私とキミは天使か悪魔か

小林六話

私とキミは天使か悪魔か

 聖なる女学院、アンゲルス学院は天使が住む学院と有名な女子高である。全寮制で娯楽のない厳しい校則を守り、常に品の良い生徒もまた天使のように麗しい。その柔らかな笑顔と上品な佇まいは歴史に登場してきた貴族の娘が、そのまま現代に来たのではないかと思われるほどだった。また、彼女たちが住まう寮は、彼女たちが所持するカードキーを使用しない限り、一切外部からの侵入を許さない場所で、そこからもどこか神秘的なものを感じてしまうのがこの学院の特徴である。

 そんなアンゲルス学院には昔から語り継がれている噂がある。中庭にある天使像の右親指を磨くと天使が現れ、名前を与えると願いを叶えてくれるという噂だ。それは娯楽を制限された生徒の間で流行り、現在も天使像の親指は輝いている。未だに自身の願いのために指を磨く生徒がいるということだ。その噂の中心である天使像は学院の設立者が想像で造らせたこの世に一つしかない天使である。容貌は星型の瞳をした幼い少年で、彼の髪の毛は全て編み込まれていた。学院長曰く、瞳の星は空に輝く希望の一番星、編み込まれた髪はこれから出会う人々との約束の証であり、果たした数だけ三つ編みがあるという。この天使像は学院の象徴であり、守り神であり、生徒の支えであった。いつも可愛らしい幼い顔で学園を見守り、生徒達から愛されている。

「あー、つまらないわ」

 図書館で百合園麗奈ゆりぞのれいなは呟いた。そして、小さく舌打ちをする。世のイメージである美しく上品な生徒とは思えない。

「あら?麗奈さん、どうかされたの?」

 彼女のクラスメイト、花ケ崎絵美子はながさきえみこは名前の通り、花が咲いたように微笑んだ。

「最近、面白いことがないのよ。つまらなすぎて死にそうだわ」

 麗奈は口を尖らせた。

「うふふ、麗奈さんは活発だからそう思うのかもしれないわね。でも、優雅に詩集を楽しんだり、音楽を聴きながらお茶をするのも悪くないのよ」

「それはお嬢様のやることね。私がやることじゃないわ」

 麗奈がうんざりとした表情で言うが、絵美子は微笑んだまま続けた。

「今夜、私の部屋で編み物を日葵ひまりさんとやるのだけれど、麗奈さんもどうかしら?」

「編み物?どうしていきなり」

「日葵さんに教えてほしいと言われたのよ。きっとお友達にプレゼントするのね。手作りをプレゼントするなんて素敵だわ」

「あぁ、なるほどね」

「麗奈さんもいらっしゃる?」

「いいえ、遠慮しておくわ」

「あら、残念。でも、いつでもいらっしゃっていいのよ。歓迎するから」

「ありがとう。興味が出たらお邪魔するわ。出ないと思うけど」

「えぇ、それでもいいのよ。そうしたら、別のことを今度一緒にやりましょう?私は麗奈さんとお話するの、好きよ」

「・・・・・わかった」

 また、穏やかに微笑まれ、麗奈の毒気が抜かれていく。



 麗奈は百合園宝石の一人娘だ。宝石を扱わせたら右に出るものはいないと有名な百合園宝石は宝石業界で最も成功していると言われている。麗奈の母親、百合園麗華ゆりぞのれいかは常に宝石を身に着け、上品に生きており、娘にそれを強いていた。しかし、お嬢様らしく、麗しく生きることは麗奈にとっては苦痛でしかなかった。このアンゲルス学院に入学させられた時は本当に母親を恨んだものだ。ここでは食べ歩きも自撮りもプリクラというものもできない。麗奈は紅茶と共にだされるフランスで有名な洋菓子よりも、駅前で流行っているクレープが食べたいのだ。

