第46話 魔神


 はぁぁ、なんというかさ、俺の夢なんだからもう少しこう……。


 今、夢の中で置かれている状況にため息しか出ない。

 日本を作った創生神そうせいしんの一柱と言われる伊邪那美命いざなみのみことを前にして、鎌倉時代無双の陰陽師おんみょうじこと安倍晴明あべのせいめい、近代巨大企業の最高経営責任者CEOである内藤さん。そこに突然芸能人になった俺こと北村弘樹が、なんともでかくて立派な神社の本殿で、話し合いをしている。

 脈絡も無いし、繋がりも無いし、なんでこんな夢を見ているのか全く謎である。


 まぁ、夢なんてそもそもこんなもんかも知れん。

 俺はもう夢だと割り切って、便乗していくスタイルに切り替えることにしていた。

 いっそ楽しんでやろうじゃないか!


 突然現れた内藤さんは辺りをキョロキョロ見渡してから俺に話しかけてきた。


「あー、そういう事になったんだな。ふむふむ」

「内藤さん、ふむふむじゃないっすよ、これは何なんです?」


「あっはっは、じゃあ、ちゃんと説明しなきゃだめだよなぁ、私はまだちょっと早いと思ってたんだがなぁ、ハハハハ」

「笑いごとじゃないっすよ! ちゃんと説明してください!」

「貴様ら天津神あのつかみの御前でいさかい事とは!」


 安倍晴明は伊邪那美命を前にしてモメ始める二人に怒りをあらわにし、それを鎮めるべく何やら両手で印を結び始める。


「よい。清明よ」

「しかし、伊邪那美命様!」

「北村にはまだちゃんと話してなかったんですよ、申し訳ない」


「こんな意味わからん夢、俺にどうしろというんだ……」


 俺がブツブツと文句を言っていると、内藤さんは語りだした。


「こちらの神様のご所望だ、もう全部ちゃんと説明するから聞いてくれ」

「はぁ……」


「まずな、俺はこの世界の人間じゃないんだ、黙っててすまんな」

「え? なんて?」


 ちょっと理解が追い付かない。


「えっとな、分かり易く一言で言うと俺、異世界人て事だ、ワハハハハ!」


 夢の中で魔人がとんでもないことを言い出した。


「そんでな、俺の世界の国がここしばらくヤバい事になっててな?」

「はぁ、まぁ何となくそんなのはイザナミさんから聞きましたけど……」

「それを何とかしてくれそうな奴を探しに来てたって訳だ」


 って、スゲー夢だなこれ、めちゃくちゃすぎて笑うしかない。


「人々が滅んでいく姿を見てられなくなったんだが、神ってのは人界に手出し無用だから人々に何もしてやれなくてな。困って思いついたのが、俺の世界の人界で、国を救ってくれる人材を、こっちに探しに来たって事だ」


「えーっと、てことは、内藤さん元々、人……じゃない?」


「うん? こっちでは普通の人間だぞ? でも、あっちではこっちでいう伊邪那美命殿みたいな感じだな、お前から見たら異世界の神様かもな、ワハハハハ!」


 俺は、夢だというのも手伝ってか、内藤さんが異世界神と自称する事にあまり驚かなかった。元々魔人だった訳だし。まぁでも正しくは魔神だった訳か。


「だとしても、なんでそれで伊邪那美命や安倍晴明が出てくるんですか!」


「ああ、それは私がこっちの世界に来た時、いざ到着してみたら黄泉国よもつくに? って所だったらしくてな。そんで、そこにいた伊邪那美命殿に助けてもらって、似た境遇に陥ってた日本国ひのもとのくにで暮らせるようにしてもらったんだ。その時、黄泉国よもつくにから日本に来る際に伊邪那美命殿に仕えてた安倍さんに世話になったという経緯だ」

