第49話 老婆


 謎の洋館に誘われ、時刻はもう21時半を過ぎて暫く。

 食堂に遅れてやってきた内藤は、日本酒を煽りながら懐石料理の小鉢をチビチビと食べ、突然現れたまたぎはハフハフと音を立てながら一心不乱に食べている。

 それら突然の出来事に、驚きのあまり残りの食事も喉を通らないでいる弘樹達と、ぶっ倒れてしまった彩を膝の上にのせて休ませている理香子。

 そうして、全員が混乱しながら少しの時間が経つ。


 しばらくして冷静になった忠司が恐る恐る聞いてきた。


「弘樹……その子『またぎ』だっけか? 何だ、化け猫ってことか?」

「そ、そうだな、ほんとに人になるって、俺も驚いてるんだけど」

「てか、もう少し詳しく説明してくれないか、何が起こってるんだ?」

「そうだよな、俺が夢だと思ってた所で見た内容を話すよ……」


 そして、俺は夢だと思ってた出来事を、忠司達の前で説明した。


「てことは内藤さんは本当に異世界の神様で、俺達この後異世界に行くってことか?」

「内藤さん、そういうことですよね?」

「ん、まぁそう言う事だな、みんな今後もよろしく頼むよ!」


「えーっと、なんか色々あって混乱してるんだけど」


 大智がそう言うと、今起こってる事を理解するべく内藤さんを含め皆で話し合うことにした。

 そこでまとまった内容はこうだ。


 内藤さんは異世界の神様で、その世界の人々が苦しんでいた。

 でも自分は神だから人々に手を差し伸べる事が出来ないで困っていた。

 そこで思いついて、こっちの世界に自分の世界を救ってくれる勇者を探しに来た。


 でも来てみたらこっちの世界の黄泉の国だった。

 そこで困ってたら管理者だった伊邪那美命と出会い日本に来ることになった。

 その際、伊邪那美命の元で働いてた安倍晴明に案内され人界に来た。

 それが大体20年前。


 そこから人脈を増やそうとしていたら大企業のCEOまで上り詰めた。

 その会社で弘樹を見つけてスカウトすると弘樹が日本を救い始めた。

 そして異世界に連れて行くために伊邪那美命と再会する事になった。

 実家が和歌山である弘樹達が偶然、安倍晴明が祭られている龍神村に来た。

 丁度いいので安倍晴明が弘樹たちをこの宿に招待した。


 弘樹が一人になったタイミングで伊邪那美命に合う事になった。

 そこで弘樹に全てを伝えたが夢だと思って疑わない。

 弘樹に信じさせる方法として安倍晴明が昔倒した猫又妖怪を弘樹に憑けた。

 弘樹は夢で見たまたぎを現実に見て信じるが、5人には言い出せない。

 他の5人に信じさせるために目の前でまたぎを呼び出してみせた。


 今ここ。


 話がまとまって驚く全員が口々に言う。


「神様ってほんとにいるんだな……」

「黄泉の国が有るって事は死後の世界もあんのかよ……」

「俺、以前、内藤さんに魔人だと思ってます、って言ったことあるんだけど、その時さ、当たらずとも遠からずって言われたんだよ、なんか納得したよ」

 

 納得はできたけど、不安も残る。理香子はその不安を口にした。


「でも、異世界に行くって、私達大丈夫なの?」

「アハハハ、俺の国もけっこう良い所だぞ? それにお前たちは私がちゃんとサポートするから心配することないぞ!」


 内藤さんが、理香子を安心させようと話すと同時に。


「ボーン、ボーン、ボーン……」


 ロビーの古時計が22時の鐘を鳴らす。全ての鐘が鳴り終わると同時に、テーブルの上にあった全ての料理が、音もなくフッと消えた。


「「「うぉ!」」」

「にゃあああああああ! またぎのごはんんん!!」


 まだ食べている途中だったまたぎが悲しみに打ちひしがれていると、またどこからともなく老婆が現れた。


「皆様、お時間ですじゃ。神界のお料理は如何でしたかの?」


「うわ!」

「あ、はい、大変美味しかったです、ご馳走様でした。って、神界!?」

「伊邪那美命様のお客様に喜んでいただきなによりですじゃ」


「凄い美味しかったけど、神様の料理だったんだ……あ、お婆さんこれどうしましょう?」


 彩はぶっ倒れたまま理香子の膝枕で横になっているが、いまだに大事そうに抱えている一升瓶はなぜか消えていない。


「それは御神酒おみきですじゃ。まだあるという事は館が持って行っていいと言っとるのじゃろう、お部屋にお持ちいただいて結構ですじゃ」


 そう聞いた内藤さんが老婆に向かって話しかけた。


「そうだ、お婆さん! それでしたら、この後部屋で少し酒盛りをしたいのですが、何かつまみになる物を客室にお願いできませんかね? というか、この宿どういう宿なんです? 私も呼ばれて来ただけなので詳しくは分からないんですが」


 内藤さんにもわからない事は有る様で、老婆に質問をする。


「この館は迷い家マヨイガと呼ばれ、日本の何処にでも、いつでも存在する宿ですじゃ。普通は招待されたものしか入れん妖怪の屋敷ですじゃ。稀に迷って入り込む人もいるがの。招待された者には必要な物が館が勝手に振る舞うですじゃ。客人を持て成すのに必要だと、館が思えば勝手に出てくるでのぉ」


