ヴィレジャーズ 最高の夏休み計画

小林六話

ヴィレジャーズ 最高の夏休み計画

危険なことだと知ったうえで、成功するか否かわからないのにあえて行うことを『冒険』という。

「せっかくの夏休みだし、映画みたいな冒険がしたい!」

「僕も宝探しがしたいな。あと、秘密基地が欲しい。この前デザインしたみたいなやつ」

「あのデザイン、かっこよかったよな。俺は怪物退治もしてぇけど」

「いいねぇ、あ、俺は不思議な家を見つけたいなぁ」

 子供達が子供達だけで冒険をする映画は彼らの強い憧れとなった。同い年の子供が怪物を倒したり、宝を探したり、故郷を守ったり、それは非現実的な世界へ引き込んでくれるものであり、夢を与えてくれるものだった。映画の中の子供達のようにトランプで遊ぶ四人の少年は窓から自分達を見ている高い建物を見て肩を落とす。

「ここじゃ、映画みたいな冒険できないけど、来年遠出して冒険しようよ!」

 一人の少年が立ち上がった。その瞬間に少年の持っていたトランプは床に広がった。

「遠出って大丈夫なの?」

 一人の少年が散らばったトランプを片付けながら尋ねる。

「俺達、来年は中学生だぜ?中学が違ったり、忙しくなったりしないのか?」

 手札を減らしながら、別の少年が尋ねる。

「楽しそう!」

 もう一人の少年は満面の笑みで賛成した。

「俺達だって中学生にもなれば、遠出できるよ。それに、絶対このメンバーで最高の冒険ができる夏休みにする!そうだ、誓いの書を書こう!」

 立ち上がった少年はそう言って、ランドセルから紙を取り出した。四人で紙を囲んで冒険の話をする。それは、彼らが小学校六年生の夏休みの出来事だった。



 大村翔おおむらしょうが部屋掃除を母親に命じられたのは高校一年生の夏休み前だった。片付け嫌いな翔は、現在この乱雑に物が置かれた部屋の中心に立って考えている。物を捨てることができない翔の部屋には小学生の頃に使っていた教科書や文房具が埋まっているに違いない。しばらく考えて、翔は大きなビニール袋を広げた。

「こうなったら、いらないと思ったものを片っ端から捨てていくか!」

 ルールは簡単。三秒でいるかいらないかを決める。いらないと判断したものをビニール袋に入れ、いるものと保留のものは分けて置いておく。保留コーナーに置いたものは、全てが終わった後にもう一度判断するのだ。テレビか何かで知った片付け術である。

「これはいらない、これもいらない。これはいる、いる、いる、保留、いらない」

 袋の中は主にプリント類や子供の頃のおもちゃだった。意外と捨てることが出来た自分に感心し、翔は夢中になって断捨離を進めた。

「うわ、懐かしいな、これ」

 掃除中に懐かしい物や興味惹かれる物に出会うと脱線するのは掃除あるあるだ。翔はそれに見事にはまった。翔が手にしていたのは秘密基地のデザイン画だ。しかし、デザインしたのは翔ではない。

笹村勇気ささむらゆうき

 それは懐かしい名前だった。小学校六年生の時に出会った友達の一人である。厳しい家の一人っ子で怖がり。大人しい少年だったが、頭がよく設計が得意だった。

「ん?これは」

 翔はデザイン画があった場所にもう一枚、紙があることに気づいた。


 ちかいの書


 おれたち4人は、


 来年の夏休みを映画みたいなぼうけんをして


 最高の夏休みにすることをここにちかう!


 大村しょう  みんなと最高のぼうけんをする!


 笹村勇気   宝探しをする!


 今村じん   怪物を倒す!


 名村心太   おかしの家を発見!


 それは拇印と共に汚い字や綺麗な字で書かれた誓いの紙だった。

今村仁いまむらじん名村心太なむらしんた・・・」

 翔は二人を思い浮かべる。やんちゃだが、誰よりも優しい今村仁と場を和ませる食いしん坊の名村心太もまた、翔が小学校六年生の時に出会った友達である。

「みんな、今は何をしているんだろう」

 こんな誓いをしたのにも関わらず、四人は中学校に入学してからはバラバラになってしまい、そのまま疎遠になってしまった。

「これ、もうできないのかな」

 三人は翔にとって最高の友達だった。全員が冒険好きで好きな映画が同じだった。古い映画だって話が合った。そして、秘密基地に憧れていた。翔達の住んでいる地域は自然が少なく、秘密基地を造れる場所はなかった。それでも、何かしら冒険が、異世界に入り込むような事がやりたくて四人集まっては映画の真似事ばかりやっていた。それでも満足できなくて中学生になったら遠出をしようと誓いの書を書いたのだ。

「よし!」

 翔は誓いの書を丁寧に折って机の上に置いた。この誓いを今年やるべきだ。翔はそう感じた。この夏を、最高の夏にするために三人を集めるのだ。そうと決まればまずは心太の家から訪ねようと翔は散らかった部屋を飛び出した。



 心太は食堂の一人息子だった。昔と変わらない大柄な心太は母親の手伝いをしており、数年ぶりに会った翔を、やはり変わらない笑顔で迎い入れた。

「変わらないねぇ、翔。小学校の頃のまんま」

「心太も、元気そうでよかったよ」

「俺は変わったよぉ。だって、俺、不登校になっちゃったもん」

 穏やかだが、少し悲しそうに心太は笑った。その笑顔は翔の知らない笑顔だった。

「まぁ、この体型だとね、いじめられるなんてことは普通なんだけどねぇ。俺さぁ、翔と同じ高校なんだよぉ、実は」

「え、それ本当?」

「知らなかったでしょぉ?でも、俺は知っていたよぉ、入学式で見かけたから」

「なんだよ、声かけてくれよ」

「無理だよぉ、俺は翔と違って友達がいなかったから。それに、入学式以来高校には行ってないもん」

「でも俺は心太の友達じゃん。一緒の高校で俺は嬉しいけど」

「・・・・やっぱり良い奴だよねぇ、翔は」

 一瞬、目を丸くした心太は嬉しそうに微笑んだ。その笑顔に、翔もつられて微笑む。

「そーかな」

「そうだよぉ」

「そっか」

「うん」

「・・・・・なぁ、心太。誓いの書って覚えている?」

「勿論覚えているよぉ。懐かしいねぇ、結局何もできなかったけど」

「それ、今年の夏休みにやらない?」

「えっ」

 心太は驚いたように翔を見つめる。翔は自信満々に見つめ返した。

「冒険しようぜ」

 翔が真剣な声色で言うと、心太の表情が徐々に柔らかくなった。

「・・・・本当に変わらないねぇ、俺の好きな翔だ。いいよぉ、付き合うよぉ」



 心太がすぐに賛成してくれたことで、まだ外は明るかった。そこで、翔と心太は笹村勇気の家に行くことにした。

「勇気の家、ここだよねぇ?」

 ヨーロッパを意識したような造りの家と手入れされた花壇の花々が二人を迎えている。

「そのはずだけど」

「いないのかな」

 翔がチャイムを鳴らすが誰も出てこない。

「おかしいねぇ、この時間なら晩御飯で家にいるはずじゃない?」

 心太に言われて翔は腕時計を見る。まだ、六時前だった。

「待つぅ?出直すぅ?」

「出直そうか。それとも、仁の所に行く?」

「どちら様?」

 翔と心太が顔を見合わせていると、声をかけられた。振り返れば眼鏡をかけた中年女性、勇気の母親が立っていた。その顔はまるで不審者を見ているかのようだ。

「お久しぶりです、あの、俺、大村翔です。小学校の頃から勇気の友達で」

「友達?誰だか知らないけど、勇気ちゃんに何の用かしら?」

「夏休みに遊びに行こうって誘いたくて」

「あら、勇気ちゃんは塾よ。無理だわ」

「夏休み中ずっとですか?」

「そうよ」

 翔と心太はもう一度顔を見合わせる。どうしたものかと悩んでいると、また、声をかけられた。

「翔?心太?」

 皴のないシャツを着て、スクールバックを持つ勇気が立っていた。母親の顔が上機嫌になる。

「あらぁ、おかえり。勇気ちゃん」

「ただいま。二人とも久しぶりだね、どうしたの?」

 昔と変わらない大きな瞳で見つめる勇気に翔は笑いかける。

「夏休みについて話したくて。ちょっと話せない?」

「ちょっと待って」

 勇気は一度母親と共に家に入った。しばらくすると、勇気が出てくる。

「お母さんを説得できた。あまり長い時間は無理だけど」

「サンキュ」

「で、なに?」

「あぁ、うん。あのさぁ、勇気。誓いの書って覚えている?」

 勇気は腕を組んで考える仕草をした。

「・・・・・・あぁ、うん、今、思い出した」

「それ、今年の夏にやらない?冒険しようぜ」

「はぁ?」

 勇気は眉を顰めた。

「僕らはもう高校生だぞ。それに塾がある。良い大学に行けってお母さんに言われているんだ。今だって勉強時間を惜しんで話をしているのに、そんなガキみたいなことできるかよ」

 きつく冷たい言い方だが、勇気の表情はどこか寂しそうだった。しかし、この複雑な感情を持っていそうな勇気にどう声をかければいいのか、翔にはわからなかった。

「勇気ぃ、本当にそれでいいの?」

 場が静まった中、心太が優しく勇気に問いかけた。

「勇気が本当にそれでいいなら無理には誘えないけど、俺にはそうは思えないなぁ。だって勇気、寂しそうだもん」

 勇気は俯いた。しばらくして、弱々しい声を出す。

「僕はつまらない人間だぞ。勉強ばかりで流行りの物は何も知らない。一緒にいたって楽しいことはないと思うけど」

「そんなことないさ。俺は勇気の秘密基地の設計図、好きだぜ」

 翔は秘密基地のデザインを持ってきた、あの夏の勇気を思い出した。それを聞いた勇気が顔を上げる。そこには戸惑いがあった。

「勇気、一緒に冒険しようよぉ」

 心太が勇気の肩に手を置く。

「・・・・本当はずっと覚えていた。誓いの書は唯一の友達との約束だったから」

 勇気は心太の手に自分の手を重ねる。

「僕も参加したい」



 仁に会うのを明日にしてはいけない。翔はそう感じた。心太と勇気もそれは同じのようで三人は日が暮れたのにも関わらず仁の家に向かった。翔は勇気に母親の事があるから無理しなくてもいいと言ったが、彼は首を横に振った。

 子供の遊び場とは思えないほど暗い公園に仁はいた。この公園は家にいた母親に教えてもらった心当たりのある仁のいる場所の一つだった。公園に響く汚い笑い声の中、仁だけが厳しい顔で立っている。その視線の先にはヤンキー集団に囲まれている一人の男子高校生がいた。仁はそれを離れた所から見ている。翔達は顔を見合わせた。仁の見た目は銀髪のオールバックという如何にもヤンキーのような容姿をしている。そんな世界とは無縁の三人には少々、いやかなり近づきにくいものだった。ヤンキー達は男子高校生から財布を奪い取り、中身を取ってその場を去っていく。しかし、仁だけが残っていた。何か言われたのか、仲間に一言二言返している。ヤンキー達の声が遠ざかっていくと、仁は何かを男子高校生に渡していた。しかし、それを男子高校生は受け取らず怯えて逃げてしまった。仁はそれをポケットにしまう。その顔に怖さはなかった。

