以後二人、囲碁にて友情保ちたり。

 このお話は、同じ会社にいながらもそこでは特に接点もない三澤こと「俺」と池上の関係について、「囲碁」という共通の趣味を通して語られます。

 しかし、彼らの接点は「囲碁」だけ。

 そのため、池上が結婚したり会社の異動があったりしたことで、次第に二人が会う機会もなくなっていきます。そんなとき「池上が会社を辞める」という話を三澤は聞いてしまうのです。

 たった一つ、趣味が同じだけだったのに彼が会社を辞めてしまうことに三澤は少し動揺し、悩みます。「俺たちの関係は何だったのだろう?」と。

 彼のことが気になるのならば直接聞けばよかったのですが、三澤には言えませんでした。 
 囲碁を打つために碁会所に行き、盤面で向き合って碁を打ち合う二人ですが、それ以外のプライベートについて深く踏み込んだ話は一切ありません。そのため三澤は、碁を打つだけの関係なのに、彼が会社を辞めてしまう理由を聞くことができないのです。

 しかし、お話を読んでいくとそのもやもやとしたものがさあっと晴れていきます。囲碁というのは、確かに盤面で向かい合ったら静かに石を打ち合うわけですが、そのなかには前述したように囲碁をやっている人にしか分からないやり取りや駆け引きがあります。それが、三澤と池上にとっての会話だったのではないかと思います。

 囲碁の世界を知らない人でも、話のなかにすうっと入り込ませてくれる作品です。何かの趣味を通して育まれる友情物を読みたい方に、ぴったりかと思います。よかったら読んでみてはいかがでしょうか。