これが恋とか知らないし

けなこ

I don't know about love

中学3年の僕。

僕らは、青春真っ只中…なんだろうか?

まぁ、そうなんだろうな。


どこにでもいるような中学3年生男子、神津こうず 海斗かいと(15歳)は青春時代の真っ只中でありながら、既にどこか人生を諦めた気持ちが大きく押し寄せ、それに飲み込まれそうになっていた。

そんな中、親友とも言える友達が恋だの推しだのと保健室の先生の事を毎日毎日語り始めた。

一方通行の恋こそ青春であるのだろうけど…不毛な恋に時間を取られている親友、とそれを聞く俺。…例えそんな話を聞くような心境じゃなくても。



「おい、海斗。今日は保健室行かないのかよ?俺が付き添ってやるぞ?」


「ぁー…あの先生、カルシウム摂取しろだの勉強しろだのうるさいから…って俺と一緒じゃなくてお前ひとりで行けよっ」


「えー!だってーひとりじゃ緊張しちゃうしー。用事があるわけじゃないしー。海斗がいた方が行く理由になるし長くいれるんだもーん」



4時間目の体育が始まる前、体操服に着替える為に上半身裸になりTシャツに腕を通す本田ほんだ 廉伸やすのりがその親友と言える友達で。

廉伸はいつものふざけた様子。その上半身は俺と同じサッカー馬鹿な身体だけあって鍛えられ引き締まっているけど…まぁ俺の方がいい身体していると思う。


「はぁ……今日は少し体育参加出来るかと思ったんだけど、やっぱり膝が痛いから見学だな。というか保健室だな」


「おっ、そうだよ、素直に保健室行ってこいよ。で、俺が迎えにいくから先生と待ってろよ?」


「…それはどうか分からないけど…お前、ちょっとは俺の膝を心配しろよ」


「あっああ、早く治るといいなっ。お前の脳みそはもう勉強を諦めてしまったから、俺と一緒にサッカーして次の大会を勝ち進んで…って来月の大会、間に合うか?」


今までずっとサッカーだけをしてきたし、クラブユースに進まなくても高校受験をサッカー推薦で学力テストをパスし、高校でもサッカーだけ出来ると思っていた。

そんな人生を甘くみていた受験生の俺に、俺の膝がブレーキをかけた。

以前からいつも膝の痛みを抱えていて、成長痛・使い過ぎ…多少の痛みは当たり前だと考えて自分の身体の事も甘く見ていた俺。

ある日病院へ行ったら膝の皿や関節がおかしくなっていて、手術しないといけない程悪い状態だと分かった。

すぐに手術をして回復に進んではいるものの完璧に治る可能性は100%ではない。

これからの大会に出れず結果が出せないかも知れない俺。そんな俺が、行きたい高校へ進学するには諦めていた勉強で受験に挑まなきゃならないのに勉強は簡単ではないし、やる気スイッチもなかなか入らない。


「…ぁー、間に合うとは思うけど、監督が使ってくれるかどうか…んで、模試もあるし、勉強もしなきゃなんだよなぁ…」


「もし?!も、し?ってテストの模試か?そっ、そっかー…俺ら受験生だもんなー…」


同じ中学ユースに所属していて監督にも気に入られている廉伸は、サッカーが出来ない高校へ入学してもクラブチームでサッカーを確実に出来るはずだから、俺が模試を受ける状況な事や膝の状況や俺の心情を瞬時に汲み取ってくれたんだろう。

チャイムが鳴り、慌ててグラウンドへ向かうクラスの仲間達の後を寂しげにトボトボとついていった。

俺は着替えようと途中まで出した体操服を仕舞い、制服で保健室へと向かった。

膝を庇った歩き方は、きっと廉伸よりもトボトボ弱々しくて、誰かに見られてたら同情される。もしくはサッカーだけしてるからそんな目に遭うんだと嘲笑われるかのどちらかなんだろう。そんなヤツがいても、その通りだから俺はただただ惨めになるだけなんだろうな…


「神津くん!」


俺の惨めな背中から声をかけてきて、白衣をなびかせながら隣へ走ってきた人物。息を切らしているこの人物こそ保健室の先生で、廉伸が好意を寄せている人物だ。


持月もちづき先生…どうしたんですか?」


「間に合ったー!