「仁!」

 翔が叫ぶと、仁がこちらを向いた。三人は仁に近づく。

「誰だお前ら」

「翔!心太!勇気!六年生の頃、仲良しだっただろ!」

 仁に睨まれて、翔は慌てて自分と二人を指さして叫んだ。

「・・・なんだ、懐かしいな」

 仁の顔色が穏やかになった。

「けど、お前らここで何しているんだ?」

「仁を誘いに来た!誓いの書!覚えてない?」

「あぁ、覚えているぜ。冒険のだろ」

「そうそう、それを今年の夏休みにやらない?」

「はぁ?」

「そうなるよね、僕もなった」

 訳が分からないといった表情をする仁を見て、勇気が頷く。

「冒険しよう!」

「あのさ、俺らガキじゃねぇんだ。冗談言うなよ。何年前の話だと思ってんだ?」

「でも、約束した。誓った」

「この歳になって夢いっぱいで冒険とか無理だろ」

「子供時代に戻るんだよ、大人だって青春時代に戻るだろ」

「俺らはまだ大人じゃねーよ」

 言い合う二人を止めるように間に入った心太が勇気の時のように、口を開いた。

「あのねぇ、仁。俺ねぇ、嫌だったんだよぉ。中学生になってから俺らバラバラになったじゃん?俺はもっと皆と遊びたかったのに」

「僕もだ。勉強ばっかりで友達ができなかった。ガキ臭くても僕はまた皆と遊びたい」

 穏やかに笑う心太とは対照的に勇気が真剣な目で仁を見た。

「じゃあ、仮にやるとして、何するんだよ?」

「うっ・・・それはまだ何も・・・」

 痛い所を突かれて翔は縮こまった。

「はぁ、全くしょうがねぇな。お前はいつも先の事を考えねぇんだからよ」

 やっと仁は昔と変わらない笑顔になった。

「俺は怪物を倒したい」

 仁がにやりと笑って言った。それは仁の好きな冒険映画の内容だった。

「えぇ~、お菓子の家だよぉ」

「僕は宝探しだ!謎とかあるといいな」

 心太と勇気も自分の好きな映画を言い出す。

「じゃ、決めよう!まだ夏休みじゃないんだから!これから毎日会って決めようぜ!」

 翔は嬉しそうに提案した。




 夏休みの目的はすぐ宝探しに決定した。翔達が小学校の頃に起きた強盗事件が丁度ニュースで振り返りがされていたので、それを見た瞬間、四人はこれだと思った。見つけ出すのは未だに見つかっていない犯人が隠した現金三千万である。

「俺と心太でまとめたんだぜ」

 仁がホチキスで留められた資料を配る。塾のある勇気を拘束できる時間は短いため、三千万に決定した時に学校に行っていない仁と心太が情報収集を引き受けてくれた。また、勇気は高校生にも関わらず勉学の妨げとして携帯を買い与えてもらっていなかったため、仁と心太は紙資料にしてくれた。

「仁のせいで注目浴びたよぉ」

「そりゃ、ヤンキーが図書館に籠っていれば注目するだろ。僕も見る」

「うるせぇ」

 オールバックではなく、後ろで銀髪を束ねた仁は口を尖らせた。

「それにしても、随分まとめたなぁ!」

「やるからには絶対に見つけたいからな。何も見つからなかったけど友情は深まった、これが宝物とかそういうのは嫌なんだよ」

 翔が感心したように言うと、仁は得意気に笑った。資料は五枚あった。


【東京都三千万強盗事件について】

 四年前七月某日、東京都に住む畠山金大はたけやまきんだい(八十五歳)の家から現金三千万が丸山洋治まるやまようじによって盗まれた。犯行時刻は深夜だったため、犯人の姿を見た者はいなかったが、畠山氏の家に設置されていた防犯カメラに犯人らしき後姿が映っていた。犯人が着用していたジャンバーの背中には刺繍があり、そこからオーダーメイド製品であることが判明した。持ち主は丸山洋治だった。

 その後、大きなバッグを抱えた丸山洋治がレンタカー屋で目撃された。そして、レンタカーに乗って逃げる丸山洋治が数々の道路に設置されている監視カメラに映った。しかし、その後は監視カメラが設置されていない道路を走ったのか、足取りを掴むことが出来なくなった。犯行から二日後、不審車があるとの通報を受け、一丸村に繋がるトンネル前で丸山洋治の車が発見された。しかし、丸山洋治の姿はなかった。数日後、丸山洋治の靴がトンネル付近の山で発見される。更に数日後に遺体で丸山洋治は発見された。一丸村近辺では熊の出没情報が相次いでいたため、丸山洋治は熊に襲われてしまい、逃げている最中に足を滑らせて山の中を転がり、頭を強く打って死亡したと警察は結論づけた。靴も転がっている最中に脱げたものとされる。なお、今回の事件での死亡者は丸山洋治のみで、畠山氏に怪我はなかった。しかし、盗まれた三千万は未だ発見されていない。


【丸山洋治について】

 犯行当時の年齢は二十四歳。フリーター。実家の農家を継いでいたが、小説家になる夢を捨てきれずに上京。一丸村出身で、一年前に上京してからは古いマンションで一人暮らしをしている。部屋には本ばかりで必要最低限の家具しかなく、テレビもなかった。実家の部屋からは樹海を指す地図が発見された。


〈アパートから離れた場所に住む大家の証言〉

 静かで何を考えているかよくわからない人だったけど、友達はいたみたいだった。派手で彼とは正反対の見た目だが、仲が良さそうで安心した。家賃を滞納したことはなく、アパートの掃除当番も真面目に取り組んでいた。しかし、高齢になってきたためアパートを手放したいと考え退去をしてほしいと言ったが、一人になっても彼だけはずっと残っていた。引っ越しとかお金がかかるから、お金の心配があったのかもしれない。


〈高校時代のクラスメイトの証言〉

 大人しくていつも本を読んでいるオタク系の奴だったが、秘密基地の話になると饒舌になる。人が良いのか、断れない性格なのかわからないが、いつも人に何かを任されていた。


〈母親の証言〉

 月に一度送られてくる手紙からはお金に困っている様子はなかった。また、昔から大人しい性格なので強盗をするとは思わなかった。畠山さんには本当に申し訳ないことをしたと思っている。


【丸山洋治と畠山金大との接点】

 畠山氏は丸山洋治を知らず、二人の接点は見つからなかった。しかし、二人はショーセッカベースという小説サークルに所属していたという共通点がある。しかし、丸山洋治が所属した前年に畠山氏は退会しており、その後はサークルに関わっていなかった。


一丸村いちがんむら

 人口千人にも満たない小さな村で学校は全て廃校になってしまった。現在、村の子供達は一日二回しかないバスで隣町の学校まで通っている。その不便さのせいで人口は減少し続けている。しかし、自然豊かで川では蛍を見ることが出来る。注意点としては整備されてない大きな樹海がある。丸山洋治の部屋で見つかった秘密基地の地図はこの樹海を指しており、スズランテープを使用しながら進むと秘密基地を発見したが何も見つからなかった。その後、村中を捜索したが三千万が見つかることはなかった。


【地図】

 一丸村の地図を入手。しかし、古い。


 勇気はまとめられた資料を読み終えると真剣な顔で三人を見た。

「これさ、警察は秘密基地しか樹海を調べなかったのか?」

「そうみたいだぜ。地図は丸山洋治が高校生の頃に描いた奴だし、樹海の木には丸山自身が迷わないようにロープが巻き付けられていたであろう跡があったみたいだし。土地勘のある丸山でも樹海は広すぎたんじゃね?って判断したんじゃないのか?」

「これ絶対樹海にお金あるじゃん!」

 翔は何故かそう確信した。地図を見た時、翔には樹海が光って見えた。竹取物語で翁が光る竹を見つけたように、樹海に行けば何かが光っているのではないかと思った。勇気も資料を読み返しながら、顎に手を添える。

「僕もそう思う。樹海の中に秘密基地を造った人だ。絶対にここに隠している」

「お前らがそう言うと思って既に一丸村への行き方は調べてある。なぁ、心太!」

「うん、ばっちりだよぉ」

「じゃ、行き先は一丸村で決定。いい?」

 翔が尋ねると三人が頷く。そのまま、翔は確認事項を尋ねた。

「それで、初日の早朝から行きたいんだけど、まず、行ける?親にはもう話した?あと、お金の心配はない?」

「俺は大丈夫ぅ。旅行に行くって言ったらお弁当作ってくれるって。お金は今までのお小遣いとか貯めていたから心配ないよぉ」

「でも平気。ヤンキーの真似事して夏を潰すくらいなら冒険して来いってよ。俺も小遣い使っていないから心配ない」

「俺の親も許してくれたし、お金の心配もないけど、勇気は?」

「僕は、そのまだ話せていないんだ。でも、必ず行くよ。お金も大丈夫」

 勇気の顔は不安そうだが、声色は強かった。

「じゃ、始発の電車は俺らが調べとく。明日には渡すよ」

「そうそう、任せてぇ~」



 翔が駅に着いた時、既に仁がいた。仁は大きなリュックの上に座ってまだ暗い空を眺めていた。

「後ろ姿、女の子かと思ったよ」

 翔が近づくと、仁は自分の髪に触れながら苦笑した。

「急いで黒に染め直したんだ。そしたら、髪を切るのを忘れた」

「似合っているからいいんじゃない?」

「そうか?なら、いいか」

 肩まである長い髪は確かに今時の男子高校生らしさはないものの、仁によく似合っていた。

「あと、ヘアゴムを忘れたんだ。道中、買ってもいいか?」

「いいよ」

「あれぇ、二人共早いねぇ。おはよぉ」

 大きなリュックに大きな手さげ袋を持った心太が笑いながら手を振った。仁はその荷物を見て苦笑する。

「よぉ、心太。随分と大荷物だな」

「これ電車の中で食べる弁当なんだぁ。捨てられる容器に詰めてくれたから荷物はすぐ減るよぉ」

「うわぁ!それは楽しみだ!」

 翔は目を輝かせた。仁は心太の後ろを見つめながら心配そうに呟いた。

「残るは勇気だな」

「そうだねぇ、大丈夫かなぁ」

「大丈夫だよ、勇気は来るって」

「・・・翔が言うと、不思議とそう思えるんだよな。昔から」

「あ、それわかるぅ~」

「そうかな?」

 翔が首を傾けると、二人は微笑んだ。

「みんな!お待たせ!」

 リュックを背負った勇気が肩で息をしながら駆けてきた。

「勇気!来れたんだぁ!」

「まぁ、無理矢理だけどね。約束したもん、来るよ」

 勇気はいたずらが成功した子供のように歯を見せて笑った。

「おい、大丈夫なのかよ?親御さん心配して捜索願とか出すんじゃねぇの?お前、携帯も持ってねぇじゃん」

「大丈夫。勉強は旅行先でもやるし、夏期講習サボっても模試で上位を獲れることを証明してみせるさ。何かあったら連絡することも伝えた。置手紙も書いて来た。念のため三枚も同じのを書いたんだ。もし、お母さんが見つけて破っても、もう一枚見つかったら警察も動かないだろ。一つは分かりやすく勉強机の上に。もう一枚は引き出しの中でもう一枚は」

「わかった、とりあえず大丈夫なのはわかったよ」

 翔が止めると、一気に話していた勇気は大きく深呼吸をした。

「ほら」

 仁が携帯を勇気に渡す。

「これをお前に預けとく。これで村に着いたら電話しろよ。そしたら、お前もお前の親御さんも少しは安心だろ」

「仁・・・ありがと」

 勇気は少し涙目になって携帯を受け取った。                                                                        

「よし、さぁ、行こう!電車が来る」

 腕で目を擦った勇気が言うと、仁は軽く勇気の頭を突いた。

「一番遅く来たお前が言うな」



 始発の電車はほぼ無人だった。それを利用して作戦会議を始める。

「余所者を警戒する村もある。特に一丸村は観光地として有名じゃないし、かなりマイナーな村だ。村の人には何て説明する?」

「確かに勇気の言う通りだねぇ、警戒されちゃったらまずいもんねぇ」

「日本文化研究会のメンバーってのはどう?夏休みの研究で来ましたって」

 名案だと言わんばかりの顔で翔が言うと三人は苦笑した。

「無理がないか?大丈夫なのか?俺がそんな部会のメンバーに見えるか?」

 仁が自身を指さしながら言う。翔の顔が引きつった。正直、仁がそんな部会のメンバーには見えなかったのだ。                                                                                     

「まぁ、世の中には色んな人がいるから大丈夫だよぉ」

 翔が仁の眼差しから目を逸らすと、心太がフォローをした。

「まぁ、設定はそれでいいとしよう。僕らは同じ高校で日本文化研究会とする。なら、この村を選んだ理由はどうする?」

「そうだよな。文化を学びに来たって言ったって何でここかって絶対聞かれるよな」

「翔、どうするぅ?」

「待って、今いい案が浮かびそう」

 翔は天から何かを身体に降ろすように手を動かした。三人は黙って翔に何かが降臨する時を待つ。

「閃いた!」

「わぁ!なになに?」

「果たしてどんな変な案やら」

「確かにね」

 喜ぶ心太とは逆に仁と勇気は苦笑している。

「名前に惹かれたからだよ!俺らは仲良しだから一丸っていう言葉を気に入ったからここにしたんだ!この研究を通して更に一丸となって頑張っていこうってね!」

「なるほどぉ!いいかもねぇ!」

「おいおい、大丈夫なのか?」

「でも、僕、意見ないし、それでいいよ」

「じゃ、決まりだな!」

「それじゃあ、もう弁当食べようよぉ、お腹空いたぁ」

 心太が弁当を広げる。予定ではあと一時間電車に乗った後、乗り換えてそこから三時間過ごす。そして、バスで二時間、そしてまた電車で一時間半、最後に一丸村までタクシーで三十分とまだまだ旅は長い。ここで食べるのは得策なのか、翔と仁、そして勇気は目を合わせた。

