第4話 三歳児の暗躍
――――それは俺がまだ三歳で、今よりさらにキュートでショタだった頃。記憶を取り戻し、そろそろ一年が経とうとしていた頃だった。
その当時、俺はよく庭に遊びに出て、ある人物に会いに来ていた。それはこのホッとする顔の持ち主フェルナンドにだ。
「ふぇるぅ~!」
三歳の俺は名前を呼び、魅惑のむっちりボディを揺らしながらトテトテッと駆け寄った。すると花壇を弄っていたフェルナンドがこちらを向く。
まだ三十代のフェルナンドは麦わら帽子を被り、爽やかに汗を掻いていた。
「おや、坊ちゃん。またお一人で来たんですか?」
「うん、ひとりぃっ!」
俺は子供らしく、可愛らしく答えた。前世の記憶を取り戻した俺だったが、すでに可愛い子供を演じるのが上手くなっていた。某名探偵にも負けないあざとさだ。中身が三十過ぎのおっさんが入っているとは誰も思うまいよ、フフンッ。
「あれれー? なに植えちぇるの?」
「お花の苗ですよ。あと一カ月後には綺麗な花が咲きますからね、楽しみにしていてください」
「うんっ!」
「ところで坊ちゃん、レノはどうしたんですか?」
「お部屋においてきちゃ!」
「おや、それはそれは」
フェルナンドはくすくすっと笑って言った。その顔を見て、俺はほっこり癒される。
……そうそう、これこれ。俺の両親も周りもみんな美形で少々気疲れるんだよなぁ。綺麗なのはいいんだけどさ。洋食続きもいいが、やっぱり五臓六腑に染み渡るのは慣れ親しんだ和食。この顔ですよ!
「どうしました?」
「ううん、にゃんでもにゃい」
俺は重い頭をぶんぶんと横に振って答えた。
しかし俺がここに来るにはフェルナンドのこのほっこり顔を見る事と、もうひとつの理由があった。それは……。
「おい、フェル。これ、試食してくれないか? って……坊ちゃん?」
ヒューゴはちんまい俺を見つけて言った。
「またレノを撒いてきたんですか。いたずらっ子ですね~」
ヒューゴはそう言いながら、わしゃわしゃっと俺の頭を大きな手で撫でた。その力強さに頭がもげそうだが、公爵家次男である俺をちゃんと子ども扱いしてくれるヒューゴが俺は個人的に好きだった。あ、勿論ラブじゃなくライクの方で。
「あぴゅぅっ。……ひゅ、ひゅご、それ、なぁに?」
もみくちゃにされた俺は少しクラクラしつつヒューゴに尋ねた。ヒューゴの左手にはお皿があったからだ。
「ああ、これですか。おやつの試作品ですよ」
ヒューゴはそう説明し、お皿の中を見せてくれる。そこにはクッキーが数枚並んでいた。でも何かがクッキーに練り込まれている。
「食べてみますか?」
「いいのぉ?!」
俺は素直に喜んだ。甘いものには前世から目がないのだ。
「どうぞ」
「わぁー、ありがと。ひゅご」
俺は一枚とって、むしゃっむしゃりっと食べる。
うむむっ、クッキーに果物の欠片が入ってて、うんまぁいいい!!
俺は自分のマシュマロほっぺを両手で包んだ。だって美味しい物を食べるとほっぺが落ちるって言うからな。ちゃんと支えておかねば!
