魔法少女に転職して一旗揚げようと思います!

雪ぬこやなぎ

第1話

 その日は珍しくこんな都会でも星が綺麗に見える夜だった。今日が三十歳の誕生日で翌日は休みなのもあり、限定物の缶チューハイとつまみをいくつか、そしてミルクレープの入ったコンビニ袋を片手にウキウキで歩いていた。そんな時だった。


 私の足は家への帰路の途中にある公園の脇を通ろうとしていた。しかしその歩みは止まることとなった。人が飛んできて目の前で倒れたのだ。


「クソッ……」


 倒れた人は起き上がったが左腕が無くなっており、そこから大量の血が流れていた。血染めの服はよく見るとフリルが多用されており、日曜日の朝に見かける変身して戦う少女たちが着ているものによく似ている。いきなりのことで私はフリーズしてしまったが、すぐさま正気に戻った。早急に救急車を呼ばなければ!


「大丈夫ですか!?」

「あ?こんなもんかすり傷……ってアンタ、アタシのこと見えてんの!?」

「見えるもなにも、血塗れじゃないですか!今、救急車を呼びますからね!」


私がスマホを取り出し、119番を押してコールしようとした瞬間、腕を掴まれた。


「呼ぶんじゃねえ!」

「でも!そんなんじゃ失血死して……!」

「いいんだよ!アタシらの業界じゃこんなんはかすり傷だ!」


片腕を失っておびただしい量の出血をしてかすり傷だなんてどんな業界だ、と思ったが、彼女の剣幕に押されて救急車を呼ぶ手を止めてしまった。


「よーし、いい子だぜ、姉サン。いい子ついでにその場から動かないでくれ、守り切る自信ねえから」


女の子は私の頭をポンポン、と優しく叩くと、彼女が倒れた地点の近くの地面に落ちていた銃を手にして走り出した。走り出した方向を見れば、カエルに似た見た目の生物がいる。大きさは一般的な身長の人間の三倍くらいはあるだろうか。その生物は自分のほうへ向かってくる女の子に対して舌をぶつけようとしてはその長い舌の先端を地面にめり込ませている。


「チッ、アタシの武器じゃ接近戦はキチィんだよなあ!」


 女の子は走りながら弾丸を何発かカエルに似た生物へ叩き込んだ。しかしあまり効果はないようで、撃たれた部位は穴が開くものの、時間が経つにつれて徐々に塞がってきている。


「クソッ、片腕で撃てるレベルのもんじゃコアに当たらねえ!腕はまだか!」

「もう少し待って!魔力が足りないんだ!今やってる!」


女の子が叫んだ先には、これまた日曜日の朝によく見かけるマスコットみたいな生き物が浮かんでいた。マスコットは両手を前に突き出しており、その手の先には眩い光の塊がある。


「おせえよ!早くしねえとアタシはともかく姉サンが死んじまう!」


 ふと少し歩いた先の公園内に女の子が持っているものと同じ銃が落ちていた。女の子の無くなったほうの腕が持っていたものなのだろう。あれが使えれば彼女も戦いやすくなるのだろうか。そう思った時には、私は走り出していた。


「っおい、姉サンなにやってんだ!アタシの後ろにいろって!おい!」


マスコットの言いぶりから察するに、無くなった腕はなんとかなるようだし、それまでの間自分がこの銃で牽制のひとつでもできれば、と思った。射撃なんてゲームでも滅多にしないが、あの女の子は私を守りながらではやりにくそうだった。彼女がこれ以上傷付くことがあれば私の身だって危ない。


「食らえぇぇぇ……ええ!?」


私は銃を手にして撃とうとした。そのはずだった。


「なにこれ!?」


銃はいつの間にかメリケンサックに変わっていた。それは驚くほど私の手に馴染んでおり、もともとそこに装着されていたかのような違和感の無さだった。


「姉サン、危ねえ!」

「えっなに!?うわあ来ないで!」


私が手元の変化に驚いていると、いきなり大きな塊が迫ってきていた。私は思わず、目を瞑った状態で右の握り拳を突き出してしまった。どすん、と地面が揺れる音がして、恐る恐る目を開けると、私が腕を伸ばした先には何もない。左に視線を向けると、体の半分近くの肉を削られたカエルに似た生物がおり、その中心部には真っ赤な丸いガラス玉のようなものが見えている。


「……よ、よく分かんねえけど姉サンよくやった!ヤツのコアが露出してる!」

「腕の修復魔法の構築も間に合ったよ!ほら、新しい腕だ!」


 私は何が起きているのかよくわからないまま、ガッツポーズをしている女の子と、彼女に向けて光の塊を投げつけるマスコットをぼうっと眺めていた。光の塊は女の子の腕が無いほうの肩にぶつかると、すぐさま腕の形になった。そして光は消えていき、そこにはちゃんと人の腕がある。ただ服までは修復できなかったようで、肩口はぼろぼろのままだった。


「よーし、腕も戻ったことだし、ヤツが修復に手間取ってる間にいっちょやりますか!」


女の子は復活した肩を二、三回すと、持っていた銃を両手で握り、口付けを落とした。


「頼むぜ」


すると銃がいきなり光り始めた。女の子はそのまま銃をカエルに似た生物に向け、発砲した。光り輝く銃から放たれた銃弾もやはり光り輝いており、それはカエルに似た生物の中心部にある真っ赤なガラス玉に当たった。ガラス玉は粉々に砕け、カエルに似た生物自身も塵のように霧散していく。女の子はカエルに似た生物がいたところに向かい、何かを拾ってマスコットに投げつけた。


