第6話 ココアはやっぱり


「おーい、レノ。ドアを開けろぉ」


 俺は厨房を出て、レノの部屋に来ていた。レノは俺の従者という事もあって、俺の部屋に近い、なかなか広い一人部屋を使っている。

 本来なら令息の俺が使用人の部屋に来るなんていけないんだけど、俺は遠慮なくレノの部屋のドアの前で叫んだ。


「手が塞がってるから、ドアを開けろぉーいっ!」


 もう一声かけるとドアが開いた。レノは着替えの途中だったのか、着替えたズボンに上半身裸で頭にタオルを被っていた。濡れた髪を拭いていたのだろう。


 しかし……程よく鍛えられたシックスパックが見える。俺とあんまり違わない生活してんのに、なんでだ? 俺、ワンパックなのに!

 レノの美体型に少々イラっとしたが、レノは素早くシャツを着込んで俺に声をかけた。


「キトリー様、どうしたんですか?」

「ん、体冷えたかと思ってあったかい飲み物持ってきた」


 俺は二つのマグカップを見せて言った。


「二つ?」

「一つは俺のだ、というわけで部屋の中に入れろ」

「ここで飲む気ですか」

「別にいいだろ? それとも俺に入られちゃ困るようなことでも?」


 まさかレノ。涼しい顔して、何かやらしいもんでも隠し持ってんのか? あーん?


「何も持ってませんよ。手狭ですが、どうぞ」


 レノは勝手に俺の心を読み、部屋の中に入れてくれた。


「お前はエスパーか。まあ、いいや。失礼しまーす」

「エス? なんです?」


 レノは聞き慣れない俺の前世の言葉に怪訝な顔をしたが、俺は無視して部屋の中に入った。レノの部屋は私物があまりなく、殺風景な部屋だ。でもレノらしい部屋とも言える。

 俺は持っていたマグカップを二つとも勉強机に置き、椅子を引いて座った。しかしそんな俺に早速レノは小言を言った。


「キトリー様、このように気軽に使用人の部屋に入ってきてはいけませんよ」

「わかってるよ。でもいいじゃん、ここは本邸じゃないし。俺とお前の仲って事で」


 俺はそう言ったがレノは少々呆れていた。だが、いつもの事だ。俺はマグカップの一つを手に取り、こくりと飲む。そして、ちらりとレノに視線を向けた。


「温かい内に飲んだら?」


 俺が言うと、レノはやれやれという顔をしながらも「いただきます」とマグカップを手に取った。中には温かいココアが入っている。体が冷えた時にはこれだろう。俺の体は別に冷えていないがな。


 ちなみにレノのにはブランデーが少しばかり入っている。レノの好みに合わせて、ヒューゴに入れてもらったのだ。おかげでベッドに座って、おいしそうに飲んでいる。


 フフフッ、お前の好みなど把握済みだ! あー、ココアおいし。


 それから俺達は暫し黙ってココアを飲み、俺は小さな窓に叩きつける雨に視線を向けた。


「雨、明日には止むかな」

「どうですかね。でも、この時期に雨が降らなければ本格的な夏を迎えた時に困りますからね」

「そうだな」


 俺はココアをちびちび飲みながら返事をした。今は言うなれば梅雨の時期。年に一度はこういう土砂降りのような雨が降る日があるとお爺が言っていた。


「恵みの雨もこうすごいと脅威だな。雨が上がった後は領地視察しに行かないとな、被害がでている家もあるかもしれない。あ、そうそうレノ。明日雨が上がったら、あの親子を馬で送ってってくれ。勿論、あの父親の足の調子がよさそうだったらな」

「わかりました」


 レノはそう言うと俺を見てくすっと笑った。


「なんだ?」

「いえ、なにも? ……ただ、うちの坊ちゃんがお人好しだと思って」

「は? お人好し?」

「わからないならいいんです」


 レノはそれ以上、俺に教えてはくれなかった。急な秘密主義ですカナ?


「お前って時々わからないよなぁー」

「キトリー様にだけは言われたくありませんね」


 レノは鼻でフッと笑った。フッと!


 人に使用人の部屋に来るなとか言いつつ、俺に対するお前のその態度はどうなの!? 俺、公爵令息よん?


