第50話 魔神の正体


 翌日。


 怪しげな洋館も日が昇ると鬱蒼とした森は姿を消し、山々に凛と響く済んだ空気が露天風呂に入る俺達の目を覚ましてくれる。

 前日に日が変わるまで神酒を飲み続けたが、不思議にも一切の二日酔いがない。それどころか頭はキリッと冴え渡り、体にはエネルギーが満ち溢れている様だ。


「はぁぁ、昨日は驚く事ばっかだったなぁ、弘樹、お前どこまで知ってたんだ?」

「俺も知ったのは昨日一人になった時だよ。それまでは何も知らなかったよ。まぁ、内藤さんが人間じゃねーかもとは感じてたけど、まさか異世界の神様だとは想像もしてなかったよ」

「私もこっちでは普通の人間なんだがなぁ」


 露天風呂に浸かる男性陣に内藤さんも一緒になって湯船に浸かっている。

 一緒に入りたいと駄々をこねるまたぎはうるさいので猫に戻して理香子と彩に託し、女湯へ向かった様だ。


「てか、俺達バイトとかなのに、CEOと普通に会話してるってだけで普通はありえないっしょー」

「それは内藤さんの人格が素晴らしいって事だと思うぞ」


 大智と裕也も内藤さんの凄さは分かっているようだ。


「ワハハハ、ありがとうありがとう! 私も君たちが親しく接してくれて嬉しいよ!  立場上過去にこういう事はまずあり得なかったからねぇ、ワハハハ!」

「そ、そうか、なんとなく一緒に風呂入ってるけど、か、神様なんだよな……」


 お互いの立場にはたと気づいて、恐縮しかける忠司だが内藤さんは軽く言う。


「気にする事ないさ! 私はこれから君たちにお願いをする立場なんだからね!」

「内藤さん、いくつか聞きたいことあるんですけど」

「ん、なんだい?」


 今なら誤魔化すことも無く、答えてくれるだろう。

 俺は兼ねてから疑問に思っていることを、この裸の付き合いの勢いで改めて聞くことにした。


「何で俺達なんですか?」

「ん、たまたまだぞ? 過去にもコイツなら行けそうだってやつを引き込んだりはしてたんだけどね、これがなかなかうまく行かんもんで」

「そうだったんですか……」


「なんというのかな、人のステータスみたいなのが見えるというか、感じる事ができる人がいるんだ。私が神だからって訳じゃないがね。西園寺さんなんかもそういう目があるんじゃないのかな? カンの良い人はいるもんだよ」


 その話を聞いて忠司が分かり易く答えた。

 

「野生のカンみたいなもんですか……」


「そうかもしれないね。ここだけの話、神代君も候補だったんだよ」


 俺は驚いて答える。


「え!? じゃあ神代も……」

「うーん、まぁ、現時点ではまだ迷ってる所だけどね、ヒーローは多いほどいい! ワハハハ」


 神代か、なんかあるかなとは思っていたけど、そういう感じだったのか。


「じゃあ、西園寺さんと大泉元総理との会話しってたのはなぜです?」

「それは……まぁ、もういいか。あの日、昼にお前たちと合っただろ」

「はい、サンライズビルで」

「あの時、小鳥遊君を少し操作したんだ」

「そ、そんな事できるんですか、神様だから……?」


「そんなんじゃないさ、西園寺さんから聞いて、元総理とあのビルの料亭で会合が有る事を知っていたんでね。君たちがサンライズビルからの帰り際、彼女に耳打ちしたんだ、今日このビルに泊まるといいことあるかもよ、料亭の刺身も旨いし君を誘ってみてはどうかね、ってね」

「だ、だから理香子あんなに凍って。それに突然料亭に行ったのも……」


「それに西園寺さんは君を見て何かを見抜いて欲しがるほどだったから、見かけたら声をかけると思っていたんだよ」


 な、なんかこの人ならやりかねない気がする。

 俺がジャンケンで負けたのも、西園寺さんとの偶然過ぎる出会いも、この人の魔力に振り回されたって事だったのか。


「いや、でもなんで、それだけで会話の内容を知ってたんですか!」

「入り口に黒服が立ってたでしょ」

「はい? 元総理だからシークレットサービスがいるのかと思いましたけど」

「あれ、私」

「はぁ!?」

「黒服にサングラスするだけでバレないもんだねぇ、お店の人も君と同じく思ったみたいで、まったく疑われなかったよ、ワハハハ」

「ハハハって……」

「君たちが部屋を出てすぐ退散したけどね!」

「はぁ、じゃあ黒服になって盗み聞きしてたと」

「人聞きが悪いなぁ、まぁでもそういう事だな! ワハハハハ」


 盗み聞きって、内藤さんはこっちでは本当に普通の人なのか。

 ちょっと行動力異常だけど。

 正体が分かった時、もっと神通力みたいなもんかと思ったよ。


「ただ、私があっちで神だからというのが原因かはわからないけど、どうやら少しばかし特殊な力もあるみたいだけどね」

「というと?」

「私の力というと語弊があるが、運が異常に良い。というのかな?」

「じゃあ池袋とか熱海で偶然あったのってそれですか?」

「そうじゃないかな。本当にただの偶然だからね。私が君を気にかけていたから、そういう流れが自然とできたんだと思う。神代君の時もネットで彼を見つけて気にかけていたら、突然彼から入社してきたしね。私がCEOになれたのもそういう力だと思う。こっち来るときに伊邪那美命さんがくれた力なのかもしれないね、私にはわからないが……」

