第12話 アイデア
サウザー伯爵の突然訪問というイベント後。
俺は少しゆっくりしてから送られてきた手紙に返事を書いたり、書類に目を通したりして。サンドイッチで昼食を軽めに済ませた後は、気分転換がてら夏の日差しが照り付ける庭を歩いていた。というか、フェルナンドに会いに来ていた。
「フェルナンドぉぉ、レノが俺を好きって気がついてたっしょー?」
俺が隣にしゃがんで尋ねると、薬草棚の手入れをしていたフェルナンドは困った顔を見せた。
「……すみません」
「やっぱりぃ」
「レノが言わない内は俺達からは言えなくて」
まあ確かに言えない内容だわなぁ。本人抜きで俺に告白するようなもんだもんなぁ。
「でも坊ちゃん。つまりはレノから告白されたんですか?」
「うん。そんで困ってんです」
「おや? そうなんですか?」
フェルナンドは意外だとでも言いたそうな顔で俺を見た。
「いや、だってレノですよ? 俺、レノの事は好きだけど、そりゃ友人として好きなだけであって」
「ふふっ、俺もヒューゴの事、最初はそう思ってましたよ」
フェルナンドは俺を微笑ましそうに見つめた。
『そうだね。君たちも幼馴染ポジションから恋人ポジションになって、今や夫夫だもんね。でも俺とレノは違うの! 何度でも言わせてもらうけど、ボーイズ達がラブラブしてるのを見るのはいいけど、俺がしたいわけじゃないの! 俺はパイパイが好きなの!』 ……とは言える訳もなく。
「そーかもしんないけどぉ。てか、フェルナンドとヒューゴはどうしてレノが俺の事、好きだって知ってたの? レノ本人が教えたとか?」
俺が尋ねるとフェルナンドは少し考えてから俺に教えてくれた。
「まあ、レノから言われたのもありますが、俺達はその前から気がついてましたね」
「え? そうなの」
「レノを見ていれば一目瞭然ですよ。坊ちゃん」
え? そうなの? 俺、全然気がつかなかったんですけど? つか、あいつ。俺をからかう事しかしてないんですけどッ!? どこをどう見たら、俺の事をレノが好きだってわかんのさ!? 未だに、俺のドコを好きになったのかもわからんのに。
俺は膝を抱えて、考え込むしかなかった。
「まあ、距離が近すぎてわからないという事もありますからね」
フェルナンドは笑って俺に言った。
いや、俺としてはこのままわからん方が良かったのだが……。
「まあまあ、じっくり考えて答えをだしたらいいんですよ」
「じっくりねぇ」
俺としては答えはもう出てるんだけど。付き合わないという答えが!
「ところで坊ちゃん。これをヒューの元に持って行ってもらえますか?」
フェルナンドは籠に入れた薬草を俺に見せて言った。恐らく、料理や保存食を作る為に使うのだろう。
フェルナンドが俺に頼むなんて珍しいな。と思いつつ「うん、わかった」と素直に返事をした。
「ありがとうございます」
「ううん、こっちこそ話を聞いてくれてありがと」
「どういたしまして。俺で良ければいつでもお話し相手になりますよ」
フェルナンドはにっこり笑って言った。優しい笑顔にほっこり癒される。
くーっ、大人の包容力~ッ! レノもこれくらいありゃ、俺もドキッとぐらいはするのになぁ。
俺はそう思いつつも、フェルナンドから薬草の入った籠を受け取り、すぐに厨房へ向かった。厨房に辿り着くと中ではヒューゴがおやつ作りに励んでいて、あまーい匂いが俺の鼻をくすぐる。
フンフンッ、いいにほひ。何のおやつだろ?
「ヒューゴ。これ、フェルナンドから預かってきた~」
声をかけるとヒューゴは作業中の手を止めて俺を見た。
「坊ちゃん。ああ、薬草を持ってきてくれたんですね。……という事は外でフェルと?」
「ああ、ちょっと話してて」
俺が答えるとヒューゴは水差しから果実水をコップに入れて俺に渡した。
「外に出たら水分補給ですよ」
ヒューゴに言われて俺は大人しくコップを受け取り、水を飲む。思ったよりも喉が渇いていたのか、水が美味しい。
……あ、もしかしてフェルナンド。俺に水分補給をさせる為に薬草を持って行けって言ったのかな?
