展覧会3
俺が最後に選んだのは、ジミーさんの花に包まれたマリオン公女の絵だった。
以前にルネーザンス公爵邸で見た絵の発展形で、荒涼とした風景の中、花に包まれて佇むマリオン公女を描いた作品だった。
「雰囲気が良いですね。少女を囲む花の鮮やかさが印象的です」
「なにが印象的じゃ。現実に存在しない花など描きおって」
「手前の左下から右上に緩くカーブして描かれた花の枝が、画面にメリハリを作っていますね。構図が良いです」
「作為的だと言っておるのじゃ。嘘つきの絵を描くべきではない」
コモンドール先生の言葉に、聴衆の一部は共感しているようで、鋭い目で俺とジミーさんの絵を睨んでいた。
「それは、絵の目的によるでしょう。構図の工夫によって、この絵は人々の記憶に残る印象深い作品になったと思います」
「安い商業用のちらしのための絵じゃな。こんなちゃちな絵、芸術ではない」
「そう言われますが、この絵は非常に細かく描き込まれ、正確な描写がされていますよ」
「どこがじゃ! 背景など手抜きじゃろう。こんなボヤッとした山々を描きおって」
「奥の青い山々はまぼろしのように薄れていってますね。空気遠近法により、画面に広がりが出ています」
「く……空気遠近法?」
「現実でも、見晴らしのよい場所で、遠くの山々は霞んで青っぽく見えたり白っぽく見えたりしているでしょう? 遠景を淡く霞ませることで、画面に奥行きを出すことができます」
「む……む……儂はそんなもの知らん! 絵とは全て克明に描いて後世に正しい形を伝えるものじゃ!」
「いえ、実際、遠くのものは霞んで見えるでしょ」
俺が言うと、聴衆の中には、ああっというように小さく頷いている人もいた。
「儂が違うと言ったら違うのじゃ! ロア王国の画家は皆一様に正しい描き方を守って描くべきだ。そうしてこそ、後世に正確な情報が伝わるというものじゃ」
コモンドール先生は決して自説を曲げない。
その態度を、彼の支持者は熱いまなざしで見つめているが、一方で、不快を示す聴衆も多かった。
えーっと、こういうときに、いい台詞があったよな……。
「それって、あなたの感想ですよね?」
「何じゃと!?」
「ただ情報を伝えるだけであれば、それこそ、あなたの言う安い商業用の絵でいいでしょう。画面の切り取り方、配色などに気を配ってこそ、芸術と呼べる絵が産まれると思います」
「わ……若造がっ、儂に、口答えするなー!」
コモンドール先生は絶叫した。
聴衆たちがまたもざわつく。
思わず立ち上がったコモンドール先生に司会者が慌てて、
「コモンドール先生、落ち着いてください!」
と声を掛けた。
「落ち着けるかー! 若造が、儂を、儂を馬鹿にしおって」
コモンドール先生は顔を真っ赤にしていた。
「こ……これで全作品の講評が終わりました。ご清聴ありがとうございました。これにて、講評会はお開きとさせていただきます! 皆様、ありがとうございました」
こうして、ざわつく会場の中、俺とコモンドール先生の作品講評会は終了した。
翌日から、講評会に参加していた記者たちが、新聞や雑誌に俺とコモンドール先生の議論についてしきりに書き立てていった。
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