「・・・・・食べよう」

「だな」

「うん」

 しかし、あまりにもおいしそうな香りに翔達は負けた。弁当は美味しかったが、異様に多い箸の量にのんびりしている心太とは正反対の豪快な心太の母親らしさを感じた。



 移動時間中、みんなで持って来たものをチェックも兼ねて見せ合った。急遽決まった日本文化研究会という設定を強くするものはないかと探し、何とか見つかった。仁のカメラに勇気の筆記用具、心太のボイスレコーダーがあれば何とかなるだろう。

「何でこんなもの持っているんだよ?」

 翔はボイスレコーダーを指さした。

「だってぇ、証拠がいるかなぁって。実況を録音すればかっこいいじゃない」

「どうやってこんなの入手したのさ」

 勇気が興味深そうにボイスレコーダーを見る。

「昔、母さんが父さんの浮気を疑った時に買ったんだって。でも、誤解だったから、いらないみたいで俺が貰ったのぉ」

「相変わらずだな、心太の母さん。で、翔は?」

「何が?

「何を持って来た?」

「あー・・・・・これかな」

 翔はリュックの中からトランプを出した。寝る前や電車でやろうと思って持って来ていたのだ。冒険に浮かれすぎて、旅を盛り上げるアイテムと僅かな日用品しか持ってきていないことを翔は後悔した。翔は顔を引きつらせながら三人を見る。

「その・・・・ごめん」

「お前も?」

「へ?」

 素っ頓狂な声を出す翔を無視して、仁はリュックを探る。

「実は俺も」

 仁がリュックからトランプを出した。

「俺もぉ」

「僕も」

 続いて心太と勇気もトランプを出す。

「全員持って来たの!?」

「だって冒険映画と言ったらこれだろ?」

「映画でもトランプは出てくるもんねぇ」

「賭け事はしないけどね」

 四人は持ち合ったトランプを見せ合って笑った。普段バラバラの個性なのに、こんな変な所は気が合うからこのメンバーは楽しいのだ。



 一丸村に到着してすぐ翔達は一つ、ミスをした。それも割と大きなミスだ。

「宿泊先がない!」

「すまん!調べるの忘れてた!」

「俺もぉ・・・」

 宝探しと一丸村について調べ、これから起こる冒険に胸を躍らせていた四人は宿泊先の事を忘れていたのだ。普通は忘れようのないものであるのだが、彼らの頭は冒険一色でそんなことを考える隙間などなかったのだ。申し訳なさそうに肩を落とす仁と心太に勇気は気にするなと励ました。

「任せっきりにした僕らも悪かったよ」

「そうだな、今から皆で考えようぜ!」

 四人は辺りを見渡す。早朝に家を出たのにもう真っ暗だ。街灯のない村を見て四人をこの村は迎い入れてくれないんじゃないかと不安になった。

「とにかく歩こう。村の人が外にいるかも」

「そうだな。そこで宿を聞こうぜ」

「でもこれ宿とかあるのかな?」

「お腹も空いたもんねぇ」

「最悪野宿だな!それもわくわくする!」

「まぁ、俺はそれでもいいけど」

「寝袋を持って来ればよかったねぇ」

「虫除けスプレーならあるけど」

 そんなことを話しながら歩くと、後ろから声をかけられた。

「アンタ達、余所から来たのかい?」

 懐中電灯に照らされて見えた顔は三十代くらいだろうか。怪しい人間を見るような目で四人を見つめている。

「あー、どうも。俺達さっきこの村に来たんですけど、宿を調べ忘れていて、この辺に泊まる所はありませんか?」

 仁が口を開いた。女性の顔はまだ晴れない。

「いったい何をしに来たって言うの?」

「僕ら同じ高校で日本文化研究会っていう部会のメンバーなんです。それでこの村の名前が気に入ったので、この村の伝統文化を調べに来たんです。ただ、初めての四人旅でテンションが上がってしまって恥ずかしながら宿を調べ忘れてしまったんです」

「そうそう!トランプは持って来たんですけどね!」

 丁寧に落ち着いて説明する勇気に頷きながら翔はリュックからトランプを出して女性に見せた。続いて勇気、仁、心太もトランプを取り出す。四人の少年が自分にトランプを見せるという奇妙な光景に女性は目を丸くするが、すぐに大きく口を開けて笑い出した。

「あっはっはっは、何だいそりゃ、おかしな子達だねぇ!」

 豪快に笑った後、女性はふうっと一息吐いた。

「この村は観光地じゃないから宿なんてないよ。でも、そうね。じゃあ、家に来る?ちょうどアンタらくらいの弟もいるの」

「いいんですか!」

 思わぬ提案に翔は声を上げた。もの凄く嬉しそうな顔をしていたのかもしれない。女性はまた笑った。

「いいわよ。うちの村に興味を持ってくれただけで嬉しいわ。それに怪しい奴には見えないし。ついてきて」

「はい!ありがとうございます!」

 翔達が同時に頭を下げると女性は頷いて歩き出した。


 彼女は戸村幸子とむらゆきこという女性で両親、弟、夫、息子と暮らしているらしい。なぜこんな暗い中を歩いていたのか。それは近所の家に野菜をお裾分けに行った帰りだったようだ。

「ただいまぁ!お母さん、お客さん」

「あらあら、おかえり。お客さんって幸子、アンタこんな若い子達、どこから連れてきたの?」

「実はね」

 幸子が翔達の事を話すと、幸子の母親は快く翔達を迎い入れてくれた。

「あらあらそうなの、嬉しいわ。私は戸村幸恵とむらゆきえっていうの。みんな、お腹が空いているでしょう?お夕飯の準備ができているから上がって」

 幸子に促されて翔達は靴を脱いだ。居間には幸恵の夫である菊蔵きくぞう、幸子の夫の賢太けんた、息子の文雄ふみおがいたが、弟の姿はなかった。



 夕飯を済ませた後は翔と心太が幸恵と幸子とともに台所で片づけを始めた。

幸也ゆきやったらご飯も食べないで何しているのよ?」

「さぁ?声はかけたのよ、でも返事がなかったわ」

「もう!お客さんが来ているのに!ごめんね!」

「いえいえ!いきなりお邪魔したのは俺らですから!」

 翔が顔の前で手を振りながら言うと、幸子は頬に手を当ててため息をついた。

「引きこもりで困っちゃうわ。昔はそんな子じゃなかったのに」

「まぁ、年頃だもの。夏休みくらいは好きにさせてあげたいわ。貴方だってそうだったんだから」

 お茶の用意をしながら幸恵が穏やかに言うと、心当たりがあるのか、幸子は顔を引きつらせた。

「・・・・わかったわよ」



 居間には菊蔵と賢太と話している勇気と文雄と遊んでいる仁がいた。文雄は三歳になったばかりで、今見ている特撮ヒーローの髪型と似ている仁を気に入り、仁の膝から離れなかった。

「どれくらい滞在するんだ?」

 菊蔵に尋ねられ、勇気が答える。鋭い目線と赤らめた頬、そして手元のビールを見て、勇気は幼い頃に見たアニメを思い出した。

「実は宿があったら資金が底を尽きるまで滞在しようと考えていたんですが・・・」

「この村は宿がなかったからねぇ」

 穏やかに賢太が笑う。

「そもそも、何でこの村に来たんだっけかな」

「それは日本文化の研究ってさっき言っていましたよ、お義父さん」

「おぉ、そうだった。どんな研究なんだ?」

「確かに、俺も気になるなぁ」

 菊蔵と賢太は興味深そうに勇気に聞いた。

「テーマは村です。その村の伝統や暮らし方、人の交流、そしてそれらをどのように伝承してきたのかをレポートにまとめたいんです。図書館で調べるという選択もあったんですが、夏休みですし、実際に取材がしたくて」

「ほぉ、そりゃぁすげぇなぁ」

 菊蔵は歯をだして笑った。淡々と説明した勇気は困ったように笑う。

「でも、宿がないのは想定外でした。このお家に長居させていただくわけにもいきませんから、明日とりあえず村から一番近い宿を見つけに行こうと思います。どこかご存知ないですか?」

「なぁに、家にいりゃいいじゃねぇか!なかなか来ねぇ村の客人だ。ゆっくりしてけ、何もねぇ村だがな!」

 菊蔵が豪快に勇気の背中を叩いた。

「本当ですか!ありがとうございます!」

 勇気は背中の痛みを我慢しながら、頭を下げた。

「僕達、お金はちゃんと持って来ているんです。泊まらせて頂いている間、ぜひ払わせてください」

 顔を上げた勇気に菊蔵は大げさに首を振る。

「そんなもん別にいらねぇよ。若い客人から金を貰うことなんかできねぇ」

「そんなわけにはいかないですよ。男四人も泊まらせてもらうんですから、何かしないと申し訳ないです」

 文雄とひらがなパズルをしていた仁に、菊蔵は腕を組んで考えた。

「お義父さんも頑固なんだよね」

 賢太は勇気に耳打ちをした。

「よしわかった。ここにいる間は六時までに風呂掃除を四人当番制でやってくれや。うちの風呂はでけぇぞぉ。あと、昼食は自分らで用意して食う。でも、朝飯と夕飯は一緒に食う事。あとは、まぁ適度に手伝いをしてくれればそれでいい」

「え、それでいいんですか?」

 勇気が思わず呟くと、賢太は優しく笑った。

「お義父さんがいいって言っているからね。頷かないと」

「ありがとうございます!」

 勇気がまた頭を下げると、仁も頭を下げた。仁の結ばれた髪が膝にいた文雄の顔にかかり、文雄はくすぐったそうに笑った。



 四人で一部屋だが、案内された部屋は広かった。荷物を置いて、布団を敷いてもスペースが余る。四人は風呂を済ませている間に用意された布団に倒れ込んだ。

「疲れた」

「僕も」

「俺も」

「でも、ご飯が美味しかったねぇ」

 心太の呑気な言葉に三人は返す余裕はなかった。このまま眠りたいが、話し合わなければならないことがある。翔は重たい身体を起こして窓際に移動した。

「全員集合」

 翔が手招きすると、三人は窓際に移動した。四人で円を作って小声で話す。

「いいか?これはミッションに近い。文化研究会としての任務を果たすフリをしつつ、宝を探す」

「僕らの目的がバレたら歓迎されないかもしれないからね。賛成だよ」

「とりあえず明日は役場とかそういう所に行こうぜ。研究会っぽいし、今の地図も手に入るだろう」

「そうだねぇ。風呂掃除までには村を一通り把握したいもんねぇ」

「じゃ、樹海に入るのは村の構図を理解してからだな!」

「余裕があっても、樹海の場所がどこなのか、実際に見てくるだけが一番いいと思うよ。初日から樹海は怪しまれる」

「よし、じゃあ決まりだな。当分は研究会としての活動メインでいこう。さ、明日の朝ご飯は八時だし、もう寝ようか」

 翔は携帯の目覚まし機能を設定して布団に入った。

「今日は色々あったからすぐに寝れそうだよ」

 勇気も布団に潜り込む。

「じゃ、電気消すぞ」

 仁が電気を消したことで月明かりが目立った。疲れが溜まって眠いはずなのに、月明かりだけで翔は非日常を強く感じた。自分の部屋では体験できないことだった。この非日常な夜をすぐに眠ってしまうことを、翔は惜しく思い始めた。何より、月明かりに照らされて、四人並んで寝るという状況が翔の憧れた映画に似ていた。

