第44話 謎の洋館

 俺達は山道を走る事数時間、GPSの不調により誰もが自分の現在位置を把握できないまま、やっとの思いで秘境にある怪しい温泉宿へたどり着き、夜6時に飛び入りでチェックインして部屋へ通されホッとしていた。


「いやーしかし、こんな山奥に宿があるなんてなぁ」

「弘樹は知ってたの?」

「龍神温泉郷は知ってたけど、ここは知らないし、ここがどこかも分からないよ、みんなはまだ携帯無理?」


 俺達は山道の途中で誰の携帯も電波が圏外となっていた。おまけに全員共に、なぜか一斉にGPSが機能しなくなっており、現在位置も分からないまま地図アプリがロード済みの地図だけを頼りに移動していた。


「うん、圏外」

「私もだ。でもこの方が静かでいいよ」


 確かに現在の携帯は、やれ電話だ、やれメールだ、アプリアップデートだと、暇さえあればピロンピロンとやたらうるさい。それが山に入ってからという物、誰の携帯も音を立てなくなった。これぞ秘境である。

 そんなことを考えていたら、忠司が言い出した。


「飯まで少し時間あるから、俺車に全員の荷物取りに戻るわ、持ってくるもんあるか?」

「あーあたしのバッグよろしく」

「私もー、着替えとか財布入ってる黄色のリュックお願いできるかな?」

「おう、でも一人で全員の荷物は無理だから誰か一緒に来てくれ」

「俺ちょっと疲れたから頼めるか……?」


「俺も行くわ」

「じゃあ3人で行こう、弘樹はなんか具合悪そうだし休んでな」

「あたし達はお先に温泉ね!」


 そう言って忠司、大智、裕也の3人は車へ荷物を取りに、理香子と彩は露天風呂に、俺は一人で部屋番をすることになった。





 時刻は夜7時。車へ荷物を取りに行った3人は、山深い秘境の夜を舐めていたようで、フロントを抜け玄関の引き戸をガラガラと開けると、そこには街灯のない山間部の闇が待っていた。


「おいおい、真っ暗だぞ……これ車まで行けんのか?」

「フロント行って懐中電灯とか借りてくるか?」

「スマホのライトで行けるだろ」


 忠司がそう言うと3人はスマホのカメラライトで足元を照らし、レンタカーを止めた駐車場へと向かう。


「ん? 大智、道ってこっちだったはずだよね?」

「あれ? こんなんだっけ?」

「たしかに登山道みたいだったけど、こんな荒れて無かったよな? てかこれ道って言えないだろ、ただの林だぞ。たぶんそっち側に道が……」


 3人はそれぞれスマホの拙いライトを手に持ち辺りを探し回る。

 しかし怪しい洋館の正門側の小さな広場に通じる道は見当たらず、どこから来たのかすらわからない。


「どうなってんだ?」

「いや、絶対こっち側から来ただろ……そこの木の間に道が……ないか」

「うーん、暗いし、ちょっと宿に戻って聞いた方がいいかもな……」


 そうして3人は車へ戻ることをいったん諦め、宿へと戻る。


「すみませーん」

「人いなさすぎだろ」

「すーみーまーせーん!」


 フロントへ戻り声をかけるが誰も出てこない。

 ロビーからあちこちの方へ向かって、何度も呼ぶが人の気配すらない。


「受付にあんな老人つかうくらいなんだし人が少ないのかな」

「まいったなぁ、荷物どうするよ」

「暗くて行けないじゃなくて、来た道が無いんだぜ、どうしようもないだろ、とりあえず部屋もどるべ」


 そうして3人は部屋に戻るべく廊下を歩きだすが、次の瞬間。


「「きゃああああああああああああ!」」


 暗闇の中にたたずむ怪しい洋館から、静寂を切り裂くような悲鳴が聞こえる。


「うぉ!」

「なんだ!?」

「理香子達の声だ! 風呂の方からするぞ!」


 3人は老婆から聞いていた露天風呂の方へ廊下を足早に向かう。


「大丈夫かっ!?」

「きゃああああああああああああああああああ」


 びたーん!