「うまいですか?」
「おいちー! もうひとつちょーだい! ね? ねね?」
俺は思わずぴょんぴょんっと飛び跳ねて強請った。子供の体は感情表現が激しい。なので決して大人の俺が飛び跳ねているわけではない。……たぶん。
だがヒューゴはぴょんぴょこ飛び跳ねる俺を見て、嬉しそうにニカッと笑った。白い歯が眩しい。
「もう一つだけですよ」
人差し指を立てて俺にもう一つクッキーをくれた。ヒューゴ、いい奴! むしゃっ、うまぁっ。
「ほら、フェルも食べてみてくれよ」
「ああ、いただきます」
フェルナンドは手袋を外し、手を首にかけていたタオルで拭くとクッキーを一枚取って、ぱくっと頬張った。
「うまいか?」
「ああ、甘さ控え目でおいしい。ヒューは昔から本当に料理上手だな」
フェルナンドが笑顔で言うと、ヒューゴは「そ、そーか? ははっ」とまんざらでもなさそうな顔で、照れ臭そうに頬を染めた。
そして俺はクッキーをもじゅもじゅっと食べながら存在を薄くし、そのやり取りをジト目で見つめる。
……あまずっぺーな、おまえら。
ヒューゴとフェルナンドは幼馴染で、メイド達にした聞き込み調査によれば休みの日には互いの家を行き来する仲だそうだ。そして二人とも独身、恋人はなし。つまりどうみても黒よりの黒。
けど、それでも二人が恋人ではないのは、両想いながらも幼馴染という長い付き合いのせいで一歩を踏み出せないでいるからだろう。
……わかる、わかるよ。幼馴染ポジションだと、なかなか言い出せないんだよね。よくある展開ですよ! しかしヒューゴめ、こんだけ甲斐甲斐しくお菓子を作っては持ってくるくせに好きの一つも言えんのか。フェルナンドもそろそろ気づいてあげなよ! いや、これは知っていながら焦らしているのか? うーむ。
俺は、俺を放置して和気あいあいと話しこむ二人を見上げて思った。
……やっぱり、ここは俺が一押ししてやらねば。さて、この二人をどうくっつけてやろうか。
だがクッキーを食べ終えて、そんなことを考えていると誰かが俺のむっちりボディを後ろから掴み上げた。
「あばっ!」
「ここにいましたか」
振り返れば、俺の体を持ち上げたのはお子様レノだった。どうやら俺を探しに来たらしい。
「一人でウロウロしないでくださいと言っているでしょう!」
レノは目を吊り上げて怒ったが俺は素知らぬフリをした。お子様に怒られても中身三十オーバーの俺には痛くも怖くもないのだ。
だがしかし……ちょうどいいところに来たぞ、レノよ。
「ああぁぁん、レノ! はなちてっ!」
俺は短い手足を一生懸命ばたつかせて、レノの手から逃れてひょいっと地面に着地した。そして庭に供えられている蛇口へと向かう。
「あっ!」
レノがそう叫んだ時にはもう遅い。
俺は蛇口をひねって、レノに向かって水道の水を勢いよく放った。だがレノは反射神経が良い。予測通り、放たれた水からひょいっと身を翻して逃げると、俺の放った水はレノの後ろにいたヒューゴへと向かう。しかし、そのヒューゴを庇うようにフェルナンドが前に出て、水をもろに被った。予定通りだ、おかげでフェルナンドが着ていた白いシャツが濡れて、体がスケスケ。う~ん、セクシィー。
「フェル!」
「ヒューゴ、濡れなかったか?」
フェルナンドに聞かれたが、ヒューゴはフェルナンドの透けた服を見て顔を赤くした。
「あ、ああ、俺は大丈夫だ」
顔を背けて答えるヒューゴ。初心な奴よの。
しかし俺はそんな二人の元に行って、すぐさま謝った。
「ふぇる、ごめんねっ。ぼく、レノに当てようとちたのに」
俺が子供らしく謝ると、フェルナンドは笑って許してくれた。まさか三歳児が故意にしたとは思っていないのだろう。
「大丈夫ですよ。でも二度とやっちゃダメですよ」
「はぁい」
「それより服を着替えないと。俺、予備の服を置いてるから、それ使ってくれ」
「いいのか? 助かるよ、ヒュー。ではキトリー様、俺はちょっと服を着替えてきますね」
そう言って二人は仲良く、去っていった。
……さぁて。二人の後を追って、どんな展開になるか見守りに行かなきゃな。
そう思って、トテッと一歩を踏み出した俺の頭を何かががっしりと捕まえた。
「ぎゃぷんっ」
「どこに行くつもりですか、キトリー坊ちゃん?」
振り返ると怒っているレノがいた。
「あ」
そう呟いた時には樽のごとくレノの小脇に抱えられた。
「たく、ウロチョロしないでください!」
レノはそう言うと問答無用で俺をその場から連行した。
「ああーん、はなちぇええーっ! びえええんっ!」
……俺は二人の甘酸っぱいやり取りを見に行くんだぁーーーっ!
そう心の中で叫んだが、三歳児が八歳児に勝てる訳もなく。その後、部屋まで連れていかれ、閉じ込められてしまった。
しかし一度ぐらいでめげる俺ではないわ!
その後も度々レノの目を盗んでは部屋を抜け出し、フェルナンドに会いに行き、俺はヒューゴとの仲を取り持った。そして次第に二人の仲は深まり、一年後には結婚するところまでこぎつけたのだ。
しかし残念ながら、その後俺は学園に入学することになってしまい、あれよあれよという間にジェレミーの婚約者に収まって、二人とこうしてゆっくり話す時間ももてなくなっていった。
ま、時折影からこっそり二人の事は覗いてたんだけどネ! えへへっ。
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