展覧会2

 コンクール七日目。

 展示会場のホールに舞台が設置され、たくさんの聴衆が集まっていた。

 いよいよ優秀作品の発表だ。


「君の言う通り、王都内の新聞や情報誌の記者を会場に入れたけど、大丈夫なんだね?」


 優秀作品の講評会を始める前、バルバストル侯爵にそう確認された。


「はい。彼らには、コンクールを見て感じたことを、思いのままに記事にしていただきたいです」

「……そうか。ここまできたら、君を信じるしかないね。コモンドール先生に負けないように、頑張ってね」

「はい。行ってきます」


 バルバストル侯爵に送り出され、俺は舞台に上がった。

 舞台の左右に椅子と拡声器の魔道具が置かれ、左にコモンドール先生、右に俺が座る。

 二人の間には、俺たちが選んだ作品を聴衆に見せるためのスタンドが置かれていた。


「それでは、これより第一回ロア王国全国絵画コンクール優秀作品の講評会を始めさせていただきます。作品選考をされたのは、アレン・ラントペリー男爵と、コモンドール先生です。どうぞよろしくお願いします」


 と、舞台左端に立つ司会の人が言った。


「よろしくお願いします」

「うむ。今日は儂から、絵画について皆様に正しい知識をお届けしましょう」

「それでは、ここからはお二人の選んだ作品を一枚ずつ交互に出していきますので、それぞれの絵に対する講評をお願いします。一つ目の作品を、お願いします」


 司会者がそう言うと、展示会のスタッフの人が、中央のスタンドにコモンドール先生の選んだ絵画を運んできた。

 それは、テーブルを囲んで裕福な家族が食事をとる姿を描いた絵だった。


「まずは、儂の選んだ作品じゃな。これは儂の三番弟子が描いたものじゃ。庶民の食事風景が描かれている。絨毯の柄、テーブルクロスの柄、どれも全て手を抜かず、正確な描き込みがなされておるぞ」


 と、コモンドール先生は誇らしげに言った。


「そうですね。テーブルに置かれた陶器の質感とフォークの金属の質感も良いと思います」


 と、俺も相槌を打つ。


「なにを……今更媚びを売ってももう遅いぞ。これは儂が選んだ作品だからな!」

「はい。良い点は認めます。ただし、私であればこの絵は選びません。この絵は、全体の描き込みを均一にしすぎています。絨毯の柄などを強い色で描き込んでしまったため、そちらに目がいき、人物が薄く見えています」

