第14話 就寝前の読書


 レノに諦めない宣言をされた日の夜。


 俺は早めにベッドに入り、ひとり本を読んでいた。勿論読んでいたのは俺のお気に入りのBL小説。内容は数十年前を舞台にした獣人と王族の王子とのお話だ。

 前世の時にも、色んな身分差の恋をテーマにした映画を(船が沈没しちゃうやつとか、王女様が休日を楽しんだりしちゃうやつとか)よく見たもんだが、やっぱり泣ける。


「うっうっ、ロメオォ!」


 俺はBL小説を読みながら、しくしくと涙を流した。

 現在物語は獣人のロメオが王子のジュリオットの身を守る為に別れを告げるシーンだ。ここ、何度見てもいい。ぜひ教科書に載せて欲しい。


「はぁ~、愛だよなぁ」


 俺は小説からラブを充電し、ほっこり微笑む。


 ……しかも、これが全くのフィクションじゃないって所がポイント高いところ!


 俺は小説の表紙をなぞりながら、この国の歴史を思い返す。


 俺が転生したバルト帝国は、最初はとても小さな国だった。それが仕掛けられた戦争やら、バルト帝国の在り方に賛同した同盟国が現れたりやらで、どんどん大きくなって千年の月日をかけて今の帝国まで発展した。


 今では大国と呼ばれ、その多様性からさまざまな文化が混じり合っている。


 だが数十年前に吸収した国の中には、獣人を奴隷として扱う事を法律で認めていた国もあって、バルト帝国に吸収された後でも一部では獣人の奴隷制度が横行していた。そして、その内情は王の元に届く前に一部の貴族達にもみ消され、獣人達は誰にも助けを求めることができなかった。


 しかし、そこにヒーローの如く現れるのが当時の王弟であるジュリオットだ。


 彼は身分を隠してその土地に訪れ、内情を知って王に奴隷制度の全土廃止を改めて周知するように促した。何も言われないから許されていた、と勘違いしていた者もいたらしいからな。んなわけねーのに。


 そして弟に言われて事情を知った王は、すぐに奴隷制度の全土廃止を発表した。おかげで獣人達は解放され、自由を手に入れたという訳だ。


 でもそこに至るまでのゴタゴタの中。ジュリオットは獣人のロメオと恋に落ち、愛をはぐくみ、二人は結婚するまでに……。

 しかし二人が恋に落ちるまで、すれ違ったり、喧嘩したり。身分を明かせないジュリオットにロメオが不審を抱いたり、それでもやっぱりジュリオットが好きでロメオが身を挺して庇ったり……んん~! THE・ラブロマンスッ!!


 なので、その史実にフィクションを少しだけ交えて書かれた、このBL小説『愛ゆえに』は俺の心に残る名作ベストスリーに入る話だ。


「何よりハッピーエンドって所がミソだよな、うんうんっ!」


 切ない系のお話もいいが、やっぱりハッピーエンドが大好きだ。だって後味良くいたいじゃん? 身分差の恋には別れが付いてくる話が多いけど、俺としてはやっぱり”二人は幸せに暮らしましたとさ、めでたし”で終わって欲しいのだ。

 なので、俺の希望を叶えてくれるこの本はもう台詞を覚えるぐらい読み込んでいる。本を読まなくてもお気に入りの台詞を言えるぐらいだ。


「お前の為ならこの命、失っても惜しくはない」


 くぅ~! 痺れるなぁ、このロメオのセリフッ!!


「……夜に何をしてるですか」


 ぬっと現れたレノに言われて、ベッドの上で格好つけていた俺は「うぎゃっ!」と小さく飛び跳ねた。


「レノ! な、なんだよ急に! 驚くだろーがッ!!」


 俺はドキバクする胸を押さえて言った。


「明かりが漏れていましたので、様子を見に来たんですよ」

「だからって何か声をかけろよ!」

「だからかけたじゃないですか」

「かけるタイミングを見計らえって言ってんのッ」

「夜に興奮すると眠れなくなりますよ」

「誰のせいだと!」

「またその本を読んでいたんですか。本当に好きですね」


 レノは俺の言いかけた言葉を無視して、俺の手元にある本を見て呟いた。俺がBL小説を嗜むことはレノも知っている。読んでいる所は見せた事はないけどネ。だって読んでる最中、絶対顔が緩むもん。


「いいだろ。俺のお気に入りのお話なんだから!」


 俺はいそいそと枕の下に本を隠す。


「もう寝るから、レノも部屋に戻れよ」


 俺は枕の位置を調整し、ポフッとベッドに横になって寝る体勢をレノに見せつけた。


「はいはい。わかりました」


 レノは呆れた様子でいつものように返事をした。


 ……なんだ? 俺を避ける反抗期は終わったのか?


 俺はそう思いつつもレノを見ると、ランプの光にレノの赤い瞳がきらりと光る。子供の頃から変わらない輝きだ。


 ……そういえばレノも獣人だから、子供の頃は大変だったよなぁ。


「なんです?」


 俺があんまりじっと見るからか、レノが不思議そうな顔をして俺に尋ねた。


「いーや、なんでもない。おやすみ」


 俺は目を閉じて、答えた。しかしベッドが少しだけ揺れ、パチッと目を開ければレノはベッドに腰掛けていた。


「む、なんだよ?」

「ちゃんと眠るまでここにいます。夜更かししてはいけませんからね」

「寝るって言ってんだろ?」

「はいはい、さっさと目を瞑ってください」


 どうやら俺の信頼度は薄いらしく、レノは俺が寝るまでここにいるらしい。寝るって言ってんのにぃー。ぷぅっ。


 ……つか、レノがいると余計に寝れないじゃん。俺そういう所、繊細なんだぞ?


 俺はそう思いつつも仕方なく目を瞑った。








 ――――五分後。


「すぴーすぴーっ」


 すっかり眠りについたキトリーを見て、レノはベッドから立ち上がった。少しベッドが揺れるが、眠りについたキトリーに起きる気配はない。


 ……寝つきの良さは、子供の頃から変わりませんね。


 心の中で呟き、レノはランプの明かりを消した。そして小さく声をかける。


「おやすみなさい。キトリー様」


 レノはそう言うと静かに部屋を出て行った。そして廊下を歩きながらキトリーがきざったらしく言っていた言葉を思い出す。


『お前の為ならこの命、失っても惜しくはない』


「……私もですよ、坊ちゃん」


 レノは誰もいない廊下で、人知れずくすりっと笑ったのだった。




 ◇◇◇◇




 しかし翌日の良く晴れた午前中。

 廊下を歩いていたレノの元にフェルナンドが駆け走ってきた。


「レノ!」

「フェルナンドさん、どうしたんです?」


 立ち止まり、振り返って尋ねたレノにフェルナンドは声を上げた。


「坊ちゃんがノエルと一緒に馬で巡回に行くと……!」

「全く、あの人は」


 レノははあっと大きなため息を吐いた。




 だが、ノエルと共に馬に乗って出かけたキトリーがその日の内に屋敷に帰ってくることはなかった。



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