中間テストは負けらんねぇ

和響

第1話

「まじでこんなに範囲があるの?」


 前期中間テストの範囲を見て愕然がくぜんとする俺。なんならまだこれから習う単元も入っている。プリントを持つ手がもう見たくないといっているのか、ワナワナと震えてきた。だって、またあいつに挑戦状を叩きつけられそうだから。


「ふうん。その様子を見るとあれだね。また私に負ける的な?」


「出たな!風香!」


「さて、今度は何をかけますか?」


「もういいってば。どうせ今回も俺の負けだろ?」


「へぇ、最初から負け発言するんだ。へなちょこ」


「ちょま! 負けねえし、今度こそ、負ける気がしねぇし!」


 とは言ったものの、負ける気しかしない俺はどうしたらいいのだろうか。


――てか、勉強しろって話だけど。


 風香とは小学生の頃からの腐れ縁だ。とはいえ、同じ小学校から同じ中学校にほとんど全ての生徒が移動する俺の中学校は、誰もが幼馴染みみたいなものだけど、風香とはそれ以上に腐れ縁。おんなじ剣道場仲間だから腐れ縁の濃度が濃い。


 俺が通っていた剣道場はそこそこ強い道場で、全国大会で東京の武道館に行ったこともあるし、なんなら県で一番になったこともある。俺も風香も同い年でおんなじチームだった。


「よっわ! 一清かずきよマジでよっわ!」


「まじでうざっ! 今の合い面絶対俺だし」


「でも竹中先生赤あげてるじゃん。また私の勝ちだって」


 小学生の剣道は女子も男子も混合で個人戦がある。俺はいっつも風香に負けていた。それが中学になってからは勉強でも負けているというなんとも情けない状態がここ一年くらい続いている。


「ぜってぇ、次こそ勝ってやる」


 などと自分に気合を入れてみても、一向に勝てる気がしない。それにしても事あるごとに俺に勝負をふっかけてくるあいつが本当に気に触る。中一の時のテストだって、テストのたびに俺に挑戦上を叩きつけてきた。


「カズ次のテストで点数が私より低かったら何してくれる?」


「は? お前に負けねぇし」


「勝てたことある?」


「うっ! でも次はぜってぇ負けねえし」


「自信あるの?」


「自信をつけるのは今からでも間に合うし」


「へぇ。そうなんだ。じゃあ私が勝ったらボーリング2ゲームおごってね」


 そうして俺は見事に五十点差で風香に負けて、あいつにボーリングを2ゲームおごった。なんならそのボーリングでも俺はあいつに負けたけど。だから今度こそ絶対に勝ってやるという気持ちだけは、持っている。


――気持ちだけは持っているって、それじゃあダメだよな。よし。


 道場の先生の言葉を思い出す。


「文武両道。その道はどちらも自分が作るのです。やったらやった分だけ結果がついてくる。やらなければそれまでのこと。自信を持って文武両道と言える自分になるためには、自分を信じれるくらい稽古を積むことが大切です。それ以外に道はありません」


 俺は気合を入れて数学のワークを取り出した。よし、今日は数学を全部終わらせるんだと心に決めて。でも気づいたら夜だった。


「しまった! 寝てしまった!」


 学校から帰ってきてワークを開いたまでは覚えている。やる気がみなぎっているあたりまでも、心がしっかり覚えている。けれど、そこから先の記憶が。


「ない? うおー! 俺は馬鹿なのか!?」


 叫んだところで、一階から母さんがご飯だと呼んでいる声が聞こえた。夕飯を食べて塾に行かなくてはいけない。塾に行けばまた風香にも遭遇してしまう。


――もう道場も学校も塾も一緒って、ないわぁ。


 そんなことを思いながら急いで夕飯のハンバーグを食べた。


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