俺は今になってフェルナンドの思惑に気がつく。
「坊ちゃん、外の日差しは強いんですから帽子を被らないと駄目ですよ?」
ヒューゴに注意され俺は「はぁい」と大人しく返事をして、近くにあった椅子を引き寄せて座る。
「レノは何も言わなかったんですか?」
「レノは今、外出中なんだ」
「外出?」
「うん、ちょっと野暮用を頼んでて」
俺は水を飲み切って答えた。
レノにはある手紙を帝都へと届けて貰う為に、ポブラット領で一番大きい町まで馬で行ってもらっている。ここいらではそこでしか速達郵便を出せないのだ。田舎は田舎でいいが、やっぱり不便なところもある。空気は常においしいし、静かだけどネ。
ま、というわけで俺のお目付け役は現在不在中。だからこそ、俺はフェルナンドに話をしに行ったわけである。レノがいたら、どこで何を聞かれているかわからんからな。
「そうなんですか」
「うん。ところでヒューゴ、何作ってるの?」
俺は厨房のテーブルに並べられた沢山の銀のカップを見て尋ねる。
「プディングですよ」
「プディング!」
この甘い匂いはカラメルソースの匂いか!
「夕食のデザートにお出ししますので、楽しみにしていてください」
ヒューゴの言葉に俺はうんうんっと頷いた。
「そろそろ冷たいものが食べたいと思ってたんだ~。さっすがヒューゴ、わかってる~!」
俺が手放しで褒めるとヒューゴは複雑そうな表情を見せた。
「ん? どしたの?」
「プディングを作るように指示したのはレノですよ。そろそろ坊ちゃんが食べたいと言いだすだろうからって」
「れ、レノが!」
ほんと、なんなん? レノの奴、俺の行動を読み過ぎじゃね? 感動を通り越して、こえーわ!
「ところで坊ちゃん、昨日はレノと喧嘩でもしたんですか?」
ヒューゴは止めていた作業を再開しながら俺に尋ねた。ボウルと泡だて器を用意して、卵を軽やかにいくつも割っていく。
それを眺めながら俺は「喧嘩というか。まあいつもの感じ」と曖昧に答えた。
……夕食の時プンスカしてたからなぁ。レノは何とも思ってなかったけど!
「相変わらず仲が良いですね」
ヒューゴは笑って言った。
確かに仲が良いのは認めるさ。かれこれ十五年も一緒にいるんだから。
……けどなぁ、あいつを好きになるってのはどうもなぁ。どうやったらレノの気持ちを変えられるだろ? レノの奴、俺の傍にいすぎて絶対勘違いしてるんだよな。まあ、俺がナイスガイだという事は認めるがネ!
