先生、◯◯って何ですか!?
鴉
第1話 男の浪漫
ある晴れた日、Z県ほたる市立ほたる小学校6年A組の教室では、担任教師の鳥阿部正志による算数の授業が行われていた。
「先生、キャバクラって何ですか?」
静寂を掻き切るような、小芭内隼人の突拍子の無い質問に、正志はどきりとしたが、すぐに平静を取り戻した。
クラスメート全員が自分に向けて興味を示しており、返答の仕方によってはPTAの尋問は必至であろう、小学生には難解で答えづらい質問に、ていのいい回答が浮かんだのか、教育者として仕方なく口を開く。
「いやそれは、男の浪漫ってやつさ……君にはまだ早いからな……」
「?」
「くだらないこと言ってないで、授業の続きだ!」
正志は場違いな発言をした隼人を睨みつけ、黒板に数式を書く。
(何だろうな、キャバクラって……!)
隼人は、キャバクラという5文字の正体が何なのかと胸をときめかせ、落書きだらけのノートを開き、黒板に書かれている台形の公式を板書した。
****
「お前キャバクラって何だよそりゃ、KYだな」
隼人と同じクラスで幼稚園からの悪友、水原智は、もはや根城と化した駄菓子屋で仲間と共に20円程度の駄菓子を食べている。
「いやさ、父ちゃんが電話でキャバクラって言っててさ! すごい気になるんだよ! 大人限定の場所って感じがしてさ!」
「まぁ確かに気になるな」
「だろ!? 先生が男の浪漫って言ったのも気になるしさ!」
「うーん確かに気になるよなあ、てかネットで調べれば良くね?」
「ダメだ、俺のスマホ年齢制限が掛かってて、エッチなやつが見れないんだよ!」
「いやそんなの見てたら鼻血がでるだろ!?」
「えー!」
「おい、空いたからゲームやるぞ!」
ゲームコーナーにある一回50円の某格闘ゲームの席が空き、隼人達は直ぐに陣取る。
****
小芭内家の家族構成は、父の修平(45)、母の灯(42)、長女の桃香(20)、そして来年中学生になる隼人の4人家族である。
20年ローンで購入した一軒家に隼人達は住んでおり、桃香は三流私立大学に通っていて一人暮らしを始めようかと考えている。
隼人は夕飯をそこそこにして、自分の部屋へと戻り、録画していた深夜アニメを観ようとテレビのリモコンを探すと、隣の部屋の窓が空いているのか、桃香の声が聞こえて耳に入る。
「キャバクラでバイトするのが決まったから、同棲できそうだわ」
(キャバクラ……?)
「……あれ時給ってかなり良くてさ。今から行くんだけど、親にコンビニでバイトしてるってバレないように言ってるから平気よ」
隣の部屋から桃香が出て行く音が聞こえており、隼人はどうやって部屋から出ればいいのかと考えたが、足りない頭でどうやっても名案は浮かばず、トイレが近くなり部屋を出ると、玄関で靴を履いている桃香の姿が見える。
「んじゃ行ってくるわ、遅くなるから先寝ててね」
「行ってらっしゃい」
自分の愛娘が、まさかキャバクラでバイトしているのを知らずに修平達はのほほんとテレビのバラエティ番組を見ており、煙草を吸っている。
「あれっ? もうないや、おかしいな、買ったのに……? 隼人、お釣りあげるからコンビニでタバコ買ってきてくれないか? いつものやつ」
修平は、クロコダイル柄の黒の長財布から500円玉を取り出して隼人に手渡す。
(これで、家から出る理由が見つかった)
「うん! 行ってくるよ!」
「気をつけるのよ!」
灯は隼人の好奇心をつゆ知らず、ソファに寝転んで、テレビのリモコンを操作して明日の天気予報を調べている。
****
隼人の尾行は、薄暗い事もあり桃香にバレずにスムーズに進び、とうとう念願のキャバクラの前に立つ事になった。
『キャバクラ 男の浪漫』
(男の……何で読むんだろう?)
隼人は聡明ではないが、知能に障害があるわけでもなく、学力的に言えば平均より少し劣る程度であり、浪漫という漢字がまだ小学校では習わない為に読めないのである。
その店は、隼人が住む家から少し離れた繁華街にあり、親や教師からは行ってはいけないとキツく言われている場所にあった。
隼人は桃香が裏口から店の中に入って行くのを見て、自分も入ろうとしたが、いかつい顔をしたボーイが立っており、殴られそうな嫌な予感がしたので慌てて立ち去る。
(チェッ、どうしようかなあ……後少しなのになあ!)
ボーイの死角になるように離れていると、ボーイはキャバ嬢に頼まれたのかコンビニへと足を進めており、これはチャンスだなと隼人は急いで店へと走る。
「あっ! ……これだ!」
隼人は、裏口の上にある排気口が空いているのに気がつき、山積みになっている段ボールを足蹴にして飛び上がり排気口にすっぽりと入り込んだ。
排気口は若干広く、やや痩せ型の隼人の体型には丁度よかった為、明かりがともっているほうへと這いながら進む。
(あっ)
明かりが下から見え、どきどきしながら下を見ると、煌びやかな部屋の中に、綺麗にメイクをした若い女性達が、鼻の下を伸ばした客に酒を振る舞っており、隼人は今まで味わった事がない、恍惚とした気分に陥っている。
(お姉ちゃん!? それに、先生がいる!)
