第48話 またぎ


 内藤が全員の目の前から突然消滅したのを目撃し、食事どころではない。

 20畳は有る綺麗で広い洋風の食堂には老婆が去った後、5人だけが残され、会話が無くなると同時に静寂が広がる。それが、この洋館の怪しさをいっそう引き立て、全員が動くことなく凍り付いたまま少しの時間が経つ。


「ね、ねぇ、今のなに? 内藤さん居たよね?」

「これ、誰かのドッキリって事あるかな? 隠しカメラとか……」

「そもそも内藤さん目の前で消えたんだぞ、マジックとかいう次元じゃねぇだろ」

「弘樹君……」


 全員でお互いの顔を見つつも、どうしたらいいか分からないでいると忠司が言う。


「すぐ戻るし食ってろって言われたんだ、悩んでも怖がっても仕方ねぇよ」

「そ、そうだけど……」

「俺ビールもう一杯持ってくるわ、彩は何にする?」


 彩のグラスの残りが少ないのを見て、声をかける忠司。


「わかった。じゃ私も飲む! 忠司、日本酒、瓶ごと!」


 忠司の一言で、皆が食事を再開した。誰もが照らし合わせた様に、今起きた不可思議な現象について触れないまま20分ほどが過ぎると、食堂の入り口から弘樹が入って来た。


「弘樹君!」


 座っていた位置のお陰でいち早く気づいた理香子が即座に立ち上がり、弘樹の元へ駆けより席まで連れてくる。


「心配かけてごめん、ちょっと寝てて遅れた」

「弘樹、ビールで良いか?」


 忠司が弘樹にそう声をかけて立ち上がると、他の4人へ向けて、さっき有った出来事は引き続き話題にしないで行こう、という目線を交わす。


「うわぁ、すごい料理だね!」

「あ、ああ、どれも全部、無茶苦茶美味いぜ」

「弘樹、あんたご飯食べるわよね、盛るよ」


 彩が声をかけてご飯が入っているおひつの蓋を開ける。


「あれ?」

「どした? もう無いんか?」


 忠司が彩に声をかけると……。


「だれかおひつ交換して……ないわよね? え? ナニコレ?」

「どしたの?」


 弘樹が疑問に思って声をかける。


「私たち全員食べたし、ごはん半分くらいになってるはずなのに増えてるのよ」

「見てないときに交換してくれたんじゃないか?」

「と、とりあえず、弘樹、はい」

「ありがとう! うわ、料理超美味いじゃん、なんだこれ! ヤバッ!」


 そうして、遅れて来て料理を口にして感動する弘樹とは別に、また不思議な現象を目にした5人は宴会の最初の様には盛り上がれずにいる。当然さっき見たのはただの夢だと思っている弘樹は普通にご飯を食べ始めてはいるが、全員の醸す空気に気づく。


「皆どしたの? 忠司、なんかあったのか?」

「あ、ああ、うん。なんて言っていいのか……」

「弘樹君、さっき内藤さんが……」


 理香子がそう言った瞬間だった。


「ただいま!」

「ぶっ!」

「「「!?」」」


 食堂の入り口から1匹の白猫を抱えた浴衣姿の内藤が現れた。


「お、北村お疲れさん! 私の料理来てる来てる! ワハハハハ!」

「な!? 内藤さん、なんでここに!? それにその猫……!?」

「アハハハ……」


 内藤は猫を床に離し別テーブルからビール瓶とグラスを取ると、小走りにテーブルへと向かい嬉しそうに席に座り、理香子はまた苦笑いをしている。

 そこで5人が一斉に気がついた。いつの間にか、新しい料理が配膳され椅子も増えていた。


「え? え?」

「あれ、料理7人分あった? あれ?」

「これは美味しそうだな! いただきます!」


 バクバクと懐石料理を食べ始める内藤を見てあっけにとられていると、弘樹の膝の上に、内藤が連れて来た白猫が飛び乗って来た。


「うわ!」


 すると、内藤が食べながら言う。


「もぐもぐ。その子はという名前の子らしいぞ、皆可愛がってやってな」


『弘樹様、わたし清明様に言われて付いて行く事になったにゃ。よろしくですにゃ。それと、私もご飯が欲しいですにゃ!』


「!?」


 喋った!?

 突然弘樹の脳内に直接、声が聞こえて来て、慌てて答えてつい口に出てしまう。


「や、焼き魚でいいかな……?」


 弘樹の前に有る皿から、焼き魚の半身を持ち上げるとまたぎに食べさせる。


『弘樹様ありがとうですニャ!』

「ぱく。に、にゃがああああ! フガフガフガフガフガ!」


 弘樹の膝の上で一口食べると、またぎの目は血走り一心不乱に食べ始めた。

 

『お、美味しい魚ですにゃ! こんなにおいしい物食べた事無いですにゃぁぁ!』


 な、なんで俺には日本語喋ってるように聞こえるんだ……?

 するとまたぎは、一心不乱に魚を貪りながら話しだした。


『弘樹様が目が覚めても夢じゃないと思うように、お師匠様がまたぎを付けたのですにゃ。フガフガ、でも普通の猫と思われないように、伊邪那美命様が弘樹様に神力を授けたから心で話が出来るのにゃ。バクバクバク』


 え、マジか……あ、最後に俺に手をかざしたあれか?


『そうですにゃ。この魚美味しすぎるニャァァァァ!』


 なんてことだ。じゃあ、あれ全部夢じゃなくて本当だったって事じゃないか。


 てことは、内藤さんは……。

 俺はそれが分かると、恐る恐る横に並ぶ内藤さんの方を見るが、内藤さんは酒を飲みながら、ニヤリと俺にウインクして寄越した。


 ええええ、こんなことあるのか? ここはファンタジーでもSFでもない現実世界だぞ? あの夢が本当なら、俺達これから異世界に行くって事なのか!?

