第3話

 翼と出会った土手に、2人で座る。ずっと無言。居心地が悪すぎて逃げ出したい。

 その考えを読まれたのか、翼が私の手を握ってきた。


「まことは何で男のフリ、してるの?」

「それは……」


 嘘がバレた事よりも、私の気持ちを知られたくなくて、目をそらす。翼にこれ以上、嫌われたくない。


「わたしには、話せない?」

「……うん」


 翼だから、話せない。


 きゅっと胸が痛む。どんな返事をしたって、翼を傷つけるだけだから。

 だからもう、目を閉じた。こんな世界から逃げたくて。

 そんな私のまぶたを、そっと何が触れた。


「目、開けて? わたしね、まことの目が好きなの。ここでまことを見つけた時、その綺麗な目から溢れた涙に引き寄せられたんだよ?」


 綺麗?

 それは翼の方なのに。


 好きな人からの言葉を信じられなくて、目を開ける勇気が出ない。

 それなのに、触れていた何かがなくなれば、聞き慣れた冷たい声がした。


「それとも、無理やり開けられたい?」


 思わず目を開く。目の前には、微笑む翼。急いで周りを見るが、他には誰もいない。


「い、今……」

「どうかした?」

「あれ?」

「……ごめん。もう無理」


 微笑んでいた翼が吹き出して、声が変わった。


「ずっと気づいてたよ。まことが女学園の生徒会長だって」

「ま、まさか、その声!」

「そう。俺もまさかの生徒会長、だよ」


 いつから!? 最初から!?


 笑う姿は天使なのに、声が悪魔すぎて冷静になれない。だって好きな人が女の子じゃなくて男だったなんて!


 あれ?

 じゃあ悩まずに恋していいんだ。って、いいわけあるか!


 余計に、誰にも言えなくなった。だって私達は敵対している学園の生徒会長じゃないか。

 私が恋したなんて知られたら、生徒会長を辞めさせられる。きっと規則も厳しくなってしまう。

 それじゃあ、私が生徒会長になった意味がなくなる。自由に恋愛できるようになるまでは、絶対にバレちゃだめだ。

 

 頭の中で結論を出せば、翼が手を握る力を強めた。


「騙してごめんね。お互い様だけど。でもまことは、声、全然変えてないよね。それにさ、服装は男なのに、靴は女学園の校章が入ったローファーだから、すぐにわかった」

「あ……」


 自分の詰めの甘さに、唖然とする。


「俺はその点、大丈夫みたいだったけど。でも心配なんだ」

「……何が?」


 これ以上、何を心配する事があるのかと思えば、翼の可愛い顔しか見えなくなった。それぐらい、距離が近い。


「女のわたしと、男の俺、どっちが好き?」


 わざわざ声色を変えてまで聞かれた事に衝撃を受け、私のまばたきの回数が増える。


 もしかして、私の気持ちまで、バレてる?


 そう考えたから、全身が熱くなってしまった。恥ずかしすぎる。好きな人から好き? なんて聞かれる日が来るなんて!


「我慢できなくなるから、早く答えて」


 何を我慢しているのかわからないが、状況を整理しよう。


 翼の知りたい好き? は、友達としての好きだろう。

 たぶんだが、翼が女の子の格好をしている理由は私と一緒なのではないか? 別にそんな事は何の問題もない。


 だから迷う事なく伝える。

 きっと私の気持ちはバレていないと思えたから。


「どっちも」

「どっちも?」

「女の子だと思っていた翼が男だとしても、私はどっちも――」


 そこで私は止めた。この先の言葉には、私の本当の想いが込められてしまうから。

 だから質問する。話題を変えるために。

 どうして今日、翼がこんな行動に出たのかも知りたいから。


「ずっと黙っていたのに、何で自分からバラしたんだ?」

「……目処めどが立ったから」


 一瞬、翼が不機嫌そうな顔になったのが気になったけれど、続きを尋ねる。


「何の目処?」

「俺達は今、間違った青春に閉じ込められているって考えた事、ない?」


 私と全く同じ事を翼が考えていた事に、驚く。同時に嬉しくて、まだ握ってくれている翼の手に、私の自由な手を重ねた。


「ある。だから私は生徒会長になったんだ」


 そんな私に、翼は嬉しそうに笑った。


「俺も。だから壊す。この間違った青春を」


 はっきりと言い切った翼の顔はとても男らしくて、ときめく。

 けれど、覗き込むような仕草は女の子みたいに見えれば、彼の口がまた動いた。


「まことの名前、ちゃんと教えて?」

「あ……」


 漢字を説明する時間がもったいなくて、スマホを取り出してメッセージを送る。


「真琴、ね。うん。真琴」


 今までだって呼ばれていたのに、スマホを眺めなら呟く翼の声に、心臓が騒ぐ。

 そんな私の手を引いて、翼が立ち上がった。


「俺達の学園の名前の由来、知ってる?」


 突然の質問に、私の答えが遅くなる。

 だから先に、翼が話し出した。


「美しく咲く薔薇のような女生徒達を守るために、俺達の学園が隣に建てられたんだって。大切な人を守れる者こそが英雄の条件、だってさ」

「そんなの、聞いた事がない」


 初めて知るローズガーデン女学園と、英雄育成学園の名前の由来に、思わず声が出た。


「うちの学園長がさ、昔、大切な人を傷つけた事を引きずってて、英雄になれなかった事を恥じて、その資料を隠してたんだよね。でもそれが今、俺の手元にあるんだ」


 それはうちの学園長の事じゃないか。


 私が唖然としていれば、翼が挑戦的な笑みを浮かべた。


「ここまで拗れた学園長達の関係も、両学園の関係も、全部壊す。そして新しい関係を築き直そう。俺達になら、できる」

「あぁ。生徒会長の権限を思う存分使わせてもらう」


 誓い合うように、繋がったままの手を握り直す。

 まるでお互いの心臓がそこにあるかのように、熱い。

 その温もりが急になくなれば、翼がいつも中央聖堂で見せる、不思議な動作をした。


「全てが終わったら、真琴に言葉で伝えたい事がある。それまではこのサインだけ、送り続けるから。心の準備、しておいてね」

「それ、いったい何なんだ?」

「手話」


 それだけ言って、翼は歩き出してしまった。



 私はその後、ベッドの中でもだえる事になる。

 だって、少し指を曲げた手に手を重ねようとして止めている手話の説明には、『愛してる』と書かれていたから。


 だから私も心の準備をした。

 声に出して、愛してると伝える日を、強く想い描いて。




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2人の生徒会長 ソラノ ヒナ @soranohina

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