神座サトリは誰にも言えない

石濱ウミ

・・・


 ……おはようございます。

 皆さまご存知、神座サトリです。


 知らない? またまた。

 とはいえ毎朝、顔をすれ違わせているのに自己紹介は、初めてでしたね。

 はい、今朝も通常運転で寝不足ながら、そこそこ元気に学校へ向かっております。

 え、見れば分かる?

 おっと、そういえばそうでした中学校の制服をバシッと着ておりました。

 でなんで、道を歩きながら今頃になって挨拶をしているのかって?

 もう、そんなこと分かっている癖に。

 実はですね。昨夜、とある漫画を夢中で読んで、はたと気づいてしまったんですゴメンなさいって誰か聞いていますか? もちろん? 

 あー、あー、ゴホンっ。

 言っちゃって、良いですか? 

 ……言っちゃいますよ? 言いますよ。

 わたしは……わたし自身の思念思考が周囲にダダ漏れのに罹患しているッ。


 ハイ、言いましたよ。

 って……。


 ほら、そこの道ゆくスーツ姿のオジサン。

 わたしのこと、ちらりと見ましたね?

 あ、ホラまた。

 別のオニイサンも、急ぎ足で通り越して行くとき横目でさりげなくないチラ見しながら、やべぇって顔しましたよ。

 ふむ、やはり。

 どうやら、間違いはナイようですね。

 皆さん、さりげなさが足りないんですよ。バレバレですから、いくら、わたしの思念思考がダダ漏れだとしても、もう少し気づいていないフリをしなくてはいけませんってそうでしょう? そういうものですよ。


 え? でもどうして、分かったかって?

 常々、違和感を感じていたんですよ。

 どうも、わたし、周囲の人に変な目で見られることが多くて、あ、ホラまた。すれ違った人、わたしのこと見て目があっちゃいましたね、しまったって顔してますですハハハ、おはようございます……あ、どうも、ね?

 その上、名前がサトリなんて、ずいぶんと安易に名づけちゃってくれてもうウチの両親、大丈夫かしらってなもんです。


 にしましても、お恥ずかしい。

 なぜって、これまでわたし一体どんなこと考えながらこの道を歩いていたんでしょう、と思い出そうとしましたが、いかんせん、くだらないことに違いないけど、くだらなすぎて全く思い出せない! ってくだらない話だから? もちろん、お年頃でもありますから口に出したら恥ずかしいことも考えていたような気もしますが、どんな恥ずかしいことかってそれ、もう一回おんなじこと考えたら恥の上塗りってヤツだからって使い方が違うようですがまあ、良いか。


 おや? 後ろから軽やかな足音が聞こえてきました……と、いうことは。


「サトリ、おはよって……さっそくだけど落ち着いて聞いて」


 結菜ちゃん、おはよう。朝から小走りですか元気で今日も眩しいくらいに綺麗ですねって頭の中で考えるだけで返事出来るとか便利すぎ。

 そもそも、わたしみたいなポンコツに、こんなに美人で頭の良い友人がいる時点で、お察しあれ、おかしいと思うべきでしたよ。

 おっと何やら真剣な顔つき。これはもう、カミングアウトとかいうのに違いない。覚悟は出来ていますよ。さ、ドカンといっぱつ、お願いします!


「あんたさ、スカートの下からパジャマ見えてるし」

「うん、なんかゴメン、知っ……て、え? えっ? ウソ」


 慌ててスカート持ち上げてみたら、誰にも見せる予定はないからって油断しすぎの、元どピンクなスウェットが何べんもの洗いに耐えほどよく色褪せこなれて膝のあたりなんてもう小僧が二匹や三匹入ってるのくらいに伸びてるパパッパ、パッパ、パジャマ〜って。

 ま、まさか。だから皆んな、わたしを見てたの? いやいや、まだ分からないですよ。こんなことに動揺しているくらいじゃ、この先やってられないってヤツですから。

 ここはひとつ、日本国民であるなら誰しもが幼き時より訓練を重ね思わず反応してしまう骨髄にまで染みついているアレを試してみる必要があり、そうで、す……ね……ッ。


『だるまさんがころんだっっ!!』


 ぐわッと勢いよく振り返り見れば、よっしゃ見つけたよホラやっぱりあの人靴ひも結ぶフリして固まってるし、あの犬なんてお尻上げたままプルプルしちゃっ……。


「サトリ? どうした? いきなり振り向くとか、なんかあった?」

「えっ? ……な、なんか? って何」


 わたしもピンクのスウェットたくし上げながら思わずごまかしちゃいましたが、結菜ちゃんも、ひどく心配げな顔して、あくまでもシラを切り通すつもりですね?