 俺はそう思って内藤さんに問いただそうとして切り出した。


「な、内藤さん! ちょっと話が有ります!」

「お? なんだい? 改まって」

「弘樹! なんか分からんけどいったれー!」


 相変わらずニヤニヤしているのが少し癪に障る。

 驚こうが怖かろうが、酒を飲み続けている彩は既に酔っ払いになっている。


「こ、ここではちょっとアレなんで……」

「うーん。どうせ皆も連れて行くんだし、私より信頼されてる君から説明してくれると助かるんだけどねぇ」

「う…………」


「どうしたの弘樹君、みんなもって私たちの事? 何の話?」

「え、あ、えっと、こんなのどう説明しろって……」

『弘樹様、頑張るニャ、もぐもぐ』


 うん、実はさ! 内藤さんは異世界の神様で、異世界を救うために日本を救った俺達全員、向こうに連れて行きたいそうなんだけど、いいよな、みんな!


 そんな事言えるかぁぁぁ! 信じてもらえるわけないだろぉぉぉ!

 そう思った瞬間、またぎの声が頭に響く。


『弘樹様、またぎはもう弘樹様の役にゃ。皆様に信じてもらうなら皆様の目の前でまたぎを人にすればよろしいのですにゃ。今またぎを使役してる弘樹様がまたぎに命令すれば、またぎは人になりますにゃ』


 そ、そんな事できるのか……。

 やってみる……のか? そんな事したら、どうなる?

 言葉で言ったって信じられないだろうし、やるしかないのか……。


「えっと、皆ちょっといいかな……?」

「うん?」

「なんだ弘樹?」


 全員の注目が集まり緊張する俺。

 その間も内藤さんはずっと頬肘を付きながらニヤニヤと日本酒を飲んでいる。


「えっと、信じられないかもしれないんだけどさ、俺さっきまで、神様と会ってたみたいなんだ……」

「あ。……うん」

「あ、あー、どっかで聞いたなそれ……」


 でろでろになりつつある彩以外、なぜか皆、意外と冷静な気がする。


「で、俺自身、夢だと思ってたんだけど、どうやら夢じゃなかったみたいで、そこで色々、凄い事が分かったというか、なんというか……」

「凄い事って?」


 言って平気なんだよな……? い、言うぞ……?

 そう思って内藤さんをチラリと見るが、魔神は素知らぬ顔をしている。


「あ、うん。ゴクリ……。じ、実は内藤さんは異世界の神様らしいんだ。俺達を探しに異世界からこっちに来たというか……」

「な、なるほど……?」


 え、忠司なんで、疑わないんだ?

 そう疑問に思っていると、裕也が口を開く。


「てことは、さっき内藤さんが目の前で消えたのって……なんかその、神様の力とかそういうのって事か?」

「は? そんな事あったの? な、内藤さん……?」

「ん? 私はいいよ! 面白そうな話、進めてくださいな!」


 くっそ、この魔神が!


「みんな、疑わないのか?」

「あー、まぁ、さっきスゲーの見たしなぁ、夢だと思ったし、今も半分夢だとおもってっけど……」

「突然の事だったんで、俺も受け入れがたいとは思ってる」

「あはははー、お酒と料理が美味しすぎてどうせ皆酔っぱらってるんでしょぉ?」


 フリーズしながらも酒だけは口に運び続けていた彩は暴走気味、お調子者の大智や、いつも冷静な裕也ですら、自分達が見たものを疑っている様だ。


「それが、夢じゃないみたいなんだ……」

「じゃー、あんたしょーめーしてみなさいよぉ!」


 デロデロになりつつある彩が、絡んでくる。


「う、わかった。じゃあ……内藤さん良いんですよね?」

「ん? うん、君に任せてるよ!」

「はやくー! あはははー」

「わかった…………」


 俺はそういうと、ドキドキしながら覚悟を決めて、またぎを呼び出す事にする。


「……またぎ!」

『はいにゃ!』


 俺がそう言うと膝の上に居た猫がぴょんと飛び上がり、鼓を叩くようなポンという音と共に白い煙を吐き出し、中から白装束を来た猫耳少女が現れ、同時に、俺たちの目の前のテーブルに8人目の料理と椅子が突然現れた。


「「は!?」」

「ええええ?」

「おー! さすが北村君!」

「きゃあああああああ!」


「弘樹様に呼ばれたにゃ!」

「う、マジで出た……!」

「ふわあああ!? またぎのご飯が出て来たにゃぁぁ!」


 白猫が突然、白装束に赤帯で猫耳と尻尾が付いたまま人型になって現れ、テーブルを見てそういうと、バクバクと懐石料理を食べ始める。


 ガターン!!


「あ、彩ちゃん!」


 振り返ると、度重なる驚きにより彩が目を回して椅子から転げ落ち、一升瓶を抱えたままぶっ倒れている。それに気が付いて、慌てて彩に駆け寄る理香子。


 他の3人は、突然現れガツガツと懐石料理を貪り始めた猫耳少女を凝視したまま驚きを隠せず、俺は引きつった笑い顔をしながら変な脂汗をかいていた。


 魔神内藤はそれらの様子を見て、カラカラと高笑いするのだった。


 時間はとうに夜の9時半を回り、鬱蒼とした森の中は一層深い暗闇に包まれ、その中の怪しい洋館の食堂には8人が揃うこととなった。


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