いや、神津君が保健室来るかも知れないのに、今、保健室鍵閉めちゃってるから…」


「あー、はい、今向かってるところで」


「だよね。だから、間に合った、良かった」


「…どうも」


「はぁー…久しぶりに走っちゃった」


「運動不足ですね」


「うるさいッ。いいんですよ健康だからッ」


そう言って俺の隣を歩きだした持月先生は、少しフラフラした様子だ。


「…健康…さすが保健の先生」


「そうだよー!まぁ健康の為にッ運動は必要ですけどねッ」


「…じゃあ運動不足ダメじゃないですか。

俺だって腕とか腹筋は今まで通りトレーニングしてますし…あ、こんなトボトボ歩いてるのは今だけですからね?いつもは…」


「いつもは、誰よりも姿勢いいよねッ。歩き方とかッ立ち方とかッ。体幹がズバ抜けてるのが分かるしーッ姿勢が良いからスタイルも含めホントカッコ良…ってどこまで言わすの!」


「いや、言わせたつもりは無いすけど…」


この先生は少し天然気味なんだろうか。

他の先生と何処か違って話しやすい持月先生。それでもいつもはこんな話しないのに、今日はフラフラと歩いて体力ギリギリな様子だからか、思考回路も語彙力もギリギリな様子。そんなギリギリで話してくれた言葉に、俺はこんなにも救われている。

同情されるでもなく、嘲笑わられるでもなく、褒められるとこんなに嬉しいとは…


トボトボと歩く俺の隣で、フラフラした歩みから通常通りの歩き方になっても、ゆっくり歩いて俺に歩幅を合わせてくれた。そんなペースで保健室に着くと鍵を開ける先生。

保健室には俺と持月先生だけという事実が頭をよぎって、変な緊張が走る。


「…すみません、ただ見学してれば…先生は保健室にいなくても済むのに」


「いやいや、怪我してる生徒をほっとくわけには。動かしたり…曲げたりするのも痛いんでしょ?足を伸ばすにもベットで横になった方が身体の他の部分に負担かけないし。しかも神津君はベットで寝てても職員室行ったり出かけて用事済ませられるし」


「えっ俺1人っすか」


「…ぷッ…何?怖いの寂しいの?」


「いや…まぁいいんすけど」


…緊張しているから1人の方がゆっくり出来るのかも知れないけど…こんな緊張を抱えていても先生と一緒にいたいと思えるのは…さすが保健の先生だ。そう、保健室の先生といったら癒しだし…廉伸の為に先生を引き留めておかないと…持月先生と一緒にいたいと思うのは廉伸の為だ。


「ほら、奥のベット使って?あ、眠くないなら本とか読む?」


「……大丈夫っす。…スマホ持ってるし」


「えー?!コラ。ケータイは学校持って来ちゃダメでしょ!って今だけね?もし誰か来たら隠してね?」


「……はい」


爽やかに笑い、誰が見ても可愛い先生。廉伸を筆頭にこの先生に好意を持つ男子生徒は多数いる。もともと保健室に何の接点も無かった俺には全く理解出来なかったけれど、こんなに近くでこんな笑顔を向けられたら廉伸の感情も分からないでもない。

俺がベットに横になると、静かに保健室の棚の中を整理し始めた。俺はスマホ、先生、と交互に視線を動かして過ごした。

…持月先生に恋する気持ち、分からない、でもない。けど、この人は歳の離れた先生であって生徒とは恋愛なんてしないはず。

そして、男だ。そう、男の先生だ。

少しだけ長めの髪。女の人で言ったらショートカットが少し伸びたくらいだろうか。流行りとかには疎そうだけど、時計やシャツはそれなりに高そうなブランド。俺と同じくらいの身長だけど、白衣を着ていても時々出てくる身体のラインは細くて折れそう、だけど…ガリガリでもない。腕まくりした腕にはスポーツを多少やってきたような程よい筋肉が見える。