 一閃、彩の平手打ちが忠司の左ほほに炸裂した。


 3人が駆け付けると、バスタオル1枚で体を隠す、彩と理香子が露天風呂入り口の暖簾に隠れて立っていた。


「なにすんだよ!」

「ご、ごめん忠司、思わず……」


「うっ、ごめん彩ちゃん」

「アハハー」


 彩と理香子は慌てて暖簾の向こう側の脱衣所へ下がり、大智と裕也は慌てて目を背け、忠司は張り手を受けた頬を抑えながら後ろを向いて聞く。


「大丈夫か? 何があった?」

「う、うん、なんか、露天風呂入ってたら物音がして、そっちみたら人影があって……」

「あはは、覗かれちゃったかも?」

「マジか……、どんな奴か見た?」

「ううん、湯気の向こうだったから分からなかった。動物かも?」

「理香子、あれは人影だったよ!」

「そっかー、まぁでも、減るもんじゃないし、ね」


 怖がる彩とは反対に理香子はなぜかあっけらかんとしている。


「どうする? 俺らここで待ってるか?」

「もう怖くて入れないよ! もう上がるから部屋行ってていいよ」

「分かった、気を付けて戻れよ」


 こんな人の居ない、他の客もいないはずの宿に覗きってどういうことだ?

 いや、それよりも、帰り道が無い事を言いそびれてしまった。

 こうして、車にもたどり着けず、思いがけない彩と理香子の半裸を目撃して部屋に戻る3人だったが、赤くはれた忠司の頬を見て大智が嘲笑する。


「いたそ」

「うるせぇ!」





「荷物どうすっかなぁ……あれ、弘樹は?」

「俺が知る訳無いだろ」

「風呂にいたんじゃね?」

「ははーん……」


 3人は部屋に戻ると、弘樹が居なかったが、既に時間は7時40分、夜飯まで時間も無い事もあり風呂は食後に行くことにして全員が戻ってくるのを待つことにした。


「しかし、来た道が分からないってどうよ?」

「まぁ、来るときも行った時も暗かったしなぁ」

「それより、宿の人が全然いないってのが、おかしいだろ」


 各々座布団に座りながら、砂嵐交じりのローカルテレビを眺めつつ話し始めていた。


「やっぱ風呂覗いてたの、弘樹だったんじゃね? わはは」

「そりゃねぇだろ」

「いや、あいつならありうる! あははは」


 そんな会話をしていると、色っぽい浴衣を纏った女性陣が帰って来た。


「ただいまー! ふう、いいお湯だった!」

「理香子あんたよく平気でいられるね……」

「でも彩も気持ちよかったでしょ?」

「まぁそれはそうだけど……」


男性陣は上気した湯上り姿の二人に少し遠慮しながら声をかける。


「お、おかえりー」

「大丈夫だった?」

「うん。あれ? 弘樹は?」

「俺らが戻った時はもう居なかったけど、風呂行ったんじゃないか?」

「そうなの? 男湯側に誰か入ってたみたいな気もしたけど弘樹君だったのかな」

「やっぱ覗いたの弘樹って事か?」

「そんなことする奴じゃないだろ、どっちにしろ俺らが戻ったら居なかったぞ」


 彩は浴衣を着たまま、女座りで座布団に腰かけ、テーブルの上の茶菓子を手に取ると、荷物が無い事に気が付いた。


「えーっと、私らのバッグは?」

「それが……戻れなかった」

「え?」

「暗くて来た道が分からなくて、車まで戻れなかった……すまん」


 忠司が謝る。


「はぁ? あんたら夜道が怖かったって事?」

「違うよ、道が無かったんだよ……」


 大智が言い訳の様に答えた。


「はぁ? そんな訳ないでしょ!」

「あはは、男の子でも山の夜道は怖いんだね」

「本当に道が無かったんだって、ちゃんと探したんだよ」

「はぁぁ、まぁいいわよ。どうせ浴衣だし明日同じ服きるの我慢するだけだし」

「本当なのに……」


 普段ならクドクド言われそうなのに、温泉が余程気持ちよかったのか彩の機嫌は良い様だ。全員がテーブルを囲み、座りながら弘樹の帰りを待ちつつ雑談をしていた。


「そろそろご飯よね?」

「そうだな、弘樹どうする? ここで来るの待ってた方がいいかな?」

「お風呂でしょ? 時間になれば食堂に来るわよ、先に食べに行きましょ」

「腹減ったし、ビール飲みてぇ」

「夜ご飯何出るかな!? 山の幸でるかな? 山菜とか!?」

「山だから敢えて刺身とかでるんじゃん?」


 理香子は山の幸を、大智は海の幸を楽しみにしている様だ。


「お前ら、俺達予約してないんだから、出たって家庭の味的なバイキングだと思うぞ、宿代も分からんし、あんまし期待しない方がいいぞ?」

「じゃ、そろそろ行こうか」


 裕也がそう言うと、よっこらせと言わんばかりに全員が立ち上がり部屋を後にし食堂へと向かうのだった。


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