「だから、貴方を磨いているのよ」

 麗奈は天使像の前にいた。そして天使像の右親指を磨く。麗奈の願いはこのつまらない生活からの解放である。麗奈はこの学院が嫌いだった。しかし、よく話しかけてくれる絵美子は好きだ。他の生徒とは違って、お嬢様らしいことを嫌う麗奈を気にかけてくれる。禁止されている少々下世話な話も、夜には没収されてしまう携帯で調べた若者の流行も馬鹿にせず、微笑みながら聞いてくれる唯一の友達だった。彼女がいるから麗奈はこの学院にいると言っても過言ではない。それでも、麗奈はこの学院、そして百合園宝石から解放されたかった。

「お願いだから、私の前に来て」

 磨き終えた麗奈はそう言って自室に戻った。天使像は笑っているだけだった。



 身体を揺すられて、麗奈は目を覚ました。目を開けると星型の瞳と目が合う。綺麗な金色だった。麗奈の頬に瞳と同じ金色の三つ編みが触れる。そのくすぐったさに麗奈の意識が徐々に起きだした。

「おはよう、麗奈」

 少年は微笑んだ。麗奈は目を見開く。天使像がいるのだ。

「・・・・・・・・・え、天使像?」

「そう。僕の指を磨いてくれたでしょ?」

「うそ、信じられない」

 起き上がって、少年から距離をとる麗奈に少年は不満そうな顔をした。

「それいつも言われるよ。人間ってどうして僕の事を呼ぶくせに、出てきたら嘘とか言うの?わざわざ指を磨くなんて面倒なことまでしているのにさ」

「だって信じられないからよ」

「信じなよ。噂は知っているんでしょ?」

「夢じゃないの?」

「そう言っている時点でもう夢じゃないじゃん。場合によっては受け入れた方が物事は円滑に進むって思わないの?この場合、受け入れた方が麗奈にとって都合がいいんじゃないの?」

 少年は頬を膨らませる。天使像のご立腹な姿に麗奈は冷静さを取り戻した。

「そう・・・ね、わかった、受け入れる」

「よろしい」

 今度は満足そうに微笑んだ少年を麗奈は観察する。天使像の姿そのままだ。羽根はないが、若干浮いている。更に光っている。見たことはないが、本物の天使なのかもしれない。麗奈はそう思った。

「噂は本当だったのね・・・なら、名前をあげないと」

「名前はあるよ。皆は僕をキミって呼んでいる。これは噂にないの?」

「えっ、名前あるの?まぁ、いいわ。噂だもの、間違った情報があっても驚かないわ。それよりも願い事をしないと」

 麗奈が顔を明るくさせた時、甲高い悲鳴が聞こえた。驚いた麗奈はネグリジェのまま部屋を出た。廊下には麗奈のようにネグリジェのままの生徒達が集まっている。生徒の間を縫うように進むと、青ざめた顔をした絵美子がいた。そして、彼女の足元には血だらけの生徒が倒れていた。麗奈の足は震えだし、そのまま座り込んでしまった。悲鳴を聞いて駆け付けた寮長が警察を呼ぶまで麗奈の思考は停止していた。




 麗奈は混乱で泣いている絵美子の背中を擦っている。しかし、生まれて初めて死体を見た麗奈も混乱していた。遺体となって発見されたのは九条くじょう日葵、絵美子と編み物をする約束をしていた生徒だった。日葵は廊下で倒れていて、日課で花壇に水やりをしている絵美子が第一発見者だった。死因は刃物で何度も刺されたことによる失血死で死亡推定時刻は深夜一時から二時程とされている。殺人に使われた凶器や、遺体から判明した犯行の際に叫ばれないように口に詰めたとされるタオルのようなものは見つかっていない。寮内には監視カメラがないため、最後に日葵の姿を見た絵美子は事情聴取を受けることとなった。しかし、パニックで泣いてしまっているため、絵美子の希望で麗奈が付き添っていた。

「最後に見たといっても・・・この寮の就寝時刻は十二時です。その時間になったら、寮中の電気は強制的に消えますわ。日葵さんとは十一時半にはもう別れましたの。その後は私もすぐに眠りましたので、何も分かりませんわ」

