消えた男の謎(3)
「消えた男に関わった者がすべていなくなっている。雪乃をのぞいて」
「あんたもあたしのこと、ウソつき女だと思うのかい?」
「いや、思ってねえよ。俺はかわら版屋だ。ウソの情報をつかまされないように、人を見る目に自信がある。雪乃の瞳は真っすぐできれいだ。ウソをつく連中とは違う」
堂々と胸を張ったが、雪乃はうつむいて唇を噛みしめている。
「あの人が見つかるまで泣くものか、と思ったけどダメだね。唇の震えを止められない」
言葉を詰まらせながら、ときどきかすかな
「すまねえな、まかせろと大口をたたいてしまった。謎は解けないままだ」
「もういいよ、あんたはあたしを信じてくれた。あたし一人だったら、頭がおかしくなってたよ」
手の
「ありがとう。あたしを信じてくれるあんたがいる限り、あの人は色あせない。それでもう満足さ」
力になれなかった京一朗は奥歯をギリッと噛みしめた。だが、くやしさをにじませた頬に雪乃のやわらかい唇がふれる。
「あんた、なかなかいい男だから惚れる前にサヨナラしとくよ」
京一朗はゆで蛸よりも顔を赤らめたのに、雪乃はくすっと笑っていってしまった。
***
町人が行き交う
「さあさあ大変だ。西国で大はやりの病を知ってるかい? その名はコロッ――」
「ひとつくれ!」
「私にも!」
「俺が先だッ」
「えっ?」
かわら版は京一朗と客の取り引き。いかに客の興味を引きつけるかが重要で、売り手の口のうまさが試される。それなのに今日は宣伝をする前から飛ぶように売れて、あっという間に完売してしまう。
「いったい、これは?」
京一朗が首を傾げていると、筋肉美が神々しい飛脚が足を止めた。
「よう、かわら版屋。久しぶりだな」
「あんたは、<鷹屋>の」
「
「その話ならもう必要ない。雪乃はあきらめて屋敷に戻ったからな」
「そうか。それならただの独り言だと思って聞いてくれ。西国の病が江戸にもやってきたぞ」
「なんだって!」
「役人は必死に隠そうとしているが、もう無理だろうな。はじめの一件はうまくもみ消せたんだが……おっと、俺の口から話せるのはここまでだ。じゃあな」
もみ消しという言葉にハッとする。
「ちょっと待てッ。まさか、雪乃の男が最初に」
虎吉はこくんとうなずくから、京一郎はすべて理解した。
大勢の人が集まる伊勢で、雪乃の恋人はコロットに感染した。それから日本橋で体調を崩し、医者なら一目で厄介な疫病が入ってきたと感じたはず。
そして感染を広げたくない連中が、宿屋にいたすべての人を無理やり別の場所へ連れていき、汚染の可能性がある建物も壊された。
「雪乃は薬を買いに走り回っていた。宿にいなかったから、一人だけ隔離されなかったのか」
「そういうことだ。この秘密をもらせば、俺らも感染者として家族もろともしょっぴく。家も店も取り壊すと脅されてたから、本当のことを言えなかったんだ。あのときは、悪かったな」
「コロットは、そこまでやらなきゃならない病なのか?」
京一朗の手は無意識に頬を押さえていた。
雪乃のやわらかい唇を思い出して、背筋を凍らせる。
「得体の知れない病も恐ろしいが、疑心暗鬼にとらわれた人間も恐ろしいぜ。不安を
虎吉はニッと笑って去っていく。
すべての謎は解けたが、京一朗の心には重たいものだけが残っていた。
<了>
かわら版屋/京一朗の失踪事件 江田 吏来 @dariku
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