後編

「実行犯にはさ、実行可能であることと、その動機が必要なんだ」


 学校からの帰路、並んで歩く水明みずあきが話しだす。


「それで、犯人は私だって言いたいの?」

「犯人なんて言うつもりはないぞ? ただ二つの条件に該当するのが僕と葉子だけでさ、僕は自分がやってないって知ってるから、消去法で葉子ってことになる」

「実行可能ってのは、他にもいるんじゃないかな?」

「いないこともないけど、僕らが7時半に集合することを知っている人が条件になる。一年生と二年生が休み、あまり早い時間だと鍵開けの先生に見咎められる。みんなが普通に登校するのは8時ころなんだから、こっそり行動するにしても7時半より前ってのは考えづらい」

「まあ、そうだね」

「でも実際は7時25分までにチョコは置かれていた。もし先生に見られても言い訳ができる生徒は、昨日遅くまで残っていた僕らだ。終わらなかったから早く来ましたと言えば済むからね」

「なるほど、実際その通りだもんね」

「葉子が下駄箱に現れたのは、チョコを置いた後。一、二年の校舎を周って、向こうの下駄箱から外に出て回り込んだんだ」

「なんのために?」

「そこで動機ってやつ。言った通り、葉子はみんなに感謝の気持ちを伝えたかった。でも、面と向かってそれをするのは恥ずかしかった。どっちかって言うと引っ込み思案な葉子にそんな陽キャっぽいやり方は似合わないしな」

「陰キャで悪うございますね」

「で、どうかな? 僕の推理は」

「降伏します。参りました。降参です」

「まったく。想いはちゃんと伝えなくちゃだめだろうが」


 水明みずあきは苦笑しながら微笑みを向ける。


「だって恥ずかしかったし……でもありがと。二人からってことにしてくれて」

「まあ、これで推理が外れてたら、置いてくれた人物の想いを横取りしてたところだけどな」 

「横取りか……」

「お、雨が降ってきたぞ」


 いそいそと折り畳み傘を開きだす彼に、私の呟きは聞こえていない。

 小さな横取りに成功した、私の真意は気付いていない。


「どうでもいいけどさ、時間、大丈夫なの?」

「あ、そうだな、それじゃまた明日な。って、葉子おまえ傘は?」

「予報じゃ雪って言ってたから持ってこなかった」

「雪でも傘は用意しとけって。まいいや、ほれ、貸しとく」


 黒い傘を差しだされる。


「いいってば」

「僕は大丈夫。瑞佳みずかが持ってるだろうしさ」

「……分かった。借りておく。ありがと」


 なんとか、笑って受け取った。

 水明みずあきは、じゃあなと走り去り、やがて見えなくなった。


 確かに、彼の言う通りチョコを置いたのは私だけど、彼の推理には一つだけ間違いがある。

 動機が、違うんだ。


 幼稚園からずっと水明みずあきは隣にいた。

 特に、高校三年間はとても楽しかった。

 中学まで一緒だった瑞佳みずかは別の高校に進み、幼馴染だった三人のバランスが変わったことも楽しかった一因だ。

 そんな楽しい三年間だったから、共に過ごしたクラスメイトに対する感謝はあった。

 でも、私はそんなことはどうでもよかった。


 今年こそは、水明みずあきに本命チョコを渡そう。

 そればかり考えていた。

 それなのに。


『僕、瑞佳みずかと付き合うことになったんだ』


 数日前、彼が恥ずかしそうに笑いながら告げた話は、私が築いてきた思い出と、描いていた未来を一瞬で破壊した。

 ずっと仲良しだった三人だけど、この三年間、水明みずあきと一緒にいたのは私だったはずなのに。

 瑞佳みずかを選んだ彼は、私と瑞佳みずかが、彼のことを想って牽制しあっていたことも知らないだろう。


 分かってる。

 私が動かなかったせいだ。

 関係を壊すのが怖くて、想いを伝えられなかった臆病な私の、自業自得だ。


 だからせめて、私のチョコを一番に食べてほしかった。

 普通に渡せば、彼はきっと大事に仕舞ってしまう。

 そして、瑞佳みずかと会った彼は、どちらのチョコを優先するだろうか。

 ひょっとしたら、瑞佳みずかのチョコは二人で一緒に食べるかもしれない。

 考えれば考えるほど、二人の笑顔ばかり思い浮かんで、私は堪らなかった。


 それに、伝えられなかった私の気持ちをなんとかしたかった。

 たとえ十数年積み上げた想いでも、無駄になったのなら、それを壊してほしかった。他でもない水明みずあきに、軽く乱暴に扱ってもらいたかった。


 だから葉を森に隠すように、私の想いを30個のチョコに分けた。

 それはクラスのみんなへの感謝じゃない、ただのカモフラージュ。


 そして、彼に確実に食べてもらえるように策を練ったんだ。

 瑞佳みずかが本命の彼と過ごす最初のバレンタインデー。

 水明みずあきがこの日に食べる最初のチョコ。

 その機会を、横取りできた。


 それと引き換えに、私の想いは孵化する前に砕けて消えた。

 彼は私の想いが詰まったチョコを、無造作に、軽々しく、味わうこともなく、ただ咀嚼して嚥下した。

 きっと水明みずあきは、そのチョコのことなんか覚えていない。

 彼にとっても、それは1/30のチョコに過ぎないのだから。



 私は差していた傘を畳む。

 葉を森に隠すように。

 涙を雨に隠すように。


 でも、いつの間にか雨は細かな雪に変わっていた。

 風で煽られた雪は、濡れた私の頬に落ちてくれない。





―― 了 ――

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葉は森に、涙は雨に K-enterprise @wanmoo

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