 涙を拭いながら絵美子は警察の質問に答えていく。規則正しい生活をさせるため、十二時ちょうどに寮の電気が全て消えてしまうのは事実だ。そこも麗奈にとっては気に入らない点である。

「九条日葵さんが誰かに恨まれていたとか、そういうのはありましたか?」

「いいえ、日葵さんは明るくて上品で素敵な方でしたわ。文武両道で生徒からも人気がありましたの。恨まれているなんてありえませんわ」

「君はどう?」

「絵美子さんの言う通りです。日葵さんは模範的な生徒でした」

 麗奈の答えに刑事は難しそうな顔をした。どうやら刑事は絵美子を疑っているようだ。絵美子は第一発見者であり、日葵のことを見た最後の人物だ。疑われないわけはないが、麗奈には信じられなかった。絵美子も日葵のように模範的な生徒で、穏やかな生徒だ。百合園宝石よりも財力のある由緒正しい家柄のお嬢様で心の余裕が人よりあった絵美子はアンゲルス学院の聖母と言われていた。そんな彼女が人殺しなんてするはずない。それは麗奈だけでなく、他の生徒も同じ意見のようで、刑事は絵美子の人望に驚いていた。それでも、疑いは晴れず、麗奈は拳を握りしめた。

「キミ!キミ!」

 刑事から解放され、絵美子と別れた麗奈は部屋で叫んだ。殺人事件が起こってしまったため、授業は全て自室での自習となった。

「なぁに?麗奈」

「犯人を見つけ出すわ。絵美子さんの無実を晴らすの。これが願いよ」

「見つけるってどうやって?」

「アンタが願いを叶えてくれたら一発じゃない?」

「そうだけど、花ケ崎絵美子の無実を証明するだけでいいの?真犯人は?見つけなくていいの?」

「真犯人、それは見つけないといけないわね」

「でも、その願いじゃそれは叶えられないよ?麗奈、願い事は一つだよ。その願いが本当に麗奈のためになるのか、よく考えた方がいいよ」

 諭すように言われた麗奈は腕を組む。

「確かにそうね。真犯人を見つけないと絵美子さんを完璧に救うことは難しいかもしれない。まずは自分で推理することが必要だわ」

 麗奈はノートを広げる。

「推理するって何をするの?」

「まずは、そうね。何をしたらいいんだろう?」

「えー、わかんないの?」

「うるさいわね、初めてなんだもん。とりあえず、絵美子さんが犯人じゃない証拠が欲しいわね」

 麗奈は腕を組んで考える。

「そうだわ、情報は情報屋に聞くのよ」

「情報屋?」

「そう。この学院の情報全てを知っている情報屋よ。着いてきて」

 麗奈はドアを開けて、注意深く辺りを見渡すと部屋を出た。



 眼鏡の少女は足を組んで、手を出した。

「タダではあげないわ」

 姫井杏子ひめいももこは学院一の秀才であり、アンゲルス学院の裏番長のような存在だ。隠し持った電子機器は秀才の皮で教師から信頼されているため、没収されることはない。アンゲルス学院の闇だと麗奈は陰で呼んでいる。しかし、麗奈にとって情報で荒稼ぎする彼女は少し羨ましくもあった。退屈な学院生活を刺激で染めている杏子とは友達になりたいようで、なりたくない。

