第7話 これが本当の藪レノ(蛇)


 俺はベンチからすくっと立ち上がり、物音を立てないように声がした方へこそこそと近寄った。そして物陰からちらりと見れば、例の美少年・ノエル君がいるではないか!


 ……あー、そういえば今日は食材を運んできてくれる日か。しかし、一体ノエル君は誰に告白したんだ?


 俺は視線をつつつっと動かして、ノエルの向かいにいる人物を見た。後姿しか見えないが、あの背中を俺が見間違えるはずがない。


 ……レノかよッ!!!!!!


 俺は衝撃に声が出そうになる。が、慌てて自分の手でパフッと口を塞いだ。


 ……あっぶねーっ、声が出る一秒前だったわ。それにしても……えー? 君たちぃ、この二週間でそういう関係になってたのぉ? レノの奴、言ってくれたらいいのにぃ。


 そう思いつつも俺は目を皿のようにして二人のやり取りを盗み見た。


「あのレノ様?」


 ノエルはレノをちらりと見上げて呼んだ。その頬はほんのりと色づいている。


 ……うーむ、控えめに言っても可愛いな。


 俺はじぃっと見つめる。この世界はなかなかに美形が多い、俺の家族や友人、レノ。そしてノエルも。


 くりくりの大きな瞳。サラサラの茶髪。小顔に華奢な体格……。いや、もう女子やん。てか女子より可愛いやん。告白されちゃったら俺もグッと来ちゃうよ。

 異性嗜好(ノーマル)の俺でさえ、ちょっときゅんっとしてしまうのだから告白されているレノは相当なものだろう。


 ……レノの奴。一体どんな顔してんだ?


 そう思ってちらりとレノを見れば、その表情は実に冷静なものだった。


「すみませんが、自分には好きな人がいますので」


 えッ!?


「えっ!? あ、そうなんですね」


 ほぼ俺の驚きと同時に驚きの声を上げたノエルは、その後気まずそうに答えた。だが、その表情はどう見てもショックを受けている。


 ……そりゃ、好きな人からフラれたらそうなるよね。


 けれど、相手の想いに答えられないのならレノのようにすっぱり断る方が相手の為だろう。だからレノの解答は正しいと思う。……思う、のだが。しかし! 

 なんか他に言い方ってもんがないのかっ?! 相手は可愛い系男子だぞ? 


『ごめんね。でも君みたいな可愛い子に告白されて嬉しいよ。ありがとう』ぐらい、かっこよく言ってやれよ。レノ、顔はイケメンなんだから! てゆーかレノ、好きな人いたの!? 誰誰? 俺、聞いてないんですけどっ!?


「あの、僕、すみませんっ!」


 ノエルは涙をにじませて去っていった。なんか俺まで泣けてきそう。ぐずっ。


 ……次はいい恋しろよ、美少年。しかし、レノって好きな人って誰だ? そもそも好きな人がいるなんて初耳! あの朴念仁、この前好みのタイプを聞いたら答えなかったくせに! ……けど、好きな人って一体誰だ? 俺の知ってる人かぁ?