「・・・・・見張り、いる?」

 翔が思わず呟くと、仁が冷静に答えた。

「いらねぇだろ。野宿してねぇんだから」

「仮にできたとしても疲労のせいで僕は交代なんてできないよ」

「俺もだよぉ」

「だよね」

 翔の声色が残念そうだったのか、三人はクスクス笑いだした。



 次の日から四人は取材を始めた。すでに翔達の話は村中に広がっており、みんな興味津々に四人のレポートについて尋ね、嫌な顔せずに翔達の質問に答えてくれる。畑仕事している人、役場や店で働いている人、家でのんびりしている高齢の大人達に話を聞き、徐々に翔達は嘘をついていることが心苦しくなった。それくらい村の人々の優しさにより得た取材量は本当にレポートが書けるほど多かった。



 ある程度の取材を済ませ、村の人とも仲良くなった翔達は目当ての樹海の前に立っていた。目の前に広がる樹海は翔達を出迎えるかのように僅かに揺れている。

「ここが・・・」

 あまりの壮大さに翔は唾を飲み込んだ。夕方になりかける空によって不気味さもあるが、何よりここに宝が眠っていると考えると怖さよりも好奇心の方が勝っていた。奥もよく見えず、大きな木々のせいで光があまり差さないこの場所にはどんな冒険があるのかと危険なのを理解しているのにワクワクする。どうやらそれは三人も同じなようで、翔達は樹海から目が離せなかった。翔は焼き付けるように樹海を見つめながら呟いた。

「俺、きっと、今のことずっと忘れない」



 初めて樹海を見てから三日、翔達は樹海に近づくことなく研究会の活動をしながら、村での生活を楽しんだ。心太に至ってはその食べっぷりと食堂の息子ということで主婦達に可愛がられ、郷土料理を習っている。仁は子供達と親睦を深め、勇気は小学校教師など大人達から話を聞くことが多くなった。翔は畑仕事を手伝っている。そんな風に村に馴染みながらも、同時に各自少しずつ樹海に入る準備をしていた。

「ほれ」

 翔達は風呂上りにいつものように窓際で円を作った。すると、仁がスズランテープを取り出した。

「この前のスズランテープだ。回収しておいた」

先日、仁が近所の子供達、そして文雄にスズランテープトンネルを作ろうと提案したのである。子供も少なく、大自然であるが遊ぶものがない子供達はスズランテープトンネルを楽しんだ。このおかげで仁は保父さんのように各家庭のお母さんから頼られるようになった。

「僕は資料の読み込みをした。あと、樹海付近の家の偵察を頑張ったよ」

 勇気は村の地図を真ん中に広げる。

「樹海の入り口、つまり警察がテープを使って入った場所が見える畑はこことここ。でもね、必ずではないけど十三時になると昼食でみんな家に帰る。そこを狙って入ればいい。畑仕事が終わるのは大体十七時あたり。こっそり様子を窺いながら出るしかないよ」

「俺と翔は情報収集したよぉ。ねぇ?翔?」

「そうそう。八年前に幸子さんは二十歳になると同時に村を飛び出して上京したんだけど、婚活サイトで四歳年下の賢太さんと出会って、文君を授かったから村に帰ってきたんだって。シティボーイの賢太さんは東京から出て農作業をしてみたいって思っていたから婿入りしたらしいよ。優しいし、イケメンな賢太さんが旦那の私は幸せ者って惚気ていた」

「そうそう、文君もこの村で無事に生まれて幸せな家庭って感じだよねぇ」

「ちょっと待って、それ樹海と何も関係ないじゃん」

「お前ら幸子さんの歴史を知って樹海探検の何の役に立てようとしていたんだよ」

「「あっ」」

 呆れたような目をする勇気と仁に翔と心太は顔を見合わせて苦笑した。

「まぁ、いいや。明日のために早く寝ようぜ。勇気の情報があれば、たぶん大丈夫だろ」

「そうだね。明日に備えて寝よう」

 布団に潜り込む二人を呆然と見届け、翔と心太も布団に入った。




 時刻は十三時過ぎ。勇気の情報通り畑に人はいなかった。翔達は樹海に一歩入って目立たない場所にスズランテープを枝に結ぶ。

「翔が先頭な。俺がスズランテープを持って一番後ろを歩く」

 初めて入った樹海は不気味というより幻想的だった。人の手に触れていない自然は思うままに育っていて、まるで異世界にいるようだ。ここが日本だという事を忘れてしまう。もし、ここで巨人が現れても、妖精に会っても、狼男に会っても誰も疑問に思わないだろう。

「これが、冒険」

 樹海の大きな木が太陽から四人を守ってくれているから、暑くなかった。暑くはないはずなのに、翔の体が熱い。現実味のない光景に頭が処理できないほど興奮しているのだ。今、四人で冒険をしている。小学生の頃に夢にみた、憧れた世界にいる事実に翔は胸を高鳴らせていた。

「すごい」

 背後から勇気の声がした。翔が後ろを振り向くと、三人の顔はキラキラしていた。三人も翔と同じように、この圧倒的な自然に興奮してあの頃の心に戻っているようだった。

「あっ!」

 目の前に開けた場所が見えた。翔はペースを上げて進んでみる。心臓がバクバクした。

「わぁ!」

「これって」

「すごぉい!」

「かっけぇ」

 横に並んだ翔達が見たのはツリーハウスだった。ここが丸山洋治の秘密基地なのだろう。真っ赤な屋根にカラフルな壁のツリーハウスは明らかに古いが、それがまたいい味を出していた。深い樹海の中で、自分はここにいると言わんばかりの派手な家に少し安心感がある。四人はツリーハウスの真下に走って、梯子を上った。ツリーハウスに入った勇気は真っ先に遮光カーテンを開けてツリーハウスに光を入れる。明るくなったツリーハウスを見て、翔は興奮気味に声を上げた。

「おぉ!」

 ツリーハウスの中には漫画の山に、水鉄砲などのおもちゃがあって子供心が擽られた。適当に置かれたガラクタさえ、魅力的に見える。また、大きな窓から景色が見える。ツリーハウスから見える景色を楽しもうと翔が窓に近づくと、古い秘密基地なのに埃がないことに気づいた。

「これ、住民いねぇか?」

 仁が漫画を勇気に見せる。

「最近の漫画だぜ?」

「確かに。でも、これは五年以上も前の漫画だよ」

「ほんとだぁ!」

 三人は基地にある漫画を見せ合っている。翔はもう一度窓に視線を戻した。普通の家と同じような窓だ。開くかもしれない。手を伸ばして窓を開けてみると、外の空気が入り込んできた。その空気を全身で浴びた翔の頭に住民の有無よりも魅力的な案が浮かんだ。

「なぁ!紙飛行機を飛ばそうぜ!子供の頃作ったろ」

 翔の提案に、三人は固まったものの外の景色を見て顔を明るくさせた。

「紙飛行機ぃ?懐かしいねぇ」

「窓から飛ばすの?ちょっと楽しそう」

「俺、自信あるぜ。文雄と最近折ったからな」

 四人はリュックから裏紙を探して、円を作って折る。勇気は小学校の頃と変わらない癖が消えなくて、不器用な紙飛行機だった。仁は器用で一番飛びそうな紙飛行機、心太の紙飛行機はどう折ったのか何故か丸い。それら三機に対する翔の紙飛行機は見た目重視の紙飛行機だった。見た目に反して毎回あまり飛ばないが今度こそ飛ぶと信じて、翔は昔から毎回かっこいい紙飛行機を折る。そのことを知っている三人は翔の紙飛行機を見て懐かしむように目を細めた。

「準備は良いか?」

 翔に合わせて三人も紙飛行機を飛ばす体勢を作る。

「せーのっ!」

「何してんの?」

 同時に紙飛行機を飛ばそうとした時、知らない声がした。突然の事で肩が上がり、四人の紙飛行機は墜落してしまった。翔が固まったまま振り返ると、同い年くらいの少年が怪訝な顔で四人を見ていた。

「あ、あーのね、俺達たまたまここを見つけて、めちゃめちゃにかっこいいからテンション上がっちゃって、その、お邪魔しています」

 翔が頭を掻いて苦笑しながら言うが、目の前の少年の顔色は変わらない。

「もしかして、お前ら父さんが言っていた宿泊客か」

「あ!君が幸子さんの弟さんの幸也君~?」

 心太が穏やかに聞くと、少年は片眉を上げた。

「そうだけど。だから、何?」

「幸子さんから話を聞いていて、話してみたいなぁって思ってたんだぁ。俺は心太ぁ、よろしくねぇ~」

 呑気に笑う心太に仁は今ここで言う話か!?というような目線を送っている。勇気にいたっては警戒して仁の後ろに隠れていた。翔は深呼吸して自分を落ち着かせ、改めて幸也を見た。

「あの、勝手に入ってごめん。俺達こんな秘密基地に憧れていたから感動しちゃったんだ。俺は翔。で、ヤンキーみたいなのが仁、後ろが勇気だ。よろしく」

 翔が手を出すと、幸也は視線を翔の手に向けただけですぐにまた四人の顔を見た。

「そんなことより、お前らよくここが見つけられたな。ここは村の人間ですら近づかない樹海だぞ。特に子供は迷子になると探すのが大変だから」

「俺達冒険好きでさ、入ってみたかったんだよね」

「ふーん」

 幸也は四人から目を離さない。四人は追及されている気がして汗が出てきた。

「お前らさ、こんな田舎に何しに来たんだよ」

「俺らは日本文化研究会っていう部会で取材をするためにここに来たんだ」

「そういう設定だろ。本当の目的は何?」

「いや、これが本当の目的だけど」

 幸也の鋭い目に翔は焦り始めた。すると、心太が助け舟を出した。

「どうしてそう思うのぉ?」

「理由は二つだな。まず、俺も高校生だけどそんな部会聞いたことねぇ。ネットで調べてもそんなのなかった。それに、お前らが同じ高校だとは思えねぇんだよ。特に、お前らは見えない。坊ちゃんみたいな奴とヤンキーが同じ偏差値だとは思えねぇな」

 幸也は仁と勇気を指さした。仁は口を尖らせた。

「ここに勝手に入ったことは謝る。ごめん。でも、その言い方はねぇだろ。高校にも色々あるし、それは偏見じゃねぇか」

 仁は頬を掻きながら答えた。その動作が仁の焦った時の癖だということを三人は知っている。勇気は落ち着けと言わんばかりに、心配そうに仁を見た。

「ここに入ったことは別にいい。でも、仮に同じ高校だとしても、お前は日本文化研究会のメンバーには見えねぇ」

「俺だって日本文化が好きなんだよ!俺の伝承文化に対する好奇心を舐めるなよ!」

 案の定、焦りすぎて仁は意味の分からないことを言いだした。

「仁、落ち着きなよ」

 勇気に裾を引っ張られて仁はハッとしたような顔をして素直に黙る。

「もう一度言う。お前らの目的は何?」

 四人は顔を見合わせた。

「もし、正直に言わなかったら父さんに言うぞ。父さんも姉さんも能天気だし、母さんは疑うことを知らねぇから騙させたかもしれねぇが俺はそうはいかない。父さんにこのことが知られたらお前らどうなるかな」

 その言葉に四人は焦った。家を追い出されたら冒険のためにやってきた努力は水の泡だ。

「・・・本当の事を言ったら、追い出さない?」

 翔は恐る恐る尋ねた。

「理由による」

「笑わない?」

「理由による」

「邪魔しない?」

「理由による」

「怒らない?」

「理由による」

「おい、もう話そうぜ。きっと何を言ったって理由によるだろ」

 何も言わずに追い出されるなら幸也に真実を話して追い出されることを阻止することに賭けた仁が翔を急かした。

「冒険しに来たんだ」

「はぁ?」

 先程まで真剣な、警戒している目で俺らを見ていた幸也の顔が崩れた。

「俺ら小学生の時に映画みたいな冒険を夏休みにやろうって誓い合ったんだ。でも、バラバラになっちゃってさ、それで今年やろうってなって」

「いや、まぁ、仮にそうだとして、どうしてこの村なんだよ」

「映画での冒険ってさ、怪物退治や宝探しだろ?今のご時世、怪物なんていないから、宝探しをすることになったんだ。探すなら見つかった方が良いだろう?だから、何を探そうか悩んでいた時、ニュースを見た」

