第32話
「お母さん、これなにー?」
一冊のノートを見せてきた。二階の本棚に置いてあったものだ。
「懐かしい。これはね、お母さんの宝物。お父さんとの大切な思い出なの。」
「何かたくさん書いてるね。まだ習ってない漢字ばっかりで読めないや。」
「ふふっ、そうね。幸(こう)にはまだ早いかもね。」
「今日ってさ、雅人たち何時にくるんだっけ。」
リビングの扉から半分だけ身体をのぞかせて、和くんが聞いてきた。
「えっと、雅人君たちが12時で峯ちゃんたちは12時ちょっと過ぎるって言ってたと思う。」
「了解。あとトイレだけ掃除しとくわ。」
「ありがとう。幸もそのノート元あった場所に片付けて、あと少しで心ちゃんが来るよ。」
「えっ、急がないと。」
そういって幸は二階に急いでいった。
もうあと30分ほどで12時だ。急いでお皿やコップの準備をしなければ。掃除は和くんがしてくれているから任そう。
机の上に8人分のお皿やコップを並べていく。お菓子もすぐに出せるように近くに持ってきておこう。
幸とこころちゃんは途中で遊びたがるだろうからおもちゃもリビングに持ってきておこうか。
色々と準備しているとあっという間に12時になった。
ピーンポーン。
「あっ、心ちゃんがきたあ。」
幸が嬉しそうに玄関に走っていく。
そんな幸を追いかけるようにして玄関に向かい、扉を開ける。
「お邪魔します。」
「やっほー、吉乃。久しぶり。」
「幸くん。こんにちは。」
瀧芝一家が到着した。
きっと幼稚園の先生が友達にあったらあいさつするように言っているのだろう。心ちゃんがきちっとお辞儀をしているのを微笑ましく眺める。
「いらっしゃい。暑かったよね。あがって。」
「心ちゃんいらっしゃい。あがってあがって。」
幸が私の真似をして心ちゃんを招き入れる。
「おい、幸、私にもいらっしゃいっていってよー。」
「みちかちゃん今日のデザート何?」
「まったく。これだから食い盛りの男子は。今日はタルトだよ。」
「やったー。」
「きゃー。」
幸と心ちゃんが楽しそうにリビングに走っていった。
「ああ、ひさしぶり。」
玄関に来ないと思ったら、2人が来たのに気付いて料理を温めてくれていたようだ。
「ありがとう、和くん。替わるね。」
「いや、いいよ。多田と話しときなよ。」
「でも雅人君は和くんと話したいんじゃない?」
「それこそいいよ。ここからでも話せるし、この前飲んだばっかだし。」
「おいっ、和。この前ってお前、1か月まえだぞ。」
そう言って雅人君がカウンターテーブルの椅子を引く。
確かにこの二人はここでまったり話しそうだ。
そう思って私はリビングのソファに座っている多田ちゃんの方へと行った。
「タルトありがとう。後でみんなで食べようね。」
多田ちゃんの隣に腰かける。
「あー、いいよいいよ。むしろ毎回会場提供してくれてありがとね。ご飯も作ってくれて。」
気にするなというように手をふる。彼女のこの性格に今までどれほど助けられてきたか。
そんなことを考えていると再びチャイムがなった。
峯ちゃんたちが来たのだ。
私は多田ちゃんに「いってくるね。」と伝え、玄関に向かった。
「ごめーん。ちょい遅れた。」
「菱川がなかなか手土産きまらなくて。」
扉を開けた瞬間にそう言って玄関に入ってきた。
少し急いできたのか二人とも暑そうだ。
「毎回言ってるけど手土産なんていいのに。暑かったでしょ。中クーラーきいてるよ。」
「いやいや、そこは親しき中にもってやつですよ。それより暑い。はやく中いこ。」
「いそげいそげ。」
そうして賑やかなお昼御飯がはじまった。
本当にこんな年齢になっても定期的に集まれる友達ができるなんて考えてもみなかった。
それにまさか和くんと結婚するなんて小学生の私が知ったら驚くだろう。
あの時に死んでいたらこの光景を見られなかったのかと思うと、皆が止めてくれてよかったと思う。
ただ、和くんには言ってないが、あの時死んでいたとしても後悔はなかったんじゃないかなと思う。あの時はあの選択が最善だと思っていたし、こんな未来があるなんて知らなかった。
それにこの未来も色んな偶然が重なったもので、歯車がずれたままだとまた違った未来になっていたんじゃないかと思う。
その違った未来が必ずしも幸せだとは限らない。
だからあの時に死んでいたとしてもそれはそれであの時の自分には幸せだったかもしれない。
もう苦しまずにすむのは、そうだから。
結局未来がどうなるかなんてわからない。
今が幸せでもそれが続くかどうかなんて誰にも分からないんだから。
ただ、今あるこの幸せが少しでも永く続くことを願って。
死にたい彼女と死なせたくない彼 @NOT-equal
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