第47話 神の食卓
一方、時は少し遡り、弘樹がとんでもない夢を見はじめた頃。
忠司達は風呂に入っていると思われる弘樹を置いて5人で食堂へ向かう。
1階の洋風の大広間に置かれた大きなテーブルの上には、蝋燭が灯る燭台と豪華な生け花が並べられ、各自の椅子の前にはとんでもない量の見事な懐石料理が所狭しと乗せられ、どこぞの王家の晩餐の様だった。
「うわぁ! ナニコレ!?」
その豪華な食卓を目にした理香子達が次々と驚嘆の声を上げる。
「うっそ!? すっげー!」
「これマジ?」
「これは何かの間違いじゃないか? ちょっと宿の人に聞いた方が良いかもしれないぞ?」
「あ、でもほら、テーブルに北村様って札があるから間違いないでしょ!」
裕也が少し心配になるも、彩が見つけた予約札には少し小さく22時まで全品飲み放題食べ放題コースと書いてあった。
テーブルの隅にはおひつに入ったキラキラの白米にパスタや麺類といった炭水化物も並び、別のテーブルにはビールやワイン、日本酒やアルコール各種、さらには炭酸飲料にジュース類が乗り、果てはみそ汁や伊勢エビやらハマグリといったみそ汁の具材やシチューなどの汁物も完備されていた。
「これ自由に飲み食いしていいのか!? 他に客居ないって言ってたよな?」
「ご飯いるひとー。はい忠司君ごはん! 大智君も!」
「全部飲み放題食べ放題みたいよ! 味噌汁は? ビール先かな? 全員飲むよね?」
「ほんとに? あとで法外な請求来たり……あーまぁ会社持ちなのか、しかしなぁ……」
不安に思う裕也をよそに、さっそく理香子がご飯を配り始め、彩が汁物を注いでいる。
あまりに豪華な食卓に少しとまどう男性陣をしり目に、お構いなしに進める女性陣が手早く飲み物を準備し、全員が適当に席に着くと宴は始まった。
「「かんぱいー! お疲れ様ー!」」
忠司がビールをゴクゴクと飲み干す。
「くぅーーーーーー、やべえええ!」
「これ、なんだろう!」
理香子が自分の席の前に並んでいる数々の料理を見て感動しながら、片隅に置かれた固形燃料の上に置かれた小さな鍋の蓋を取ってみる。
「うわ、おいしそう! これなんのお肉かな?」
「超霜降ってるから多分凄い高い牛肉じゃない? ヤバいよテンション上がる!」
「こっちの小鉢とかは?」
「うーん、見たことないけど、美味しそうなのは間違いない!」
豪華な料理にはしゃぐ5人は、しばらくワイワイと夕食を楽しむ。
一人当たり小鉢も入れて20皿はあるだろう懐石料理は、よく見ると見た事のない料理ばかりだ。例えば一見タケノコの煮つけに見える料理も、よく見ると見た事のないタケノコっぽい何かだったりする。
「裕也この焼き魚、何の魚だと思う??」
剣道や釣りといった棒状の物が趣味である裕也は魚に詳しい。
そこで忠司が皿に乗った塩焼きの魚の種類を裕也に聞く。
「うーん、何だろ、マス類でもないしイワナ、ヤマメの類でもないし、アユでもないしなぁ、見たこと無いなこれ……ヒレがこんな風についてる淡水魚っているのか?」
しかし見るからに美味しそうな淡水魚と思われる塩焼き。
まぁなんでもいいや、と言わんばかりにかぶりつく忠司。
「やば! なんか分からんけど、この魚超うめぇ!!」
それを見て、裕也もかぶりつく。
「うわ、すご、こんな淡水魚絶対いないぞ!? アユみたいにふわふわの白身なのにフグみたいなうま味があるし、鰻かトロみたいな油が……な、なんだこれ!?」
「それは地元では
「うぉ!!?」
「ど、どこから!?」
何処からともなく、突然老人女性の声が聞こえてきてキョロキョロと辺りを見回す一同。
「お料理は如何ですじゃ?」
よく見るとテーブルより背丈が低い、フロントにいた不愛想な腰の曲がった老婆が居た。理香子はあわてて老婆に言う。
「あ、すみません、頂いています、凄く美味しい物ばかりですね!」
「構わんですじゃ、楽しんでいただけていれば何よりですじゃ。何か困ったことが有れば声をかけて下され、わしゃ厨房におるで」
「有難うございます!」
そうして老婆は気配なくトコトコと厨房へ下がる。
その後姿を目で追いながら理香子がつぶやく。
「これ、あのお婆さん一人で作った訳ないよね……?」
「そりゃそうだろ、他に宿の料理人がいるんだろ」
「でも、ここの宿来てから、お婆さん以外の人、見てないよね……」
「そう、ね」
「この宿って何なんだろう……偶然見つけて予約もしてないのにこんな豪華な料理だったり、他の宿泊客もいないって言ってたし」
箸が止まり、少し不安げに語り出す理香子に忠司が答える。
「まぁ、確かに不思議な事もあるけど、宿代は会社に請求できるんだし気にすることもないんじゃないか?」
「そうかなぁ……」
理香子は不安をぬぐい切れないようだ。
それに、この酒席にまだ恋人の弘樹がなかなか来ない事を心配する。
「弘樹君、大丈夫かな?」
「うーん、たしかにちょっと遅いな。まぁでも風呂だろ? なんかちょっと具合悪そうだったし疲れて寝てるんじゃないか?」
「私、見てきた方がいいかな? お風呂で倒れてたりしないよね?」
「じゃ、俺トイレついでに部屋と風呂見てくるよ、ビール一気に飲み過ぎちったわ」
「うん、ありがとう」
忠司が笑いながらそう言うと席を立った。
◆
「おーい、ひろきー?」
忠司が部屋を確認した後温泉の更衣室へ差し掛かり、弘樹を探している。
「おや!? その声は市川君かい?」
「は?」
「いい湯だぞ、君も入っておいでよ!」
こ、この声、内藤さんじゃ……?