「はぁ、さすがというか、やっぱり神様なんですね」


「そんなわけで、こっちではちょっと運が良いただの人だし、超能力みたいなのは持ってないよ。安倍さんも伊邪那美命さんも凄いね、妖怪を封じたり、人を飛ばしたり回復させたりできるし、今回の事で所詮私は異世界の存在なんだなと実感したよ」

「そ、そうなんですか……」


「俺、内藤さんが、なんかよくわからなくなってきた」

「弘樹……お前、凄いな。二人の話聞いてて、俺全然理解できなかったぞ」

「はー、神様かぁ……」


 隣にいた忠司、裕也、大智がため息をついている。


「凄いのは私じゃないぞ? 北村君や君たちの方がよっぽど凄いぞ」

「え?」

「そりゃそうだろ、私は大企業のCEOだが、今の日本を救うなんてことは絶対に出来ないだろう、神代君にもできなかった。北村君にちょっと切っ掛けを与えたら、どんどん凄い事になったのは私の力じゃない。最後の会見なんかも君たちの力あってこその結果だろ」


「お、俺達は別にそんな大したこと何もしてないですよ」


 忠司達が少しオロオロとしだす。


「何を言ってるんだ、あの会見で君たちが居なければ北村君がどうなっていたと思う? 君たち全員が導いた結果、日本が動き出してるんじゃないか」

「ま、まぁそれは有るかもしれませんけど……」


「だから私は、君たち全員をセットで連れて行こうと思ったんだよ、伊邪那美命さんにちゃんと許可もとったし、大丈夫だって! それに、なんだかんだで、こういう事態は君たちにとっても楽しいんだろ? 私に任せておきなさい、ワハハハハ」


 内藤さんが言う事にはいちいち道理が通っていて反論の余地もない。

 しんどい事もあるが、楽しいのは間違いない。


 元々半ニートだった俺が、給料の上昇を目論んで始まったこの大きな流れだが、その殆どがこの人の力による影響を受けている、やっぱり俺達ではこの人に敵わないのだ。だからこれからも、振り回されていくんだろう、そしてそれはきっと楽しいに違いない。

 

「あ、もひとつ聞きたいことが有ります」

「ん、なんだい?」


「向こうに行ってる間僕らはどうなるんですか?」

「うーん、それを説明するのは少しややこしいんだよな」

「そうなんですか……」

「君たちはまだ、この世界が1枚の紙の上だと思っているだろ。北村君は実際に伊邪那美命さんと対峙して、すこし気づきかけてると思うが、この世界は全て相対的で、決して一枚の紙ではないんだ」

「はー、まぁ、なんとなくですけど、今なら少し解るような気がします」


「それに時間や空間ですら、一つの定義でしかなくて、全て相対的な物なんだ。一人ひとりにね」

「はぁ」


「それを今の君たちに説明しても多分理解できない。だから心配しなくていいよ、伊邪那美命さんも言ってたでしょ、その時が来れば分かるって」

「そんな事言ってました?」

「さだめののち知るらむかなって、そういう事でしょ?」

「そ、そうだったのか……すみません、俺、古文苦手で……」


 そんな話をしていると忠司が思い詰めて言う。


「お、お前本当に、伊邪那美命に会って来たんだな……」

「うん、あれが夢じゃなかったのなら……」


「伊邪那美命さんは、目に見える物を信じるのが男、だとも言ってたぞ! 昨日の事も今みんなで風呂入ってるのも、これからの事も、見えてるものは真実だ。受け止めて乗り越えて頑張れ! ワハハハハ」


 忠司同様、目を丸くして話を聞いていた裕也も言う。


「やっぱり事実は小説より奇なりって事なんですね」

「うん? よくわからんが、たぶんな!」

「はー俺達どうなっちゃうのかなー」


 大智が漠然とした不安に呟く。


「川村君、大丈夫さ! 全部終わったらご褒美とかあるかもな! イヒヒヒ」

「え、なんかもらえんすか!?」

「タダ働きはさせんよ! 労働対価は雇い主の義務だからなぁ! ハッハッハ」

「お、おおおーー!」


「よし。ザバー! とりあえず今日は午後にはポスター撮影だ! みんな頑張ってくれたまえ!」


 そう言うと190㎝はあろうかという筋肉質の巨漢が仁王立ちとなる。


 ここが土木作業工事現場では無いにも関わらず、この露天温泉を一発で破壊できそうな、それはそれは禍々しくも神々しいダイナマイトが4人の目に映り、それを見て口々に言い出す。


「おおおお……魔神の正体」

「この人には勝てねぇ……」

「さ、さすが神様だ……」

「事実は小説より奇なり……」


「ワハハハハ!」


 こうして、幾つかの謎が解明され、今後も俺達は、この内藤という魔神に振り回されていく事に、少々うんざりしつつも、大いに楽しみを感じるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺がいつのまにか勇者になるまで kobaryu @caff-eine

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