 そう思ったが、しばらくしてレノの部屋を誰かがノックした。


「失礼しますよ。レノ」


 ドアを開けたのはお爺だった。そしてお爺は俺を見るとニコッと笑った。


「坊ちゃん、使用人の部屋にいるのはいけませんな?」

「んぬ、すぐ出るよ」


 にこやかな笑顔のままお爺に言われて俺はすくっと椅子から立ち上がる。お爺に指摘されると、なんとなく居心地が悪い。お爺の言葉は正しいってわかっているからだ。


「レノ、昼食の用意ができましたから厨房に行きなさい。ヒューゴが待ってますよ」

「はい、わかりました。ありがとうございます」


 お、ヒューゴ。もう用意してくれたんだ。それにしてもレノってば、なんでお爺にはそんなに礼儀正しいわけ? 俺にもそういう風に接してくれて構わないのにーっ。


 俺はチラッとレノを睨みつつ、お爺にあの親子の事を尋ねた。


「お爺、あの二人は?」

「今はお風呂に。父親の足を診ましたが、骨折はなく捻挫だけでした。恐らく二週間ほどで治るかと」

「そうか、それは良かった」


 捻挫と思ってたら骨折だった、なんてこともあるからな。でもお爺が言うなら大丈夫だろ。お爺は医療の心得もあるって言ってたし。さすが本邸の元敏腕執事長。


「でも泊まって行けって言っちゃったけど、お家の人とか大丈夫かな?」

「それには及びません。彼らは親子二人で暮らしているので」

「あ、そうなの?」


 俺が尋ねるとお爺は「ええ」と答えた。俺がこの別邸に来る頃から、食材を下ろしに来てくれていた人達だ。お爺ともそこそこ交流があるのだろう。


「なら、安心だな。俺が顔を出したら恐縮しちゃうだろうから、お爺とレノ、あの二人の事は任せたよ」


 俺が頼むと、二人は声を揃えたように「「畏まりました」」と答えた。よくできた家人たちである。おかげで俺は楽ちんちんだ。


「じゃあ、俺は部屋で大人しく本でも読んでるから。レノはちゃんと昼食をとるんだぞ?」


 俺が告げるとレノは「わかりました」と笑顔を見せた。


 うっ、素直だと、逆になんか反応しづらいな。


 ともあれ俺はその後レノの部屋を出て行き、自室で大人しく本を読むことにした。



 雨が止んで晴れた後日、あんな場面に遭遇することを知らずに……。



 ◇◇◇◇



「よく晴れたなー!」


 カラッと晴れた後日、俺はぐぐぐっと両手を上に伸ばした。あの土砂降りの雨から二週間。目の前には爽やかな空が広がっている。


 ……雨も嫌いじゃないけど、やっぱり晴れてた方が気分も晴れやかになるな!


 俺はそんなことを思いながら、ウォイッチニサンシー! と元気よく一人ストレッチをし始める。


 ……あれから二週間、レノの手伝いも今日までか。あの父親の足も大分良くなっただろう。


 ストレッチをしながら俺はあの土砂降りの雨の翌日を思い出した。


 土砂降り雨の翌日。

 空は微かに晴れて、約束通りまだ足が治らない父親を馬に乗せてレノに荷車を家まで運ばせた。


『坊ちゃん、本当にありがとうございました!』


 そう父親は屋敷を出る時に何度も頭を下げて俺にお礼を言っていたけど。


 ……俺は何もしていなかったから、あれはかなり気まずかったな。あんなに感謝されるとは……。ま、それはさておき。


 親子二人暮らしという話なので、俺は父親の足が完全に治るまでレノにちょくちょく様子を見に行くように言い渡した。

 親子二人で暮らしてて、まして父親が動けないとなったら大変だろう。数時間レノがいなくても俺は大丈夫だが、そのちょっとした時間にレノが手伝いに行けば何かと助かることもあるだろう、そう思っての事だ。


 レノは行くのを嫌そうな顔をしてたけど。だが、仕方あるまい。領民のケアをするのも、領主代理である俺の仕事なのだ。まあ、ケアしてるのはレノですけどね。

 けれど、レノが手伝いに行くのも今日までだ。お爺が二週間ほどで捻挫が治ると言っていたからな。レノも、父親が歩くことにはもう問題ないと言っていたし。


「ちゃんと治って良かったよな~。近くの村も何もなかったし」


 あの後、近くの村に視察にも赴いたが、幸いにも川が氾濫したり家の浸水などもなかった。

 世の中、平穏が一番である。


「しかし雨が上がったら、暑くなって来たな~。夏ももうすぐかー?」


 俺はストレッチを終え、庭のベンチに座って照り付ける太陽を見上げて呟いた。少し強い日差しに、ちょっとばかり汗ばむ。


 ……六月って言ったら、日本じゃ梅雨か。もうこっちに転生して十八年だけど、未だにあの暑さは忘れられない。じめじめ、しとしと、髪はうねうね。あの肌に張り付く暑さは最後まで慣れることがなかったな。それを思うとこっちの世界は湿気が少ないのか日陰に入ると涼しいから、ホントありがたい。でも日本の暑さはさておき、食べ物が食べれないのは残念。かき氷に冷やし中華、そうめん、うなぎ、水羊羹、ところてん! くぅぅぅぅぅっ!!


 公爵という家に生まれ、なかなかチート人生を歩んでいるという自覚があるとしても、食べたいものが食べれない苦しさはどうしようもない。どんなところに生まれようとも多かれ少なかれ苦しみと言うものはついて回るものだ。


 ……ま、仲のいい家族の元に生まれて、レノという従者がいるんだから、それ以上のことを望もうってなったら欲張りすぎだよな~。


 うんうんっと俺は一人頷く。しかし努力する分には構わんよな?


「ヒューゴに言って開発してもらおうかなぁ。かき氷ならすぐ作れるよな? かき氷は氷を削ればできるし、シロップもヒューゴに言えばできるはず……。けど、練乳ってこっちにあるのかなぁー。あ゛ぁぁぁ、食べれないとわかると無性に宇治金時とか食べたい! 勿論小豆と白玉がついてるやつ!」


 抹茶と言えば和の心! でも絶対無理だよなぁ。いちご味とかはできるだろうけど。そういや、その昔台湾に行った時に食べたマンゴーかき氷、あれもうまかったよなぁ。こっちにマンゴーってあるのかな? うーむ、じゅるるっ。


 俺は涎を垂らしそうになりながらも、腕を組んで考えた。でも、そんな俺の耳に少年の声が聞こえてきた。


「ぼ、僕、貴方の事が好きなんです! だから僕と付き合ってください!」



 おおん? 今何とおっしゃいましたかネ?

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