「な……なに?」


 コモンドール先生は目を丸くしてこちらを見た。

 客席で、バルバストル侯爵も意外そうな顔をしている。

 俺は人前でこういう批判をするタイプだと思われてなかっただろうから。でも、今日はビシバシいかせてもらうつもりだ。


「む……む……絵とは全て克明に描いて後世に正しい形を伝えるものじゃ! この絵は全て正確に描き込まれている」

「それでは、ただの記録画像でしょう。芸術と称すには、もう少し構図を工夫し、配色に気を配るべきです」

「んなーっ! 勝手なことをぬかすな! そんな媚びた考えでは、金儲けの絵しか描けんわ!」


 コモンドール先生は感情のままに怒鳴った。

 本気の怒りを露わにするコモンドール先生に、会場がざわつく。

 手前に座った記者らしき人は、面白そうに目を光らせていた。彼らにとっては、騒ぎが起きた方が売れる記事が書けるだろうからね。


「お……お静かにお願いします!」


 慌てて、司会者が間に入った。


「次の絵に参りましょう。続いては、ラントペリー男爵が選んだ絵の講評をお願いします。次の絵、早く、持ってきて!」


 スタッフが急いで作品を入れ替え、中央のスタンドに、今度は俺が選んだ絵が飾られた。


「な……なんじゃ、この不気味な絵は? 女性の頭に獣の耳が生えておるぞ?」


 俺が選んだ一作目は、猫耳マリオン公女の肖像画だった。


「斬新さと技術が両立した絵です。猫の耳の正確な描写、人の髪や肌との違いをはっきり出せる描写力があって成立しています。何より、モデルが可愛く見えるのが良いですね」

「ぐ……ぬ……ぬ……ふざけるな! いくら描写力があっても、こんな絵は認められんわ! 絵とは、現実を克明に記録するものであろう」

「そうとは限りません。絵は自由です。フィクションの良さというものもあります」

「そんなものは認めぬ! 次だ、次っ!」


 続いて、コモンドール先生が選んだ絵が運び込まれた。

 冒険者が集まった集合写真のような絵だった。


「どうだ! この画面の中に三十人もの人物が描かれているぞ。これだけいても、全員の顔が分かる、すごいだろう」

「そうですね。顔の区別はできますが、皆、不自然なほどに同じ向き、同じ大きさで描かれていますね。それぞれのモデルを個別にスケッチし、それを一つの画面にただ並べただけのように見えます」

「それの何が悪い! これは冒険者クランから依頼されて、クランメンバーを描いた絵だ。全員平等に正しく描かれている」

「なるほど。しかし、薄暗い背景で、全員が全く同じ向きでこちらを見ているので、少々不気味に思います」

「あえて悪い言い方をするでない! これは、不気味なのではなく、冒険者たちの威風堂々とした姿を描いているのじゃ」


 と、コモンドール先生は俺に言い返した。

 すると客席から、


「いや、どう見ても怖いだろ。何で背景真っ黒なんだよ」


 と、誰かがボソリと言う声が聞こえた。


「なんじゃ、客席! 私語はつつしめ! 今日は儂がお主らに正しい絵とは何かを教授してやってるんじゃ。黙って聞けいっ!!」


 コモンドール先生が客席に向けて怒鳴ったので、聴衆はまたもざわついてしまった。


「はい、はい、皆さん落ち着いてください。次の絵に行きましょう。入れ替え、早く、早く~」


 司会者の人が必死に場を収める。

 次は俺の選んだ絵で、俺が描いたアニメ美少女の影響を受けたような作品だった。


「なんじゃこの絵は。女の目はここまで大きくはないぞ? 胸も出過ぎじゃ。顔は平らでツルツルの癖に、肉体の立体感だけはこれでもかと強調されておる」

「絵の中でしか会えない美女かもしれませんね。ですが、絵だからこそ、理想の美女に会えるという可能性を感じる絵です」


 俺の言葉に、会場の何人かがうんうんと頷いた。


「何が理想じゃ。胸は風魔法で膨らませた風船か? サイズと重量感が合っておらんぞ。そして、最悪なのは尻じゃ。これでもかと奇妙な皺が描き込まれておる。下品な絵で人々を惑わすでない!」

「画家の理想を追い求めた絵、素晴らしいと思います」


 俺がそう言うと、


「そうだそうだっ。俺はラントペリー男爵を支持するぞー」


 と、聴衆の中から誰かが同意する声をあげていた。


「ええい、会場内に俗な者が交ざっておるな。次じゃ、さっさと次に行くぞ。儂が選んだのは――」


「……コモンドール先生のお弟子さんには珍しい、物語が題材の絵ですね。うーん、物語で定番の空から舞い降りた美女の絵ですか。浮遊感がなく蝋人形が落ちてきたように見えるのが……」

「うるさい! 貴様の好きな浮き乳よりはマシじゃろうが。次じゃ、次!」


 次の作品は、少女漫画に出てくるイケメンキャラのような絵だった。俺のファンらしい女の子が描いた作品だ。


「な……なんじゃ、これは。肩幅っ、どれだけあるんじゃ? それだけガッシリとした体格のはずなのに、筋肉はあまりないように見えるの」

「ムキムキすぎると威圧感が出て、女性の理想からズレてしまいますからね」

「顔もおかしいぞ。あ……顎が尖がっておらんか?」

「シャープな輪郭です」

「まつ毛……蝋燭でも乗りそうじゃのう……」

「魅力的な眼差しです」


 そんな感じで、講評は進んでいき、最後の絵になった。


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