「丸山洋治が隠した三千万。金自体はどうでもいいけど、見つけた時の達成感は凄そうだろ」

「僕達は、三千万は一丸村にあると確信しているから」

「これが本当の理由だよぉ」

 翔の話に三人も続けて話し出す。幸也は考え込んだ。

「そう思う根拠は?何でこの村に三千万があるってわかるんだ?」

「強盗をしてから捕まるまでの時間が短い。こんな短時間で何年も見つからない物を隠すなら土地勘が大事じゃないかと思った。それに、後から見つけるなら確実に安全な場所を選んだ方がいい。警察がこの樹海を全部調べていないのも気になった」

 勇気が仁に隠れながら答える。

「なるほどな」

 幸也はまた考え込んだ。

「目的は分かった。誰にも言わないでやるよ。その代わり、俺も入れろ」

「入れるって宝探しにぃ?」

「そうだ」

「別にいいけどよ、理由聞いてもいか?」

「話せば長くなる。お前らもうそろそろ風呂当番だろ」

 幸也に言われて翔が腕時計を見るともうすぐ四時半だった。樹海を抜けて行くとなると、余裕をもってそろそろ動いた方が良いだろう。

「やばい!心太、急ぐぞ!」

 勇気と心太が慌てて秘密基地を飛び出していった。

「今夜さ、俺らの部屋においでよ。そこで話を聞いてもいい?」

「・・・・わかった」

「じゃ、俺らも行くね。仁、行くよ」

 幸也が頷くと、二人も秘密基地を後にした。翔は改めて秘密基地を見る。

「あれ?」

 少し違和感があった。初めて見た時は生まれて初めて見た秘密基地に興奮して気づけなかった点が、翔の頭に浮かんだ。



 風呂掃除はギリギリセーフだった。四人は夕飯を食べて文雄を交えて風呂に入り、布団を広げる。広げ終わった頃にノックが聞こえた。風呂上がりの幸也と共にいつものように窓際で円を作って一丸村の地図を広げる。

「それで、理由は?」

 仁の問いかけに、幸也は視線を落とした。

「真実が知りたいんだ」

「どういうことぉ?」

「その事件の犯人とされている丸山洋治は近所に住んでいた兄ちゃんだった。俺の事を弟みたいに可愛がってくれていた。上京するまで秘密基地や冒険の事を教えてくれていたんだ。兄ちゃんはお前らみたいに映画の冒険に憧れていたんだ。凄く優しくて、強盗をしたことが信じられない。だから、金を見つけることが出来たら、何かわかるのかもしれないと思ったんだ。だから、俺もやりたい」

 視線を落としたまま語る幸也に四人は顔を見合わせる。

「なるほど、わかった。一緒に探そう。土地勘のある人がいてくれた方が俺らも助かるし」

「そうだね。僕達だけじゃ限界がある」

「よろしくな、幸也」

「仲間が増えるとか、映画みたいでワクワクしてきたねぇ~」

「・・・・・・・ありがと」

 四人が手を出して重ねると、幸也は嬉しそうに、そして照れ臭そうに手を翔達の上に重ねた。



 翌朝、四人は幸也と共に朝食を食べて出発した。幸也に友達ができたと幸子と幸恵には手を強く握られて感謝された。

「大袈裟なんだよ、姉ちゃんも母さんも」

「いい姉ちゃんじゃねぇかよ。笑った顔が文雄そっくりだよな」

「仁、それは文雄のお母さんだからそっくりなのは当たり前だろ」

「そうだよぉ・・・っていうか、翔、何してんのぉ?」

 心太は振り返った。翔はスマホをいじりながら少し後ろを歩いている。

「ながらスマホはダメなんだぞ、翔」

「そうなんだけど、ちょっと待って」

 翔は立ち止まる。先を歩いていた四人は翔の元へ駆け寄り、スマホの画面を覗いた。

「曲を探しているんだよ。せっかく映画みたいな場所にいて、映画みたいにメンバーに大人がいないんだから、雰囲気を作ろうかと」

 翔は指を高速に動かし、目的の曲を探していく。やがて、指の動きは遅くなり、翔のスマホから洋楽が流れた。

「おぉー、いいね。歌いながら行く?」

 翔は嬉しそうに鼻歌まじりで歩き出す。両手を広げて、綱渡りをするかのような動作も始めた。

「懐かしいなぁ!公園とかで歌ったねぇ!」

「まぁ、英語がわからなかったから、雰囲気で歌っていたけどね」

 心太と勇気も後に続いた。

「幸也?行かねぇの?」

 仁はボーッと翔達を見つめる幸也の肩に手を置く。

「俺にはただのいつもの風景に見える場所も、お前らには冒険になるんだな」

「幸也?」

「なんか楽しくなってきた」

 幸也の口角が僅かに上がった。仁はそれを見て、微笑んだ。


 四人はすぐに樹海の秘密基地で昨日の続きを話す。基地の中央に円を作り、誰にも聞かれないように静かに会議を始めた。

「ずっと資料を読んでいたんだ。そしたら気づいたことがある」

「そういや、勇気は暇さえあれば俺らの作った資料を読んでいたよな」

「気づいたことって何ぃ?」

「丸山洋治が犯人でないことも考えられるよ」

 勇気がリュックから資料を取り出した。

「どういうことだ?」

 勇気は幸也に資料を渡した。幸也は資料を読みながら勇気の話に耳を傾ける。

「完全に僕の推測だけどさ、まず、畠山金大との直接的な接点がわかっていない。それに、丸山洋治が犯人だと確定されたのはオーダーメイドのジャンバーを着ていたからということだ。僕は強盗するのにわざわざオーダーメイドの服を着ることがおかしいと思う。私が犯人ですって宣言しているようなものだろ?」

 勇気の推理に四人は黙って頷きながら聞いていた。勇気はそのまま話を続ける。

「それに、犯行前後で丸山洋治の顔をカメラが捉えたのは犯行後の丸山洋治が大きなカバンを持った姿だけだ。この映像は強盗された家から離れている。東京の、しかも三千万を家に置くような人だし、家の中に防犯カメラがあったんだ。家付近にも防犯カメラがある住宅地に住んでいるはずなのにそのカメラには丸山洋治はいない。これ、おかしくないか?」

「下調べをしたとかは?」

「仁の言う通り、下調べをしていたならいけるだろうけど、それなら調べていた映像が残っていたはず。でも、それに関しての情報がないから、僕は違うと思う。それに、上京したての丸山洋治が犯行後、防犯カメラのない道を選んで逃げきることができたなら、その後もカメラに映るなんてアホな真似はしないと思うんだ。つまり、強盗をしたのは土地勘のある別の犯人じゃないかと思う。丸山洋治は犯人に仕立てられただけなんだよ」

「それでも色々疑問があるよ。いきなり大金を見せられて疑ったりしなかったのか?それに、どうして隠したんだ?」

 翔が問いかけると勇気は真剣な顔で答えた。

「証言に頼み事は断らないってあったからね。友達もいたみたいだし、その友達が犯人だと仮定して、東京でできた友達が切羽詰まった顔でトラブルに巻き込まれたから大金の事を隠すように頼んだら断らなそうじゃない?」

「まぁ、確かに兄ちゃんは協力しそうだな。優しかったから」

「テレビもない部屋だって言うから事件の事も知らなかったのかもしれない」

「それもありそう。兄ちゃんは映画を見ること以外はテレビを使わなかったから。兄ちゃんが使っていたテレビは一丸村の家にあるし」

「まぁ、本当かどうかはわからないけど、こんな状態も考えられるから犯人でない可能性もあるってこと」

「もし、犯人じゃない説が濃厚なら、丸山洋治の死は事故死じゃないのかもしれないぞ」

 仁が呟いた。その発言に全員が黙り込む。もし、丸山洋治が犯人ではなかったとしたら、翔達は何か凄く大きな沼のようなものに足を突っ込んだかもしれないのだ。深く追求すればするほど、誰かに足を掴まれているような気がしてならない。もう、戻れないのかもしれないと思うと、翔の背中が冷たくなった。

「とにかく三千万を見つけないとねぇ。まずはそこからでしょぉ」

 しばらくして、ようやく心太が話し始めた。

「そ、そうだな。この基地を中心にスズランテープ作戦で行こう」

 翔は鞄からスズランテープを取り出した。幸也は肩を落とした。

「警察が既にやったよ。この基地周辺は調べられたけど何も見つからなかった。もし、やるならもっと広範囲な方が良い」

「そういえば、一つ気になったんだけどぉ、この基地は取り壊されなかったのぉ?丸山洋治の基地だったんだから」

「この基地の所有権は俺になったから、壊されなかった。ほら、その棚にある紙をとって広げて」

 幸也に言われて仁が紙をとって広げた。そこにはきちんとこの基地の所有権を譲るという文書と判子があった。

「この樹海は整備されていないし、誰の土地でもないから壊されることはなかった。ラッキーだったよ」

「なるほど。ま、俺達からしたら残すべきだと思うけどね」

 冒険好きじゃない大人は何も感じないだろうけど、翔にとってはロマンの塊だ。壊すなんて勿体ない。

「とりあえず基地から出ようぜ。外でどうするか決めよう」




 仁に言われて、全員基地から出た。勇気は地図を広げて幸也から警察が踏み入っていない場所を聞いている。その近くでできるだけスズランテープを増やそうと仁が器用に基地の鋏で縦半分に切っていた。まだ半分に切られていない端を心太が持っている。翔は辺りを見回した。昨日は基地に見惚れて周りを見ることはなかった。近所の公園で見たかもしれない雑草もここで見ると何故だか幻想的に見える。翔は生えている雑草を見ながら前に進んでいった。すると、少し汚れた白い物が見えた。手に取ると、それは白い石だった。

「おい、皆!来てみろよ!」

 翔は石を持って振り返った。

「何それ?石?」

 不思議そうに尋ねる勇気とは対照的に幸也は地図を見たまま答えた。

「その白い石、警察も見つけた。でも、兄ちゃんが小さい頃に遊んだものを片付け忘れたんじゃないかって言っていた。基地にも同じ石がいくつもある」

「本当だ、人工的に塗られた石だな」

 翔から石を受け取った仁が石をまじまじと見た。翔は石のあった方にもう一度、地面を見つめながら進んでいく。

「翔?どうしたのぉ?」

 後ろから心太の声がするが、翔は返事もできないくらい集中していた。

「あまり遠くに行くなよ。危ないぜ」

 幸也の声が聞こえて、諦めて引き返そうとした翔は目的の物を見つけた。

「あった!あったぞ!」

 興奮気味に叫ぶ翔に四人は駆け寄ってきた。翔は見つけたものを見せる。

「白い石だぁ!」

「またあったのかよ」

「おかしいな。警察は見つけてなかったぞ」

「なぁ、皆!もっと進もう。きっと石がある!」

「おいおい、何を根拠に・・・」

 幸也は訳が分からないと言った顔で翔を見る。

「これは辿るものなんだよ!大人にはただの石ころだけど、子供にはこの石は道しるべだ!辿れば必ず何かある!」

「確かに兄ちゃんはそういうの好きだけどさ・・マジで言っている?」

「大マジさ!やってみようよ!」

「ったく、しょうがねぇな。従うよ」

「僕も。翔がリーダーみたいなもんだし」

「何かしらあるかもねぇ」

 三人の答えに翔は満面の笑みを浮かべ、石のある方向に向けて進みだした。

「マジで?」

 後ろで幸也の声がした。


 翔の予測通り、進めば進むほど石が見つかった。今度は拾わずに帰り道が分かるように残しておく。まるでこっちだよって言われているみたいに石はスムーズに見つかった。心太はいつの間にか録音機器を持ってこの様子を記録している。しばらく進むと、少し広くなった場所に出た。人工的に作られた小さな広場には白い石が大量に落ちていた。

