第6話
焦燥や恐怖よりも、「面倒だな」だと思った。
口の中を切ったらしく、鉄の味が滲む。唾液と入り混じった血液がじくじくと浸み出してくるのが最高に不愉快だった。歯が折れてないのが救いだ。
上半身を裸に剥かれ、腰回りの武器を軒並み没収され、両手の親指を結束バンドで固められ、コンクリ剥き出しの地面に跪き、
その上シャネルの香水を漂わせながら……昨年のショットショーで発表されていた、米軍でさえ持ってないような最新鋭のライフルを抱えた、やたら小綺麗な格好をした小娘2人組に両脇を固められているのは何の冗談なんだろうか。
ライフルの銃床でぶん殴られたおかげで後頭部は痛いし、さっきすっ転んだ時に擦った肩の傷も痛い。足首に隠していた拳銃も持ってかれてしまった。
私の両脇を固めているうちの1人。前髪が一直線に切り揃えられた黒髪のロングヘアに、バービー人形ばりの細いウェストで、ゴスロリ……というほどではないが、所謂“童貞を殺す”ような、白を基調としたパニエスカートが特徴的なファッションの女が、
「連れてきましたわ、ママ」なんて鈴を転がすような声でのたまった。
シラフでママなんて言う奴、えらく久しぶりに見た気がする。
不思議の国ファッションのこいつを見ても、誰も殺し屋だなんて思わないだろう。
もう片方。ショートボブに、ワイシャツとリボン、ウサギ柄のワンポイントが入ったカーディガンにチェックのスカート…なんの冗談か、女子高生そのもののファッションをしている切長の目の小娘は、私にグロックの銃口をずっと向けている。こっちからは先ほどばかり、吐息多めのハスキーな声で「変な真似をしたら、あんたの耳を吹っ飛ばす」とご丁寧にご忠告していただいた。こそばゆくて鬱陶しい。変な真似をするななんてコイツに言われたら世も末な感じがするが、こいつも立派な殺し屋だ。
そして、目の前には真紅のビロードのカウチソファに腰掛け、優雅にフッチェンロイターのティーセットでダージリンを飲んでいる妙齢の女が極めつけだ。服装は不思議の国ファッションに近い…真紅のビロードとコントラストを成す、少し明度が高い赤いスカートが目を引く。しかしそれ以上に特徴的なのは、額から左に斜めにはしる火傷痕だった。左目の瞳孔は右目のそれとは大きさが合っていないから義眼かもしれない。その他の皮膚が陶磁器のように滑らかだからか、余計に目を引いてしまった。
「あら、セクシーな格好ね。朱音(あかね)の趣味かしら」
「生け捕りにしろって言われなかったら、もうちょっとだけ愉しみたかったんだけど……」
このゴスロリ女は俺の服を脱がす際、意図的に右の胸板にナイフで一筋の傷をつけやがった。今となっては大して痛くもないが、綺麗な顔をした女とは言え、目を爛々と輝かせながら俺の身体に刃を滑らせる様にはゾッとする。
俺以外の全員がキャラ立ちし過ぎている割に、誰も彼も、私が今まで見た資料の中では見たことない顔ぶればかりだった。
何故こうも変な状況に巻き込まれるのだろうか。
自分は平々凡々であまりやる気のない、国から雇われただけの“アセット”に過ぎないのに。意識の低さだったら誰にも負けないのだ。
大きな、大きなため息が出た。
「おい、人違いじゃないのか。なんで私なんだ。私はただの雇われで……」
とまで言いかけたところで、ハスキー女が私の頭に強めにグロックの銃口を当てた。黙ってろと言いたげだ。ささやかな抵抗として、頭を振り払って銃口を避けようとするが、今度は思いっきり髪を掴まれた。私にはそんな趣味はなかった。
顔を歪めていると、ママと呼ばれた女は堪えきれないとばかりに笑い始めた。一縷の望みをかけて人違い説にかけてみたが、どうやら違ったらしい。その蠱惑的とも言える翡翠を思わせる瞳と目が合い、彼女は言った。
「ごきげんよう。首都大附属高校1年の久藤 英くん。」
「……ごきげんよう」
明日の学校は病欠になるだろうな、と思った。
手首の皮膚の内側に仕込んだスイッチを押し込んだ。
その男、× × × につき 明治神宮前 @keikanfeti
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