第45話 夢の中で

 時は少し戻る。


「いってらっしゃいー」


 皆が車や温泉に向かい、俺は一人残され部屋番をすることになった。


 一人残された4人部屋は、歴史を感じる和洋混じった10畳ほどの部屋。そこにテレビが置いてある比較的狭い床の間があり、窓側はフローリングの縁側に小さな冷蔵庫とステンドグラスの照明がさがっていて、その大きな窓には視界全てが暗闇に染まる一面の山が映し出されている。


 ぽつんと部屋に残された俺は、テレビから聞こえるアナウンサーの声を雑音交じりで聴きながら、座布団を枕にうとうとしていた。


 弘樹が眠りに落ちてしばらく、なぜか部屋にうっすらとした霧が立ち込め始める。

 次第にその霧は濃くなり、部屋の壁が見えなくなってくる。

 

「うーん……」


 急に冷え込んだ室内に弘樹は寝返りを打って寒そうにしだす。


「……にゃぁーん」


 突然聞こえてくる猫の様な鳴き声。


「なーん」

「……猫?」


 弘樹はまだ寝ぼけながら眠い目をこすりつつ辺りを見回すと室内はもう真っ白になっていた。


「う、うーん。なんだこれ? ん、夢か?」

「夢じゃ……ない、のニャ……」

「そう、夢じゃないのか……」


 弘樹が寝ぼけた状態でいると、何者かが体を揺さぶり起す。


「起きるニャ!」

「ぐお!?」


 弘樹が驚いて飛び起きると、背後に猫耳少女がちょこんと座っていた。


「なななな、なんだお前!?」

「私はまたぎっていうニャ。お使いでお前を呼びに来たニャ」


「あーああ、うん、そう……ね、分かった。じゃ、お休み」


 ここん所俺、熱っぽかったし疲れてたんだろうな、たぶんまた夢だ。

 今は変な夢に付き合ってる場合じゃない……俺は飯まで寝る!

 そう思って見えているものを無視し、うつ伏せになって二度寝をしようとする。


「あー! こらお前、寝るニャァァァ!」


 白装束に赤い帯を巻いた小柄な猫耳少女が弘樹の背中に馬乗りになって、髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き撫でる。


「ぐわあああ、何すんだテメェ!」

「うにゃぁぁ!」


 弘樹は起き上がると、猫耳少女が吹っ飛ぶ。


「なにすんだよ!」

「私はお師匠様にお前をやしろに連れて来いと命令されてるのニャ!」

「そんなの知らんわ! 俺の夢なんだから好きにさせろ!」


 見える範囲は霧で真っ白という不思議な空間に猫耳少女と俺のみ。

 これまたファンタジーな空間にファンタジーな奴が出て来て睡眠を邪魔する。

 ちくしょう、俺は今疲れてるんだ、まったくなんつー夢だ!


「うう、そんなしたらお師匠様にまた怒られるニャ……」


 猫耳少女は目に一杯の涙を溜めて訴えてくる。


「くっ! こ、この小動物が。泣き落としなんか効かん。だったらその師匠とやらを呼んで来い! 俺は具合が悪いんだ! 次起こしたらただじゃ済まさん!」


 俺はそういうとまたゴロンと横になる。


「ううう……お、お師匠さまぁ……わ、私には無理ニャ……ひっく」


 猫耳少女はその場にペタンと座り込み、めそめそと泣き出すと、サーっと辺りの霧が晴れ、中から一人の人物が現れる。

 その出で立ちは、黒袴に白装束を纏い、高エボシを被って扇子を持ち、背筋がキリリと伸びた現代アイドルにも劣らないイケメンだった。


「またぎ。お前にはまだ無理であったか……ご苦労」

「お! お師匠様ー!」


 猫耳少女はその人物にすがり寄っていく。

 しかし、その声を聞いて、全てを夢だと思っている弘樹がめんどくさそうに起き上がり、あぐらをかいて頭を掻きながら言う。


「はぁぁ、マジでお師匠様が来たのね。ふぅ、で、何よ?」

「我はここ龍神村に住む元陰陽師の安倍晴明である。弘樹殿よ我が役が迷惑をかけ申した」

「あー、あべのせいめいね。うん、知ってる有名だもんなぁ、あんた」


 また、俺の夢ったら、脈絡のない……。

 夢ってもっとこう、普段の心配事とか出てくんじゃねーの?

