展覧会5

 コモンドール先生は展示会場の、彼の作品が飾られた区画にいた。


「いやあ、流石はコモンドール先生。素晴らしい作品ですね」

「講評会での先生のご意見に、私は胸を打たれました。最近の若者は、やたらと奇抜で派手な絵を好みますが、私はコモンドール先生の重厚な作品が好みです」

「ほっほっほ、そうでしょう、そうでしょう」


 コモンドール先生は、たくさんの支援者に囲まれて上機嫌だった。

 その様子を少し離れた位置から確認し、


「おやおや?」


 と、バルバストル侯爵は目を丸くした。


「コモンドール先生もお弟子さんたちも、相当な技量を持っています。彼らの絵が好きな人も、当然いるんですよ」


 と、俺は言った。


「なんとまあ。だが、今まではルネーザンス家の画家の絵は売れていなかったんだろう? どうして急に……」

「コモンドール先生の絵が好きな人はたしかにいますが、それは一部の層だけです。ローデリック公子のように、彼らの絵が好きじゃない人もいます。国内の絵がコモンドール先生の画風ばかりになると、大半の人は絵に興味を持たなくなります。そのせいで、彼らの絵自体に触れる機会が減ってしまったんですよ」


 もともと、ロア王国は芸術分野で遅れていると言われる国だった。人々は、自国の画家を評価していなくて、興味を持っていなかった。

 だから、必要なのは狭い市場で誰が勝者になるか争うことではなく、様々な考えの人を巻き込むことだったのだ。


「さらに言うと、私とコモンドール先生が喧嘩してみせたのも影響したでしょう。対立したことで、共感する側を応援したいという気持ちを強く持つ人が現れたんです」

「なるほどねぇ。やっぱり君、可愛い顔して策士というか何というか……」

「ラントペリー男爵!」


 俺に気づいて、ファビアン公子とマリオン公女がこちらにやってきた。


「バルバストル侯爵も、ご来場ありがとう」


 ローデリック様と違って社交性のあるファビアン公子は、まず俺の横にいるバルバストル侯爵に挨拶した。


「ファビアン公子、マリオン公女、こんにちは。展覧会が大盛況でよかったです」

「ありがとう。寛大な陛下の援助で離宮を貸し切れて、展覧会を成功させることができたと思う。だが、少々気になることがあってね。ラントペリー男爵と話をさせてくれ」


 ファビアン公子はそう言うと、俺の方に向き直った。


「ラントペリー男爵、君、大丈夫だったか?」


 心配そうにファビアン公子は俺を見た。


「大丈夫とは?」

「講評会の日から、コモンドール先生を支持する人がたくさん集まってきていたから。対立していたラントペリー男爵のことが心配だったんだ」

「それなら、私が選んだ絵もよく売れましたよ」

「……? どういうことだ?」


 ファビアン公子は首を傾げた。

 その姿に、バルバストル侯爵が「さっきの私と一緒だねぇ」と小さく呟いていた。


 俺がやろうとしたことは、一種の炎上マーケティングといえるかもしれない。物議をかもす危険なやり方だが、人々の注目を一気に集めることができた。

 悪いことをして炎上したら問題だけど、今回の俺とコモンドール先生の議論は、どちらにも悪意はなかった。俺は自分が好きな絵を選んで主張していたし、コモンドール先生も、自分の主張を心の底から正しいと思っていた。だから、俺たちの発言は、どちらも人に届く強い言葉になったのだと思う。


「コモンドール先生と私が激しく対立することで、展覧会に世間の注目が集まりました。議論が始まると、皆、どちらが正しいかと考えます。ですが、絵に正解などありません。それぞれの好みがあるだけです。コモンドール先生に共感する人もいれば、私が選んだ絵を好む人もいます。新聞などが対立を書き立てたことで、それぞれに、新規の支持者が現れたんです」

「そ……そんなことが……」


 ファビアン公子は呆気にとられたように口をポカンとあけていた。


「――ふうむ。恐るべき視野の広さですな」


 ふいに、こちらに声を掛ける人物がいた。


「お爺様?」


 ルネーザンス公爵だ。彼は杖をつきながら、ゆっくりと俺の傍まで近づくと、


「ラントペリー先生」


 と、俺に呼びかけた。


「せ……先生?」

「ラントペリー先生は、先生と呼ぶにふさわしい方じゃ。それに比べて、儂は友人であるコモンドール先生の絵しか好きになれない、狭小な男じゃった。しかし、そんな儂にも今回の件で、先生の才覚がこれからのロア王国に必要なことだけは、はっきりと分かりました。今後も、ファビアンと共にロア王国の芸術界を盛り上げてくだされ」

「はい。もちろんです」

「ありがとう。ファビアン、これからはラントペリー先生によく教えを乞うようにしなさい」


 ルネーザンス公爵はそう言うと、ニコニコ笑って、去っていった。


 ――俺、ルネーザンス公爵に認められた?


「ラントペリー先生……そうだな、男爵は、先生と呼ぶにふさわしい人物だ」

「そうね。これからは、私たちも先生とお呼びしなきゃ」

「えぇ!?」


 ファビアン公子とマリオン公女まで、俺を先生と呼びだした。


「ラントペリー先生、これからも、毎年コンクールを開催して、芸術界を盛り上げていきましょう」

「そ……そうですね。毎年、新奇なものも拒まず受け入れていきましょう。そうすれば、絶えず活気が生まれると思います」

「心得ました」


 ファビアン公子は深く頷いた。


「うんうん。こういう盛り上げ方もあるんだね。個人的には嫌いなものでも好きな人がいるならとりあえず受け入れる。場は混沌とするけど、それが発展につながるのか」


 バルバストル侯爵は腑に落ちたというように、そう言って考えをまとめた。




 それから、ロア王国では毎年絵画コンクールが開催されるようになった。

 コンクールへの応募者は年々増えていき、やがては会場に入りきらないほどになった。

 新奇な作品も余さず展示したことには非難もあったが、議論が紛糾することで、次々と新しい画派が生じ、ロア王国の絵画は発展していくのだった。






◆ ◆ ◆


今回の更新はここまでです。

お付き合いいただきありがとうございました♪


また忘れた頃に投稿を再開していたらよろしくお願いします。


書籍版『異世界で天才画家になってみた1』も発売中です。

あわせてよろしくお願いします(* > <)⁾⁾ペコリ


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異世界で天才画家になってみた 八華 @hachihana

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