第3話 フェルナンドとヒューゴ
――――それから一週間後。
俺は素晴らしく快適に過ごしていた。ポブラット領にある別荘は狭すぎず広すぎず、少し温暖な気候が心地いい。
使用人も数を数えられる程度で、周りは畑ばかりで大変のどかな田舎である。そして今日も今日とて近くに住む親切な領民が、新鮮な野菜を送り届けてくれる。
地産地消ってスバらしい。とれたて野菜や魚、うまし!
勿論、首都にある本邸での暮らしも悪くはないが、如何せん俺の心根は庶民。この別邸も広すぎるところだが、広すぎて使用人が何人いるかわからない本邸よりずっとマシなのだ。
それに田舎暮らしってのに、ずっと憧れてたんだよな~、俺。付き合わせることになったレノには悪いけど。でも、ついてくるって言ったのはあいつだからな。うん、レノの為に早く良い子(ボーイ)を見つけてやらねば!
そう思いながら過ごし、昼も過ぎた午後。
「んんーっ、よーし、今日はここまでにするか」
俺は机に向かい、原稿を書き上げて背伸びをした。
そして目の前にあるのは小説。勿論、ただの小説ではない。ボーイズ達がラブしてるお話だ。
こちらの世界に転生して十歳を過ぎた頃から本屋を巡り、この世界にも俺の同志がいる事がわかった。しかし色々なBL小説を読み漁ったが、今一つ何かが足りなくて。物足りなさを感じた俺は、次第に自分で話を書くようになった。
しかし折角書いたのなら、誰かに読んで欲しくなるもので……。この世界ではコミケもネットもないので、ある日思い切って出版社に投稿してみた。すると色よい返事を貰って、あれよあれよと本が出版されることに! 現在ではなかなか人気のある覆面BL作家として布教(かつどう)している。
まあ、この世界。BL小説は恋愛小説扱いされるので、身バレしても何も問題はないんだけど……。
けどさ、やっぱり正体ばれるの何となく恥ずかしくて。なので正体は隠している。
ちなみに全年齢OKなので、ドッキングシーンはナシだ。そもそも前世でも現世でも、チェリーな俺にドッキングシーンは高い壁である。
「ま、まだ十八歳だからな。書くのは、もう少し大人になってからでいいでショ」
前世の年齢を足したらもう五十のおっさんですがネ。
俺は原稿を机の引き出しに入れ、鍵をかけた。するとタイミングを見計らったかのように、誰かがドアをノックした。
「キトリー様、よろしいでしょうか」
その声はレノだった。
「ああ、どうぞ」
俺が声をかけるとレノはドアを開けて、カートを押して入ってきた。どうやらお茶とお菓子を持ってきてくれたようだ。さっすが気が利くぅ~。
「原稿は終わりましたか?」
「ああ、一応キリのいいところまでな」
俺は正直に答えた。レノは小さい頃からの従者なので、小説を書いている事は教えている。まあ正直に言うとレノに秘密事するのは至難の業だからな。
けど、その小説の内容がボーイズがラブするお話だとは伝えていないが。
「お疲れ様です。では午後は気分転換に馬でもいかがですか? 屋敷に籠ってばかりでは体もなまりますし、領内の見学もいいお勉強になると思いますよ」
「あ、それいいな! 一度、見て回りたいって思ってたんだ」
「では、午後はそのように」
レノはそう言いながら俺の前に温かい紅茶と小皿に乗ったマフィンを差し出してくれた。頭を使った後の糖分補給は大事だ。
俺はもしゃもしゃと料理長が作ってくれたマフィンを口に頬張る。その間にレノはドア前まで行き、近くのメイドを呼び止めて馬の支度や俺の乗馬服の準備をするように伝えた。そんな後姿を見ると俺は思ってしまう。
やっぱり、レノを連れてきて良かったのかな? と。
レノは俺の従者ではあるが、有能な人材でもある。俺の従者をしていなかったら、きっと騎士団に入ることも、宰相である父上の部下として働くこともできただろう。
……けど、レノが俺に付いてくって答えたんだから仕方ないよなー。俺としても気の利く従者を失うのは手痛いし。でも、レノももう二十三歳だよな。この世界では結婚適齢期。けど浮ついた話を一切聞いた事がない。一体、どういう人が好みなんだろう? レノの相手を見繕うにはちゃんと好みを聞いとかなきゃな。受けのタイプを!
「レノ」
「なんでしょうか?」
「レノってどんな子が好み?」
指示を出して戻ってきたレノに尋ねると、明らかに嫌そうな顔を見せた。まるでゴミでも見るかのような顔つきだ。
おい、一応これでもお前の主人なんですけど? おおん?