 魔人ならともかく、なんで突然安倍晴明とか出てくんだよ……意味わからん。


 などと俺が心の中で呟くと。


「脈絡が無いわけではない。我はここ龍神村にて、この地の妖怪猫又を封じ、以来1100年土地神としてこの地に建つ神社に住まう者よ」


 夢のお約束。考えてる事が筒抜け現象だ。もう驚きもしない。

 でも確かにここ来る時のスマホの地図では近くに清明神社ってのがあったなぁ。いや、そんな事より俺は少しでも体を休めたいんだが……。


「あー、はい。で、その清明さんが俺に何の用ですか」


「うむ。我が神明たる伊邪那美命いざなみのみこと様にそなたを呼ぶよう仰せつかったのだ」

「あーいざなみのみことね。そいつも知ってる」

「さすれば当機立断とうきりつだん。早速天津神あのつかみ様の元へ我と共に参られよ」

「ううー、熱っぽくてだるいんだよ、もうそのイザナミさんもここに呼んでくれ、夢なんだからどうとでもなるだろ……」

「そういう訳にはいかぬ。ささ、北村弘樹殿よ、参られよ」


 清明は弘樹の正面で片膝を付いて座ると弘樹の肩にポンと手を置く。

 もう片方の手でなにやら印を結ぶと、洋館の客間だった視界がゆがみ一転。

 気が付くと、どこぞの立派な神社の本殿内のような場所に様変わり弘樹が驚く。


「うぉ! なにしやがった!」

「ここは犬神多賀大社の伊邪那美命いざなみのみこと様のお屋敷ぞ、じき天津神あのつかみ様が現れる、座して待たれよ」

「はぁぁ、今回はまたとんでもない夢だな……」


 いわゆる良くある神社だ。全て木造で天井は高く床は板張り、見るからに立派な室内は歴史を感じる荘厳な雰囲気に包まれている。正面には大きな金ぴかの祭壇があり、その周りには巫女姿の数人が直立不動で並んでいる。


 俺は突然、本殿らしきその広間の中央に現れた。

 板の間に眠そうな目をしたまま背筋を丸くして胡坐をかいて座る俺と、その横に自称安倍晴明が正座で座っているといった状況だ。


 さすが俺の夢だ、もうほとんど訳が分からん。

 どうせ夢なんだし、こうなったらこの状況を楽しむことにするかぁ。


 しばらくして辺りに居る巫女達が手に持った神楽鈴を一斉に鳴らし始めると、祭壇の脇からワンピースにも似た和服を着た美女がゆっくりと出て来て、中央の祭壇前まで来ると神楽鈴が鳴り止み、ゆっくりと座る。すると何やら神事らしきことを始め、俺の隣に座る清明は深々と頭を下げる。


 うーん、俺も頭を下げるべきか?

 てか俺にどうしろというんだ。この夢はいつまで続くんだ?


 そんなことを考えていると、ひとしきり簡単な神事らしき行動を終わらせたその美女が、座ったままゆっくりと振り返り、話しかけてきた。


「そなたが北村弘樹か?」

「あー、はい。……?」


 美女はとてもゆっくりとしたテンポで会話を始めた。


「北村よ、そなたは何処まで聞いておる」

「えーっと、何をですか?」

「何も聞いておらぬのか」

「はぁ……」


 主語がねぇぞ! 何なんだよ……?

 美女は一息ため息をついて一瞬難しそうな顔をすると、落ち着いて話し出した。


「ここはお主らでいう志賀の犬神にある多賀大社の本殿とかさなりし黄泉神域よもつしんいき。我は神世七代伊邪那美命しんせななだいいざなみのみことじゃ。黄泉津大神よもつおおかみ道敷大神ちしきのおおかみ天津神あのつかみなどとも呼ばれておる。この日の本の国は我と夫が建立し、神と祭られておる者」

「はい……まぁ高校で習ったから大体は知って……って、え? ここ黄泉? 俺死んだの?」


「死にたらず、とかく聞かなむ。今世20年ほど前、異界より一人の人物がこの地へ現れたるや、おのれを柱と名乗りき」


 このイザナミさん人の話きかねぇな……。


「我も一国柱故ひとこくはしらゆえ、異界から来た事情を聞くと、すがらに昔、闇を滅し和続千年、民すえ国より滅び座し一縷千鈞いちるせんきん、人を送って来たという事じゃ」

「あ、えーっと、ちょっといいですか?」

「うむ」


「どっかの異世界が平和過ぎて国民が1000年経って平和ボケして滅びそうだから、救ってくれる人を探しにこっちの世界に来たってことで、……合ってます?」


 うーん、もうなんかのアニメみたいな話じゃないか。

 まぁ俺も時間あれば結構見てるし、こう言う夢を見る事もあるんかなぁ。


「至当であるががたしいな、近代の言葉を使ひたらむとすれどつたはらずや?」

「はぁ、確かにちょっと解りにくいです……」

「さて。いと悩ましき久し間を」


 美女はそういうと、再度祭壇の方を向き、何やら唱え始めて暫くすると、突然、俺の隣に音もなくパッと人が現れ、辺りをキョロキョロと見回す。

 俺はもう夢なんで何でもありだと思っていたんだが……。


「お? ぬお!? なんだ?」

「え、ちょ、内藤さん!?」


 突然の出来事に、驚くだけの俺。

 俺の隣に急に表れた内藤さんは事態を飲み込もうと、辺りをキョロキョロと見回し俺に気が付く。


「お!? やぁ北村君、昨日ぶり! よいしょっと。 お? そちらはたしか安倍さんだっけ? ご無沙汰しています!」


 なぜか浴衣姿の内藤さんは俺の隣に胡坐をかいて座り、反対側に居る安倍晴明へにっこりと挨拶をして手を振る。

 祭壇の前に座る自称イザナミは再び振り返ると魔人内藤へ話しかける。


「突然呼び立てかしこし。かの物に説明望み申す」

「はい、分かりました」


 もうね、やっぱ夢だよねこれ。


 これ現実だったらまったく意味不明だし、意味不明過ぎて笑っちゃうよね! 目の前に伊邪那美命がいて、俺の両隣には安倍晴明と魔人内藤がいて、二人ともなぜか知り合いらしい。どんな夢だよ! たしか猫耳少女は夢じゃねぇって言ってたけど、絶対夢だろ!


 はぁぁ、まぁいいか。

 完全に意味不明な夢だけど、以前も変な夢は見てたし、しゃーない。

 目が覚めるまで付き合うとするか……。




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