「ここがゴールかぁ、疲れたぁ」

「でも、何も見つからないぜ?」

 座り込んだ心太の隣で幸也が辺りを見渡す。

「昨日、あの秘密基地を見て、何かおかしいと思ったんだ。ツリーハウスでかっこよかったけど、色合いが派手だった。秘密基地なのにバレバレ基地みたいな。秘密ならむしろ自然の色に合わせてバレない様にするのが自然なんじゃないかって、だから、石を見つけた時、本物は別の場所にあるのかもって思ったんだけど」

 翔は腕を組んだ。何か、何か自分で勝手に決めつけた何かがあるのかもしれない。翔が考え込むと、翔の考えを察したのか、仁は地面を力強く踏み出した。

「何やってんだよ、仁。そんなに強く踏んだら僕に土がかかる」

「そう言うなよ。小さい頃に観た映画に出てきた秘密基地は地下だったぜ」

「それだ!」

 仁の言葉に翔は勢いよく叫んだ。

「何も目に見える場所だけが基地じゃない!秘密基地は地下にもある!」

 翔も仁と同じように地面を思いっきり踏む。勇気と心太もやり出した。幸也も不思議そうな顔だが同じようにやった。

「うおっ!」

 突然仁が消える。仁がいた場所に大きな穴が開いていた。

「仁!」

「大丈夫か!」

 四人が仁のいた場所に近づくと、下で腰を抑えて痛そうな顔をする仁がいた。仁は周りを見渡し、歯を見せて上から覗く仲間にピースサインを送った。

「いてぇ・・・・けど、見つけたぜ。秘密基地」

 翔達が順番に下に降りると、そこにはもう何年も人が出入りしていない埃まみれの地下室があった。

「これ、テレビでやっていた映画だ!かっこいい!すげぇ!」

 壁には十代の子供達が活躍する映画のポスターが貼られていた。他にも大量の本や雑誌が山積みになっている。どれも古いが、世界観は守られていた。昔の映画によく登場していた子供達の夏休みが思い浮かぶ秘密基地だった。

「ここが本当の秘密基地じゃないのか?」

 勇気が飾られているフィギュアを見つめながら呟いた。

「じゃあ、あの秘密基地は?」

 幸也が戸惑ったように尋ねると、仁が伸びをしながら答えた。

「フェイクだろ。本当の基地がバレない様にわざとわかりやすい基地を造ったんだな」

「凄い完成度だねぇ。映画の世界に入った気分だよぉ」

「じゃあ、ここが兄ちゃんの秘密基地なのか」

 狭い場所なのに見所いっぱいだ。古いフィギュアもそこら中に散らばっているトランプも秘密基地の設計図の山も、好きな映画のポスターも、ずっと見ていられる。翔が壁にある物から床に置かれているものまで隈なく見ていくと、まだ少し新しい鞄を見つけた。

「なぁ、これって」

 持ち上げると少し重かった。感じたことのない重さだ。翔は鞄を部屋の中心に置いた。全員で囲んで、翔がチャックを開けてみると、見たことない量の札束があった。あまりに現実味のない視界に翔達は言葉を失う。

「マジかよ、偽札じゃねぇよな」

「いや、どう考えても丸山洋治の三千万じゃないの?」

「俺、初めて見た、こんな大金」

「俺もぉ」

 四人が異様な光景に固まる中、幸也だけが冷静になろうと努めていた。頭に人差し指を当て、頭の中の混乱を制して考えをまとめようとしている。

「なぁ、とりあえず時間はまだある。皆には門限があるだろ。今日はもう帰ろうぜ。何か色んなことがあって頭がおかしくなりそうだ」

「あぁ、そうだな。俺と翔は風呂当番だし」

 地上に出る時、秘密基地にオレンジ色の光が差し込んできた。



 風呂掃除中、二人はあの三千万の光景が忘れられなかった。童心を思い出す空間の中に似合わない札束は確かに頭がおかしくなりそうな光景だったのだ。翔は思わず、隣で黙って働いている仁に問いかける。

「警察に届けるべきなのかな?」

 仁は動かす手を止めて、天井を見た。その顔は冷静というよりは先ほどの幸也のように頭の中で混乱を制し、冷静になろうとしている様子が窺える。

「それがいいんだろうけど、何て言えばいいんだろうな」

「正直に話すしかないよ。あの事件が気になったからって」

「そしたら俺達のことも聞かれるな。長い夏になりそうだ」

「確かに」

「なつがながいのぉ?」

 突然、幼い声がした。二人が振り返ると文雄が立っていた。

「文君!?いつからここに!」

「じんのこえがきこえたからきたの!」

 文雄はまだ驚いて口が開きっぱなしの仁の元に近づき、嬉しそうに足に抱き着いた。その小さな衝撃で正気に戻った仁は桶を置いてにんまりと笑った。

「秘密守る警察だ」

「ひみつまもるけいさつ?」

「そう!俺は秘密守る警察だ!今ここで俺達が話したことを秘密にしないと俺が文雄を逮捕するぜ!」

「たいほするとどうなるの?」

「こちょこちょの刑だ!こちょこちょ!」

 仁が文雄を抱き寄せて擽る。文雄はキャッキャッ笑いながら喜んでいた。

「秘密にするかぁ?文雄ぉ?」

「ひみつにする~!」

 文雄が手を上げて答えたので仁は文雄の肩を掴んで自分と向き合わせた。

「じゃあ、約束だ。秘密守る警察の俺とな」

「うん!やくそく!」

 満面の笑みで頷く文雄を見て、仁の頭の回転の速さに翔は改めて驚いた。秘密守る警察なんて単語、普通はでてこない。流石保父さんと近所の奥様から言われるだけはある。

「じゃ、パパもやくそくしないとだね!」

「パパって賢太さんか?何で?」

「ふみがくるまえにパパがじんとしょうのおはなしきいていたんだよ」

「何!?」

「マジかよ!?」

「じん?しょう?どうしたの?」

「あ、あぁ、それは秘密の約束をしねぇとな。じゃ、文雄は向こうに行ってな。俺はパパに秘密守る警察をしてくるからな。だから、俺が秘密守る警察ってことは秘密だからな」

 仁が焦りながらも秘密守る警察を演じながら、文雄を風呂場から出す。

「わかったぁ」

 文雄を見送った後、翔は仁に謝った。

「ごめん、軽率だったよ」

「いや、俺も悪かった。早く皆に言いに行こう。まずいことになった」

 二人の顔は真っ青だった。それは、この村に来て初めて感じる恐怖だった。



 勇気は部屋で仁のスマホで調べものをしていた。自分が考えた推理に関連する情報を集めようとしているのだ。勿論、仁に許可は取ってある。

「ショーセッカベースっと」

 丸山洋治と畠山金大の唯一といってもいい接点である『ショーセッカベース』。公式ホームページを見てみると、まだ活動中だ。小説家志望だけではなく、趣味で執筆している人の小説が電子版で読むことができるサイトで実際にこのサイトからデビューした作家もいるらしい。古くからある伝統的なサークルだった。しかし、丸山洋治の作品は削除されたのか、元々投稿していないのか見つからなかった。勇気が次にホームページのアルバムを見てみると、交流会の記念写真があった。年に三回行われている交流会だが、一年分だけ削除されている。おそらく丸山洋治がいたのだろう。その年以外の交流会の写真は載っていた。

「それにしても本当に色んな年代の人がいるな。アイドルみたいなファンをもつ作家もいるのか」

 もっと情報はないかと隅々まで探すと、ショーセッカベースの若い作家はSNSをやっているようでプロフィールにURLが貼られていた。畠山金大と丸山洋治と在籍期間が被っている作家をいくつか見ていくと、もう随分と長い間更新していない作家がいた。小説のネタを呟くだけでなく、プライベートな写真も投稿されていた。女性ファンが多かったのだろうか。コメント欄は女性ばかりだった。随分と容姿を磨いているようで、小説ネタよりも自撮り写真の方が多い。眼鏡、カラーコンタクト、髪形で容姿がコロコロ変わっているが、どこかで見たことのある顔だ。勇気の中で何か引っかかる。勇気は写真一枚一枚を拡大しては隅々まで調べる作業に没頭した。



 心太と幸也は幸恵からのお使いの帰りだった。幸也一人だけだったのだが、お使い先のおばちゃんはよく食べる心太を気に入っているため、心太も同行した。

「あ、そうだぁ。幸也にこれを預けておくねぇ」

 心太は幸也にポケットからボイスレコーダーを差し出す。

「盗聴機器か?」

「違うよぉ、録音機器!皆のリアルな反応をきちんと記録しておいたからさ、他の人に見つかったらまずいでしょぉ?これ絶対見つけた証拠になると思うし、幸也が安全な場所に保管しておいてよぉ」

「あぁ、なるほど。いいよ」

「ありがとぉ」

 幸也は受け取ってポケットにしまった。それから今日の夕飯について話しながら歩いて行く。玄関に荷物を置いて台所に行こうとした時、賢太に呼び止められた。

「幸也君」

「賢太さん、どうしたの?」

「ちょっといいかな」

「あぁ、いいけど。これ運んでからでいい?」

「大事な話なんだ。今すぐ来てほしいな」

「幸也ぁ、俺がやっとくからいいよぉ」

 いつもとは雰囲気の違う話し方を不思議に思いつつ、心太に任せることにした。

「そうか?ありがとう」

 心太は穏やかにいいよぉと返しながら中に入って行った。心太を見送った幸也は賢太と対面する。その瞬間、嫌な予感がした。自分を見る賢太の笑顔が怖いのだ。いつもと変わらない幸子が好きな笑顔なのに、目の奥と歯を出して笑う口の中が真っ黒に見えるのだ。感情の読み取れない仮面の下に恐ろしいくらい大きくて汚い何かを隠しているようで寒気がする。義兄を怖いと感じたことなんてないのに、着いて行きたくないと思った。いや、むしろこの人は義兄なのか。何かに憑かれているのではないか。悶々と考えていると急かすように賢太が幸也の腕を掴んだ。

「こっちで話そうよ」

「う、うん」

 拒否権はない。目じりの下げ方、口角の上がり方が常人じゃない。人はこんな風に笑わない。人の笑顔はこんなに汚いものではない。この笑顔を支配している感情が何なのか。幸也にはわからなかった。



 その頃、翔と仁は部屋に飛び込んでいた。

「大変だ!」

「まずいことになった!」

「翔!仁!こっちも大変だよ!」

 勇気も目を見開いて翔達を見た。

「わかった、勇気の話も聞く。その前に俺達の話を聞いて。俺達お風呂場でついさっきのことを話しちゃって、それを賢太さんと文君に聞かれていた。文君は仁が何とか秘密にするように言ってくれたけど、賢太さんが見つからないんだ」

 翔が申し訳なさそうに言うと、勇気は更に焦ったように仁のスマホを二人に見せた。

「ショーセッカベースの公式サイトを見ていたんだけど、とりあえずこの人を見て!」

 画像はイケメン風の若い男の人が自撮りしている写真だった。上からの角度で顔の横でピースをしている男の顔は派手な加工が一切されていない。二人は画像を凝視する。しかし、翔には勇気がなぜこの画像を見せているのかがわからなかった。隣にいる仁の顔は翔とは違って段々額に汗が浮かんでいる。

「・・・・・これ、賢太さんか?」

「えぇ!?この人が!?」

 翔は改めて画像よく見る。言われると賢太に見えるが、誠実そうで素朴な見た目な賢太と画像の男は雰囲気が違いすぎていた。

「丸山洋治と畠山金大が所属していた小説家サークルに所属していたんだ。このサイトはペンネームのみで活動できるから本名はわかっていないけど、写真を見比べた。もし、本当にこれが賢太さんだとしたら丸山洋治とも畠山金大とも在籍期間が被っている。これって」