「……よっし、なんとかなったことだし、姉サン……わりぃけどちょっと付き合ってくれるか?」

「はあ……え?ちょ、まって、まって……!」


女の子は私のお腹に腕を回すと、思い切り跳び上がった。次の瞬間には建物の屋上に着いており、さっきまでいた公園が小さく見えている。私が言葉を紡ごうと口を開ける前に、またしても女の子は高い跳躍をしてみせた。


「舌噛むから口は閉じたほうがいいぜ!諸々の説明は着いてからするからさ!」


さすがに舌を噛むのはごめんだと思い、仕方なく女の子の言葉に従い大人しく抱えられていた。女の子は何度か跳躍を繰り返し、遠くなっては地面に着地する足元を見ながら、ふと公園に置いてけぼりにしてしまった缶チューハイのことを思い出した。まだ一度も飲んでいない今年の新作なのに!


「おっし、着いたぜ姉サン」


 もうすっかり夜風で体が冷え切った頃、やっと女の子の跳躍が終わり、私のお腹を抱えていた腕が離れていった。


「着いてきてくれ」

「は、はい……」


 歩き出した女の子についていく。どうやら降り立ったのはそれなりの大きさの建物の屋上だったようで、何階分かもわからなくなるほどの階段を下りていくことになった。やっと廊下に進んだかと思いきや、今度は遠くに見える明かりが漏れる部屋へと向かっていく。女の子はその部屋の前に辿り着くと、扉を勢いよく開けた。


「ういーっす、お疲れ様です課長」

「だから気の抜けた挨拶はやめろって……待て、誰だその人は!?」


パソコンのキーボードを叩きながら女の子を窘める眼鏡をかけた男性は、入力し終えたのか視線をこちらに向けるとお化けでも見たかのように仰け反った。


「戦ってるところ見られちゃって……拾った」

「拾った!?」

「しかもこの姉サン、アタシの得物を持って自分のに書き換えて、魔物の土手っ腹に大きな風穴開けちまったんですよ」

「は?変身もせずに?しかも他人の式を?」

「びっくりですよね?だから記憶消去せずに連れてきちまいました!うちにスカウトしたらどうかと思って!」

「お、お前何勝手に決めてるんだよ……いやでもその話通りなら、ぜひうちに欲しい人材だ……」

「ま、待ってください!私は彼女についてきてくれと言われて来ただけで……スカウトってどういうことですか?」


私は思わず声を上げた。そもそもスカウトがどうとか以前に二人の会話にはよくわからない言葉が散見している。魔物、変身、といった言葉もそうだが記憶消去とはどういうことなのか。彼女らは一体何者なのだろうか。


「確かにいきなり過ぎましたね。しかし我々のことを知ったからには、記憶を消させていただくか、仲間になってもらうかの二択しかないのです」

「記憶を消すって……」

「ああ心配しなくても我々のことに関する記憶のみ消させていただくので身の危険はありませんよ。しかしあなたのポテンシャルを考えると、ぜひとも仲間になっていただきたいところですね……」

「な、仲間になるってことはさっき戦ったような化け物と戦えってことですよね……?」

「ええ、そうなります。ですので無理強いはできません。ただ……」


眼鏡をかけた男性は、深呼吸をしながら眼鏡のブリッジに指をかけ、くいっと持ち上げた。


「……危険を伴う分、給料がその辺の企業の倍以上は出ます。正直私も彼女もその一点に惹かれ仕事をしています」

「ちょ、アタシは漫画の主人公みたいに影で暗躍してる感を楽しんでますし!やりがい感じてますし!」

「それはそれで痛いな、中二病全開で」

「なんだとこの拝金眼鏡!」


 二人が言い合いをしている中、私はお金と安全を天秤にかけていた。今の生活はそれなりに成り立っていて、不満があるとすれば今後のために貯金をしている関係上、趣味に使うお金を我慢せざるを得ない場面があることくらいだ。だが今の倍以上の給料があるなら、もっと貯金ができるし趣味に使う金額だって増やすことができるだろう。どうやら二人の言動からして私は戦力になるようだし、実際にさっきのカエルに似た生物相手ではそれなりに活躍できていたように思える。やっていけないことはなさそうだ。それに最近の私といえば、仕事内容は同じことの繰り返し、職場環境も閉塞感に包まれていて、休日に酒を入れないと耐えられない感じだった。会ったばかりだがこの二人となら、少なくとも今よりは面白い日々が送れそうな気がする。そう思った頃には、私の天秤は安全のことなどどうでもよくなっていた。


「……やります。私、やります!」

私が叫ぶと、二人は言い合いをやめ、一斉にこちらを向き、二人でぴょんぴょん飛び跳ね始めた。


「本当ですか!いやあ良かった!あなたのようなポテンシャルの高い方が魔法少女になってくれれば、よりうちの実績が稼げます!」

「姉サンが同僚になってくれて嬉しいぜ!一緒に暗躍していこうな!」

「あ、あの……私、やるとは決めましたけど、まず今の会社を辞めないといけないのですぐには無理ですからね……?」


二人の輝く瞳に若干気圧されつつも、私は笑みを浮かべていた。これからやってくる、新しい生活に心躍らせながら。

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