こんな場所にいるわけがない人物の声が露天の方から聞こえてくる。
不思議に思い、服を着たまま内風呂を通り抜け露天の様子を見に行く。
「やぁ!」
「な、内藤さん!?」
「こんなところで奇遇だね! ここはいい温泉だよ! もう入ったかい?」
「奇遇ってなんですか、あり得ないですよ、俺達をつけてきたんですか!?」
「いやー偶然だよ偶然。ほんとに! さっき小鳥遊君と杉浦君にも挨拶しようとしたんだが、お風呂中だったようで、逃げられてしまってね。ハハハハ!」
ハハハハじゃねぇ! さっきのあれはお前かぁぁ!
お陰で引っ叩かれたんだが!?
「ん? 市川君は入らないの?」
「えーっと、今皆で飯食ってる所なんですけど弘樹みませんでしたか?」
「んー? 北村君? あー、うーん、あー……」
「?」
「しらない!」
何か知ってるなこのオヤジ、でも無理に聞き出すには相手が悪いよなぁ。
「そ、そうですか……内藤さんは今日はここに泊まるんですか?」
「うん、多分そうなるね、あとでそっちにも遊びに行くよ!」
「はい……じゃ、俺飯に戻りますね」
「おー、じゃあとでなー!」
内藤さん、何者なんだよ。
俺達だってどうやって来たかも解らないこんな山の中の宿で、偶然会うなんてあり得ないだろ、なんかあるよなこれ。
弘樹はわからんが部屋にも風呂にも居なかったしとりあえず皆に報告するか。
◆
忠司が食堂へ戻ると、皆はまだ盛り上がっていた。
「ただいまー」
「忠司おかえり。弘樹は?」
「いや、居なかった……けど」
「けど?」
「な、内藤さんが露天風呂入ってた……」
「「はぁ!?」」
裕也と大智は驚きを隠せず口に物が入ったまま目を丸くして忠司を見つめる。
「うそだろ!? こんなところに!?」
「嘘じゃないわ! 偶然来たらしい、あとで遊びに来るって言ってた」
「面白すぎでしょそれ。いや逆か、ホントなら怖いよ?」
「偶然てそんなことありえるの? 弘樹が呼んだのかしら?」
「宿の人は他のお客さん居ないって言ってたのに……」
「内藤さん、弘樹の事もなんか知ってる様だったんだよなぁ……」
全員が弘樹の不在と内藤の突然の登場に疑問を抱いている。
彼女の理香子は手を付けられていない弘樹の料理を眺めて心配そうにしている。
「内藤さんが来てるって事は、やっぱり弘樹君に何かあったんじゃ……わ、私やっぱり弘樹君さがし……」
「やぁ! やってるね! 私も混ぜてくれないか!?」
理香子の心配が頂点に達したその瞬間、突然、浴衣姿の内藤が食堂へ入って来た。
「「うわ!」」
「「出た!」」
「内藤さん?!」
「あはははは、出たは無いだろう!」
全員、狐につままれたような顔をしているが、内藤は普通にテーブルへ向かって歩いて来る。
「おお、旨そうな料理だなぁ! 宿の人にもう一人前頼めないかなぁ?」
内藤の突然の出現に慣れている理香子以外はフリーズ状態だった。
「や、宿の人に聞いてみましょうか?」
理香子がそう声をかけると内藤が急に天井を見上げて言う。
「お? 呼び出し?」
「え?」
理香子がそう言った次の瞬間、全員の目の前から内藤の姿が忽然と消滅した。
まさに消滅。音もなく何の前触れもなく今まで見えていたはずの内藤が消えた。
「「は!?」」
「「きゃああああ!」」
一人の人間が、目の前で突然消滅したのだ。
余りの出来事に全員が、幽霊かおばけを見た様な恐怖におののく。
まだだれも何が起きたのか把握できないで固まっていると反対側から。
「内藤殿は伊邪那美命様に呼ばれ神界に行かれましたのじゃ……」
「「「うわ!?」」」
「「きゃああああ」」
そこにはまたあの老婆の姿があった。
これにはさすがの理香子も驚き、彩に至っては半泣き状態だ。
「ちょっとぉ、やめてよぉ……」
立て続けに起こる出来事に、彩は隣の裕也の袖を掴んで離さない。
理香子は勇気を出して老婆に話しかける。
「い、イザナミノミコトですか? 神様の? 弘樹君もそこに……!?」
「はい、お二人ともご事情があり伊邪那美命様のお社に呼ばれましたですじゃ。近く戻られますので、それまでもう少し食事をお楽しみくだされ」
老婆はそれだけ言い残すと後ろ手に組みながら、またトコトコと厨房へ向かって歩いて行く。
「あ、ちょっとお婆さん?」
「な、なんなのよ……これで楽しめって言われたって……」
テーブルには食べかけのご馳走と、恐怖の空気だけが残された。
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