 仕方ありませんね。

 友人とはいえ、孤立しがちなわたしを支え、周囲の人間に、わたしの奇人変人ぶりをフィルターにかけるお仕事……そ、そうか、仕事って改めて考えると寂しいな。ここはひとつ、気づいていないフリをするのでこれからも末永くよろしくお願い申し上げます。


「もう、なんだか今日は特に変なんだけど? ホント大丈夫? サトリ、ほらバス来たから乗るよ?」

「あ、うん。今日も混んでるね。結菜ちゃん、こっち、掴まるところあるから、この辺に立ってようよ」


 ダメだ、こんなに人がいっぱいいる中では余計なことを考えないようにするにも限度限界ってものがありますから宿題だった『春はあけぼの』の暗唱でもしますか。

 えーっと、春はあけぼの……ようよう、ひろくなりゆく、生え際すこし明かりて、って……目の前のオレンジな朝日にピカっと照らされてる生え際どころか果物みたいなオジサンの頭しか入ってこない。スミマセン、個人的には頭の薄い人、好きですよ。好きですが、ひとつ疑問に思うのは皆さん頭の形が美しいのはそれどうしてなんですかね? 頭の形が良いからツルんとしちゃうのか、ツルんとしちゃうのは頭の形が良いからなのか、わたし頭の形じゃがいもでして……。

 

「ねえ、サトリ。実は、あたし」

「ちょっと待って、いま大事なこと考えて……もいなかったです。え? ゆ、結菜ちゃん? それ、わたし聞いていいやつ?」

「あ、うん。てか、良かったら誰にも言わないでくれる?」

「うん。大丈夫、わたし結菜ちゃん以外の友達いないから」


 ……うん?

 いや、さ、ちょっと待とうか?

 友達どうこう以前に、わたしに言ったら、そのことわたしが思い出したりする度に、それこそ周囲に、もれなく漏れちゃいますって分かって言ってるよね……って、あ、試されてる?

 ははあ、これ、わたしに例の奇病じゃないって思わせる作戦ですね?


「なるほど。よし、きた。覚悟は決まったから、さあ、結菜ちゃん、どうぞ」

「やだ、そんな覚悟とかって言われるほどのことじゃないんだけど……」


 心なしか、もじもじと照れているようですが結菜ちゃん、顔あからめて可愛いってコソコソくすぐった……い、って……え……?


「えー?!っ……キっ」


 思わず口を押さえてしまいましたが、結菜ちゃん、わたしを差し置いて大人の階段の一段目に足を乗せたとかって、わたしの目の前にはまだそんな階段すら見当たらないのにマジですかキスってあ、言っちゃった。

 バスにご乗車の皆さん、今のは聞かなかったことにしておいてくださいよ。


「それって、葵くんだよね?」

「当たり前じゃん。サトリも、あたしが彼氏以外とそんなことすると思うの?」

「や、ナイですしないです」


 結菜ちゃんと一緒にいると、可愛いってのも色々大変なんだって良く分かるんです。十人並みな自分を恨めしく思いつつも、集団生活においては、なんとも大変ありがたい隠れ蓑と良いますか。

 って、周囲に思念思考をダダ漏れさせていて隠れるもなにも、誰にでもオープンマインド……じゃない誰からもオープンなマインドでしたね。あはは。

 

 とはいえ、ちょっとマズいことになりましたよ。結菜ちゃんのことを好きな大成くんに、このキ……き、き……が知られてしまっては、いくら結菜ちゃんに彼氏が出来ようとも、ずっと一途に結菜ちゃんに想いを寄せている大成くんだとはいえ、恋する人のムニャムニャなんて知らないほうが幸せってなもんです。もし、知ってしまったらショックで寝込んでしまわないかしら。

 あ、噂をすればって喋ってるのは、わたしだけでありますね。


「はよー。なんだ、サトリ? すげー顔してるけど、腹でも痛いのか? あ、結菜ちゃん、おはよう。今日も可愛いね」

「大成くん、おはよう。そういえばそうだね。サトリ、なんか今日は特に変だけど、体調悪いの?」


 体調は万全ですが、しかし思わず、ふるふるっとした結菜ちゃんの唇に目が吸い寄せられちゃうわたしを許してください大成くん。


「え? マジで具合悪そうなんだけど」

「悪くないです。ち、近いですよ大成くん。覗き込むのをやめてください」

「顔、赤くない? 熱でもあんの?」

「ないないない。顔を近づけないでください。余計な雑念に混じって、大成くんには聞かせたくないことまで考えてしまいそうですから」

「……何、その聞かせたくないとか」

「ゆ、結菜ちゃんっ……あーえー」


 あめんぼあかいなあいうえお。


「大成くん、サトリ固まってるから」

「なんで、オレには言えないの? もしかして、サトリ誰かに告られたとかいうやつ?」


 は? なんで、そんな話になるのでしょう。わたしが誰かに告白されようなものなら、この場でいきなりフラッシュモブが始まっちゃいますから。多分、バスの中の人、皆んな仕込みとかだし。

 ん……?

