展覧会4

 展覧会の最終日。

 混雑する会場を、俺はバルバストル侯爵と一緒に見てまわっていた。


「大入りだね。絵画コンクール、大成功じゃないか」

「はい。講評会の日以降、人がどんどん増えていきました。観覧希望者が多すぎて、外にも長蛇の列ができているようです」


 どの作品の周囲にも、貼りつくように人がいる。

 その様子を後ろから眺めて、バルバストル侯爵は感嘆のため息をもらしていた。


「講評会についての記事が、新聞や情報誌を通じて国中に伝わったから、会場に足を運ぶ人が増えたんだろうね」


 新聞や情報誌は、講評会での俺とコモンドール先生の対立を、しきりに書き立てていた。


 記事の内容は様々だった。見出しを比べてみても、


『気鋭の天才画家、旧態依然の老害を冷静に批判――世代交代を求む』


 というものから、


『軽薄な画風の若者に、芸術界の古老が喝』


 というものまで。あの講評会の受け止め方は様々だった。


「傍から見てると滑稽なほどだ。今まで絵になど一度も興味を持ったことがなかったような者たちが、記事が出るや、好き勝手に意見を言い合っているのだから」

「侯爵、そんな言い方をしないでください。たくさんの人が絵に興味を持ってくれることで、発展していくものなのですよ」

「やれやれ。相変わらず、君は一見すると綺麗事しか言わない軽い奴だよね。それがこんな――」

「ラントペリー男爵! やっと見つけた~」


 そのとき、俺たちを見て誰かが駆け寄ってきた。


「ローデリック様?」


 マクレゴン公爵家のローデリック公子だ。


「新聞、見たよ! ラントペリー男爵のことを悪く言う記事が書かれていたから、驚いて領地から王都に飛んできたんだ」

「えっ!? お騒がせしてすみません。ありがとうございます」


 どうやらローデリック様が読んでいた新聞は、コモンドール先生派だったらしい。


「まったく、的外れなことを書く記者がいたものだよね。その後、たくさんの情報誌を見てみたら、大半はラントペリー男爵を支持していたから、まだよかったけど」


 ローデリック様はプンプンと怒っていた。


「僕、前々から、ルネーザンス家の支持する絵は好きじゃなかったんだ。センスがなくて不気味なんだもん。でも、この展覧会に来てみると、国内画家にも意外と良い絵を描く人がいたんだね。嬉しい驚きだったな」

「お気に召す絵がありましたか?」

「うん。ねえ、ラントペリー男爵、この展覧会の作品で、男爵が気に入った作品を全部教えて。それ全部、僕が買い取る!」

「ええっ!?」

「二度とラントペリー男爵を悪く言う奴が現れないように、マクレゴン家の財力を見せつけてやるんだ……」


 ローデリック様はふがーっと鼻息荒くそう言った。


「いえ、ローデリック様、お気持ちは有難いのですが、私が選んだ優秀作品は、すでに他の購入希望者がたくさん出ていて、それぞれ別の方の手に渡ることになっております」

「そうなの?」

「はい。講評会の後、展覧会に注目が集まって、出品作品にはどんどんと買い手がついている状態です。優秀作を描いた画家には、新作の注文も来ています」


 俺がそう答えると、ローデリック様は口をあんぐりと開けてあたふたしだした。


「な……なんてことだっ! ラントペリー男爵の作品は一点だけだと聞いて、展覧会には行かずに後日ラントペリー男爵の作品だけ見せてもらおうなんて無精した僕が馬鹿だった。出遅れたーっ! ラントペリー男爵、絶対、来年も同じように展覧会を開催してね!」

「は……はい」

「次こそは、僕が、買い占めてやる! それじゃ、僕、行くね。今からでも交渉して、えーと、ジミーさんに新作を頼んで、良い浮き乳作品を探して……」


 ローデリック様はそうブツブツと言いながら去っていった。



「……珍しいな。ローデリック公子があんなに興奮して喋るとは。私もいたのに、完全に無視されていたしね」


 バルバストル侯爵が呆れたように言った。


「すみません。私と話すときは、いつもあんな感じなんですけど……」

「…………」


 バルバストル侯爵は俺を無言でジーっと見た。


「そうか。まあ、ローデリック公子は我が国の画家にとって大事なパトロンだな。それに、他にも絵の購入を考える人が増えているようじゃないか」

「はい。この展覧会が、作品が売れずに苦労していた画家たちの助けになれて良かったです」


 と、俺は嬉しさに笑みをこぼした。


「そうだね。私も女王陛下に良い報告ができて、嬉しいよ」


 バルバストル侯爵はそう言い、続けて、


「だが、こうなると気になるのはルネーザンス家の画家たちだな。自分たちの派閥以外の画家がこれだけ売れて、悔しがっているんじゃないか?」


 と、黒い笑みを浮かべた。


「そこは、大丈夫だと思います」

「え?」

「コモンドール先生たちの様子、見に行ってみましょう」


 と、俺はニッコリとほほ笑んだ。


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