隼人の視界には、普段の毅然とした態度では無く、みっともなく鼻の下を伸ばした正志と、Dカップぐらいある胸の谷間を強調した紫色のドレスを着た桃香が水割りを作っているのが見える。
「う、うわっ!?」
隼人がいる排気口は、キャバクラが入っているビルが老朽化しており所々が傷んでおり、ガタンという大きな音を立てて崩れ落ち、隼人は正志達の前に落ちた。
「う、うーん、痛てて……!」
「隼人!? 何でここにいるの!?」
「小芭内君!?」
桃香と正志は、バツの悪そうな表情を浮かべ、キョトンとしている隼人を見ている。
****
桃香は家族には内緒にしていたが、合コンで付き合った彼氏がおり、同棲を持ちかけられたが金銭面での壁にぶち当たり、どうしたらいいのかと悩んでいたらたまたま老舗のキャバクラが求人を募集していた為すぐさまそこに応募して合格した。
このキャバクラは、隼人が生まれる前からあり、界隈では有名だった為よく接待で使われており、何度か正志は教師仲間との付き合いで通っていた。
正志にとっては月に二回の楽しみであり、まだ26歳なのに彼女は大学2年の時に別れた以来全く出来ず、悶々とした悩みをキャバクラで晴らしていた。
「店長、すいません、この子が……修理費はこちらで工面しますので……」
桃香は、当然弁償なんだろうなと親にどんな理由で謝ればいいのか分からずに途方に暮れており、まず街でお目にかかれない綺麗なお姉さんを見てぼたぼたと鼻血を出している隼人を睨みつける。
「いや、どのみちこの店は移転するからいい。近いうちにたて壊す予定だったから、金は払わなくていいぞ」
「すいません! ありがとうございます! ほらアンタ、謝りなさい!」
「すいません……!」
隼人は鼻血を拭いながら、今まで味わった事がない経験をしており、かなり興奮している様子であり、自分の弟が将来大人になり、夜の世界にどっぷりと足を踏み入れないかと桃香は不安げな表情を浮かべる。
坊主頭で手にタトゥーが彫られている、40歳ぐらいの店主はそんな隼人の頭を撫でている。
「おい坊主、この店は今週で店じまいだが、最後に楽しんでいかないか?」
「は、はい!」
隼人は意気揚々と返事をしたが、直後に桃香が頭を思い切り引っ叩き、頬をつねる。
「馬鹿なこと言ってるんじゃないよ、一体いくらかかると思ってんの!? それにアンタ、まだ小学生でしょ!? 大人の女性に興味を持ってどうすんの!? 10年早いわよ!」
「えー、だってさ、父ちゃんだって行ってるみたいだしさ、良いかなって……」
「ダメよ! お父さん達に何で言い訳をすればいいの!?」
「そうだよ、小芭内君まだ君ねぇ、ここに来るのってお酒が飲める年齢に達してからだよ。生徒を保護してる以上、帰らせますので……」
正志は、隼人が今日の一件を学校でバラさないかと心配しており、校長や教頭の耳に入れば異動になるのではないかと恐怖に怯えている。
「なに、無料でいいよ。それに先生、アンタだって、こんな貴重な経験を体験させなくていいのかい? キャバクラが興味があったんだろ? 楽しませてやれよ、理由はコンビニでエロ本読んで鼻血出してぶっ倒れたのを介抱したって言えば万事解決だろ? 生徒に今だけしか味わえない体験をさせるのが教師の役目なんじゃないかい?」
「う……!」
「先生! お願い! 僕勉強頑張るから!」
「わ、分かったよ! ただな、ここは大人になったら自分のお金で行くんだよ!」
正志は隼人の、すがるような目つきと好奇心できらきら光る瞳に負けたのか、ため息をついてソファにに座る。
「よし、皆んなこの子にジュースを作って差し上げろ、どのみちこの店は今週で終わりだから、最後のサービスをしてあげろ」
「はい!」
隼人は女性店員に手を繋がれソファに座り、キャバ嬢に両隣に座られ、ぼたぼたと鼻血がまた流れ始め、「やはり子供ね、漫画の世界だわ……」と桃香はティッシュで隼人の鼻をかんだ。
****
次の日の朝、隼人は学校にいつものように登校したが、いつもと違っており大人びた雰囲気を醸し出しており、周囲は普段くだらないことで馬鹿騒ぎしていた隼人のイメージが覆っている事が不思議に思い驚いている。
朝のホームルームが始まる前、正志が教室に入ってきて準備をしていると、智が隼人に「キャバクラって何だったんだ?」と話しかける。
「キャバクラ? あれは……男の浪漫ってやつさ」
少し大人の世界を垣間見て大人になった隼人を正志は見て微笑ましくなり、男の浪漫の意味がわかったのかドヤ顔でそう話す隼人に見えないように親指を立てた。
先生、◯◯って何ですか!? 鴉 @zero52
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