「お金なら用意した。教えて欲しいのは絵美子さんの無実を証明する情報よ」

「いいわ。いくらくれるの?」

「十万でどう?これなら有力な情報をくれるでしょ?」

「そうね、いいわ。良い情報をあげる。待ってて」

 杏子はパソコンに向き合う。

「聖なるアンゲルス学院とは思えないやり取りだね」

 キミは信じられないといった表情で麗奈に近づく。

「お嬢様と不良は紙一重なのよ」

「ふーん」

 キミは納得のいかない顔で宙に浮いた。

「独り言が独特なのね」

 杏子が紙資料を麗奈に渡した。

「情報はそこに書いてあるわ。読んで」

「ここで読んでもいい?」

「いいわよ。それ以上の情報を望むなら追加料金を貰うわ」

 麗奈は資料を読む。

「・・・・・待って、日葵さんに恋人がいたの?この学院、男女交際は禁止のはずよ」

「そうよ。大森達彦おおもりたつひこ、最近赴任してきた教師ね」

「でも、大森先生は私達の学年担当じゃないわ。いつの間に恋人になったのよ」

「知らないの?大森達彦は九条日葵が所属しているテニス部の顧問よ。恋人になる瞬間はいくらでもあったはずだわ。それに、彼らは密会もよくしているのよ。大森達彦は最近深夜まで残業していることがあるみたいだし、九条日葵はその僅かな時間で密会していたようね」