 勇気の言葉が詰まる。絶対に正しいとは言い切れなくても、情報が多すぎるのだ。脳が追いつかないのだろう。

「とにかく幸也に言わないといけないんじゃねぇのか?」

 仁の提案に翔も頷く。特に幸也は日頃から賢太の顔を見ている。幸也ならこの男が賢太かどうかなんてすぐにわかるだろう。

「二人はお使い。そろそろ帰って来るんじゃない?すぐとか言っていたから」

「ただいまぁ」

 のんびりした口調で心太が部屋に入ってきた。

「心太!幸也は?」

 翔が心太の肩を掴んで勢いよく尋ねると、心太は戸惑いながら答えた。

「さっき賢太さんに呼ばれていったよぉ?」

「俺ちょっと探してくる!」

「翔!待って!僕も!」

 この悪い予感が、勇気の話からでた最悪の仮説が正しくないことを祈りたい。全部勘違いであってほしい。翔はそう願って部屋を飛び出した。勇気の声は焦る翔には届いていなかった。



 翔が幸也を見つけた時、幸也は賢太さんと野菜を運んでいた。

「幸也!」

「翔っ」

 翔は膝に手をついて息を整える。翔が顔を上げると、幸也は助けを求めるような瞳で翔を見ていた。

「ちょっといいかな」

「いや、わりぃ。俺これをやらないといけなくて」

 幸也は表情とは違うことを言っている。顔は助けてと言っているのに、口は断っている。ただ事じゃないことを察した翔は必死に頭を働かせた。

「ごめんね、幸也君に手伝ってもらっているんだ」

 賢太が申し訳なさそうに笑う。初めて会った時と同じ優しそうな笑顔なのに、なぜか寒気がした。化け物のような塊が翔に笑いかけている。あまりの人外じみた笑顔に翔は恐怖で固まってしまう。それでも何とか口を動かして、いつものように振舞った。

「お、俺も手伝いましょうか、こういうのは二人より三人の方が」

「ううん。大丈夫だよ。幸也君と俺で何とかなるから休んでいなよ」

「でも」

「翔君、聞こえなかった?」

「・・・・わかりました。ごめん、幸也」

「あぁ、大丈夫だ」

 優しい声色なのに殺気のような圧を賢太から感じて翔の恐怖心は高まる。幸也に背を向けて歩き始めた時、翔は自分が情けなくて堪らなかった。



 心太は仁から話を聞いたらしく、自分が幸也にずっとついていなかったことを反省していた。

「心太のせいじゃないよ・・・俺の責任だ」

 翔は皆の目を見ることが出来なかった。翔は手で顔を覆う。

「さっき幸也を見つけたのに、賢太さんが怖くて幸也を連れて来ることができなかった。ごめん、本当にごめん。俺の軽率な言動が幸也を危険な目に遭わせて、皆の冒険を壊しちゃった」

「おい、翔。顔上げろ」

 仁の真剣な声色に翔が思わず顔を上げると、仁の顔は怖かった。

「今、そんなこと言ったってしょうがねぇだろ。幸也はまだ大丈夫だったんだろ。俺達の夏だって壊れていない。決めつけんな」

 仁は翔の目の前で勢いよく手を叩いた。

「今起きていることは憧れていた映画じゃない、俺達の映画だぞ。主人公がそんなんじゃ映画は進まない。しっかりしてくれ」

「そうだぞ。壊れてない。ここからが僕らの頑張りどころだ。翔らしくない」

「俺は全然冒険は終わっていないと思うけどぉ」

 勇気と心太が左右から翔の肩に手を置く。翔は一瞬目を潤ませるが、首を振って真剣な瞳で仁を見た。

「どうすんだよ、翔」

「幸也を助けて、あのお金を取り戻し、丸山洋治の事件の真相を暴く」

 翔の言葉に仁はニィッと笑った。

「それでこそ、翔だ」

「そうだねぇ、いつもの翔だぁ」

「何か策はある?」

 勇気に尋ねられ、翔は腕を組んで考える。

「丸山洋治の事件に賢太さんが関わっているとして、その目的が三千万だったら、きっと幸也に三千万の在処を聞くと思うんだ。そして、幸也に案内させると思う」

 翔は腕を組んだまま、話を続けた。

「早朝から夕方まで、賢太さんはずっと菊蔵さんと一緒だから、幸也を秘密基地に連れて行くなら今夜だと思う。明日じゃ、俺達が移動させているかもしれないと考えているだろうからな。だから、俺達は二人よりも早くここを出ないといけない。まずはその理由付けを考えないと」

「簡単だよ。ここら辺では蛍が見える。蛍を見に行くと夕飯の時に言えばいいんだ」

「俺らは村の人じゃないから自然だし。いいんじゃね?」

「何か持っていくぅ?」

「全員鞄の用意!」

 翔の号令で三人は鞄を持って円になり、鞄の中を見た。

「武器になりそうなもの持っている人いる?」

「俺は文雄と遊んだ時に買った水鉄砲」

「僕は勉強用に持って来た厚めの参考書」

「俺はフライパン~。幸恵さんから貰ったんだぁ。お料理仲間ねって」

「俺は大量の輪ゴム・・・え、待って。何でこんなもんが入ってんだろ」

 翔は鞄から呆れたように輪ゴムを三人に見せた。

「リュックってよく身に覚えのない物が入っているよね。僕もそういう時ある」

「なぁ、翔、それ使えるぜ。心太、確か箸が何膳もあったよな」

「輪ゴム銃かぁ!なるほどねぇ!箸はあるよぉ」

 心太が鞄から出した箸は十膳だ。二つは作れる。翔は輪ゴムの数を数えた。

「輪ゴムは十四だ。何とかなりそうだな」

「あと、ツリーハウスに行けば何かしらあるだろ」

「じゃあ、二手に分かれよう。地下の秘密基地まで突っ切るペアとツリーハウスで調達してくるペア」

「俺と心太が調達してくるよ。お前ら先に行け」

「確かに二人は足が俺らより速いからねぇ。お願いするよぉ」

「わかった。輪ゴム銃はどうする?僕には参考書があるけど」

「そっち二人で使っていいよぉ、俺達は調達があるからぁ」

 心太が割り箸を翔に渡す。

「わかった。勇気、作ろう」

「うん」

 勇気は不安そうだが、力強く頷いた。翔達が夕飯まで輪ゴム銃を作る間、心太と仁は部屋のドアに門番のように寄りかかっていた。



 夕飯はカツだった。幸也は翔達とは目も合わさずに箸を進めている。賢太はいつも通りの笑顔で幸子と話していた。その笑顔を優しそうだとは翔達はもう思わなかった。

「そういえば、この辺は蛍が見れるって、近所のお母さんから聞いたんですけど」

 仁が自然に、明るく言い出した。

「おう、見れるぞ。最近はあまりいねぇけどな」

 菊蔵がビール片手に笑う。

「僕達、今日この後行ってみたいなぁって話していて」

「あら、こんな暗い中、大丈夫?危なくないかしら?」

 心配そうに顔に手を当てる幸恵に勇気は微笑んだ。

「大丈夫ですよ。実は蛍がいそうな場所を昼間教えてもらったんです。地図でも確認済みですし」

「そうそう。俺達初めて見るんですよ。楽しみだなぁ」

 勇気に続いて翔が言うと、幸子は文雄にお茶を注ぎながら口を開いた。

「いいじゃない。都会じゃ見ることもできないだろうし。男の子だもん、心配いらないんじゃない?そうだわ、幸也も行けばいいのよ」

「俺は蛍に興味はない」

「もう!そんなこと言ってないで友達を案内してあげなさいよ!」

 幸也は無表情で首を振る。

「今日はやることあるから無理だ」

「アンタって子はどうしてそんなに」

「やめねぇか!客人の前で!」

 幸也と幸子の言い合いを菊蔵が一喝して止めた。幸子は幸也を睨んでいるが、幸也は無表情のままだった。

「でも、確かに心配だよね。明日だったら俺が一緒に行くけど」

 賢太が申し訳なさそうに言う。

「どうして今日じゃダメなのよ?何かあったっけ?」

「実は足を挫いてしまってね。今日は休みたいんだ」

「大丈夫?そんなこと聞いていないわよ」

 幸子は心配そうに賢太を見た。賢太は優しい笑顔で微笑み返す。

「大丈夫。すぐに良くなるよ」

「そう?なら、いいけど」

「明日ならいいけど、明日にするかい?」

 賢太が笑顔を貼り付けて翔に尋ねてきた。その笑顔に翔は固まる。あの不気味な笑顔が頭に浮かぶのだ。

「いや、明日は近所の子と花火したいなって話をしていたんです。だから、花火をしようと思うので、今日がいいんです」

 固まる翔の代わりに仁が答えた。仁の助け舟に翔は胸をなでおろす。心配する表情だった幸恵の顔は穏やかになった。

「仁くんはすっかり皆のお兄さんねぇ」

「まぁ、蛍が見える所はここから近いし、問題ねぇだろ。幸恵、この家の電話番号だけ教えてやれ。何かあったら連絡できるようにな。それから懐中電灯も用意してやれ」

「そうね、そうしましょう」

「いいんですか?ありがとうございます!」

 勇気が嬉しそうに笑う。翔達も続いて頭を下げた。その後は和やかに幸恵のカツを楽しむことができた。賢太からの視線以外は。



 翔達が外を出たのは八時過ぎだった。文雄が自分も行くと駄々をこねて仁の足にしがみ付いたので予定より遅れてしまったが幸也達よりは早く出ることが出来た。九時になれば蛍はだんだん減って行ってしまうと幸子に言われたので、とりあえず蛍が見えなくなるまでいると幸子に告げた。幸恵は明日の仕込みや縫い物で十一時半まで起きているので最低でもその時間まで帰ってくる約束になった。

 樹海に入ると、翔と勇気は予定通り地下の秘密基地の中に隠れた。扉は仁が壊してしまったため、上の様子がよくわかる。懐中電灯の明かりを消して息を潜めれば見つかることはないだろう。上を見上げると今から起こる事態を見守るように、星達が光り輝いている。二人が身を隠してしばらくすると、話し声が聞こえた。翔達は全神経を耳に集中させる。

「ここに三千万があるの?」

「そうだよ」

「本当に?」

「じゃなきゃ、ここに連れてこないでしょ?こんな広い場所なんて。アンタなら躊躇なく俺を殺すってわかっているのに」

「ま、そうだね。よくわかっているなぁ」

 声の主は幸也と賢太だった。

「ねぇ、賢太さん。三千万も渡すし、このことは誰にも言わない。だから、真相を聞かせてよ」

「幸也君、君さぁ自分の立場わかっているのかい?君は友達の命と引き換えに俺をここに連れて来たんじゃないか。それは交換条件にはならないよ」

「どうせ、その金を持って明日には消えるんでしょ?教えてくれてもいいじゃないか」

「何が知りたいの?」

「丸山洋治は本当に犯人なの?どうして姉ちゃんと結婚したの?」

「うーん、まぁ教えてもいいかなぁ、金もあるわけだし」

 賢太の声色は不気味だった。舐めるようなねちっこい、それでも優しさも含まれた声で語っていく。

「畠山金大の家から三千万を盗んだのは俺だよ。洋治を犯人に仕立てるためにアイツのジャンバーを借りて金を盗んだ。簡単だったよ、あの辺のカメラの場所なんて簡単にわかるからね」

「それで兄ちゃんに金を渡したのか?」

「そうだよ。ギャンブルで大金が当たったのに昔の悪い友達が狙ってくるから隠して欲しいって泣いて頼んだらあっさり引き受けてくれたね」

「それで兄ちゃんを殺したのか?」

「だってアイツ、ラジオで流れたニュースで事件に気づいちまったんだもん。この村に隠すことは教えてもらっていたからな。トンネル前で会って隠し場所を聞くはずだったのに、アイツは俺に自首をするよう言ってきたんだ」

「それで、突き飛ばしたのか?」

「遅かれ早かれ殺すつもりでゴム手袋を持ち歩いていたからね。それをつけて突き飛ばしたんだ。上手い具合に靴が脱げて、良い感じに事故死に見せかけることが出来たのはラッキーだったな」

「どうして、どうしてそんなに三千万が必要だったんだよ?」

 幸也の声は震えていた。

「だって、金がないと俺はかっこよくなれないからね」

「はぁ?」

「君はさ、青春時代を無駄にしているよ」

「アンタ、何を言っているんだよ?」

「俺の青春時代は酷く醜いものだったよ。顔が不細工だったからね。だからバイトしかしてこなかった。少しずつ整形してこの顔になったんだよ。俺を褒めてくれる女の子達がチヤホヤしてくれてもう最高に気分がよかったね。女の子が選び放題だから。俺みたいなイケメンはこうやって遊んで暮らせるって気づけたよ」

