第3話

お姉さんから檄が飛び、咄嗟に伏せる。ぼくの頭があった場所をバールが掠めた。

 リビングのそばの寝室から3人目が横に振り抜いたようだった。女の子にとっては再度組み伏せられるような格好になってしまったが、申し訳ないがもう少しだけ我慢してもらう必要がある。

「ごめん」

 そのまま間髪入れず、女の子から自分の身体を離すように仰向けに倒れ込む。まずい。

 自分の顔にバールを突き刺そうとしてくるのを、横回りを重ねて躱す。自分の顔があった場所にバールが振り下ろされ、フローリングに突き刺さる一方で、ほとんどうつ伏せになった状態から、腕と脚のバネで3人目の男の片脚、膝下に飛びかかった。

 後ろに倒れ込んだ奴が石膏の壁に頭を打ったところで、高が知れている。

 倒れ込んだところで奴の腎臓目掛けて拳を叩き込んだ。

 すぐに奴の腹の上に馬乗りになり、奴の利き腕であるところの右上腕を膝で抑え込む。肘で顔を潰そうとするが左手でこちらの顔を掴んできた。被っていた覆面を引きちぎり、こちらの頬に指を、爪を食い込ませ深く引っ掻き傷をつける。ぼくの目を潰すつもりだ。やはり復活が早い。

 空いた手で奴の左手小指を折る。でも手を離したらどうなるかわかっているのだろう。それでも手を離さない。でも無駄だ。折った小指の関節をこねくり回してやると声にならない叫びをあげた。手の甲と奴の小指がぴったりとくっついた。

 男が手を離したタイミングで、今度こそ肘で顔を潰す。1、2、3。

 奴の身体が脱力するのを感じ取った。

「ねえ」

 後ろにいる、拘束を解いた女の子に声をかける。反応がなく振り向くと呆然とこちらを見ていた。

「そこに落ちてるナイフ、拾ってくれない?」

 女の子のそばに落ちていた僕のナイフを指差すと、恐る恐るといった様子でそれに手を伸ばす。ナイフの柄をつまむように持った。目に困惑が浮かんでいる。どうやってこちらに渡すか考えあぐねいているのかもしれない。

「それでお姉さんの手首縛ってる紐切って、すぐにここから逃げて」

遠くからサイレンの音が聴こえる。呼んだ警察が近づいているようだ。立ち上がって見回すと、お姉さんを拘束していた男が呻いて這いつくばろうとしているところだった。

 女の子がたじろぐのが見えた。

 3人目から離れ、ぼくは呻いている男に近づき、背中を踏みつける。「今のうちに連れて逃げて」

「でめえ、この野郎」

 踏みつけた足を彼の砕いた肘…尺骨神経が剥き出しになった辺りに置き直し、ゆっくりと体重をかけると恨み言も新しい呻きにかき消された。

 引っ掻き傷から血が垂れている。目元の皮膚は薄いからすぐに血が滲む。息を吐いて身体の力を抜くと、涙のように血が溢れてきた。被っていたマスクも片側を大きく裂かれ、もはや覆面の体をなしてなかった。「ああ、もう」

「ねえ、これ」

 ぼくが男を抑えている間に拘束を解かれたお姉さんが、タオル地のハンカチを差し出した。「ねえ!」と声を上げたのは女の子──(おそらく)妹のほうだ。お姉さんの腕を引っ張っていた。

「血は落ちない。新しいのを用意して返すよ」

「いいの」

「お母さん!」

 お姉さんじゃなくて母親だったか。ハンカチを渡してくれたあと、妹──訂正、娘に手を引っ張られる。2人は外に向かおうとして、もう一度振り返った。

「ねえ!あなたの名前は?」

「人助けだ。忘れてくれ。ぼくの顔も」

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