「はぁ……ソウナンデスカ」


 もう何でもありだなこの人。テレビ局の大物とか、元総理とかそういう次元じゃなかった。夢でもこれかよ、顔が広すぎてもう……。


「で、私は探してた奴をみっけたから呼ばれたんだなと思ってな」

「はぁ、それは良かったですね……」


 俺がそう言うと、内藤はにんまりと笑いながら俺を指さしてきた。


「ファ!? 俺ですか!?」

「お前日本救ったじゃないか、ワハハハ」


「いや……俺はまだなんにも……」

「これだけ出来れば十分だ。人を動かし日本を導き始めてるのは事実だしな」

「それ、内藤さんに振り回されてただけですよ?」

「まぁ切っ掛けは私だが導いたのはお前だ。会見もCMもかっこよかったぞ?」

「え、ええええー?」


 俺が困っていると、隣にいる安倍晴明が話す。


われからも礼を言う。皆この国の今を憂いでいたのだ。人々は豊かさと平穏の裏で苦しみ、本当の喜びを得られておらぬ。そこに一石を投じてくれ感謝する」


 安倍晴明が俺に軽くお辞儀をする。


「誠に。そのひまをあたへし内藤の務めも過分なりて」


 伊邪那美命もそれに同意し、切っ掛けを作った内藤さんを褒めている様だ。


「それでこっちの神様に、お前を私の世界へ連れて行く報告と許可を取る必要が有るんだが、その件で呼ばれたんだろうと思ってな」


 それを聞くと、伊邪那美命と安倍晴明は俺を呼んだ経緯を話した。


「さてもおまえが龍神村に居る事が分かれば、我がこの目に見定むるに清明にぐしくるやう命じたり」


「はぁ、俺を見定めるために……」


「そののち、伊邪那美命様の令を受けわれがお主ら6人を迷い家マヨイガへ囲い、そなたが一人になるやえきであるを使いに出したのだ」


「にゃ、にゃーん……」


 すると安倍晴明の足元に尻尾が二本ある猫がスゥっと姿を現し猫なで声を上げた。

 清明はその猫の頭を優しくなでながら言う。


「しかしこいつが無理だというので、われが直接出向きお主をこの多賀大社へ呼んだのだ」


「アー、ナルホド、ソウダッタンデスネー、アハハハ」


 もう何が何やら。


「それとな北村、これ本当に夢じゃないからな? お前まだ夢だと思ってんだろ? 全部ホントの話だぞ?」


「ソウナンデスネー」


 夢意外ではあり得ない事なので、現実だというには理解が追い付かない。

 全部ホントの話だぞって部分も含めて夢なんだよな?


 内藤さんは異世界神で、異世界の救世主を探しに日本に来て、俺に目を付けて異世界に連れて行こうとして、日本の神様に連れてく許可を取りにここに連れてこられた……という、夢をみてるんだよな?


「あーこりゃ全部夢だと思ってるなぁ……」

「で俺はどうしたら? てかこの夢の終着点はどこ! なんで俺目が覚めないの!? 今後どうなるの!? 俺死んだの!? 夢なんですよね!?」


 もう誰かたすけて……こんな意味不明な夢から覚めたい!

 俺は少しパニックになる。


「フフフ、見えたるを信ずるのがおのこよの……」

「お主、それでも内藤殿に見初められた者であるか!?」

「い、いやぁそんな事言われたって……」


 これが夢じゃないとか言われたって、はいそうですかってなる訳ないだろ!


「まぁ、よい。さだめののち知るらむかな」

「では伊邪那美命殿、北村を連れて行っても良いでしょうか?」

「うむ。かたみ、国の安寧を想ふ柱にて協力はいとはずかな」

「有難うございます」


 俺が物も言えなくなっていると内藤さんが更なるお願いをしだした。


「あー伊邪那美命殿、もひとつお願いなんですが、人数増えてもいいですかね?」

「他の者もぐしゆくといふや?」

「はい、北村だけでは心許ないので彼の協力者も一緒に……」

「ふむ。心うたり、いかでかせむかな」

「有難うございます!」


 あーあ。

 たぶん理香子や忠司達も勝手に決まっちゃったみたいだぞ……。


「あのー伊邪那美命様、ちょっとよろしいですか?」

「なりや申したまへ」

「私達の意思はどうなるんでしょう?」

なんぢ心中しんじゅう定まれるさまなれどいずれひにもあるや?」


 夢だからこその心の中を読まれる展開。

 元々俺は内藤さんに恩を感じてるし断る事なんかできない。


「な、無いです。でも、俺やっぱりこれどうしても夢にしか思えないんです、何か夢じゃない証明とかそういうの無いですか? でないと目が覚めてもやっぱりただの夢にしか……」

「さりかし、されどいかがせりものか……」


 内藤さんや伊邪那美命も考えだすが、しばらく考え込んでから清明に声をかけた。


「清明よ彼奴に信ぜさする妙や無き?」

「天津神様にも神力を授くるはがたからむ、さらばえきを付けばいかがにふや」


「ニャニャ!?」


 清明の横でうつらうつらしていた、猫が驚いて目を覚ます。


「それには常のねこまと思ひなずや」

「は。それならば神力授けねこまとわうべくせばいかがにふや、さばかりならばがたき事は無がれど」

「ふむ。さばかりならばひはあらず心うたり」


 俺や内藤さん向けの会話は意識してくれているのか、なんとか分かる会話だったが、さすがに二人で話す内容は古文の授業をまともに受けていない俺にはさっぱり意味が解らない。

 真面目に授業受けとくんだった……。


「えーっと、なんかよく分かりませんが、話まとまった感じですか?」


 さすがの内藤さんも二人の会話はよく分からん様だ。


「うむ、ときじく行くべし」

「では少し時間がかかりますが暫く彼らをお借りします、このご恩はいずれお返しさせていただきます」

「あ、えっと、俺の意思は……?」


「フフ、北村よ頼みたればこころばまなむ。われらもさぶらへばこそ」

「さ、さぶら……?」

「それにはなんぢのこうぜしていにめいたるわすとせむや」


 伊邪那美命はそういうと俺に向かって手をかざした。


「……?」


「では、戻るぞ北村殿」


 すると安倍晴明は俺の肩に手を乗せ、もう片手で印を組む。

 次の瞬間、俺は元居た謎の旅館の客間に戻った。





 ぼんやりと目が覚めてから客間のテーブルを前に、あぐらで座りながら今の、余りにリアルな夢の事を考える。


「とんでもない夢見ちゃったなぁ。やっぱ疲れてんのかなぁ俺」


 でも、熱は引いた気もするし体力も戻ってる気がする。

 やっぱ具合悪いときは少しでも寝るのに越した事は無いな。

 はぁぁ、急に腹減ってきたわ。 


 そんなことを考えていると……。


「ボーン、ボーン、ボーン……」


 ロビーの方から微かに聞こえる大きな古時計が奏でているであろう夜の9時を指す鐘の音が鳴っていた。ふと室内の時計を眺めると、なぜか秒針がとてもゆっくりと動いているように感じた。


「はぁぁ、飯、行くか……」


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