、三年前に国を救った水の内攻師、夏雨様をお探しし都へお連れすること」

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