「こんなところで何してるんですか」

「ふぎゃっ!」


 考え込んている内に、いつの間にかレノが俺の目の前に立っていた。


「レノ! どうして」

「貴方の気配ぐらいわかりますよ。……何か言いたそうですね」


 レノは実に面倒くさそうな顔をして俺を見た。俺がにたりと笑っていたからだろう。


「そんなのわかってるだろぉー?」


 俺がニコニコと答えるとレノははぁーと大きなため息を吐いた。


「覗き見なんてお行儀が悪いですよ、キトリー様」


 レノは苦言を俺に言ったが、今はそんな事どうでもいい。


「あの子、可愛かったのにフって良かったのか?」

「……いいんですよ。別に本気じゃないんですから」

「それにしては熱い告白だったけどな? 一体この数日、何をしたんだぁ?」

「キトリー様に言われた通り、お手伝いに行っただけですよ」

「ほほーん? まあ、そういう事にしておいてやろう。それはさておき、レノくん」

「レノ、くん?」

「俺の聞き間違いじゃなければ、好きな人がいると聞こえたのが?」


 俺が尋ねるとレノはむっとした顔をした。


「言いましたけど、それが何か?」

「何か? じゃない、こっちは初耳なんですけど?」

「キトリー様には言った事、ありませんからね」


 しれっとした顔でレノはそう告げた。そんなレノの脇腹を俺は小突く。


「おいおい、俺とお前の仲だろー? 言ってくれてもいいじゃん」

「なぜですか。別に知らなくてもいい事でしょう」


 レノは顔を背けて言ったが、俺はレノの肩にぽんっと手を置いて満面の笑みを見せた。


「いいや、気になるね。お前の好きな子! 一体誰なんだー? 教えてくれたら、この恋のキュー、じゃなかった。恋の結び屋、キトリー様がお前の恋を叶えようじゃないか!」


 俺はニコニコと笑顔でレノに告げた。


 レノの恋ならば応援してやらねばなっ! そして近くで見守ってやらねば、ムフフッ!


「な、だから誰か教えてくれよ。レノの好きな子! この屋敷にいるのか? それとも本邸の方か? もしかしてどこかで会った子?」


 俺が尋ねるとレノはじっと俺を見て、冷たい目を向けてきた。


「……本当に叶えてくださいます?」


 その声は酷く冷めていた。なんだか怒っているようにも聞こえる。なんでだ?


「ああ、全力で叶えようじゃないか!」


 俺はぐっと拳を握ってやる気を見せた。

 だが、そんな俺にレノは詰め寄って壁にドンッと勢いよく手をつき、あまりの勢いの良さに頬に風圧を感じた。


 ……これはもしかして前世のトコで言う、KA・BE・DO・N!? 結構、威圧感あるな~。いやそれよりも、ナゼに俺に壁ドンですかネ? ホワイ??


 そんな事を思いつつも見上げればレノはにっこりと笑い、怒っていた。


「れ、レノ? なん、むぎゅぅっ」


 レノは俺の顔を片手で掴むと、頬をむぎゅっと挟んだ。おかげでタコ口になる。何すんだ、こんにゃろっ! と言いたいが、喋れにゃい。


「私の好きな人が気になるようですのでお教えして差し上げますよ」

「う、うにゅ」


 にっこり笑顔のレノに俺はパチパチと瞬きをして答える。だが、そんな俺から手を離すと、レノはじっと顔を近づけてきた。


 えっ、えっ、近い、近いっ、顔が近いよっ!? ギャワアアアァァ!!


 鼻先が当たるぐらいの距離まで近寄られて、俺は思わずぎゅっと目を瞑る。だが、そんな俺をあざ笑うかのようにレノは俺の耳にふっと息を吹きかけた。


「ひゃんっ!」


 耳が弱い俺はぴくんっと驚き、目を開けた。だが目を開けない方がよかった。だって目の前には俺をじっと熱い視線で見つめるレノがいたから。

 そしてレノは薄い唇を開き、低い声で俺に告げた。


「俺が好きなのはお前だ。キトリー」


 今まで聞いたことのないような声で言われて、俺はドキッとする。おかげで「ぅえっ?!」と変な声が出た。でもレノはお構いなしで告白を続けた。


「この世の誰よりも愛している」

「ちょ、ちょちょ?!」

「だから共に俺と生きて欲しい」

「お、おおおおい?!」

「お前も俺が好きだろ?」


 ひひええええぇぇぇっ!! 誰ですか、この伊達男はッ?!


「レ、レノッ!!」


 俺は恥ずかしい台詞を浴びせられて、我慢できずにレノの胸を押して離れた。


 ……れ、レノがこんな甘い台詞を俺に吐くなんて! 何気に顔がイケメンだから、ドキドキするだろ! てか俺の目の前にいる人、ダレ?! レノの体にカサノバでも入ったのか?!


 戸惑いを隠しきれない俺がじろじろとレノを見ると、レノはいつものように笑って俺に尋ねた。


「キトリー様が以前教えてくださった推しキャラなるものと同じように言ったのですが、いかがですか?」


 思わぬ問いかけに俺は「へ?」と肩の力を抜く。


「お、推しキャラ?」

「はい。キトリー様の好きなシリーズ小説に出てくるドレイクです」


 レノはいつもの様子で、俺に言った。

 ドレイクとは俺が好きなシリーズ小説(勿論BL)に出てくるドSの騎士様(攻)キャラだ。


 ……た、確かにドレイクぽかったけど、なんで、俺の推しキャラで告白? あ、もしかして。


「もしかして素じゃ告白できないから、俺の推しキャラっぽく告白したのか? そんで俺で告白の予行練習?」


 ……そうだよな、レノが俺を好きなわけないもんなーっ! アハハハハ~。


「うにゃっ」

「ご希望であればもう一回、言い聞かせてあげましょうか?」


 両頬をつままれ、横に伸ばされて俺は呻いた。そしてレノは笑顔だが、怖い。


 え……やっぱりその告白って本気なの?