「これは大きな情報だわ。日葵さんは絵美子さんと別れた後、大森先生と密会していた可能性があるってことね。もし密会していれば最後に日葵さんに会ったのは大森先生だわ」

「そうなるわね。その情報も調べられるけど、どうする?」

「確定的なの?」

「私を舐めないでほしいわ。この学院内と寮にはね、私が個人で設置した隠しカメラがいくつもあるのよ」

「盗撮じゃない、それ。警察にバレたら大変じゃない?」

「大丈夫よ。人気のない所ばかりにつけているから。人気のない場所は密会の場所になりがちなのよ。弱みが簡単に手に入るわ」

「あっそ。まぁ、いいわ。いくらで売ってくれるの?」

「そうねぇ、もう十万かしら?」

「わかった。ママに話しておく。ツケでお願い」

「いいわ。書面にサインして」

 麗奈は言われた通りにサインすると、杏子はパソコンを操作し始めた。

「これが寮の裏、職員用駐車場付近の映像よ。拡大すると、ここに人影があるわ。大森達彦と九条日葵、ね?」

「そうね。でも、問題があるわ」

「この寮で九条日葵が死んでいたことでしょ?」

「うん。この寮はカードキーがないと入れないから、日葵さんが先生と一緒に部屋に入ったとしても、殺害した後、どうやって外に出たの?」

「そんなこと、私は知らないわよ。貴方が調べるんでしょ?」

「・・・・・そうね。とにかく、情報ありがとう」

「いいのよ。ふふふ、今日は儲かったわ。この後も儲かる予定があるの。場合によっては驚くほどの金額が手に入るわ」

 杏子はにんまりと笑った。



 麗奈は部屋に戻ってアンゲルス学院の地図を描きだした。

「全く呆れちゃうよ。今後磨かれてもあの子の願いは叶えてあげないんだから」

 キミは頬を膨らませて浮いている。

「キミも手伝ってよ、考えるの」

「いいけど、僕は麗奈との約束を守るのが仕事だから」

「それが今・・・って、そういえば、キミは何で私の名前を知っているの?」

「え、だって麗奈さんって呼ばれているでしょ?」

「まぁ、そうね。ねぇ、犯人は大森先生だと思う?」

「思わない」

「じゃあ、絵美子さん?」

「ううん」

「じゃあ、誰なのよ?」

「うーん、自殺とか?」

「はぁ?刑事さんの話聞いていた?日葵さんは刃物に刺されたのよ?」

「自分で刺すこともできるじゃん」

「凶器は見つかっていないじゃない」

「日葵さんが隠したのかも」

「キミ、本気で言っている?」

「うん」

「はぁ、願い叶える気ないの?」

「あるよ」

「もういいわ。邪魔しないで」

 麗奈は作業をしながら杏子の事を思い出した。杏子はこの後、もう一人、誰か訪ねてくるようなことを言っていた。

「私以外にも絵美子さんの無罪を晴らしたい人でもいるとか?」

 初耳だったが、隠しカメラまで使っているとは驚いた。今後は彼女に隠し事はできないだろう。



 気が付けば朝だった。麗奈は犯人を考えている最中に机に伏して眠ってしまったようだった。

「おはよ。気分はどう?」

「最悪よ、ベッドで寝たかった」

「だよねぇ、でもベッドで寝たら違和感があるでしょ?」

「意味わかんない。眠いし」

「じゃあ、目を覚ます情報をあげるよ。もちろんタダで」

「なに?」

「姫井杏子の遺体が廊下で発見されたよ。第一発見者はまたしても花ケ崎絵美子」

「えぇ!?」

 麗奈は部屋を飛び出した。



 またしても被害者がでた。麗奈にとっては強力な味方だった杏子は日葵と同じ方法で殺されていた。日葵と違う点は、杏子は秀才であったが、模範的な生徒ではなかったということだった。つまり彼女に恨みがある人間はいた可能性があるのだ。杏子の部屋を調べた警察は杏子の悪行のわかる物を見つけて呆れたという。杏子の部屋からわかったことは、麗奈の後に訪れた人物は絵美子であったことだ。自身の無実を晴らすために、何か策はないかと裏番長の杏子を訪ねたという。その結果、多額の謝礼を条件に杏子は誰もいない深夜を見計らって大胆にも廊下に隠しカメラを仕掛けようとしたところ、殺されたとのことだ。その証拠に杏子の手には隠しカメラがあった。この事実で絵美子に対する疑いが強くなった。しかし、警察には絵美子の動機がわからなかった。加えて証拠もない。何度も絵美子の部屋を調べるが凶器やタオルどころか被害者の血が付いた衣類も見つからなかった。勿論、麗奈含めた他の生徒の部屋も調べられたが、何も見つからなかった。また、警察は杏子の部屋で見つけた情報から大森達彦も疑った。それでも花ケ崎絵美子の疑いの方が強かった。なぜなら、大森達彦は生徒と男女の関係になったことで学院を追い出されたが、ただの教員である彼には寮を出入りする術がなかったからだ。それなら寮長などの寮で働いているスタッフはどうかと警察は調べたが、アリバイがあったこと、寮長の部屋からも何も見つからなかったことで捜査は進展していない。

「わからないわ。犯人は誰なの?」

 情報屋の亡き今、警察にバレない様に集められるだけ情報を聞き集めた麗奈は頭を抱える。証拠も何もない。髪の毛一本、指紋もない。唯一設置されている入り口の監視カメラにも怪しい人物の姿もない。幽霊に殺されたのではないか。この学院に住む悪霊の仕業なのではないか。そんな噂も流れ始めている。生徒の中には花ケ崎絵美子を疑っている生徒も出てきてしまった。

「ねぇ、キミは魔法とか使えないの?」

「使えるよ」

「使ってよ」

「使っているよ?」

「本当に?犯人は誰?」

「わかんない」

「もう何なのよ、本当に天使なの?」

 麗奈は溜息をついた。



 翌日に殺されたのは琴森華鈴こともりかりんだった。死因も第一発見者も何もかも九条日葵、姫井杏子と同じだった。自身の精神を安定させるために絵美子は日課をやめなかったのだ。そのせいで、またしても絵美子は第一発見者なってしまったのだ。

「犯人はまだわからないの?」

 キミが麗奈の顔を覗く。

「貴方が魔法を使えばすぐにわかるのにね」

「使っているってば」

「嘘つかないで。何も叶ってないのよ」

「やっぱり花ケ崎絵美子なの?」

「まぁ、疑われているのはね」

「どうして、今回の被害者は部屋から出たんだろうね」

「それはもうわかっているらしいわ。生徒達が話していたのを聞いたの」

 大森達彦は酷い男だった。九条日葵以外の生徒とも関係を持っていたのだ。大森に心底惚れていた琴森華鈴は追い出された大森のことが忘れられず、隠し持っていた携帯で大森と連絡を取り、密会していたようだ。