「じゃあ何で姉ちゃんと結婚したんだよ!」

「三千万を見つけるためさ。怪しまれずにこの村に居続ける理由が欲しかったからだよ。じゃないと、あんな芋女と結婚するわけがないだろ。早くこの村に来たかった。だから、好きでもないブスと子供まで作って結婚にこぎ着けたんだ。大変だったよ、色んな婚活サイトでもモテモテだったのにさ、それを断って一丸村出身者を見つけたんだから。まぁ、唯一の誤算はここまで自由時間を奪われるほど農作業の手伝いをさせられることかな」

「ふざけんな!姉ちゃんは幸せそうだったのに!」

「そりゃ最高の夫を演じていたからね。むしろ感謝してほしいよ。俺みたいなイケメンと何年も結婚生活を送れたんだから」

「アンタは姉ちゃんも文雄も大事じゃねぇのかよ!」

「あんな女もガキもいらねぇよ。俺は三千万で新しい女と過ごす。さぁ、お喋りはこの辺にしよう。幸也君もここでばいばいかな」

「なっ!ここまで案内して、全てを黙認すれば俺にも手は出さない約束だろ!」

「そうだったんだけど、気が変わった。ごめんね?」

「嘘つけ!最初から殺すつもりだったな!?」

「ほんと、君は理解が早くていいね」

 まずいと感じた翔は基地から顔を出した。賢太は翔に背を向けている。翔は勢いよく飛び出して輪ゴム銃を握りしめたまま賢太の背中に突っ込んだ。

「うおっ!」

 賢太は前のめりになる。

「幸也!助けに来たよ!」

「放せ!このクソガキ!」

「うわぁあああ!」

 賢太に抱き着くように突っ込んだのはよかったが、完全に倒れさせることはできず、腕を賢太の持つ包丁で刺されてしまった。自由になった賢太は翔に包丁を向ける。

「全く盗み聞きなんてよくないよ。まぁ、君達も殺すつもりだったから丁度いいかなって、いて、いてぇ!なんだこれ!」

 基地の入り口から顔を出した勇気が輪ゴム銃を賢太の顔に向けて連射していた。

「お前もいたのか。俺の顔に何してれるんだよ」

 賢太が勇気を睨む。勇気は怯えながらも基地から出て、素早く幸也の元へ行った。

「こんなもんで俺に敵うと思っているの?」

 賢太は足元の輪ゴムを踏みつけて、包丁を投げ捨てた。そして拳銃を取り出す。

「どうしてそんなもん持っているんだよ!?」

 銃口を向けられた翔は目を見開いた。

「三千万が見つかった時、もしも何かあった時に使えるかなって思ってね。買っておいて正解だったよ。君達を殺せる。銃声が聞こえちゃうのは嫌だけど、ま、しょうがないよね」

 月明かりに照らされて見えた賢太の笑顔は狂気そのものだった。欲望に塗れたこの世で最も汚い顔だ。真夏なのに寒気がする。それに、翔は初めて銃を見た。翔は賢太の手にある物の殺傷能力を小学生の頃から何度も見てきた。映画じゃかっこいいと思ったのに、今じゃ怖くて仕方がない。その恐怖から翔は完全に固まってしまった。賢太越しに幸也と勇気が見えるが、銃を持っていると知った幸也と勇気も震えてしまって動こうとしない。

「俺らの事忘れてんじゃねぇよ!」

 もう駄目だと翔が諦めかけた時、仁の声が樹海に響いた。しかし、仁の姿はない。賢太は銃口を翔に向けたまま周りを見渡す。

「ここだよ、ばーか」

 突然現れた仁がバットを振り上げて賢太の手にあった拳銃を打ち上げた。拳銃は高く飛んでそのまま暗闇のどこかに落ちて行った。

「ちっ!どこから!」

 賢太は素早く包丁を拾おうとしたが、包丁はまたも突然現れた心太によって蹴られてしまった。

「させないよぉ!」

 そして心太はフライパンで思いっきり賢太の背中を叩いた。前のめりになった賢太はそれでも倒れなかった。

「うわぁあああああああ!」

 幸也が叫びながら賢太に頭から突っ込んだ。その勢いに負けて賢太はようやく倒れた。

「ナイス!

 仁は賢太の背中の上に乗り、近くにいた幸也にバットを渡した。そして、倒れ込む賢太の腕を背中に回す。

「いででで!」

 悲鳴を上げる賢太の腕からカシャンという音がした。

「へへっ、ツリーハウスは宝の山だったぜ」

 賢太の手首にはおもちゃの手錠がされていた。仁は賢太の背中から降りて、今度は賢太の襟を掴むと無理矢理起き上がらせた。賢太の目の前にはバットを構える幸也とフライパンを構える心太、そして微力ながら輪ゴム銃を構える翔がいる。

「畠山金大を狙ったのは、同じ小説家サークル、ショーセッカベースに所属していたからだろ。お前と畠山金大は所属していた時期が被っていた」

 勇気が心太の蹴った包丁を手に取って賢太に向けながら言うと、賢太は鼻で笑った。

「はっ、どこまで知ってんだよ」

「どうして?小説家サークルにいたってことは小説が好きだったんだろ?何でこんなことをしたのか、僕には理解できない」

「小説家にはなりたかったさ。でも、それ以上に女遊びの方が楽しかった、それだけだ」

「お前を警察に届ける。姉ちゃんは悲しむだろうけど」

「どうやって?証拠がない。むしろこの状況だと君らが捕まる」

 賢太はニヤリと笑った。勇気は焦ったように翔に耳打ちしてきた。

「確かに、コイツは自白したけど僕らしか聞いてないよ。これじゃ、証拠としては弱いんじゃないか?」

「心配ない」

 幸也がポケットに手を突っ込む。そして、取り出したそれを賢太に見せた。

『ねぇ、賢太さん。三千万も渡すし、このことは誰にも言わない。だから、真相を聞かせてよ』

『幸也君、君さぁ自分の立場わかっているのかい?君は友達の命と引き換えに俺をここに連れて来たんじゃないか。それは交換条件にはならないよ』

 それは数分前に翔と勇気が聞いた内容だった。賢太の顔色が変わる。

「何だそれは!」

「ボイスレコーダーだよ。俺達の会話は全部記録した。これって証拠になるでしょ?」

「凄い!よく思いついたな!」

「幸也すごぉい!」

 勇気と心太に褒められて幸也は照れたように笑った。

「心太が俺に預けてくれたからできたんだ。でも、発見した時の音声に上書きしちゃった。ごめん」

「そんなの全然いいよぉ!」

「残念だったな。これでお前は犯人確定だ。しかも、翔を怪我させた罪も追加される。逃げることなんてできねぇよ。心太」

「おっけぇ~」

 心太は器用に賢太の身体にロープを巻いていく。勇気も包丁を幸也に渡して手伝い始めた。翔は携帯を手に取る。

「大人の人を呼ぶね」

「あぁ、よろしく、翔」

 幸也は頷く。悔しそうに顔を歪める賢太を見てから、翔は電話をかけた。

「もしもし、怪しい人に襲われてしまって」



 数分後、森の入り口で待機していた勇気に案内された警察と一緒に迎えに来た幸子と菊蔵は縛られている賢太を見て叫んだ。しかし、翔の傷と悲しそうな顔をする幸也を見て涙を堪えながらも冷静に状況を理解しようとしていた。音声データを警察に聞かせたことで戸村賢太は逮捕された。幸子は菊蔵に抱きしめられながら泣いていた。

「幸也、ごめんな」

 翔はそれを眺めていた幸也に謝った。

「それ、何に対して?」

「色々。俺、幸也を助けられなかったし、俺らがこの村に来なかったら、その幸子さんは悲しまずに済んだだろ?」

「翔」

 幸也は翔を見た。その顔は晴れやかだった。

「俺、言ったろ?俺は真実を知りたかった。確かに姉ちゃんのあんな顔は見たくなかったけど、でも、俺はこれでいいと思う。それに」

「それに?」

「俺、皆が俺を助けてくれるって信じていたし。謝るなら俺の方だよ。ごめんな、感じ悪い態度をとって」

「何を言っているんだよ!」

 翔は勢いよく幸也を抱きしめた。

「俺、翔達に会えてよかったよ、ありがとう」

 翔は幸也の弱々しい声を聞いて、更に強く抱きしめた。翔の肩が濡れる。離れた所で見ていた仁と勇気、心太が二人を包むように抱きしめた。翔達は警察から話を聞かれるまで黙って抱きしめ合っていた。



 戸村賢太の逮捕から二日目の早朝、翔達は一丸村から去ることになった。菊蔵が村の入り口にタクシーを呼んでくれたということで、そこまで幸也が送ることになった。

「俺、殴られるかと思ったよ」

「あぁ、父さんに?」

「俺は覚悟していたぜ」

「殴られてもしょうがないことをしたんだ。仕方ないよね」

「俺もヒヤヒヤしたよぉ」

 家を出る前に、翔達は幸子達に村に来た本当の目的を話し、嘘をついたことを謝った。殴られる覚悟で頭を下げたが、幸子達は笑っていた。勿論、嘘をついたことは注意されたが、結果的に犯罪者を家から追い出すことができたのだから、むしろお礼を言いたいと幸子が笑っていったのだから、翔達も安心したように微笑んだ。

「殴らないよ。父さんは確かにおっかないけど翔達みたいな変な奴らが好きなんだ」

「変な奴ら?」

「おいおい、心外だな」

「ちょっと幸也、どういう意味?」

「俺らって変なのぉ?」

「変だろう、どう考えても。普通いないと思うぞ。冒険したくてこんな小さい村まで来る奴なんて。まだ部活とかの方が納得できる」

 聞き捨てならないといった表情の四人に幸也が笑いながら答えた。その笑顔に翔達も笑う。

「お、あれか?タクシーは」

 仁が一台の車を指さした。

「そう、父さんの飲み仲間でもある」

「お世話になりっぱなしで申し訳ないなぁ、ありがとうねぇ」

「本当だよ。ありがとう」

「文雄には悪いことしたぜ。大丈夫かな」

「大丈夫だろ、昨日あんだけ言い聞かせたし。まぁ、泣くだろうけど。たまに電話してやって」

 早朝に旅立つということで、確実に起きてこられない文雄に仁が帰ることを伝えたのは昨日の晩だった。その時の文雄は手が付けられないほど泣いて、仁の服を掴んで離さなかった。泣き疲れて眠ってしまっても仁の服を掴む手は緩まなかったので、結局仁はその服を脱いで、幸也の家に置いてきている。

「じゃあな、みんな」

 幸也が寂しそうに言った。

「うん、またな、幸也。でも、もう会えないわけじゃないぞ。連絡先を交換したんだし」

 翔が携帯を出して見せると、幸也はそうだなと笑った。

「僕だって帰ったらお母さんを説得して携帯を買ってもらうから!そしたら、僕とも電話しよう!」

「あぁ、ありがとう」

 幸也の返事に勇気は嬉しそうに微笑んだ。

「じゃあな!」

「またねぇ!」

「またな!」

「じゃ、また!」

 四人はタクシーに乗っていく。

「ありがとう!また、会おうな!絶対に!」

 幸也は大きく手を振りながら叫んだ。



 狭いタクシーの中、翔は閃いたように叫んだ。

「俺ら、ヴィレジャーズって名前どう?!」

「まさかだと思うけど、僕らの苗字が村だからとかそんな理由じゃないよね?」

 助手席に座る勇気が呆れたように翔を見た。

「そのまさか!」

「安易だな」

「さすが翔だねぇ」

 目を輝かせる翔に左右から仁と心太が寄りかかる。

「えー!幸也は賛成してくれると思うぜ!」

 その後、家に帰り幸也にそのことを伝えると仁と同じ答えが返ってきたことを、翔はまだ知らない。


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ヴィレジャーズ 最高の夏休み計画 小林六話 @aleale_neko_397

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