そんなことを思っていると、厨房の裏口扉を誰かがノックした。
ヒューゴは手を止めると「お、きたか」と呟いた。そして裏口扉に向かってドアを開けた。そこには例の父親とあの美少年がいた。どうやら今日は配達の日だったらしい。
そして父親は俺の存在に気がつくと、頭をぺこぺこっと下げた。
俺は彼らに近づかずに微笑み軽く手を上げる。公爵家の令息ともなれば、一般市民からは高嶺の花のような存在だ(というか珍獣に近いかも?)。だから、むやみに近づいて驚かせてはいけない。
けれど父親と共に、美少年は頭をぺこりっと下げるとキョロキョロと辺りを見回した。まるで誰かを探しているような視線。
……あ、もしかしてレノを探してるのかな? レノの事、まだ諦めきれないのかな。レノもなぁ、俺なんかじゃなくて、ああいうピチピチな子と……。
そう思った時、俺の中であるキュピーンッと名案が浮かんだ。
「そうだ! その手があった!」
俺の叫びにヒューゴは勿論、父親と美少年が驚いたのはいう間でもなかった。
――――それから夕食前。
「キトリー様、一体どういうつもりです?」
俺が頼んだ野暮用を終えたレノは戻ってくるなり、不機嫌そうな顔で俺を見下ろした。だが俺はしれっと返事をする。
「何がかな? レノ」
長椅子に寝転がって本を読んでいた俺はちらりと本をどけてレノを見上げた。あ、言っておくけど本は普通の歴史書だ。俺はBL本に関しては一人でこっそり、集中して読みたい派だからな。
「何が? ではありません。どうしてノエル君を雇ったんですか?」
レノは片眉をくいっと不機嫌そうに上げて俺に尋ねた。ちなみにノエルとはあの美少年君の事だ。
「どうしてって、そりゃ人材が足りないからに決まってるだろ? それに雇ったって言っても、家の仕事があるから週三日。数時間だけだぞ? お前が目くじら立てるほどの事じゃないだろー?」
「人材は不足していないと思いますが?」
「そりゃそうだけどよ。折角いい季節になってきたんだ、働いてる使用人のみんなにちょっとくらい休暇を与えてやりたいじゃん。だから、その穴埋めにノエル君を雇ったんだ」
「ですが雇うほどの事は」
言いよどむレノに対して、俺はきちんとソファに座り、姿勢を正した。
「いいか、レノ。誰かが休むという事は、その休んだ人の分、誰かが多く働かなければならないという事だ。俺は誰かに負荷をかけたいとは思っていない。なら人を補充するしかない、そうだろう?」
「それはそうですが……」
「それにレノ。人にはリフレッシュと言うものがとても大事だ。ちゃんと休みを取ってエネルギーチャージすれば、心身ともに満たされ健康にもよい。その上、仕事に対するモチベーションやパフォーマンスも自然と上がる。植物だって、冬の間はゆっくり休んで春や夏に花を咲かすだろう?」
「リフ? エネルピー?」
あ、やべ。前世語だったわ!
「コホンッ! つまりは領主代理である俺には、使用人達の心身にも気を使わなければならない義務がある、ということだよ。だから彼らに休息を取らせる為、ノエル君を雇ったんだ。わかったかね?」
「まぁ……言いたい事はわかりましたが」
「なら、文句はないね? ノエル君の指導はレノが当たるように」
俺が指示するとレノは不服そうな顔をしたが珍しく反論できないことを悟ったのか、素直に「わかりました」と答えた。
「よろしい。では俺はもう少し本を読むから、夕食が出来たら呼んでくれ」
「……畏まりました」
レノはそう言うと部屋を出て行った。きっと夕食の準備を手伝いに行ったのだろう。そして残った俺と言えば。
「ヌフッ、ヌフフフフッ!」
……イッエーーーーイ! 久しぶりにレノを言い負かしてやったぜぇ! あの不服そうな顔、ヌフフフッ!
俺は一人、本で口元を隠しながら勝利の笑みを零した。
……ま、それに。これでレノも少しは目が覚めるだろ~。あいつは俺にばっかり構い過ぎなんだよ~。可愛い子と接して、早々に目を覚ましなさい。
俺はうんうんっと一人頷いた。
そう。ノエルを雇ったのは全て、レノの目を覚まさせる為の俺の計画だった。
レノはずぅっと俺の傍で従者として働いてきたせいで、きっと俺を好きだと勘違いしてしまったのだ。俺しかこんなにも濃厚に接してこなかったから。でも、世の中は広い。もっと視野を広げてみるべきだ!
あ。勿論、使用人のみんなに休暇をあげたいというのも俺の本心だ。
という訳で、使用人の休みの為、レノの為に、俺はノエル君を屋敷で雇う事にしてレノの傍に置くことに決めた。
レノはノエル君を一度フッてはいるが、二週間しか関わっていないのだ。もっと関わればレノの気持ちも変わるかもしれない。あの子、可愛いし。そしてあわよくば、あの子といい仲になって、傍で眺めさせていただければ……!
俺は一人、ムフフフッと笑って今後の展開に胸を馳せた。
しかし残念ながら、人生とはそううまくいかないものである……。
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