「どうして、それがわかったの?」

「日記に書いてあったんですって」

「ふーん」

「大森達彦が犯人だとしても、寮に入る術を見つけないと確定できないのよ」

「カードキーを盗んだのかも」

「それはないわ。警察もそう考えて生徒だけでなく、寮関係者のカードキーの有無、スペアキーの有無まで確認したけどなくなっていなかったのよ。指紋だって調べたらしいわ」

「合鍵みたいに作ったのかもしれないよ?九条日葵とか琴森華鈴とか恋人に言えば貸してくれるかもしれないじゃん」

「大森達彦の家や車、職員室の机等の彼に関係する場所は日葵さんとの関係がバレた後、徹底的に調べて出てこなかったのよ。琴森華鈴が殺されたのはその後よ。しかも、密会はいつも外だから、カードキーは所持していないと考えられているわ」

「窓は?」

「外部の人間が侵入できないように一階に開けることが出来る窓はないわ。二階の窓に飛び移れないように、寮の周りにはそれほど高い木もない」

「監視カメラは?」

「寮の入り口に設置されている一台だけよ。そこに大森達彦が映っていないから困っているのよ」

「どうして寮内にもカメラを設置しないんだよぉ」

「設立してから今まで事件も何も起こっていなかったからよ」

「ふーん」

 キミは杏子の残した紙資料を読み始めた。麗奈もベッドに寝転んで考える。考えてみればこの学院の寮は外からの敵は犯罪しにくいものの、内の人間からしたら危機感のない、犯罪しやすい場所であるようだ。監視カメラでもあればこの事件は即解決したかもしれないのだ。絵美子の無罪の証明もできただろうにと、麗奈は舌打ちをする。コンコンッ。突然のノックに麗奈は起き上がった。

「どうぞ」

「麗奈さん、いいかしら?」

 入ってきたのは絵美子だった。疲れ切った顔をしており、聖母の面影がない。麗奈の胸が痛む。絵美子は微笑みながら麗奈の隣に座った。その笑みは無理をしているように感じる。

「もう、誰も信用してくれないの。皆が私を犯人だと言うの」

「安心して。絵美子さんを私は信じているわ。必ずこの悪夢から解放してあげる」

「ありがとう、ありがとう、麗奈さん」

 絵美子は涙を流した。そんな絵美子を麗奈は抱きしめた。



 泣いて少し楽になったのか、絵美子は穏やかに微笑んで麗奈の部屋から出て行った。

「ねぇ、キミ。魔法使ってよ」

「うん?」

「犯人を見つけたいの」

「随分と花ケ崎絵美子を救おうとするね」

「私も驚いている。私は自分が思っているよりもずっと聖母に執着していたようね」

「麗奈にとって花ケ崎絵美子は絶対的な存在なんだね」

「そうよ。だから、真犯人を見つけて」

「でも、麗奈は本当にそれでいいの?この学院から解放されたくて、僕の指を磨いてくれたんじゃなかったの?」

「そうだけど、絵美子さんは私のこと気にかけてくれた聖母のような人だから、あの人を助けたい。この学院から飛び出す方法なんていくらでもあるわよ。自力で何とかする」

「じゃあ、望みを変える?」

「私の望みは犯人を見つけることだったはずよ」

「そっか。わかったよ。叶えてあげる。花ケ崎絵美子を悪夢から解放するんでしょ?」

「うん」

「明日になれば犯人が見つかる。花ケ崎絵美子は悪夢から解放される」

「ありがとう」

 麗奈は嬉しそうに笑った。



 翌日、寮長によって新たな遺体が見つかった。殺されたのは花ケ崎絵美子だった。今回の犯人は直ぐに捕まった。何故なら、犯人は花ケ崎絵美子の隣で発狂していたからだ。

「悪魔だ」

 しばらく叫んだ犯人はそう呟いてピタリと止まった。そしてそのまま倒れてしまった。



 アンゲルス学院連続殺人事件を担当している刑事、進原秀信すすみはらひでのぶは狂気の笑みを浮かべている犯人を見つめた。

「百合園麗奈」

 麗奈は笑っているだけで何も答えない。

「お前の部屋からは九条日葵、姫井杏子、琴森華鈴の血が付いた凶器や衣類、口を塞ぐために使用したタオルが見つかった。以前、君の部屋を調べた時には見つけられなかったものが今になって出てきたんだ。全く不思議なもんだ」

