第2話

「テスト範囲までの演習やるから各自でプリント取りに来いよー」と先生に言われ、教室前の机にプリントをとりに行ったところで風香に話しかけられた。


「カズなんのプリントもらってきた?」


「え? 数学」


「ふうん」


「ふうんってなんだよ」


「別に」


 なんか嫌な感じだ。俺の勉強がどこまで進んでいるのかをまるで確かめているようなあの態度。絶対負けない的なその挑発的な目。


――でも、なんか最近ちょっと違うんだよな、なんていうか、女子っていう感じ?


 そうなのだ。最近の風香はなんか女子って感じがするのだ。剣道部でも一緒の俺たちは部活の時間も顔を合わす。もちろん稽古もおんなじだ。中学に入ってからは女子と男子の差がはっきりする。風香よりも背が低かった俺の身長は確実に伸びあいつを追い越した。それもあってか最近の部活では俺の方が強かったりもする。面を打つときに身長差が役に立ってるのかもしれないと思うけれど、それだけではない気もしている。


 身長だけじゃない。小学生の時はおんなじくらいだった筋肉も今や俺の方が優っていて、それに、なんだか風香が女らしくなっている気がする。面をとって面タオルで顔を拭くときも、昔みたいにガシガシ拭かないで優しく顔を拭いているし、肩まで伸びた髪の毛も白い首筋に張り付いてまるでどっかのお姉さんみたいだ。


――そういうところも気に触るんだよな。


 勝てない相手だと思っていたのに、あっさり俺に面を打たせるところかがむかつく。前はもっとガンガン攻めてきていたのに。


――ん?今でも攻めてきているじゃないか。勉強で。そうか、剣道で勝てなくなってきたから勉強で、そういうことなのか。ふっ! それじゃあ尚更負けられない。


 俺はそう思っていつも以上に真面目にワークを取り組んだ。いつもは全教科一周半くらいしかしないワークをこれでもかと三周はやった。


 そして、ついに中間テストの日を迎えた。




 いよいよ今日が本番だと、まるで試合に行く気分で目覚めた俺は、目覚ましがわりのスマホのアラームを止めようとスマホに手を伸ばし、しかめた顔で画面を見た。


「あれ? RINKの通知?」


 RINKに通知が来ている。誰だよ朝からと思って指でタップすると、風香からだった。


《中間テスト、私の方が上だったらいうことなんでも聞いてよね》


 今回は挑戦状らしき文章を送ってこないと思っていたら、まさかの当日。


「まじでうざい。負けねぇし」


 そういって布団から抜け出し、俺は学校へ行く準備をした。母さんが「頑張ってねテスト」と玄関まで送ってくれて、さらに俺の気分は高まった。「五本勝負、85点以下は二本負けだから」と言われた時は心が折れそうな気がしたけど、それも自転車を漕ぎながら気合に変えた。


「今回はいける気がする! だって俺、結構やったじゃん」


 剣道の先生が言っていた「自信は自分を信じれるだけやればつく」という言葉の意味が身に染みて分かった気がした。なぜならいつもは一周半しかやらないワークを三周もやり、なんなら今日のテストの国語と数学と理科の重要な言葉を単語帳にして、昨日は夜遅くまでそれをぶつぶついいながらめくっていた。


「勝てる気しかしねぇ」


「は?」


「だから、勝てる気しかしねぇっていったの」


「まじでいってる?」


「だってワーク三周したし」


「わたし五周くらいしたし。約束守ってね」


 やっぱり今回も負ける気がしてきた。でも自分のやってきたことを全力でぶつけるまでだ。それは剣道だって勉強だって同じはず。そう思って俺は二日間の中間テストを全力でやり切った。母さんに言われた点数的には五本勝負で何試合勝てたか自信がないが、そこそこ、三試合くらいは勝てたような気がしている。風香は何試合勝ったんだろうか。帰り道、家までの道のりを自転車を漕ぎながら俺はそればかり気にしていた。


 そんな俺の鼻の頭にぽつりと雨粒が落ちてきた。嫌な感じだ。でも大丈夫。雨はどこも同じように降っているはず。風香のところにも、同じように。この灰色の空はどこまでもつながっているんだから。




「わたし五教科合計407点」


「うっ」


 やはり今回も負けてしまった。やはりワークを五周したというのは嘘ではなかったようだ。でも俺も頑張った甲斐があって過去最高点数が取れた。392点だ。しかし負けたことは事実。潔さも大事だと道場の先生が言っていた。俺は腹を決めて、風香に言った。今度は何をおごらされるのだろうと思いながら。


「で? なんでもいうこと聞くってなに? あんまり高いものやめてよね」


「付き合ってほしいの」


「へ?」


 付き合ってほしいのと風香の唇が動くのを見て、俺の心臓は飛び上がった。なんてことを言ってくるのかと、聞き間違いじゃないかと、俺は風香を見下ろしていった。


「付き合ってって、おまっ、ちょ、ど、どういう意味?」


「だから付き合ってほしいの。買い物に」


「そっちかー!」


 顔から火が出そうだった。それならそうと最初から「買い物」って言葉をつければいいものを。そんな焦っている俺を見て笑っている風香に腹が立った。けれど、約束は約束だ。むかつくけれど、仕方ない。


「で? なんの買い物?」


「誕生日プレゼント」


「誰の?」


「男子」


「男子?」


「そう、男子へ。だからなに買っていいかわかんないから一緒に選んで?」


 「男子へのプレゼント」と聞いてなぜだか胸が苦しくなった。おかしいな。さっきまでの風香へのむかつきもどっかに行ってしまって、今はなんだか心が萎んだ風船みたいになっている。俺は一体どうしちゃったんだ?


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