 そう目で問いかければ、はぁっと大きなため息を吐いた。


「キトリー様が言っていたのですよ。告白されるなら、ドレイクみたいな告白がいいと」


 レノは答えて、俺の頬を摘まんでいた手を離した。ぽよよんっと俺の頬が戻る。


「え? 俺、そんな事言ってた? あ、言っていたようなぁ」


 でも、それは随分と昔の話だ。俺がまだ十歳ぐらいの年齢だったはず。そんな昔の事を覚えてるとは……。けれど、それってつまりはぁ。


「キトリー様をずっとお慕いしていました」


 今度はレノらしい言葉で、ハッキリと告げられた。


「う……マジか」


 色気のない返事だが、これが俺の正直な気持ちだった。だって、レノはずっと兄弟みたいに育ってきた奴だ。だからそいつから告白されるなんて、俺はいちミクロンも思っていなかったのだ。いや、ナノメートルほど!


「キトリー様が全力で叶えてくださるという事ですので、どうぞよろしくお願いしますね?」

「いや、それは俺相手だとっ」


 話が違うんですが!? と言いたかったが、レノは俺に有無を言わせなかった。


「キトリー様。私の恋、必ず叶えてくださいね?」


 レノは俺の言葉に被せる様に言い、にっこりと笑った。怖い方の笑顔で。


「れ、レノ~っ!」

「では私は仕事がありますので、これで失礼します。キトリー様も屋敷にお戻りくださいね? 一人でフラフラ庭で遊んではいけませんよ?」


 そう言って、レノは俺を置いて去って行った。その後姿を見送り、俺は一人呟いた。


「ま、マジかよぉ」


 俺はフラフラっとふらつきながら、さっきまで座っていたベンチにすとんっと腰を落とした。そして両手を組んで、頭を抱えた。


 ……いやいやいや、ちょっと待って? レノが俺を好き? レノが俺を好き?? いやーっ、考えた事なかったんですけどぉ! あれって冗談? いや、それにしては本気っぽかったし。と、見せかけてやっぱり新手の嫌がらせ? ドッキリ!? 俺がこうして困るのを影から見て笑ってるとか!? アイツならやりそう! でも……っ、あの言葉は。


『キトリー様をずっとお慕いしていました』


 その言葉は実にレノらしい告白だった。


「はぁーーーーっ、やっぱり本気、だよなぁ」


 俺は大きく息を吐いて呟いた。


 ……しかし、どうして今になって告白してきたんだ? 今まで、そんな素振り見せた事なかったのに。幼い頃から一緒にいたから色々と告白ポイントなんてあっただろー。それを全部スルーしてきて、今。……なんで。


「あ、俺が聞いたからか」


 自分で問い詰めた事を思い出した。


 ……ぐぅ、数十分前の俺の顔を張り倒してやりたい。完全に藪蛇だった。


 確かに俺はレノに恋人を見繕うと思っていた。でもそれは俺以外の相手で、ついでに傍で見守らせてもらおうと思っていただけなのだ。


 俺はキャッキャウフフをする物語の主人公ではなく、俺はモブに、いや壁か天井になりたいのだから!

 だが、当然それは物語の主人公になってはできない。


 そもそも俺はボーイズ達がラブしているところを見るのは好きだが、自分がボーイズにラブしたいわけじゃない。普通に屋敷内に働いている可愛いメイドさん達の方が好きだし、レノもその事を知っている。


 ……うーん、これからレノとどういう風に接したらいいんだ。レノは俺に恋を叶えろって言ったけど。そりゃ俺相手じゃない時であってだなぁ。ううーーんんっ。


「俺はどうしたらいいんだーっ!?」



 結局答えが出ず、俺は頭を抱えたままベンチに座って悶々とするしかなかったのだった。



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