 麗奈は笑ったままだ。

「何故、殺した?」

 麗奈は答えない。進原は溜息をついて資料を広げた。

「・・・・君はとてもややこしい人間だったんだな」

 進原は笑ったままの麗奈を不気味に思いながらも話を続ける。

「君は謎すぎる。一つだけわかるとすれば、君は日々のストレスから深夜に寮を彷徨って無差別殺人鬼となってしまった。しかも、もう一人の彼女には記憶がないということだ」

 麗奈はニヤニヤと聞いている。

「今までも深夜になると寮内を彷徨っていたようだが、誰もいなかったため殺すことはなかった。しかし、最近赴任してきた大森達彦によって九条日葵のように密会をする生徒が出てきてしまった。そして、九条日葵や琴森華鈴は運悪く君と出会ってしまい、襲われたんだ。次に襲われた情報屋の姫井杏子は犯人を見つけるために隠しカメラを廊下に仕掛けようとして君に出会ってしまった。最後の被害者、花ケ崎絵美子は自分の力で犯人を捕まえようとしたのだろう。やはり、君に出会い殺された」

 麗奈は顔色を変えない。笑ったままだ。口角が異様に吊り上がっている。

「君じゃない百合園麗奈は花ケ崎絵美子の無実を晴らすために頑張っていたようだね」

 その言葉に初めて麗奈の顔が変わった。悲しそうに顔を歪めている。

「どうした?」

「憐れんでいる」

 逮捕されてから初めて話した彼女の声は普段の彼女と変わらない声なのに、どこか無機質でゾッとする。

「余計なことをしなければ、花ケ崎絵美子は殺されなかったのに」

「どういうことだ?」

「私はコイツの言う通りにしてやっただけのこと」

「何を望んだって言うんだ」

「解放」

「解放?」

「聖母を悪夢から救うことだ。望み通り、容疑者と疑われる苦しみから解放してやった。もう奴が疑われることはない」

「・・・・・お前は悪魔か」

「何を言うか。ちゃんと私の願いも叶えてやった」

「お前の願いだと?人を殺すことか?」

「違う。もっと可愛らしいものだ」

「可愛らしいもの?」

「アンゲルス学院からの解放」

「百合園麗奈が望んでいたのか」

「ほら、ちゃんと叶っただろう?両方叶ったじゃないか」

 麗奈は俯き、肩を震わせた。

「おい、どうしたんだ?」

 麗奈は下を向いてブツブツと呟いている。その様子に進原はゾッとした。

「違う、違うわ。私が望んでいたのはこんなんじゃないのよ。そう、こんなんじゃないよなぁ。私は絵美子さんを生きたまま救って、学院から解放されたかったのよ。知っているさ、しかしこれが私のやり方だ。違うわよ、これじゃぁ、解放されていないわ。そうかもしれないな。また縛られてしまうなぁ。そんなの駄目よ、駄目・・・・磨かなきゃ、磨くのか?やり直さなきゃ。やり直すのか?望まなきゃ。望むのか?もう一度、会わなきゃ。もう一度天使に会わないとなぁ」

 顔を上げた麗奈は腕を掻きむしりながら、誰かを嘲笑うように涙を流しながら笑っていた。その笑顔は進原には狂気にしか見えなかった。

「キミは私の悪魔よ。いや、私の天使だ」



「やぁ、僕に名前をくれたら君の願いを叶えてあげるよ。君は誰だい?」


「私は百合園麗奈、君はキミ。私の願いは・・・・」




「これから私が犯す罪を全て消してくれ」


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