第2話

 会議の報告を終えれば、学園長の過去が明らかになった。そこに希望を見出せた気がして、私はとても上機嫌なまま、抜け穴を目指す。


 まさかこちらの学園長と向こうの学園長が学生時代、恋仲だったとは。

 別れた原因が、自分へのプレゼントを他の女と選んでいたから、なんてな。それをいまだに忘れられないなんて、よっぽど好きだったんだろう。

 そんな思いを私達にさせたくないのは、よくわかった。

 だからこそ、この状況を壊して、学園長同士の拗れた仲も終わらせたい。

 

 授業が終われば、生徒は自由な服装で過ごしていい。私も学園長と話した後、着替えた。私の私服はどれも、男っぽく見える。これらは女生徒達からの貢ぎ物だ。

 私が着ると、女生徒達の気が晴れる、らしい。イケメンと一緒にいるドキドキを味わえる、なんて言われたな。


 この格好は私の好きな人、つばさに会いに行く時にも、都合がいい。

 翼は私が男だと思っているから。


 翼と出会ったのは、春頃、だったな。


 夏の終わりの、暗くなるのが早くなってきた空を眺めながら、私は翼との出会いを思い出した。


 ***


 生徒会長がこんなにもキツイなんて……。


 女生徒達に写真を撮られまくり、ヘロヘロだった私は、前に偶然見つけた抜け穴から外へ逃げた。

 そして目指したのは、近くの土手。ここで本を読むのが好きだった。


 風が気持ちいい。


 大の字で寝転べば、自然と一体化したような気分になる。それだけで、癒される。


 このまま続きを読もう。


 誰が読んでも顔が赤くなりそうな恋愛小説を、大自然のベッドの上で読む。こんなに贅沢な事があっていいのだろうか。

 だから、心がとても無防備になっていた。


 試練をも乗り越える愛。

 私もいつか、こんな大恋愛ができるのだろうか?

 できるなら、今、したいな。


 想像以上の愛を物語から受け取り、自分の願いを自覚する。それが涙となって溢れ、叫びたくなった。愛し愛されたいと。

 しかしこの想いは予想外の来訪者によって、言葉にはならなかった。


「美味しそう」

「ん?」


 突然上から降ってきたのは、女の子にしては低い声。けれど見上げれば、ゆるい巻き毛のショートボブがよく似合う、大きな瞳の可愛い子が私を覗き込んでいた。

 お人形さんが着るようなワンピースが、さらに彼女の愛らしさを強調する。


 そんな子の手が伸びてきて、私の目尻に触れる。ゆっくりとなぞられたが、驚きすぎて動けなかった。

 けど次の瞬間、さらにすごい事が起きた。


「あ、しょっぱい。とってもキラキラしてたから、甘いかと思ったのに」

「……なっ、なめっ!?」


 あろう事か、彼女は初対面の相手の涙をなめたのだ。訳のわからない行動に、私はさぞかし間抜けな顔をしたのだろう。

 そんな私を笑ったのだろうけれど、その顔があまりにも綺麗で、目が離せなかった。


「でもやっぱり、美味しかった」


 何だか私自身が食べられたような気持ちになって、すごく恥ずかしかった。

 そこで気づいてしまった。

 私は、一目惚れしたんだと。


 ***


 幸せな思い出に浸っていれば、抜け穴まであと少し。


 あの後、近くの学園の生徒だって教えてくれて、私もそうだと答えた。『お互い大変だね』って言ってくれて、その言葉と微笑みに救われたんだ。

 でも私の場合、フルネームを教えたら生徒会長だとバレてしまう。私の姿を見ても気づかなかったのは、中等部の生徒だからだろうと思った。

 だから翼には、『まこと』とだけ伝えた。漢字を教えたら女だとバレると思って。


 翼については名簿を調べたけれど、この学園にはいなかった。

 スマホの連絡先には『雲母きららつばさ』って書いてあるのに。

 だから偽名だとは思えない。それに、この名前の可愛さは間違いなく、翼の本名だと思うし。

 けれど、どうしてこの学園にいるなんて嘘をついたのかは、聞けないままだ。


 何か事情があるのだろうと考え直し、周りを確認して、茂みの中に入る。


 よし、誰もいな――。


 抜け穴から外を確認した瞬間、足首まわりにレースのある、白いショートブーツが目に入った。


「まこと、ここの生徒だったんだね」


 サッと、自分の顔が青ざめたのがわかった。

 だってそれは紛れもなく、私の好きな女の子の声だったから。

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