なにより、この先生の雰囲気…空気感は誰とも比べようが無い…


「……先生、先生は生徒からだいぶ人気ですよね」


「え?…まぁね?どうしたの急に」


「先生、男子生徒から好意を持たれたらどうします?」


「ぁー…それは男子とか女子とか関係無く、生徒だから別にどうもこうも無いよね。話は聞くけど、親密になる事は無いし、期待も絶対させない」


「ぉー…ぶった切るんですね…慣れてるー」


「慣れては無いよ。…そうなったらこっちだってエネルギーっていうか神経使うし」


「…何度もあった口ぶり…まぁそうか…そうですよね」


思い切りため息を吐きたくても、先生が近づいてきたから何となく我慢した。


…先生を、しかも男を好きになった親友に、差別的な感情は起きなかった。けれど、なんて無意味な事をしているのかと内心では馬鹿にしていたのに、その大事な親友である廉伸が惚れている人物を、後から好きになるなんて…俺こそなんて最低で、無意味な事で、背徳で…

怪我だったり、受験だったり…恋愛でさえ、こんな前にも上にも進まない事をしていたら…前途多難過ぎるだろ。


「…はぁ……中3男子つら…」


「頑張れ!少年!怪我に負けるな!受験に負けるな!」


「おー!頑張れー、俺ー…」


「……まぁ、けどさ。神津君は頑張ってきたんだし。サッカーはみんなより絶対頑張ってきただろ?それこそ遊ぶ時間を削ったり。今だってさ、やるべき事を自分で考えてさ、偉いよ。ほんと凄いと思う。だから、その頑張りを応援する頑張れだから、…なんだろう…今以上に頑張れって事じゃなくて、神津君が頑張っている事をただ心から応援してる、から、」


「……」


「怪我したからって、勉強してこなかったからって、神津君には胸を張って歩いて欲しい。だって神津君は凄いから」


「…今、俺なりに、すべき事…思いついたんすけど言ってもいいですか?」


「え、うん、どうぞ?」


「えっと、先生は俺に期待させないようにエネルギー使うやつですけど、それでも、俺がやるべき事、分かっちゃったんで」


「な、……なんだろ、困る、な」


ベットの横に立つ先生の真っ白な頬が、真っ赤に変化した。


「先生と、過ごす時間を増やす事です。

でも期待しないようにするんで、ぶった切らないでください」


切実な願いをストレートに懇願する俺は、必死な思いで先生の腕まくりした袖を掴んだ。


「……ッ」


ゆっくりと俺の手を振り払うように先生の手は動くけど、俺は離さなかった。先生は顔を赤くしたまま言葉に詰まった様子で、ぶった切る言葉は出てこない。

俺を期待させないような言葉…それなりに覚悟しながら、数秒、数十秒、なんとも言えない時間が過ぎた。何分か静かに過ぎたのかも知れない。静かに時間が止まったような空間に、チャイムが鳴り、遠くで騒つく声が響きだすと、時間が再び動き出したように保健室のドアを叩く音と共に親友が入ってきた。


「失礼しまーす!」


「あ、神津君のお迎え?神津君、じゃあまた…」


離すつもりは無かった先生の白衣の袖は、先生が俺からも廉伸からも離れたから自然と逃してしまった。

慌てて顔を背けた先生に廉伸が不思議そうな顔をする。


「…海斗ーお迎え来ましたー!教室戻るか?」


「お、おう、…ごめん」


「え?なに謝ってんだよ」


「いや、…ははっ…」


ベットから降り、先生に声をかけて保健室を後にする。

廉伸に対しての罪悪感は拭えないけれど、さっきより胸を張って自分の教室へと歩けた気がする。



いつか、何十年か先でも、死にたいと思う程辛い気持ちになるかも知れない。いや、そんな遠く無い未来で、なんでこんな事に…なんでこんな気持ちになったんだと後悔するかも知れない。これが恋とか知らないし。

けど、そんな自分も自分なんだろうし、さっきの先生の言葉が、俺の中でずっと俺を奮い立たせてくれることだろう。絶対。




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