 そっか、じゃあつまり結菜ちゃんだけじゃなくて大成くんも、ずっとわたしの思念思考をダダ漏れさせてたの聞いてたってことになるんですよね。

 ああああ〜気まずい、気まず過ぎます。

 それなのに、これまで普通に接してくれましたね。それは大成くんの優しさなんだって今はもう、ってか前からずっと知っています。


「サトリ? 何? オレ、何かした?」

「なんにも」


 そう、なんにも、です。大成くんも何も気づいていないフリを続けてくれてるんだから素知らぬ体を装い、澄まし顔をつくりバスの窓へ目を向ければ、ホッとしました。あと少しで学校坂下の停留所です。

 

「なあ、サトリ教室ついたら数学の宿題、写させてくんない?」

「大成くん宿題ってもプリントじゃなくて今回は教材なんだから、わたしのノート見なくても付属の答え見ながら書いたら良いじゃないですか」

「……おまッ?!」

「ちょっと、サトリ? あー……ウチの子が、なんかホント……ゴメンね? 大成くん」

「結菜ちゃん、何を謝っているんですか? わたしのノート写すより確実ですよ」

「うん。いいからサトリ、ほらバス着いたし降りるよ」


 バス停でバスを降りるのを待っていた結菜ちゃんの彼氏の葵くんと合流です。

 四人で、だらだらとしたこの長い坂を登るのも残すところ後十ヶ月ですねって三年生になったばかりなんで感慨深いもの言いは似合うはずもなく。


「朝からイチャつくなよ」


 大成くん、ご立腹です。

 好きな子が彼氏と目の前で手を繋がれては、そりゃ朝から面白くないですよね。


「だったら大成もサトリちゃんと手を繋げば良いじゃん」

「ちょっと、葵?」

「はあ?! なんでッ……お、オレが」


 幼稚園児のお散歩じゃないんですから、葵くん。それに大成くんが手を繋ぎたいのは結菜ちゃんなんだって知っているのにこの余裕っぷりは、まさしくキ……っぶな、危なくNGワードを言いそうになりましたよ。

 ちらりと大成くんを見れば、顔が赤いですね。やっぱり聞こえちゃいました? 決定的な二文字は伏せていたんですが、無駄だったかな。


「ねえ、サトリ。今日どうしたの? いつもに増して変なんだけど。何かあったの?」

「え? そうなの? サトリちゃんいつもと同じくらい変だから、気づかなかった」

「ウソだろ葵、見りゃ分かるだろ。全然いつもよりヒドイよな?」


 皆んなで、よってたかって人のことを変だ変じゃない……とは言ってナイですね変しか言われてないとか、思念思考がダダ漏れだったのを知って無の境地とやらに到達しようとしているわたしのこの誠意努力をってゴメンなさい到底無理です。

 こうなっては、仕方がありません。

 もう、やぶれかぶれってヤツです。

 いっそのこと、全てをぶち撒けて楽になってしまいたいと思ってしまいました。

 こうなっては、わたしがドッキリの仕掛け人である皆さんに、ドッキリの説明をするようなものですが、かくがくしかじか、と思念思考が周囲にダダ漏れのに罹患していることを話……。


「ばッ、ば、バカなのマジか……ひッ……く、くくっ……そんなわけ……ぐふっ」


 大成くん、笑い過ぎです。

 結菜ちゃん、笑いながら涙流すって。

 葵くん、本気で心配しなくて大丈夫です。


「じゃあ、聞こえてない? 本当?」

「やべえ、かわ……か、か、変わってるよな相変わらず、うん」

「大成、そこは可愛いで良いと思うよ?」

「あたしたち、どうしたってサトリが何を考えてるなんか全然、分かんないから心配することないからね」

「ゆ、結菜ちゃん……」


 良かった、とホッと胸を撫で下ろしながら、そっと大成くんの顔を見ました。

 わたしの思念思考がダダ漏れだったら、色んなことがバレてこの四人で仲良くするのも難しくなりそうなところでしたから。

 

「だけど、大成の思念思考は少しは漏れた方が良いんじゃない?」

「あー、あたしもソレ少し思う」

「お、お前ら覚えとけよ?!」

「え? 葵くんも結菜ちゃんも、大成くんの心が読めるんですか?」


 なんか、ズルいです。

 思わず驚いちゃいましたが、わたしだけが置いていかれたようなこの寂しさは、なんでしょう。

 結菜ちゃんが優しい笑みを浮かべて、わたしの方を見ました。


「うーん、てゆうかサトリの思念思考はダダ漏れなんじゃなくて、分からな過ぎるんだよね? あたしは、最近ようやく気づいたんだけど」

「まあ大成だって、微妙だからね。結菜ちゃん、僕たち先に行こうか?」


 仲良く二人、先に行ってしまったので坂道の途中に残されてしまった大成くんとわたしは、どちらからともなく顔を見合わせて、思わず赤くなってしまいました。

 誰にも言えないことを、本人に話すなんて、いっそのこと思念思考がダダ漏れの方が良いなんて、そんなわけないですけど、まあね?

 それに……。

 言葉にしなくても良いことは沢山ありますが、それ以上に、言葉にしなくちゃ伝わらないことも沢山ありますよね。


 と、なれば……。

 わたしは、にっこり笑って大成くんに言いました。


「まずは数学の宿題から、一緒に片付けちゃいましょうね?」





《了》




 

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