「また藪から棒になんです? 何を企んでるんですか」
「しっつれーだなぁ、企んでるなんて。俺はただ、レノとこういう話をしたことがなかったと思ってだなぁ」
「別にしなくてもいいでしょう。私の好みを知ってどうするんです?」
「いや、まあ、それはぁ」
レノ好みの子を探してレノとくっつけたい、とは言えまい。
「知ったっていいだろ? 単なる興味本位だ」
「興味本位ね。では答えさせていただきます」
レノの返事に、おお! と俺の胸が期待が膨らむ。だがレノはにっこりと笑って恐ろしい事を教えてくれた。
「私に従順な、ペットのような方がいいですね。どんなこともきちんと言う事を聞いて、縛っても反抗しない方がいいです」
まさかのドMさん希望ッ!? いや、確かにレノはSっぽいけどぉ……ちょっと縛るのはどうかと。人の性癖にあれこれ言うつもりはないけど、あんまり知りたくなかったな。
「お、おぅ……。ま、人の好みは様々、だからな」
俺は顔を引きつらせて言った。だがそんな俺を見てレノははぁっと大きくため息を吐いた。
「冗談ですよ、本気にしないでください」
レノはいつもの呆れ顔で俺に言った。どうやら本当に冗談だったようだ、何となくホッと息を吐いてしまう。
「そういうキトリー様はどのような方が好みで?」
「あ、俺か? ……うーん、そうねぇ。可愛くて優しい子がいいかなぁ」
差し障りない回答になってしまうが、やっぱりこれが一番だ。
「可愛くて優しい子ですか」
「なんだよ、文句あるか?」
「いえ、別に?」
レノはそう言ったが、やっぱり何となく文句ありげな表情だ。
なんだよ、俺の好みに文句をつける気か? 俺はレノの好みにケチつけなかったのに!
「それよりお茶を終えたら、早速参りましょうか。私も準備してきます」
「おう、じゃあ厩の前で集合な」
「はい」
レノはそう言うと部屋を出て行った。俺は紅茶を飲んで、口の中を潤す。でもあることに気が付いた。
「あ、結局レノのタイプを聞きそびれた」
……まさか本当にドMがタイプとか言わないよな。一体どんな子がタイプなんだろ。あいつ、これまで誰とも付き合ったことないよな? 俺の傍にずっといたし。俺は婚約者って大役があったから、恋人なんて作れなかったけど。レノはそうじゃなかったんだから、恋人の一人でもいてもよかったのに。もしかしてすっごい面食いとか? うーん。しっかし、あの顔ならいくらでもモテそうなもんなのになぁ。
俺は腕を組みながら思ったが、ゆっくりはしていられない。この後は領地見学があるのだ。レノの事はとりあえず後回しにしよう。
「さぁて、うちの領民と仲良くしてきますかね!」
ご近所づきあいは大切に、だ!
◇◇◇◇
それからしばらくは、原稿を書いたり領地見学に行ったり、当初の予定通り、俺は羽根を伸ばしてまったり過ごしていた。
しかしそんなある日の午後。
昼食も終えて、ピチチッと小鳥がさえずる庭を散歩がてら一人でうろついていると、庭師であるフェルナンドが木々の剪定を行っているのが見えた。
フェルナンドは他国出身の帝国育ちで、着物が似合いそうな和顔持ちの五十過ぎのおっちゃんだ。基本この国の人って西洋風の美形が多いから、この顔をみるとなんとなくホッとするんだよなぁ~。あと俺の精神年齢と一緒だからってところもあるかもしれない。それにフェルナンドは優しいし、うんうん。
「おや、坊ちゃん。お散歩ですか?」
フェルナンドはにっこりと笑って、トコトコッと歩いてきた俺に話しかけた。
「うん。屋敷に籠りっぱなしだと体に悪いし。それよりずいぶんと綺麗にしたね」
俺は庭を見渡して言った。来た時とは見違えるほど庭が整えられている。
「これが俺の仕事ですからね」
フェルナンドは笑いながら答えた。
この別邸はたまにしか使われない為に、俺が来るまで別邸の管理を任されている執事長と数人のメイドで、庭師はいなかった。
なので以前は、執事長やメイドたちでちょこちょこ整えたり、領民の力を借りたりして庭を整備していたらしい。そのおかげである程度は見れた庭だったが、やっぱりプロの腕はすごい。今では立派な庭園だ。
特にフェルナンドはレノ同様、本邸から俺に付いてきた庭師なので、その腕は折り紙付き。公爵家の庭はこの三倍は広いからな。
『本邸の庭師は俺以外にいますので、ぜひ俺も別邸に連れて行ってください。坊ちゃん!』
……そう頼まれた時はどうしようかと思ったが、フェルナンドも連れてきて良かった。おかげで庭がすっかり綺麗になってきた。
俺はすっかり見違えた庭を見て思った。しかしフェルナンドを連れてくるという事は、もれなくその旦那も一緒という事で。
「おーい、フェル。飯の時間だぞ」
声を上げてやってきたのはコックコートを着た、料理長のヒューゴだった。
ヒューゴも五十過ぎのおっちゃんで、こちらは無精ひげを生やしている金髪のちょい悪系だ。毎日鍋を振っているせいか、腕が太い。そしてヒューゴはフェルナンドの旦那であり、俺が恋のキューピットをしてくっつけた記念すべき一組目のカップルである。
「ヒューゴ」
「おや、坊ちゃん。お散歩ですか?」
フェルナンドと同じことを聞かれて「うん」と答えた。でも、不意にフェルナンドがくすっと笑った。
どした? と視線をフェルナンドに向ければ、フェルナンドは「ああ、すみません」と言って笑った理由を教えてくれた。
「いえ、坊ちゃんの小さい頃を思い出しまして。坊ちゃんが大きくなられてからは、こうして庭先で三人揃って会う機会はありませんでしたから」
フェルナンドは柔かに目を細めて言い、ヒューゴが同意するように「そう言えば、そうだなぁ」としみじみと答えた。
俺はそんな二人を見つめて思い返す、二人をくっつけようと画策していた時のことを……。
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