第3話



 次の日曜日。近所のショッピングモールに電車でやってきて、風香の買い物に付き合わされている。風香は珍しく白くて長いスカートを履いて、うっすらと化粧もしているようだった。唇がぷるっとしているのは何か塗っているに違いない。そんな風香を見ていたら、胸がなんだかざわつき始めてしまう自分がいる。なんなんだ、この気持ち。俺、風香のこと好きなのか?


――でも風香は好きなやつの誕プレ買うんだよな。


 そう思ったら胸がグッと掴まれたように苦しくなった。なんなんだ、この気持ち。これが恋って気持ちなら、俺はそんなのいらない。風香が好きなのはどっかの男子で、俺じゃないんだから。


「ねぇ、これどう思う?」


 風香がスポーツブランドの真っ黒なタオルを俺に見せてくるけど、正直どうでもいいと思った。俺へのプレゼントではないからだ。


「いいんじゃね? 有名なブランドのとこのだし」


「そう思う? カズはこれ好き?」


「まぁ、好きかも」


「ふうん」


「俺の好み聞いてもしょうがねぇだろ」


「でもそのために今日付き合ってもらってるんだし」


 「付き合って」ってフレーズを聞いて一瞬耳が熱くなった。でもそんな熱さはすぐに打ち消した。だってその「付き合って」は、買い物の話だからだ。全く、俺の心はどうしちゃったんだろうか。風香なんて小学生の時から知ってる友達だっていうのに。それにこの時間もやけにムカついてしまう。「これどう?」って聞かれるたびに、なんとも言えない感情が湧いてくる。


――もしかして俺は風香のことが好きなのか?


 もしそうだとしたらこの状況は最悪だ。だって俺以外にあげるプレゼント選びを一緒にさせられているんだから。


「まじめんどくさい」


 思わず声に出てしまった。その声が聞こえたのか、風香がいつもとは違う、少し寂しそうな顔でこちらを振り向いた。


「めんどくさい?」


 しまったと思った。この流れだと飛び蹴りかチョップが飛んでくる。俺はそれに向かい打つべく身構えた。が、いつもと違う服装でいつもと違う唇の風香は俺の方から顔を背け、肩を少し縮めている。


――え? なんで?


 その後ろ姿は剣道の試合で負けたときに見せるあの姿だった。負けん気が強くていつも個人戦で県内一番だった風香が、中一の時に準決勝で負けて、そのときに見せた後ろ姿に似ている。あの時の風香は泣きそうだけど、泣かないように踏ん張っていた。


「ちょ、なんだよ」


「別に」


「なんでこっち向かないんだよって」


 そういって風香の肩を掴んだら、思ってた以上に華奢きゃしゃな肩をしていて、俺はその手の力を緩めた。俺が思っている以上に風香は女の子だと思った。もう昔の、一緒に道場へ通っていた風香とは違う。


「もういいから」


「だから、なんでそんな感じになってるの? って聞いてるの」


「めんどくさいんでしょ?」


 「めんどくさいんでしょ」と言われて、確かにものすごくめんどくさいと思った。だって、俺以外のやつにあげる誕プレを選ぶのに付き合わされてるなんて、めんどくさい以外になにがあるというのか。


――あれ、このなんか重苦しい気持ちなんなんだ。あぁ! もう!


「めんどくさいけど、お前の好きなやつにあげるためにプレゼント選びにきたんだし、そもそも俺が中間テストで負けたんだし、今日はなんでもいうこと聞くって。もう、ごめんて」


 俺がそう声をかけても、風香はこっちを見ようとしないで、その誰かにあげるかもしれない黒いスポーツタオルを握りしめていた。一体俺はどうしたらいいのだろうか。そう思いながらその姿を見ていると、風香がもう帰るといい出した。


「ちょま、帰るって、まだ買ってないじゃん。その、誰かにあげるプレゼント」


「もういい。めんどくさいみたいだし」


「だから、そういっちゃったけど、でも約束だし、今日一日付き合うって」


「つきあう……ね」


「うん、ちゃんと約束果たすから」


 風香がなにを考えているか分からない。一度こちらを向いた身体はまた向こうを向いてしまってその表情が見えないでいる。それに自分の心模様も自分で理解がしがたい。このなんともいえないもやもやした気分は一体なんなんだろうか。


――やば、俺もしかして、風香のこと好きって思ってる?


 まさか、そんなわけはないと、自分で自分の気持ちに蓋をする。だって、風香は誰か好きな奴がいて、そいつにあげるために今、誕プレを選んでる。なんなら俺のアドバイスが欲しいときた。


――絶対こんなこと、誰にもいえねぇ。


 そう思いながらも、動き出した俺の心はどんどん風香に向かっていくような気がしている。さっきつかんだ肩の感触は、昔からじゃれあっていた風香とは別のものだった。そう思ったら胸の中でとくんとくんと音が聞こえ始めて、それはどんどん速さを増していく。


――あぁ、もうなんなんだよ、俺。


 絶対にあり得ないと思っていた風香への恋する気持ちは、どんどんどんどん膨らんでいく。でもそれとは反対に失恋確定の絶望感も膨らんでいくのがわかる。風香が好きなのは俺じゃなくて、どっかの誰かなんだ。


――もう我慢できない。一体そいつは誰なんだ?


 俺はずっと聞きたいけど聞けなかった、その好きな人は誰かを聞いてみることにした。いや、あの日、あのテストで負けた日、俺はそれを風香に聞いた。でも、風香は教えてくれず、もったいぶってそのうちわかるといっていた。


――そのうちっていつだよ? 両思いで、それで誕プレ渡したときに付き合うってことなのかよ。


 もう我慢の限界だった。こんな状態じゃ、これから道場でも学校でも、塾でさえも風香の顔が見られる気がしない。俺は意を決して、風香に聞いた。


「お前の好きな奴って、誰なんだよ?」


 風香はゆっくりこっちを向いて、淡くうるおった唇で俺にいった。


一清カズだよ」


 俺の心臓は俺の身体を離れ、風香の心臓と重なっている。俺はこの日、幼馴染に恋をして、生まれて初めて両思いになった、のか?





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中間テストは負けらんねぇ 和響 @kazuchiai

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