「なるほど! こっちの世界は不思議な場所もあるもんですね! ワハハハ」

「場所でありますならば、いまこの館は龍神村北方、和歌山県伊都郡高野町にある天狗岳の傍に位置しますじゃ」


 その話を聞いて何か思ったのか、理香子が不安げに質問する。


「じゃぁ、お婆さんは妖怪なんですか?」


「ワシはこの館の管理を任されている天狗一族の末裔、比良山次郎坊が嫁。女天狗のハヤと申しますですじゃ」

「天狗さんだったんですね……あ、ハヤさんか」


「道に迷って龍神村超えて天狗岳の方まで来てたのか。通りで山道長かったわけだ」

「それは安倍晴明様がお主らを呼んだからですじゃ、横道は無かったじゃろ」

「な、なるほど……それでか」


 最後ずっと運転していた忠司が妙に納得している。

 そうして、皆も不思議な出来事の原因が分かり、不安がぬぐわれて元気を取り戻しているようで、内藤さんが突如締めに入る。


「よし、じゃあ、そろそろ部屋戻るか!」

「そうですね」

「はい」


 そうして食事を終わらせた俺達は席を立ち部屋へと向かう。

 俺は、美味しい料理のお礼を言った。


「ハヤさんご馳走様でした、美味しかったです!」

「ワシは何もしておらん。お礼はこの館にですじゃ」

「そ、そういうものなのか……」


 そうして、俺は天井を見ながらぺこりと頭を下げて言う。


「おいしい料理、有難うございました!」


 すると今まで座っていたテーブルの上に、美しいヤマユリの様な花束が花瓶と共にスーッと現れた。


「館も喜んでいる様ですじゃ」

「ア、アハハハ」


 どうも、この建物その物が、妖怪か何からしい。

 何もない場所に突然何かが現れる様子は、やはりいまだに慣れない。

 そうして、忠司が彩を背負い、全員でドタドタと部屋へ向かった。






 時間は22時を少し過ぎる。

 理香子と忠司が彩を女性部屋の方へ寝かせて戻ってくると忠司が言った。


「はぁぁ、俺、なんかもう、驚き過ぎてこれ以上は驚けないわ……」

「アハハ、そうだね、訳わかんないねもう。でも怖くないって分かったら、逆にこんな経験できないなって思って楽しいよ!」

「まぁ、それもそうだな、ははは」


 彩を除いた全員、内藤、弘樹、またぎ、理香子、忠司、裕也、大智の7人が大部屋に集まっている。各々自由に、座布団や縁側の椅子に座っている。

 内藤さんが、よしもう一杯飲むか、とみんなに声をかけ、飲み足りない者に御神酒をグラスに注ぎ一升瓶が空になると、スーッとまた満タンになる。


 その様子を見て皆でスゲーと言い合いながらも、内藤さんの音頭で、お疲れ様とグラスを合わせるが、同時に部屋の中央に置かれた低いテーブルの上には、またもやスーッと、酒のつまみらしき渇き物が現れた。


「弘樹様、ま、またぎのは?」


 またぎが俺に、少し悲しそうな表情をしながら上目遣いで食べ物を乞うと、つまみの入った皿の横に『猫とたのしいおやつ』で有名な大ベストセラーの、チューブ状の猫用おやつと、猫が大好物とされる、マタタビスティックが現れた。

 それを見て、俺がまたぎに差し出す。


「またぎ、これでいいか?」

「こ! こ・れ・は!! 弘樹様ありがとうございますにゃぁぁぁ!」


 いくら妖怪でもさすがは猫、そのおやつを知っているようで、途端に歯で噛み千切ると、チューチューと幸せそうに食べ始め、マタタビスティックを齧っては、にゃははははと、畳の上を転がり始める。


「「ハ、ハハハハ……」」


 何人かが、その微笑ましい様子を見て苦笑いをする。

 不思議な事が続き、全員が少しぐったりしつつも、楽し気に起こった出来事やその感想を語り合っていると、内藤さんが切り出した。


「夜も更けて来たし、少し今後の話でもしようか!」


 全員が、少し唾をのんだ。

 

「は、はい、今後っていうと、異世界の事とかですよね」

「いやいや、明日の撮影の話だよ!」


「撮影??」

「明日はポスター撮影だろ! 忘れたのか!?」

「そ、そうか、俺達それで夜行バスで来たんだ、忘れてました」

「こっちは仕事だぞ、しっかりしてくれ、ワハハハハ」


 そうして、今後の俺達に起こるであろう異世界行きの事や驚きの展開を他所に、翌日以降行われるポスター撮影や、その他の仕事の話をする。

 内藤さんは、日本での事と異世界での事は完全に分けて考えているようで、会話の中ではその辺を微塵も出さない。


 俺達はそんな簡単に割り切れないでいる。

 全員が疑問や謎も多く残るが、仕事の話の間切り出す空気でもないまま、ひとしきり仕事の予定の話をした。


神酒が入った俺達は最高の気分になり、日が変わる頃になって理香子は一人、先に寝ている彩の居る部屋へ向かい、男性陣は大部屋で雑魚寝となった。


そして俺の足元にしがみ付いて寝ている猫耳少女が言う。


「またぎの弘樹様にゃ……」


今後、理香子と少しモメそうな気がするのは気のせいだろうか。

そうして、俺も一抹の不安を覚えながら、余りにも多い色々な謎が解けて、不思議にも充実した気分で、眠りにつくのであった。




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